第193話 ブランデー
カチャッ
高級娼館で唯一明かりが灯っていた部屋の扉が開かれた。
俺たちはターゲットの部屋のすぐ外に待機して視覚を飛ばして中の様子を確認する。
待機するメンバーは俺とテリー、ボギーさん。そして支配人と騎士団長、捕らえた襲撃者の指揮官であるグイードの合計六名である。
聖女と白アリは実働部隊だ。
「遅かったじゃないか。何をして――」
「こんばんはー」
部屋の中から響く責めるような市長の言葉に聖女の艶っぽい声が被る。
声に続いて聖女が薄手の夜着一枚である。
胸元は開いているどころか辛うじて隠れている程度で裾に至っては膝上何センチメートルではなく股下数センチメートルという凄い――転ばないかな? などとつい期待をしてしまうデザインの夜着だ。
デザインだけじゃない。生地も負けていない。
肌が透けて見えこそしないが、夜着の下には何も着用していないことが分かるくらいに肌にピッタリと貼り付いて体線を露わにしている。
その素晴らしい格好でしなを作り媚態を示しながら、タオルひとつ巻きつけるでもなくソファーに座ったまま惚けている市長が居る部屋へと入っていった。
その惚けた顔はたった今責めるような厳しい口調で言葉を発した者と同一人物とは思えないほど間抜けな顔である。
同じ男として気持ちは痛いほどよく分かる。
分かるのだが、それを女性陣に知られてしまっては負けな気がするので表情には出ないように注意を払って観察を続ける。
「……リーリスはどうした?」
「あら? 隊長さんからご所望だとうかがって来たんですよ」
突然の出来事に思考が追いついていないのか、聖女の際どい姿に見惚れてたのか、ようやく言葉を絞り出した市長をからかうような表情で見つめると、聖女は豊かな胸を押し上げるように腕を組んでわずかに前かがみの格好をする。
市長も今のこの状況に不信感や疑問はあるようだが、それらを横に置いておくほどに聖女のことが気になるようだ。実際にその視線は聖女の胸と太ももを往復している。
「お前は連中の……そうか、利口じゃないか」
市長は一瞬考えるような表情をしたが、すぐに満足そうにうなずくと好色な笑みを浮かべてゆっくりと椅子から腰を浮かせる。
市長の頭の中でどんな葛藤が繰り広げられたのかは知らないが、どうやら疑問も不信感も自己解決したようだ。
「他の娘たちはどうしてる?」
一糸まとわぬ姿のまま聖女の立つ入り口へと向かってゆっくりと歩いてくる。視線は聖女の胸元と太ももを忙しそうに往復している。
「こんばんはー、お酒をお持ちしましたー」
白アリが高価そうなブランデーのボトルを左手に、右手には三つのグラスを器用に持って入り口の柱に寄り掛かりドレスのスリットから実に大胆に白い太ももを覗かせている。
聖女のように夜着一枚とは行かなかったが深いスリットが入り大きく胸元が開いたドレスを身に付けている。その姿は扇情的で欲望を掻き立てるには十分だ。
「何だお前のその格好は。無粋なヤツだな。こっちの娘のようにもうちょっとそそる格好をしたらどうだ?」
口では文句を言っているがその口元はだらしなく緩み、視線はやはり太ももと胸元を忙しく往復している。
「この格好でも恥ずかしかったんですよー。あたし、頑張ったんですよー」
柱に寄り掛かったまま白アリがあのゾクッとする流し目を送る。
なるほど確かに頑張ったよな。俺たちが……
ノリノリで際どい格好をする聖女とは違い嫌がる白アリに俺とテリーばかりかボギーさんまで動員して頼み込んであのドレスを着てもらった。
白アリが『何でこんな格好をしなければならないのよっ!』と言っていたが、あんな色っぽい格好も目の前で繰り広げられている小芝居も本来は必要ない。
単に俺の趣味である。
自分の計画が成功したと浮かれた市長を天国から地獄へと叩き落とした瞬間の表情が見たい。
ただそれだけのためにやっている。
白アリの流し目とセリフに興奮をしたのか白アリの差し出したグラスに入ったブランデーを受け取ると飲むのではなくそのまま白アリの胸元に流し込んだ。
ブランデーで濡れたドレスが肌に貼り付く。胸元を濡らしたブランデーはそのまま白アリの身体を伝ってドレスから覗く太ももへと流れていった。もちろん伝ったのは太ももだけじゃない。
ブランデーの伝った跡がドレスにシミを残す。
そのシミの胸元から太ももへと至る軌跡は艶めかしく、若さゆえの妄想を掻き立てる手伝いをしてくれる。
「おい、お前もこっちへ来い」
太ももを伝うブランデーを満足気に見た市長は聖女へと視線を向ける。そして空になったグラスとブランデーの入っているグラスを交換すると聖女へと向きなおった。
今度は聖女にやるつもりか? いやがおうにも期待は高まる。
そろそろ市長の前に出て行くタイミングが迫っているのだが『もう少しこのまま様子を見ても良いんじゃないのか?』との考えが去来する。
「ところで、お前たち二人だけか? もっと大勢居ただろう?」
ブランデーを聖女の胸元に注ぎ込み、くすぐったそうに身体をくねらす聖女の姿を見ながら下卑た笑いを浮かべて市長が聞いた。
「別の部屋に閉じ込められてます。あ、ラウラ姫ひとりだけは『特別だ』と言って隊長さんが上の階へ連れて行きました、つい先ほど」
「何っ! どこの部屋だっ!」
聖女の言葉に市長の顔から好色な表情が消えて蒼ざめた顔へと急激に変化した。その蒼ざめた顔を白アリの方へ向けてさらに話を続ける。
「ラウラ嬢は丁重に扱えと言っただろう! まさか、丁重の意味を取り違えているんじゃないだろうなっ! ラウラ嬢をすぐにここへ連れて来い!」
捲くし立てるように白アリに向かって指示をだす。
その狼狽振りからしてラウラ嬢に手を出すつもりはなかったようだ。こちらが思ったほど外道ではなかったのか、或いは、処世術として力関係に敏感なだけだったのかもしれない。
むしろ保護をするつもりだったのか。恐らく『悪い連中に騙されていたラウラ嬢を保護した』との体裁で国内外にアナウンスをするつもりだったのだろう。
「いやよ」
アイテムボックスから上着を取り出し羽織ると、演技もここまでとばかりに白アリが怒りに燃えた視線を市長に向けて冷たく言い放つ。
「え?」
市長が惚けた表情で白アリのことを見つめている。白アリの反応に戸惑いを隠せずにいた。
「何であたしがあんたなんかの言うことを聞かなきゃいけないのよ。このドスケベがっ!」
「なっ?」
周囲にこんな辛らつな反応する女性は居ないのだろう。市長は急変した白アリの反応に戸惑い目を白黒させている。
「おいっ! 誰か居ないのか? 支配人っ! おいっ!」
市長はその場から動くことも出来ずに助けを求めるような感じでヒステリックに声を上げた。
「はい、何かご用でしょうか?」
支配人は俺の傍らから素早く入り口の前へと移動をして恭しく頭をさげる。
「グイードを呼べっ! 今すぐだっ! それとラウラ嬢もだ。すぐに走れっ!」
もの凄い形相で支配人に向かって怒鳴っている。もはや白アリのことも聖女のことも見てはいない。もしかしたら、市長の中ではそれどころではない状態なのかも知れない。
「誠に申し訳ございません。今夜はこちら様の貸し切りとなっております。市長のご要望にはお応え致しかねます」
言葉を失い茫然とする市長に向けて恭しくお辞儀をする支配人。その支配人が頭を上げる前に俺はそのすぐ後ろに並んで市長の前に姿を現した。
「市長、貴方の差し向けた連中は返り討ちにしましたよ。もちろん証拠のため何人かは生かしてありますが」
そう言う俺の両隣に若干の時間差をつけてテリーとボギーさんが並ぶ。
市長は俺たちの出現によほど驚いたのだろう、ただ茫然と眺めているだけだ。どうやら何が起きているのか理解できていないようだ。
そして俺たちが姿を現すのと同時に白アリと聖女は着替えるために隣の部屋へと早々に転移をした。
「悪足掻きは止めて観念するんだな」
「……なんの話だ」
火の点いていない葉巻を口に運びながらボギーさんが市長に向かって静かに語りかけると、市長は益々顔を蒼ざめさせてそれだけ言って黙り込む。
「ですから、もう諦めましょうよ」
俺はそう言うと、有刺鉄線を使って亀甲縛りで縛り上げた襲撃者集団の指揮官――グイードを市長の居る部屋の中に突き飛ばすようにして放り込んだ。
グイードの拷問、もとい。尋問を聖女に頼んだのだが、尋問が終わったときにはこのようになっていた。有刺鉄線で亀甲縛りをされた状態でここまで連行したので酷い状態である。
チンピラグループに聞いたところ、この異世界に亀甲縛りというものはないそうでその複雑な縛り方に随分と感心をしていた。
有刺鉄線で縛り上げているので全身血だらけである。さすがにグイードの惨たらしい姿を見て市長が息を飲む。
「市長、いろいろと証拠が揃っております。それにラウラ嬢を誘拐したことは国際問題に発展しかねません。大人しくご同行願います」
そしてとどめとばかりに騎士団長が俺とテリーの間を通って室内へと足を踏み入れる。
その表情は厳しい。断固とした対応をと取るつもりであることがうかがえる。
まあ、そうしなければ自分たちに累が及ぶのだから必死だろう。
観念したのか亀甲縛りのグイードと騎士団長の厳しい態度を見た市長が崩れ落ちるようにして床にへたり込んだ。
「お待たせー」
聖女が明るく朗らかな口調とともに転移してきて、足取りも軽く市長へと駆け寄る。手には有刺鉄線の束。
有刺鉄線を使って亀甲縛りで市長を縛り上げるつもりのようだ。
むさい中年の男二人を亀甲縛りか。
この異世界に間違った文化が根付かないか心配ではあるがいろいろと活躍してくれたので見てみぬ振りをすることにした。
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