第187話 市長の私邸
時間は午後三時過ぎ。大多数の人は仕事の真っ最中である。
本人が居ないほうが仕事はやり易いだろうということで市長の自宅へと来ている。素行や性癖にさまざまな問題はあってもさすがは市長。高級住宅エリアのさらに一等地に豪邸を構えている。
一般市民の住宅エリアとは違う。
道幅は商業エリアのメインストリートとほぼ変わらない広さがある。大き目の馬車が四台並んでも余裕ですれ違えるほどだ。
道路も清潔でゴミなどは見当たらない。何よりも大きな違いは悪臭がないことだ。
魔法がある分若干便利ではあるが基本は地球の中世の文明レベル程度でしかないので、現代日本に住んでいた俺たちからすれば街中は決して清潔ではない。
さらに言えば臭いが酷い。
それでもある程度裕福な一般市民の居住エリアや高級宿屋の並ぶ商業エリアでは消臭効果のある魔道具が利用されている。
この高級住宅エリアは消臭の魔道具が多用されているのだろう、現代日本と比べても
そして道行く人たちにも余裕が感じられる。
「さすが、代官とはいえこの都市のトップだけあって良いところに住んでますね」
「警備も厳重ですよ」
黒アリスちゃんとロビンが横目で市長の私邸を見やりながら世間話をするように会話をしている。
今俺たちは、市長の私邸を右手に見ながらゆっくりと大通りを歩いている。
閑静な高級住宅エリアを探索者が歩いていても違和感はない。もちろん、高級住宅エリアに個別に雇われているであろう程度に見えるよう、それなりに身なりは整えている。もっとも、俺やロビンが普段から着用しているアーマーでも十分に高級品に見える。まして黒アリスちゃんの装備しているドレスアーマーは貴族の装備並みに見えるそうなのでまったく問題は無い。
チンピラの持ってきた書類には騎士団が黙り込む情報だけではなく、市長が逃げ出したくなるだろう情報が含まれていた。
具体的にはオスのフェアリー専用娼館での記録を手始めに世間をはばかるような特定の趣味の人向けの利用記録だけで小冊子が出来るほどだった。
どちらも家庭崩壊と社会的な信用失墜に直結しそうな記録である。
質、量共に十分な気もしないでもないが、出来るだけの準備をして徹底的に追い詰めて溜飲を下げることにしたのでさらなる情報収集のためにここまで足を運んでいる。俺の女になる予定の白アリに色目を使った報いを受けてもらおう。
あの後、騎士団長たちとはお互いに納得がいくまで話し合いをした。
騎士団の騎士及びその下部組織の人員が関わったと思われるような書類を、お互いによく見えるよう机の中央に一枚一枚広げて丁寧に整理をしながらこちらの要望を並べていく。
積み上がる書類の量に比例をしてこちらのお願いもエスカレートして行くのだが、淀みのない清流のように会話は留まることなく進む。
当然、こちらのお願いも流れるように受け入れられていく。
騎士団長たちも自分たちの持ってきた要求が無体なものであることを理解していたようで、今回の要求を全て取り下げてくれた。
加えて、市長が関わった可能性のある書類を同様に積み上げながらのお願いもすんなりと受け入れられた。
当然のように市長からの要求に俺たちが応えることがないことを了承してくれた。
さらにその後にそれらが原因と考えられる、市長との
たとえ相手が市長であっても不正や犯罪が明るみに出た場合、これを許さない対応をすることも明言をしていた。
都市や市民の安全を護る組織として実に理想的な騎士団である。
俺たちとしても彼らのように高潔で毅然とした対応をしてくれる騎士団とは、今後も良好な関係を継続したいことを伝えて会談を終える。
この度の会談は双方にとって非常に有意義なものとなった。それは双方が感じたことだろう。
こちらの都合で宿屋まで足を運んでもらったこともあり、白アリの作ったクッキーと黄金色のお土産を渡してにこやかに別れを告げた。
騎士団退出後にチンピラにいろいろとクギを刺しながら、噂話なども含めてチンピラから聞きだし市長に関する資料をまとめ上げる。
あの柔和な口調や物腰とは裏腹に高圧的な要求を一方的に通すスタイルを貫いて、あちらこちらで問題を起こしていた。
早い話があちらこちらで恨みを買っている。ターゲットとしてはこの上なく望ましい人材だ。
もちろん、家人に断りを入れて玄関から堂々と入るなどといったことはしない。
屋敷の外から空間感知と空間転移による視覚を飛ばす技術を駆使して人知れず家捜しをするが、隠し部屋や隠し金庫などそれっぽいところを探した途端すぐに見つかった。
その後、空間転移で屋敷内に侵入して探し当てた場所とその周辺を探すと出るわ出るわ。不正の事実を綴った書類のオンパレードだ。
隠そうという気がないのでは無いかと思えるほどに証拠が出てくる。
執務室にある豪奢で重厚そうな木製の執務机からはまっとうな書類しか出てこなかったが、執務室から隠し扉を隔てて存在する小部屋に置かれた執務机からは次々と証拠書類が出てきた。
執務机も表向きの執務室にあるものよりも数段高価そうに見える。『ここに見られては困る資料が保管されています』と全力で示しているようにしか見えない。
「これで隠したつもりなんでしょうか……」
次々と出てくる証拠書類をひとつひとつ確認しながら黒アリスちゃんが積み上げていく。
「隠すつもりが無いとなると……これが明るみに出ても構わないような権力があるということでしょうか?」
ロビンが棚から持ち出した数冊の帳簿を執務机の上に運び、不思議そうに誰とはなしに聞いてきた。
その線は俺も一瞬だが頭を過ぎった。
だが、市長の地位にはあるがしょせんは下級貴族だ。たとえそれなりの後ろ盾があっても当然敵対する勢力はあるだろう。その敵対する勢力が放っておくとも考えがたい。
「ちょっと想像がつかないが何らかの対策なり対応の用意があると思ったほうが良いかな?」
「単に浅慮で脇が甘いだけじゃないですか?」
俺のセリフに続いて、黒アリスちゃんが投げやりな感じを醸し出しながら、割と辛らつで身も蓋もないセリフを発した。
もしそうなら違った意味でも市長なんかやらせちゃダメじゃないのか?
こちらとしては戦後もこのランバール市と関係を持ち続ける予定なので、ランバール市の運営状態と将来に若干の不安を覚える。
「騎士団のように味方にはしないまでも、これだけの証拠があるんだしいろいろとコントロールできそうだと思ったが……」
「コントロールするつもりですか? 首をすげ替えた方が良さそうな気がしますよ」
悩みながら言いよどむ俺の言葉に被せるようにして、黒アリスちゃんが珍しくかなり強い口調で意見を口にした。
まあ、確かにな。
次々と出てくる不正の証拠となる書類を見れば見るほど、こいつに市長を続けさせえてはいけない気持ちになってくる。
傀儡とするには十分すぎる弱みを握った。
まだ四十代だと聞いた。市長として考えればまだ若い方だろう。後ろ盾もしっかりしているし経済力もあれば実行力もある。素行や人となりに問題はあるが駒として考えれば十分な能力がある。
だが、その素行や人となりに問題があり過ぎる。このまま傀儡とするのも悩みどころではあるよな。
「何と言うか、あまりにも不正が多い上に内容もエグイよな。このまま市長を続けさせても良いものかな?」
バンッ!
ランバール市の将来を憂いていた俺の右横で突然部屋全体に大きな音が響く。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
7月28日より「水曜日のシリウス」にて本作品のコミカライズがスタートいたしました
下記のURLからご覧頂けます、どうぞよろしくお願いいたします
https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_trial_l2
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