第二部 動乱
第196話 リューブラント侯爵領へむけて
結局、予定よりも二日ほど遅れてランバール市の大門を抜けてガザン王国へと足を踏み入れた。まあ、二日遅れとはいってもマージンの範囲なので特に問題はないだろう。
ドーラ公国からの出国手続きもなんの問題もなくスムーズに進んだ。
何にしても裏表に渡って俺たちが特別扱いだったことは確かだ。馬車に積んである荷物のチェックや身体検査のひとつも無く素通りである。
俺たちの直前に出国した行商人がリューブラント侯爵領へ赴くとのことだったので門を出るところでリューブラント侯爵宛ての手紙を届けるように頼んだのだが、これも門番――衛兵は見てみぬ振りをしてくれた。
新市長をはじめとした市政の中枢と騎士団に作った人脈が早くも活かされているようだ。
やはり困っている人に手を差し伸べたり、口が堅いことを知ってもらったりするのは人間関係を堅固にするのに非常に有効な手段だと改めて思い知らされる。
前市長派、或いは隠れて与していた連中からすれば嫌がらせのひとつもしてやりたい思いだろうと、多少なりとも警戒をしていたのだが何も起こらなかった。
もしかしたら『さっさと出て行ってくれ』との思いの方が強かったのかもしれない。
ランバール市を出発してすぐにリューブラント侯爵領へと向かう道からそれると空間転移を駆使して、隠してあるワイバーンを初めとする使役獣や使い魔を回収するためにガザンとドーラ公国の国境付近の山へと向かった。
山の奥深くで伸び伸びとすごしていた使役獣と使い魔を回収する。
数日振りのためか使役獣も使い魔も飛び掛からんばかりに駆け寄ってくる。
いや、実際にアンデッド・アーマードタイガーなどはその厳つい外見とは不釣り合いなくらいに黒アリスちゃんに甘えていた。
黒アリスちゃんに飛び掛かって押し倒した挙げ句に、装備の上からではあるが身体中をあのざらざらした舌で嘗め回したり甘噛みをしたりと、いろいろと妄想をかき立てるような素晴らしい、もとい、ほほ笑ましい甘えかたがみられた。
何よりもアンデッド・エロタイガーの下で必死に身をよじる黒アリスちゃんが良かった。
使い魔にできる触手系の魔物とかはいないのかな? いや、スライムとかでも良いかもしれない。
アンデッド・エロタイガーの下から覗かせている下半身とバタつかせている白い足を眺めながら黒アリスちゃんへのプレゼントにあれこれと思いを馳せる。
◇
使役獣と使い魔を回収し終えた俺たちはそのままガザン王国内の領地を通ってリューブラント侯爵領を目指していた。
馬車は不規則に大きく揺れて街道の整備が不十分であることを、その乗り心地といつも以上にラウラ姫一行をはじめとした女性陣の疲労の蓄積が早いことで教えてくれる。
ガザン王国は周囲の国々に戦争を頻繁に仕掛けている国なので豊かだとは思っていなかったが、軍を速やかに動かすための街道整備は進んでいると勝手に思い込んでいた。
ここの領主たちは軍事行動や経済成長を促すためにも街道整備が重要であることを理解していないのだろうか? 或いは単に資金と人手不足、職人不足で手が回っていないだけかもしれない。何れにしてもリューブラント侯爵に会ったら聞いてみよう。
ガザン王国内のリューブラント侯爵派ではない伯爵やら子爵やら、複数の貴族の領地を蛇行するようにリューブラント侯爵領への進路を選択する。
もっと具体的に言うと強硬派の貴族たちでさらに前線に軍隊を派遣していて領地内には最低限の軍事力しかない領主の館がある都市と、親リューブラント侯爵派の貴族の領地とを適当に織り交ぜて進行ルートとした。
進行ルートの説明をしたとき、セルマさんが不思議そうにこちらを見ていたが、さすがに四つ目の領地を通過し終える頃にはこちらの意図を理解したようで『随分と詳しく調べられたようですね』としきりに感心をしていた。
どう理解したのかまでは確認をしなかったが、その表情を見る限りこちらの意図をほぼ正確に見抜いていそうだ。
「ランバール市でいろいろと情報を仕入れましたから」
そんなセルマさんに俺も適当に返事をして誤魔化す。まあ、誤魔化せてないだろうけど。
だが、これはウソだ。ランバール市で追加情報の収集は行ったがそれはあくまで最新情報への修正だけだ。
基本はジェロームが紹介をしてくれた、ガザンへも交易を行っている商人たちから仕入れた情報を基にルートを決めている。
最初から予定されていた第三フェーズの作戦行動だ。さすがに事前に情報も無しに作戦立案などしない。
その辺りはセルマさんのことなのでお見通しなのだろうがお互いに敢えて言及はしなかった。
◇
「ミチナガー、この道のずっと先のほうで兵隊さんが待ち構えてるよー」
「弓を持ってる兵隊さんも森の中に隠れてましたー」
「ご苦労さま。装備とか服装はどんな感じだ?」
偵察から戻ってきたマリエルとレーナに果物のハチミツ漬けを渡しながら待機している騎士や兵の様子を聞く。
いまさらだが、カナン王国とガザン王国は現在交戦中である。半分忘れかけているが俺たちも作戦行動の真っ最中だ。
道中、俺たちの素性が露見すれば攻撃を受けるのは仕方がないことだ。だが、裏を返せば相手がこちらの素性に気付こうと気づかなかろうと、俺たちがルート上にある貴族を攻撃するのも仕方がないことであろう。
「まいったわねー。親リューブラント侯爵派じゃないの」
白アリがリスト作成の作業を中断して、進行ルートが記入された地図を手に取り顔をしかめた。
「ところがだな、隣の強硬派の領主軍に応援を頼んだらしくて混成部隊で待ち構えている。数も多いぞ三百名はいる」
「三百名ですか? 今までで一番たくさんの兵を動員してますね」
地図には目もくれずに白アリの手伝いをしていた黒アリスちゃんが俺の言葉に作業の手を止めた。
「ああ、半分以上は農民だけどな」
カラフルに深く座り馬車の不快な揺れから無縁の状態の二人と作業途中の書類を視界に入れる。
白アリと黒アリスちゃんにクッション代わりに貸し出しているカラフルは十分に効果を発揮しているようだし、二人とも座り心地には満足しているようで何よりである。
「ますます厄介ね。どうやって選別するの? 威嚇で派手なのを二・三発撃ち込んで、万が一怪我人が出たら治癒しながら選別とか?」
面倒臭そうにリスト作成の作業を片付けだす。
カラフルのことはともかくとして、実に白アリらしい効率重視の過激で手っ取り早い方法だ。そして直ぐ動こうとする行動力は非常に頼もしい。
だが、そんなことをすれば本来の趣旨から外れてしまいかねない。
「いや、もう少し考えてから発言しような――――」
威嚇攻撃はするがこの異世界で言うところの威嚇攻撃ではなく、現代日本の警察が行う程度の、相手に恐怖心を出来るだけ与えない威嚇にとどめること。
そして、予定を変更してまとめて取り込むことを伝えた。
選別するのが面倒なのとその手間をかけるだけの価値が見出せない。
どちらかにまとめる。どうせまとめるなら取り込もうというだけのことだ。
◇
威嚇攻撃開始から三分程度で全員が投降した。
十七匹のワイバーンからの空爆――火球を数発森に撃ち込み、少しだけ森を焦がす。
さらに土魔法で壁を出現させて一瞬で退路を断つ。ここまで二分たらず。
竜騎士団の生みの国だけありワイバーンに対する畏怖は大きい。先の戦争で多大な戦果を自国にもたらしたワイバーンが戦う相手として上空を飛び回っている。
さらに瞬く間に退路を断たれたこともあるのだろうが、矢の一本も飛んでくることはなかった。
降伏の判断は一瞬で下された。
何のためにここまで出てきたのか意味不明なくらいだが、そこは触れずにおくのが大人の対応だろう。
「ご英断に感謝いたします」
俺は早々に投降の判断を下した二人の指揮官――この領地の守備隊長と援軍として赴いた隣の領地の守備隊長と交互に握手を交わしてから切り出した。
「我々は皆さんと敵対するつもりはございません。まして交戦など以ての外だと考えております。我々はこちらのラウラ姫をリューブラント侯爵のもとへお連れする護衛の最中です」
二人の指揮官とその後方に集まっている人たちに向けて風魔法を使って全体に聞こえるように声を届けると、俺は半歩下がり横に立つラウラ姫が一歩前にでた。
「ラウラ・グランフェルトです。噂を聞いている方もいらっしゃるかもしれません――――」
夏の強い陽射しと森の焼け焦げた臭いのする中、ラウラ姫の柔らかな声が風魔法により響き渡る。
「私は祖父であるリューブラント侯爵のもとへ庇護を求める道程です。多くのことは出来ません。今、私に出来る精一杯のことです。わずかですが食料をお分けいたします」
ラウラ姫のその言葉とともに大量の食料と酒樽をアイテムボックスから出して積み上げる。
投降した人たちの目の色が変わった。
そしてラウラ姫は自分の境遇については触れることなく、民衆を気遣い、戦争を早期に終結させて復興に力を注ごうと呼び掛ける。
困窮しているのは分かっていた。飢えているのも知っていた。
ここまで通過してきた領地の人たちと同様の反応だ。飢えた人たち、戦い疲れた人たち。肉親を、愛する人を失った人たち。
そんな人たちから、食料を目の当たりにしたのとは明らかに質の違う歓声が響き渡る。
目先の希望ではない。明日に希望をいだけるかもしれないとの思いの混じった歓声だ。
ラウラ姫のもたらした食料と希望は間違いなく民衆の間に広がる。そして、俺たちが金貨をばら撒いて広げた噂はそれをより強固なものにする。
その反面で強硬派の戦力と経済力を徹底的に削ぐ。
リューブラント侯爵のところにたどり着くまで、これを繰り返す。
俺たちがラウラ姫を連れてたどり着いた時には、外堀が埋められた状態となったリューブラント侯爵の反応が少しは怖い気もするが……まあ、なんとかなるだろう。
ラウラ姫に涙を流してお礼を言う人たちの列と取り囲む人の輪がしばらく落ち着きそうにないのをみて、進路の再確認をするため地図を手に馬車の中へと移動した。
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