第191話 深夜の迎撃
全員が持ち場に移動したのを確認してから、俺自身も本来宿泊しているはずの部屋へと移動をする。
市長の私兵と思われる謎の武装集団が次々と宿屋へと侵入して来たのが展開してる空間感知で確認している。
宿屋の受付や従業員、他の滞在客を害するようなことがないか注意をしていたがその辺りは危惧で終わりそうだ。宿屋の受付と厨房で仕込みをしていた従業員を手早く縛り上げ、アイリスの娘たちを安心させるように、柔らかな口調を心掛けて手段を穏便な方向へと誘導した。真っすぐに俺たちが滞在しているはずの部屋へと手分けをして向かっている。
動きに迷いがない。手慣れているのが分かる。
事前にこちらの宿泊している部屋の情報を把握して作戦の立案がされていたのだろう、市長官邸を出てから立てた作戦とは思えないような動きだ。
向かう先の部屋から判断すれば今日の夕方以前に情報を入手したようだ。下手をしたら騎士団とここを訪ねて来たときに部下に調べさせたか?
何れにしても強行策を最初から計画に踏まえての要求だった訳か。
時間がなくて強攻策に及んだのではなく、最初から武力制圧をして後から適当な罪を被せるつもりだったってことか。
随分と思い切りが良いじゃないか、市長。
来たか。
俺の借りている部屋の扉が開かれ五人の武装した侵入者が飛び込んでくる。
飛び込んでくるなり三人がベッドへと駆け寄り剣を突き立てた。二人は扉の傍に控えて打ち漏らした場合に備えている。やっぱり手慣れているな。
誰が寝ているのかの確認もなしかよっ! 思い切りが良いとかの範疇じゃないぞ。間違って無関係の人間を殺してもどうとでもし誤魔化して来たというこれまでの所業がうかがい知れるな。
「やったか?」
扉の傍に控えていた二人がベッドへと駆け寄る。興奮の色も罪悪感も覚えられない事務的な口調だ。
ベテランかどうかはともかく、それなりに修羅場を潜っているのは間違い無さそうだね。
対して答えた男の方はわずかに不安と戸惑いの色を浮かべている。
「いえ、手応えが……」
「どけっ!」
駆け寄った男は、言いよどむ部下と思わしき男を押し退けると掛け布団を勢い良く剥ぎ取った。
「――なっ?」
「感づかれたか?」
「チェックメイトのリーダー、ミチナガ・フジワラだ。尋ね人は俺で間違いないか?」
入り口の扉をかすかな音を残して閉じると、俺のベッドを囲むようにして覗き込んでいる五人の男たちに向かってゆっくりと近づく。
武器を所持していないことを知らしめるため、手のひらを上に向けて軽く両腕を広げている。
俺がゆっくりと部屋の中央まで進む間に自分たちの用事を思い出したのか、弾かれたように俺のことを包囲するために五人が動き出した。
後方に二名――左右の斜め後方に位置して長剣を構えている。盾はない。
左右に一名ずつ、正面に一名。左手側の男が短槍、右手側の男が長剣。正面の男は長剣に盾。五人とも俺の想像していた暗殺者のスタイルからはほど遠い。そもそも顔を隠そうとすらしていない。
「返事は無しか」
取り囲んだ男たちを無視して、先ほど指示を出していた正面の男に視線を固定して話を続ける。
「だが、せめてノックくらいはして欲しかったな。着替えや湯浴みの途中だったらどうするんだ? お互いに気まずいだろう? ましてや女性と一緒だったら大騒ぎに――」
俺が話をしている最中だというのに左右の男たちが動く。
左側からの短槍の突きは俺の左胸を捉え右側からの一撃は頚動脈を狙ったのだろう首筋に振り下ろされた。
微妙な時間差をつけて後方の二人が切り付け正面の男が胸の中心に向けて強烈な突きが真っすぐに向かってくる。
良い連携だ。十分に訓練もされている。必殺のフォーメーションなんだろうな。
「入ったっ!」
「仕留めたっ!」
「ヤッたのか?」
「手応えが……」
慎重なヤツもいれば早とちりも居るようだ。切りつけた武器を通じて鈍い衝撃が伝わったからか、いつもと違う手応えに五人がそれぞれ違った反応を示す。
「なぜ?」
そして正面の男の顔に恐怖と困惑が広がる。
「うわーっ!」
状況を一番正確に把握していた正面の男が叫び声を上げて長剣で何度も切りつけてくる。剣筋はもはや滅茶苦茶だ。
「き、切れーっ!」
正面の男の動きにつられたのか右側の男も驚愕の表情を浮かべて周囲に攻撃を続けるよう号令して自分自身も長剣を両手に持ち直して振り下ろしてきた。
「どうした? 傷ひとつどころか衝撃ひとつ届かないぞ」
挑発するように薄笑いを浮かべて左右の男を見やった後で正面の男に視線を戻す。後ろの二人は面倒なので無視をすることにした。
身体と衣服の表面に純粋魔法で魔法障壁を、さらに重力魔法による重力障壁を張り巡らせて複合障壁をまとわせている。
たとえ銃弾だろうと余裕で防げるだけの強度だ。
正面の男は泣きそうな表情で斬撃を繰り出している。
だが、その斬撃には最初の頃の力強さはもはや見られない。それは決して疲労だけが原因でないのはその表情を見れば明白だ。
「無駄だ。お前たちの攻撃が俺に届くことはない、諦めろ」
正面の男を見据えたまま静かに語りかけると既に半ば以上投げやりになっていた斬撃が止んだ。
左側の男は短槍を抱えたままその場に座り込んでしまった。
扉が近かったからか後方の二人はほぼ同時に扉へと駆け寄ると見えない壁にぶつかったかのように弾き飛ばされた。窓から逃亡を図ろうとした右側の男も同様に窓に到達する寸前に見えない壁に阻まれて弾き飛ばされている。
部屋全体にも重力障壁と風魔法による防音の結界を巡らせているので、音が漏れることもなければ扉や窓から逃亡されることもない。本人たちは気付いていないだろうが完全に袋のネズミだ。
いや、さすがにここに至っては気が付いたか? 全員が顔を蒼ざめさせて俺のことを凝視している。
「ば、化け物……」
「助けて、助けてください」
「雇われただけなんだ、命令されただけなんだ」
左側に居た男は短槍を抱いたまま腰を抜かして股間から湯気を上げている。後方の二人は長剣を投げ捨て床に伏せた状態で、もはや俺の顔すら見ようとしていない。
右側にいた窓へ特攻した男はよほど勢い良く突っ込んだのだろう、鼻が潰れた状態で仰向けに気絶をしている。
唯一剣を構えていたのは正面の男だけだ。だが構えているだけで切り掛かってくる様子はない。先ほどから指示を出しているところを見るとこの小隊の隊長なのだろう。
「俺たちがアーマードスネークを討伐した噂は聞いていなかったのか?」
俺は今回の一連の襲撃で常に付きまとっていた疑問を解決できないかと淡い望みを託して正面の男に聞いた。
「運が……運が良かっただけだと聞いた。瀕死のアーマードスネークに偶然出くわしたと……」
「それを信じたのか?」
「アーマードスネークなんて数人で倒せる魔物じゃない。数人で倒したとかいう誇張の方が信用できん」
所詮は小隊長クラスか。
剣こそ構えているが視線は俺に向けられることはない。こちらの質問に答えた後は足元に視線を落として何やらブツブツと独り言をつぶやいていた。
なるほど。そういう考え方もあるか。
ここまでの市長の態度やこいつらを見ていると、『市長が騙した』というよりも市長がそんな風に自分の都合の良いように受け取っているのかもしれないな。或いは、これまで政敵やら気に食わないヤツらを順調に陥れてきて増長やら油断やらで目が曇ったか。
「お前たち、次の人生があったら真っ当に生きろよ」
頭部を結界で覆い閉鎖空間の酸素濃度を低下させると全員がその場に崩れ落ちる。崩れ落ちてからは三分と経たずに全員が息を引き取った。
周囲の状況を改めて確認する。
順調のようだな、被害は出ていない。
ラウラ姫一行は別の部屋に退避していたこともあり敵は部屋まで到達できていない。
武装したアイリスの娘たち六名とセルマさんとローゼが起きているがラウラ姫は静かに寝息を立てていた。
ラウラ姫一行がもともと宿泊していた部屋では五人の侵入者が捕らえられていた。
聖女の新型有刺鉄線の投網に絡め取られて身動きとれずに何やら懇願をしているようにも見える。何を懇願しているのかも気になるがそれ以上に気になったのが新型有刺鉄線の投網だ。
有刺鉄線なのか? これ?
線の部分は不可視の糸――マダラ赤クモの耐久性の高い糸を寄り合わせて作られていた。
これ、作成したのはメロディだよなあ。なんとも贅沢な一品だ。
刺と線はあるが鉄なんて欠片もない。いや、もしかしたらオリハルコンの合金に少しは鉄を使っているかもしれないが、既に有刺鉄線と呼んで良いものか分からない代物になっていた。
さて、他のメンバーはどうだ?
白アリの受け持ちでは既に五人の侵入者が凍死しており、凍死させた当の本人は次のターゲットを求めて移動をしていた。
欠食児童も同様だ。こちらは死因こそ溺死と違いはあるが次のターゲットに移動済みだ。
黒アリスちゃんも馬車を引っ掻き回していた二十名を昏倒させて拘束に入っている。
テリーも欠食児童と同様に次々と侵入者を溺死させていた。いや、最新の被害者は水ではなく酸の中に浸されている。どうやら何かしらの情報を引き出すのに成功したようだ。
ボギーさんは外に隠れている狙撃担当の弓使いを【暗視】スキルと重力魔法で作り出したスコープ、光魔法のレーザーサイトを活用して魔法銃で次々と狙撃をしている。いわゆるワンショットキルである。
狙撃をするはずの自分たちが考えられないような遠距離から狙撃されるのだ。考えれば恐い話だ。だが、狙撃されるほうは恐怖を感じる前に永遠に意識を失う。
ロビンも早々に自分の担当エリアの侵入者を始末して趣味に走っているようだ。
足元には昼間ロックオンした覗き屋が転がっていた。
いろいろとあるが、こと迎撃に関して考えれば順調だな。
さて、俺もそろそろ敵の指揮官と思しきヤツのところに移動するか。宿屋の向かいにある民家を占拠している一団の中へと転移した。
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