第190話 襲撃者

 市長官邸を出て真っすぐに宿屋へと向かうことはせずに適当に魔道具屋や武器屋、防具屋を見て回りながらののんびりとした道中だ。

 時間的には少し早いが夕食の材料の買い出しに出ている人たちが目立つ。当然、食材を扱う店の立ち並ぶ一角が一際賑わっている。


 そんな食材を買い求める人たちとは別に探索者ギルドや素材屋、魔術師ギルドへと向かう若い探索者たちがチラホラと目に付く。日帰りの依頼――近隣の魔物討伐や素材集め、薬草採取などをこなした探索者たちだ。

 ちょうど日帰りの依頼をこなして戻ってくる時間に重なったようだな。


 いつもより日帰りの探索者たちが少ないのは昨夜の宴に多くの探索者が参加したたため、今日を休養日としてるパーティーが多いためだろう。

日帰りの探索者は初心者や階級の低いものが多い。昨夜のようにただで豪華な食事にありつけるどころか、あまった食事を持ち帰れるとなれば翌日を休みにしてでも参加するよな。


 さすがに一般市民は気付いていないようだが、昨夜の宴に参加した探索者たちは俺たちのことが分かるようだ。

 見つけると会釈をしたり握手を求めたりと出会うたびに足止めをくらっている。足止めを予想したわけじゃないが、ティナとローザリアを先行してチンピラたちのところへ向かわせたのは正解だった。


「下手な尾行だな。まあ、ティナたちの方へは人を割かなかったようで助かったよ」


「四名も尾行につけるなんてあきれますけどね」


 魔道具屋の前で、店内に入った女性陣――白アリと黒アリスちゃん、メロディ、ミレイユ、アレクシスを待ちながらテリーとロビンが苦笑交じりに会話をしている。

 話題は市長官邸を出ると同時に張り付いている尾行のことだ。


 四名の尾行のうち、二名は最初から気付かれることを前提とした言わば囮を兼ねている。

 残る二名のうち一名は俺たちの先回りをするようにして常に前方に位置してた。そして残る一名は通りを一つ挟んだ程度の距離からこちらを監視している。


 最後の一名の動きが気になったので鑑定をしたところ【暗視】【遠見】【索敵】【隠密】のスキルを所有していた。

 まさに覗きをするためにあるような人材だ。


「どんな手段に出るにしろ明日中には決着をつけて明後日の午前中には出発しよう。そのつもりで準備をしておいてくれ」


「了解だ。まあ、特にやることもないんだけどね」


 俺の言葉にテリーが面倒臭そうに返答をし、ロビンが悪そうな笑みを浮かべてそれに続いて答える。


「分かりました。【暗視】【遠見】【索敵】【隠密】を持っている尾行は私が対処します」


 今にも舌なめずりをしそうな感じだ。

 何となくそんな気はしていたがスキルが豊富な覗き野郎はロビンがロックオンしていたのか。

 

 覗き野郎には気の毒だがロビンの餌食になってもらおう。

 明日にはロビンも立派な覗き野郎になっていることだろう。とはいっても、空間感知と視覚を飛ばす空間魔法に比べれば児戯にも等しいスキルだけどな。唯一役に立ちそうなのは【暗視】か。


「尾行中に対処はするなよ」


「分かってますよ。それよりも、どんな手段で来ると思いますか? 今までの人たちのように無実の罪で捕縛に来ると思いますか?」


 ロビンの表情が気になって思わずクギを刺した俺のことを、一瞬だけキョトンとした目で見るがすぐにいつもの冷静な表情で聞いてきた。


「無実の罪でとらえにくるにしても、時間がないから準備不足になるんじゃないのか?」


 魔道具屋から出てきた白アリたちに一瞬視線を向け軽く右手を挙げて迎えると再びロビンへと視線を固定する。


「門を出るときに拘束ってのもありそうだけど、まあ、仕掛けてくるなら今夜が濃厚だろうな?」


 俺たちの出国許可書にサインをしているときの市長と周囲にいた護衛たちの表情を思い浮かべながら、仕掛けるなら今夜だと半ば確信をしている。


 門で拘束しようとしても最悪は強行突破されて国境を越えられる可能性が高くなるだけだ。

 出来るなら国境から遠い市内で拘束するだろうな。


 しかも、今回は騎士団が動かない。

 もし約束を反故にして動くようなことがあれば、そのときには壊滅をしてもらおう。


「どうかしら、案外いろいろなことを想定して仕掛けを幾つも常備してたりして」


 白アリが囮の尾行に向けて小バカにしたように一瞥をくれるとそのまま宿屋へ向けて歩き出した。


 白アリは笑い飛ばしているが、もしかしたら的を射ているかも知れない。敵の多い人間だからどんな準備をしていても不思議じゃないよな。


「案外いろいろと周到に用意されているかもな。まあ、小細工なんか幾ら用意しても蹴散らすから関係ないけどな」


 俺の言葉に全員が口元を緩めた。『小細工など幾らでも蹴散らせる』いや、むしろ蹴散らしてやるとの思いがあるのだろう。


「どんな小細工を仕掛けてくるか楽しみねー」


 その気持ちを代弁するかのように白アリが振り返り、穏やかな風にその長い黒髪を揺らしながら実にさわやかな笑顔を皆に向けた。


 ◇

 ◆

 ◇


 そろそろ日付が変わる時間になるか。部屋の窓辺に置いた椅子に座り夜空を見上げると地球で見る月よりも明らかに大きな月が輝いている。半月よりは欠けているか。

 月から視線を外してテーブルの上に置かれたお茶に手を伸ばす。


 空間感知で捕捉していた不審者たちがにわかに動き出した。

 周囲が寝静まるのを待っていたか。


 窓辺にいると警戒されるかな? 窓辺から離れるか。

 窓辺から移動しようと視線を室内へ向けると、ベッドの中で静かに寝息を立てている白アリが視界に入る。


「ミチナガさん」


 椅子から腰を浮かせる直前に右肩に手を置かれ耳元で名前を消え入るほどの声でささやかれた。黒アリスちゃんだ。


「動き出したみたいですね。こちらも迎撃準備を始めて良いですか?」


 振り向くと大鎌を肩に担いで妖しげな笑みを浮かべている。実にモチベーションが高そうだ。


「ああ、その前に白アリと聖女を叩き起こしてくれ」


 俺のベッドで気持ち良さそうに眠っている白アリとベッドから転げ落ちてなお床で寝息を立てている聖女を指差す。


 黒アリスちゃんは二人を見やると再び俺に視線を戻してクスリと笑い、小さく首肯してからベッドへと向かった。


「しかし、随分と人数を投入してきたな」


「全部で九十二人ですよ。よくまあ、これだけの私兵を雇ってますよね」


 半ばあきれ返っているテリーとロビンの言葉にボギーさんが続く。


「なかには臨時雇いの探索者や裏商売をしているような者まで居そうだがな。それにしても期待はずれだな。もう少し小細工をろうして来るかと期待したのに、結局は力攻めの闇討ちかよっ! つまんネェ事しやがってっ!」


「闇討ちでこちらの人数を減らしてから冤罪えんざいを押し付ける算段でしょうね。幾ら何でも口実も無しに襲撃はしてこないでしょう」


 倒れ込むようにして椅子に腰かけるボギーさんを見ながらも空間感知で敵の動きに注意を払う。


 宿の馬車置き場に二十人ほどが集まっている。

 アーマードスネークの素材を馬車に積み込んだと勘違いしているのか、せっかく積み込んだ荷物を馬車から乱暴に引っ張り出していた。


「あの市長のことだから、『男は皆殺しで女はさらって来い』ぐらいの指示を出していてもおかしくないな」


「ありそうですね」


 テリーがテーブルの上で眠っているレーナのことを指で突いて起こしていると、黒アリスちゃんが聖女の傍らにしゃがみ込むとテリーと同じように聖女の頬を指で軽く突きだした。


「まあ、たっぷりと後悔させてあげましょう」


「はいっ! 不肖、このウィンもお手伝いをさせて頂きます」


 白アリが大きく伸びをしながら自信たっぷりに言うと、どこからともなく現れた水の精霊ウィンディーネが全て聞いていましたとばかりに白アリの横で拳を突き上げていた。

 

 敵の戦力は私兵と臨時雇いの探索者を含めて九十二名。

 果たしてこの九十二名は今回の襲撃計画の全貌を知っているのだろうか? 具体的にはラウラ姫が居ることと俺たちの戦力だ。きっと知らないんだろうな。


 いや、ラウラ姫がいることは承知の上で参加している者も居るかも知れないな。

 少なくとも市長は騎士団からの報告で知っている。


 知っていて仕掛けてくる。

 万が一の場合は逃げおおせる自信があるのか、或いは、後ろ盾か……


 確か資料によるとどこぞの血の気の多い辺境伯の縁戚だったな。

 気の毒に。


「侵入してきたぜ」


 ボギーさんが二丁の拳銃を左右の手に握ると大きく腕を振り上げてマントを跳ね上げる。

 先ほどの、敵の力押しの作戦に失望していた表情はない。火の点いていない葉巻を咥えたまま口元を緩めている。


「じゃあ、私も持ち場につきますね」


 欠伸をしながらそう言うと聖女は本来ラウラ姫一行が泊まっているはずの部屋へと空間転移で移動をしていった。


「じゃあ、全員持ち場につこうか。あ、黒アリスちゃん。馬車から荷物を引っ張り出した連中は生きたまま取り押さえてくれ。後で荷物を元通りにさせるから」


「はい、分かりました」


 他のメンバーが無言でうなずく中、黒アリスちゃんは明るい口調で返事をすると満面に笑みを湛えた残像を残して消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る