第192話 待ってろよ、市長

 俺たちの宿泊している宿屋の向かいにある民家を怪しげな十人の武装した男たちが占拠していた。

 民家の家主とその家族は縛り上げられて二階にある寝室に閉じ込められていた。縛り上げられている家族は六名。なかには十代の姉妹もいたがそれ以上の酷いことはされていないようだ。市長よりはマシな倫理観を持っているということか。


 侵入者は全員一階にいた。それぞれ居間に四人とダイニングに六人とに分かれている。指揮官と思しきヤツは居間か。

 家主とその家族が隔離されているのは幸いだ。彼らに侵入者の刃が届く前にやつらを始末できる。


 俺は六人の侵入者が占拠しているダイニングの一角へと転移した。

 転移と同時に六人の侵入者に向けて固体窒素の弾丸を撃ち込む。体内への侵入箇所は胸や背中と様々だが破壊する器官は狙い違わずに心臓を破壊した。


 心臓へ到達した固体窒素の弾丸は周囲の組織を衝撃で破壊すると共にその低温で細胞を凍結する。

 出現と同時に二人ほど俺に気が付いたが声を上げる間もなく心臓を破壊されて絶命した。他の四人は俺に気付くことなく即死だ。ここに居た六人は何が起きたのかも分からなかっただろうな。


 家主とその家族に縛り上げる以上の酷い仕打ちをしなかったことへのせめてもの情けだ。

 苦しまずに死ねたことを感謝しろよ。


 あと四人。

 隣の部屋に視覚と聴覚を飛ばして中の様子が確認できる状態で攻撃魔法を発動させる。


 ターゲットは水を飲んでいる男。鉄のレガースと鉄の胸当て、鉄のガントレットを装備した、この中にあっては割と重装備の部類に入る男だ。

 頭部の周囲を空間と重力の結界で覆い、閉鎖空間の中にある酸素濃度を一気に下げる。先ほど俺の寝室に突入してきた連中を仕留めたのと同じ魔法だ。暗殺にはもってこいの魔法だな。


 水を飲んでいた男は水が入ったコップを手にしたままうずくまるようにして椅子から転げ落ちた。

 鉄の胸当ての下から防具と男の体重でコップが割れる音が聞こえた。


「おい、どうした?」


 隣に座っていた赤い革鎧を装備した男が足元に崩れ落ちた男を抱き起こそうとして、両肩を後ろから持ち上げ掛けたところで動きが止まった。


 ガタンッ ガシャーンッ


 抱き起こそうとした男のすぐ後ろでテーブルの上にあった水差しを巻き込んで茶色の革鎧を着込んだ男が崩れ落ちた。

 運の悪いヤツだ。よりによって自分がテーブルから落とした水差しの上に顔から倒れこむとは。左の頬と首筋を水差しの破片でザックリと切っている。水差しからこぼれた水と男の血とが混じりながら広がっていく。


「パスカル、お前はそのままリックを見ろ」


 最初に倒れた男の両肩を掴んだまま後ろを振り向いた男に指揮官と思しき男は赤い革鎧の男に指示を出すと自分は水差しを巻き込んで倒れた男へと駆け寄っていった。


「リック、おいっ! リックッ!」


 赤い革鎧の男――パスカルはリックと呼ばれた最初に倒れこんだ男を激しく揺さぶった後で床に放り出すと、かなり慌てた様子で指揮官と思われる男に向かって叫ぶ。


「グイードさんっ! だめだ、死んでるっ!」


「こっちもだ……でも、何でだ?」


 テーブルの足元に倒れこんだ男の首筋から手を離して立ち上がると周囲を注意深く見渡す。


「水か?」


 グイードはリックが手にしていたコップとテーブルの下で割れている水差しを交互に見ながら顔を強ばらせてつぶやく。


 なるほど。

 水に毒が入っていたと思ったのか。偶然ではあるが状況から見てそう考えられないこともないな。


 ドサッ


 パスカルが突然崩れ落ちる。糸の切れた操り人形という表現を日本で聞いたことがあるが、まさその言葉に相応しい崩れ落ち方だった。


 結界と酸素濃度の調整、派手さはないが暗殺にはこの上なく便利な魔法かもしれないな。何よりもこの異世界の人たちでは死因は特定できないだろう。


 あとひとり。


 グイードは崩れ落ちて床に倒れているパスカルに駆け寄るでもなく、能面のような顔で茫然とパスカルのことを見つめていた。


「お前で最後だ」


 扉が開け放たれた入り口を背にして、俺に背中を向けているグイードへ向けて静かに声をかけた。


 グイードは俺の声に弾かれたように素早く反応をする。身体を反転させながらその場を飛び退り、同時に長剣を抜き放って正眼に構えた。

 荒事や裏の仕事を任される一団の指揮官だけのことはある。即座に戦闘態勢をとると若干声をうわずらせながらも言葉を発した。

 

「誰だお前は?」


「おいおい。寂しいこと言うなよ。まさかターゲットの顔を忘れたのか?」


 グイードの言葉に俺は大仰に驚いてみせる。もちろん両手を大きく広げて武器を持っていないことのアピールも忘れない。


「お前はっ……」


 グイードの表情が強ばりこちらを睨む目に力がこもる。俺が武装していないことをアピールしているにもかかわらず剣を正眼に構えたままさらに言葉を続けた。


「いったい何をした? 他の仲間たちはどうなった?」


「何をしたかは、説明したところでお前には分からないさ。この家を占拠していた不届き者な、お前以外は始末したよ」


「何だと……」


 俺の回答にその言葉をしぼり出すだけでそれ以上の言葉は出てくる気配がない。怒りに満ちた目で俺のことを見てる。


 仲間を殺されて怒りを覚えるのは分からないでもないが、この場合はお門違いもはなはだしい。

 自分たちが殺しに来た相手に返り討ちにあったのだから、それは素直に受け入れて欲しいものだ。


「そう怒るなよ。言いたことがあるなら後で聞いてやる。先ずは俺の質問に答えろ。――――」


 ◇

 ◆

 ◇


 俺たちは繁華街の一角にあるにしては不釣り合いなくらいに品が良い上に構造もしっかりした建物を見上げていた。

 この異世界には珍しい五階建ての建物だ。ここから見る限り明かりの点いている部屋は一室のみでそれもかすかな明かりでしかない。


 テリーが前髪をかき上げて建物を仰ぎ見る。


「ここで仕事してるのか? いや、仕事なのか?」


「家族には仕事で帰れないことにしてるそうですよ」


 その口調からあきれ返っているのが如実に伝わって来るテリーとは違って聖女の声は弾んでいた。これから始まることへの期待からかこの中にあって聖女だけはにこやかである。


「羨ましい仕事だな」


 ボギーさんは市長に対して感情のこもらない羨望の言葉を発しながら、女の子と特徴が書かれたリストに何やら書き込みをして支配人へと渡していた。


 自由だ、自由すぎる。

 たった今、支配人に渡したリストは絶対にボギーさんの好みの女の子をチェックして何かしらの指示を書き加えていた。周りの目を気にすることなく自然な態度でそんなことが出来る貴方の方が俺は羨ましい。


「どんな仕事よっ!」


「仕事内容の詮索はさておき、市長がいるのは確かだ。そうだな?」


 不機嫌そうに建物を睨みつけている白アリの肩を自然な感じで抱きながらこの店の支配人に向かって再度確認をすると、支配人は『間違いありません』との言葉を添えて力強くうなずいた。


 ランバール市に幾つもある不夜城のひとつ、高級娼館。それもこの都市で最高級の店の前に来ている。

 この高級娼館はつい何日か前までこの街でナンバー1の悪の組織が経営していた。


 何でも経営者や男の従業員の大半が騎士団に突き出されて経営的に無法状態となったところに、彼らに多額の融資をしていた当時のナンバー4組織が借金を帳消しにする形でこの娼館を含めて幾つもの飲食店を取得したそうだ。

 幸いなことに当時のナンバー4組織は話し合いの結果、俺たちに非常に協力的だ。今回もいろいろと協力や便宜を図ってくれている。それは今回も変わらない。


 ボギーさんから受け取ったリストを確認している支配人にさらに確認を続ける。


「女の子とお客の避難は完了したか?」


「はい、終わってます」


 支配人は再び力強くうなずき隣に控えていた副支配人にボギーさんから受け取ったリストを渡す。

 それを受け取った副支配人は向かいにあるホテルへと駆け込んでいった。全ての事柄が流れるように運んでいる。


 もちろん、今回の作戦にそんなリストなど必要はない。

 ボギーさんが女性陣にどんな冷たい目で見られようと構わないがこちらに累が及ぶようなことはやめて欲しい。


 踏み込む場所が娼館ということで、テリーが気を利かせて男だけで向かおうとしたところ、アイリスの娘たちまで含めた女性陣からあらぬ疑惑を掛けられた。

 妄想の方はさておき、疑惑を掛けられるようなことは計画していなかったにもかかわらずである。


 だがボギーさんの所業を見ていると沈静化した疑惑が頭をもたげて来そうで怖い。


「さっさと終わらせてゆっくり休もうぜ。なあ、兄ちゃん」


 ボギーさんが弾んだ声で楽しげに俺の肩を叩く。休む気なんて無さそうだな。


 これ以上ボギーさんにかかわってあらぬ方向に話が進む前にさっさと決着を付けたほうが良さそうだな。

 俺たちはボギーさんにうながされる形で市長が待っている娼館へと足を踏み入れた。

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