第200話 工房

 昼食を終えると俺たちは屋敷に隣接する工房へと案内され、そこで待っていた五名の鍛冶師と三名の魔道具職人たちをリューブラント侯爵家の家令であるフォルカー・ネッツァーさんから紹介された。

 何れもガザン王国でも有数の腕前をもつ職人との触れ込みである。うち鍛冶師一名と魔道具職人一名はリューブラント侯爵お抱えの職人さんであった。


 職人さんたちは皆さん一様に緊張をしていた。中にはおどおどして落ち着きがない人もいる。傍からみれば不審者以外の何ものでもない。

 今しがた少し会話した限りでは十分な説明もなく領主であるリューブラント侯爵から呼び出されてそのまま屋敷に併設されている工房へとつれてこられたそうだ。そりゃあ緊張もするし不安にもなるよな。


 ネッツァーさんの話では、さらにこの後で二名の魔道具職人が到着する予定だ。

 ここに居る職人さんたちだけでもこちらとしては十分なのだが、さらに二名とはありがたい。ここに居る職人さんたちのスキルを見れば先ほどの説明のとおり一流であることがうかがえる。


 そんな彼らに匹敵する職人さんがあと二名か。これは期待をしても良いかもしれない。

 ロビンなどは職人さんたちを紹介された直後からまるで獲物を見るような目で職人さんたちを次々と鑑定していた。

 まさかとは思うが今しがたの目をみる限りそうも言い切れない。念のためロビンにはクギを刺しておく必要がありそうだな。


 案内をされた工房は鍛冶工房と魔道具工房を兼用しているだけでなく、革のアーマーや馬具などの製造と修理も行えるように幾つかに区画分けがされていてそれぞれ十分な広さが確保されていた。

 そしてこの工房の隣にも小さめの工房があり、そちらでは薬の調合と保管がされている。


 俺たちはこの工房で幾つかのグループに分かれてスキルの修得と知識の取得を目的としたレクチャーを受けて実際に作品の作成を行う。


「本日より三日間と短い期間ではありますがご指導のほどよろしくお願いいたします」


 俺たちは紹介された鍛冶師や魔道具職人さんたちと次々に握手をすると、残る二名の魔道具職人さんの到着を待たずに新たな武器と魔道具の作成を始めることにした。 


 ◇


 俺たちは幾つかのグループに分かれた。


 アイリスの娘たちは半数の三名――光魔法を使うミランダ、手先の器用な弓使いのビルギット、そして最年少のリンジーが参加しているが他のメンバーと奴隷は不参加である。

 不参加のメンバーを遊ばせて置くほど俺は優しくない。


「では、申し訳ありませんがメロディの手伝いをお願いします」


 ライラさんとその後ろで引きつった笑顔を返しているエリシアとミーナ、畏まっている奴隷たちに向けて笑顔を向けると、ライラさんがさらに上を行くような笑顔を見せながら軽く自身の胸を叩く。


「はい。任せてください。ちゃんとメロディちゃんの助手を務めますから」


「皆さん、ご協力よろしくお願いいたいます」


 メロディが俺の横でライラさんをはじめとした手伝いのメンバーに深々と頭を下げてお礼を言うと俺に向き直って言葉を続ける。


「では、ご主人さま、行って参ります」


 表情と口調から妙な意気込みを感じる。 その手にはここまでの道中に黒アリスちゃんが起こしてくれた設計図とイラストが握られていた。

 

 これまでメロディに作成してもらった魔道具や道具のほとんどが売却用のもので。自分たちで利用するものはわずかだった。

 それが今回は自分たちで利用するものの作成を任されたとあってやる気を見せているのか。


「ライラさん、面倒ごとを押し付けるようで申し訳ありませんがよろしくお願いします」


 そんなメロディの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいにダレ切っているエリシアとミーナにチラリと視線を向けると、ライラさんが苦笑まじりだが申し訳なさそうな表情でうなずき、改めて了解の意思を示した。


 普段のエリシアとミーナでさえライラさんが傍に居るくらいで真面目に手伝うとは思えない。

 ましてや、今はダレ切った状態だ。


 俺が家令であるネッツァーさんに視線を向けると、さきほど『承知致しました』と返事をしてくれたときの笑みを無言で返して小さく首肯した。

 さすがにあの二人でも、ネッツァーさんが傍で見ていれば真面目に手伝うだろう。

 

 真っ赤な太い尻尾をブンブンと楽しげな様子で振り回して自分たちに割り当てられた区画へ向けて先頭を行くメロディから、学校行事に無理やり参加させられた不良少女のように面倒くさそうに最後尾から付いて行くエリシアとミーナまでの一団を見送り、視線を黒アリスちゃんたちへと移す。


 広い工房の一画――鍛冶工房に設置された大テーブルを、黒アリスちゃんを中心にして鍛冶師さんと魔道具職人さんたちが囲んでいた。

 そして、テーブルの上には彼女が描いてくれたイラストの数々が並べられているのが見える。


「その年齢でこれだけの絵が描けるのは素晴らしいですね」


「本職になるつもりはありませんか?」


「これだけの絵が描ける者はそうそういませんよ。王国でも五本の指にはいるでしょうな、これは」


「上手いだけでなくとても丁寧ですね。これだけ丁寧に描かれていると作る側としてはイメージし易くて助かります」


 設定資料のように随所に細かく注意書きが書き込まれていたり、部分部分を拡大されたイラストが追加で描かれたりしている武具の設計図となるイラストの数々を見て、鍛冶師さんや魔道具職人さんたちがしきりに感嘆の声を上げていた。


 こちらの世界の武具のイメージイラストを何度か見たが酷いものだった。

 あの絵で武具を作成するのだからこちらの職人さんは大したものだ。苦労は圧倒的に職人さんの方が大きい。あれでは絵を描く人たちの地位が低いのもうなずける。


「我々が五名も呼ばれたということは、素材は鋼ですかな?」


 鍛冶師さんのひとりが他の鍛冶師さんたちを見やりながら自信満々の顔で言った。それは視線を向けられた四名の鍛冶師さんたちも同様で余裕がうかがえる。難しいとされる鋼の加工――合金加工にも自信があるのだろう。


「素材は――」


 黒アリスちゃんはそこで言葉を止めてテーブルから三メートルほど離れたところに居た俺に視線を向ける。


「素材はこちらを使って頂きます」


 黒アリスちゃんに釣られて鍛冶師さんたちが俺へと視線を向けたタイミングで、人間が使うには大き過ぎる――巨人が使うような戦斧と槍、盾を出現させた。

 それは巨大なミノタウロスが主となっていた迷宮の武器庫と思われる部屋で拾ったものだ。 


 突如空中に出現した戦斧と槍、盾は工房内に大きな地響きを立てて転がった。地響きはそれを引き起こすことになった武具の見た目の大きさと相まって、その重量が尋常でないことをここに居る人たちに伝える。


 鍛冶師さんだけではない、魔道具職人さんたちも突然出現した巨大な武具を見つめたまま声を失っていた。


 どうやら計画通り演出効果は抜群のようだ。『せっかくなので鍛冶師さんたちの驚く顔が見たい』との黒アリスちゃんのリクエストに応えてのものである。

 驚く鍛冶師さんと魔道具職人さんたちの顔を見る黒アリスちゃんの表情は満ち足りていた。


 ひとりの鍛冶師さんがフラフラと槍の傍らまで近づくと、槍を見つめたままポツリとつぶやいた。


「オリハルコン……」


 その声が聞こえたのだろう、驚きに表情を見せていた鍛冶師さんたちと魔道具職人さんたちは驚きの表情から惚けたような表情になり薄ら笑いを浮かべた。


 驚きにさらなる驚きが重なると笑顔になるんだな。

 俺がそんなことを思っていると彼らは一斉にオリハルコンの武具の方へと走り出した。

 

 八人で槍を取り囲んで触ったり叩いたりしている。

 驚きの表情こそ残っているが全員が既に職人の目に変わっている。リューブラント侯爵が集めてくれた人たちだけのことはある。これは頼りになりそうだ。


「間違いない、オリハルコンだ」


「この大きさ、量はなんだっ!」


「これは王家に献上すれば国宝ですね。上位の爵位を頂戴するに十分な品です」


「そういえば、先ほどこれを加工するとか言ってませんでしたか?」


「まさか……」

 

「これをどこで?」


 皆が口々に囁き合っているなかから代表で聞くように、これをオリハルコンと見抜いた鍛冶師さんが聞いてきた。

 確か、リューブラント侯爵お抱えの鍛冶師だったはずだ。


「迷宮探索していたときに拾いました。あまり多くは聞かないで下さい」


「……これが何であるか知ってますか?」


「ええ、正確に把握しているつもりです」


「このことをリューブラント侯爵はご存知なのですか?」


 オリハルコンの槍を振り返った後で俺だけでなく俺たち全員の反応を確認するように視線を走らせる。


「多分知らないと思いますよ」


「さすがにこの重量と大きさです。そのう、私たちだけではどうにも出来ません。申し訳ありませんが助手が必要です。さらに言えば――」


 俺の返答に再び驚きの表情を見せると必死に取り繕うように話をしだしたのでそれを中断させる形で何でもないことのように了解の返事をする。


「別に隠すつもりもないので助手の確保と併せてリューブラント侯爵にお話をして頂いて構いません」


「ありがとうございます」


 俺の返事に即座にお礼を述べるとリューブラント侯爵の屋敷へと駆け出した。


「リューブラント侯爵との話し合いが始まりそうなんだが、誰か同席希望者はいるか?」


 俺の誘いに全員が一斉に視線を逸らせた。

 

 しまったっ! 面倒くさそうに聞くんじゃなかった。もっと楽しそうに誘うべきだったか。

 俺は自分の軽はずみな言動に後悔しつつリューブラント侯爵の到着を待つ間、ひとりひとりに楽しいことに誘うように声を掛けることにした。

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