第194話 対面
部屋は奇麗に掃除がされ書棚も整理されている。机に目を向ければ、仕事途中の書類の山が散見されるがどれもきちんと角が揃っていた。
規律の厳しさと働く人の几帳面さがうかがい知れる。
騎士団の詰め所の最上階――三階にある執務室のひとつを借りて待たせてもらっていた。
木枠に質の悪いガラスをはめ込んだ窓から朝の陽射しが差し込む。
手で陰を作り東側にある窓の外に目を向けると眼下に騎士団に所属している騎士や衛兵、見習い騎士たちが朝の訓練をしているのが見える。
見習い騎士たちも含めて皆真剣な表情で朝から額に汗して訓練をしていた。訓練している騎士たちだけではない。雑用をしている騎士たちも忙しそうに走り回っている。
そんな彼らの真面目な姿を見ながら昨日のチンピラが持ってきた調査資料を思い出す。人には表の顔と裏の顔があるのだと改めて噛み締める。
俺たち――俺と白アリ、テリー、聖女の四人は騎士団の詰め所の一室で待たせてもらっている。
俺たちが待っているのは夜通し走り回っていたはずのメロディとティナ、ローザリア、ミレイユ、アレクシスの四名。さらにチンピラグループの数名。そして彼女たちが連れてくるであろう人たちだ。
因みにボギーさんは高級娼館から出てきたときには既にどこかへと消えていた。
南側の窓からは道行く人たちの朝の
朝とはいえ真夏の陽射しだけあってかなりの強さだ。今日も暑くなりそうだな。
「失礼致します」
今日の出発はむりか。早くても明日だな。一日か二日伸ばすことになりそうだ。窓の外を見ながら出発の段取りに思いを巡らせているとノックの音に続いて見習い騎士風の若い女性が入室してきた。
「お伺いしていたお連れの皆さんがいらっしゃいました」
「何名くらい来てますか?」
俺は同室にいる白アリとテリー、聖女に目配せすると椅子から立ち上がり、緊張した面持ちで来訪者が到着したことを告げる見習い騎士に穏やかな口調を心掛けて聞いた。
「申し訳ございません。正確な人数までは確認しておりませんでした。二十名以上はいらっしゃったかと思います」
「ありがとうございます。食堂を借りられるようにお願いできますか? 借りられるようであればそちらへ全員を通してください」
自分の不手際と感じたのか顔を強ばらせる見習い騎士に向かって頼む。
形式上改めてお願いをしているが既に騎士団長から食堂を利用する許可を内々に得ている。今しがたの見習い騎士も程なく許可を取り付けて戻ってくるだろう。
「待ち人は揃ったのかな?」
つい一時間ほど前にチンピラグループの一人が持ってきた書類を改めて手に取りテリーがパラパラと捲りながら誰とはなしにつぶやく。
「まあ、格好がつく程度には揃ったんじゃないの?」
「じゃあ、ご対面ですね。市長の泣き顔が今から楽しみです」
白アリが南側の窓辺から大通りを眺めたままテリーの独り言に答え、聖女が壊れた重力の短槍を抱きかかえたままゆっくりと椅子から立ち上がり扉へと向かって歩き出した。
「では、私は市長を引っ張っていきますね」
聖女は既に柄だけとなった重力の短槍をバトンのようにクルクルと扱いながら軽やかな足取りで部屋を後にした。
聖女の娯楽の対象となっている市長とグイードは彼女によって有刺鉄線で拘束された状態のまま地下牢に放り込まれている。
哀れといえば哀れだが今は動かなくて良い分、移動中よりもマシだろう。
俺も亀甲縛りとは無縁の生活を送っていたので今回初めてしったのだが、亀甲縛りというのは股間に有刺鉄線が食い込むような縛り方をする。
縛り上げられた状態で歩き続けるのは男としてかなり辛そうだった。市長のほうは終始泣き叫びながら歩いていたし、グイードも歯を食いしばって涙を流しながら歩いていた。
俺たちは騎士団の人たちと共に、市長とグイード――二人の中年男を全裸に亀甲縛りの状態で騎士団の詰め所へと連行してきた。
道中もこの状態ではあったのだが幸いにして夜中のため人目につくことなく移動できた。これが日中だったらどんな噂が立ったか知れたものではない。
有刺鉄線はともかく、おっさんの亀甲縛りなんて目の毒でしかない。
目を輝かせていたのは騎士団長くらいのものである。それこそ亀甲縛りをされている市長とグイードを穴の開くほど観察をしていた。
全裸の市長とグイードに熱い眼差しを向けながら『この縛り方ですと縄抜けで逃げるのも難しそうですね』などとしきりに感心をする。さらに真面目にメモを取りながら聖女に亀甲縛りの縛り方を教わっていた。
傍からみれば亀甲縛りをされた全裸の中年男に熱いまなざしを向けるただの危ない男でしかない。
心配になったのでこの縛り方は本来なら女性向けの緊縛方法であることをこっそりと伝える俺に対して、感謝の言葉とともに『詰め所に戻りましたら女性で練習をしてみます』と真剣な表情で宣言をしていた。
それはそれで別の心配が頭をもたげたのだが、それ以上言及するのは止めて成り行きを見守ることを選択する。
◇
見習い騎士に案内をされて食堂へ到着するとメロディとティナ、ローザリア、ミレイユ、アレクシスが揃っていた。さらに彼女たちに協力してくれていたチンピラ数名が待機していた。
もちろん、彼女たちが探し出した二十名以上の人たちが不安そうな顔で固まっている。正確に数を数えると二十三名の人たちがいた。
顔ぶれは様々だ。小さな女の子から初老の男性まで年齢も性別もバラバラである。
いや、よく見れば小さい子どもは少なく高齢者は見当たらない。一番多いのは十代半ばから三十代くらいの若い男性で次いで十代半ばから二十代前半の若い女性だ。
不安そうにこちらを見ている人たちは誰もが身なりは酷いものである。それもそのはずだ。全員が奴隷落ちとなっていたと報告を受けている。
彼らは市長の被害者だ。
市長により無実の罪を着せられたり騙されたりして、多額の借金を負わされた挙げ句に奴隷落ちとなった人たちである。
残念なことに今回探し出して助けようとした被害者たちの半数以上が死亡していることが判明した。
加えて時間が短かったため全員の行方が分かった訳ではない。およそ半日という短時間で見つけ出したのがここに集められた人たちだ。
「お待たせー」
戸惑う被害者集団の心情など鑑みることなく、聖女の明るい声が食堂に響く。
その声に続いて食堂の入り口から市長とグイードが蹴り込まれ、そのまま食事中の被害者集団の前に転がる。もちろん有刺鉄線で亀甲縛りはされたままである。
有刺鉄線が身体に食い込み全身から血が
二十三名の奴隷落ちさせられた人たち――被害者集団の前に市長が転がり出ると被害者の人たちは様々な反応を示した。
怯える者、目を逸らす者、恨めしそうに見つめる者、怒りに震える者。
だが、誰一人として市長に殴りかかったり罵声を浴びせたりすることは無かった。
一番状況を理解しているのは市長とグイードの二人だろう。
特に市長は集められた被害者集団を覚えていたのか彼らを見た瞬間に顔色が見る見る青ざめていった。
「皆さん、今からこの状況とこれからのことについて説明をします。ここは騎士団の詰め所であり、皆さんに危害を加える連中はここには居ません。先ずは体力の回復と気持ちを落ち着けるためにも食事を摂ってください――――」
俺は戸惑う人たちに向けてそう切り出しすと、彼らのことを既に俺たちが買い取っており所有権が既に移っていることと現在奴隷身分からの解放手続き中であることを伝えた。
それらを伝えた上で、安心して食事を取るようにうながしてからさらに話を続ける。
市長が既に犯罪者であることと、今は何の権力もないことを伝える。さらに市長の私兵集団は既に壊滅していること、ここに集まってもらった人たちが市長に陥れられた人たちであり、無実の罪であると判明していることを伝えた。
俺が話を進めていくうちに被害者集団も自分たちの罪状が取り消され権利が復権される手続き中であることを改めて理解したようだ。
目や表情に輝きを取り戻していく。
感極まったのかあちこちから歓声が上がる。隣の人同士で互いに喜びあう人たちがいる、喜びの涙にむせぶ人たちがいる反面、既に喜びを分かち合う人を失ってしまっている人たちもいた。
それが最も如実に表れたのは市長に対する態度の変化だろう。
俺の話が終わりに近づく頃にはもはや市長に対して怯えるものは一人もいなくなっていた。
むしろ、市長に対して怒りと憎悪の視線を向け、そして罵声と恨み言、断罪を要求する言葉が次々と投げかけられた。
「――――ということで、市長の財産は差し押さえて被害者の皆さんに分配されます。さらに市長本人をどうするか、どうしたいかを皆さんに伺いたい」
「わ、私には後ろ盾があるっ!」
俺が話し終えて市長の処遇を被害者集団の意見を取り入れることを仄めかすと誰よりも早く市長が反応をした。
「私に何かあればお前たち、ただでは済まないぞっ!」
市長のこの言葉は効果があった。
俺が話をしている最中にもかかわらず市長を断罪するよう要求していた人たちまで黙り込んでしまう。
市長は市長で皆の反応から自分の後ろ盾の影響力の大きさに安心したのか、今度は俺たちに向かって虚勢をはる。
「お前たちもだっ! 外国人だろうと関係ない。必ず追い詰めてやるからな」
目に狂気を孕んでいるように見えるのは気のせいだろうか?
騎士団長とチンピラグループからの報告にあった市長の後ろ盾はヴァルテンブルク辺境伯。
戦争となれば、赤地に黒のワイバーンが二頭の旗を掲げて先陣を駆ける勇猛な騎士団を配下にもっており、ここ数年で上げた武功の数と大きさはドーラ公国でも有数だ。
そういえば見たな、赤地に黒のワイバーンが二頭の旗を。
迷宮を落とし穴にしたときに相当下の階層へと落ちていった連中が掲げていた旗がそれだ。貴族っぽいのも一緒に落ちていったな。仮に助かって帰国したところで戦犯だ。もはや何の発言も力も無いだろう。
「市長さん。あなたは本気で言ってるのですか? 後ろ盾が仮にあったとしよう。利用価値のない人間の後ろ盾なんてするヤツは居ないだろう? ヴァルテンブルク辺境伯も死者の後ろ盾はしないのではないでしょうか?」
さすがに迷宮に叩き落としたことは言えないので適当に強気に出て誤魔化す。
「それにこれは未確認の情報ですが、そのヴァルテンブルク辺境伯はカナンとカザンの戦争に介入したとも聞いています。そうなれば戦犯として裁かれ兼ねないんじゃないですか?」
俺の穏やかな口調で発せられる言葉は、市長に絶望と恐怖を与えて被害者集団に積極性と残虐性を与えたようだ。
被害者集団から市長へ向けて発せられる言葉と処遇の内容は時間が経つにつれ苛烈になっていく。
俺たちはそんな荒れた食堂の一角で、チンピラグループから入手した被害者集団のひとりひとりの調査書に目を通す。目的は次の市長候補の選定と現市長から没収することになる資産や店の権利などの動産、不動産の分配だ。
次の市長はもちろんのこと、周囲を固める市政の中核に位置する人たちをリューブラント侯爵領へと出発する前に恩と人情でがんじがらめにしよう。
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