第186話 調査

 隣のテーブルでは先ほど入室してきた白アリがキャーキャーと楽しげに嬌声を上げている。

 嬌声を上げながら書類を引っ繰り返している白アリの隣ではテリーが真面目に書類に目を通している。そして、テーブルを挟んだ向かい側には三人のチンピラが引きつった笑いを浮かべてこちらのテーブルの様子を気にしていた。


 すねに傷を持つ身なので騎士団の人たちのことが気になるのだろう。

 人間、後ろめたいことはしないか、もしやるなら全く歯牙にもかけないくらいのメンタルが必要なのだと実感する。

 

 こちらはこちらで隣が気になって仕方がないようだ。

 先ほどから白アリが嬌声を上げる度に騎士団員の表情や顔色が面白いように変わっている。もはや同席しているチンピラなど眼中にない。


「これが全部そうなのか?」


 手にしている闇賭博の顧客名簿からテーブルの上に幾つもの山となって積まれている書類に視線を落としたテリーがうんざりした表情で問い掛けた。


「はい、そうです。こちらは娼館の顧客名簿になります」


「いやーん。娼館って何するところなのー?」


 テリーの問い掛けに、先ほどテリーが視線を落とした書類の山をテーブルの中央から白アリとテリーの側へと押しやる。

 チンピラの言葉に、すかさず白アリが両手を頬に当ててイヤイヤするように頭を振ってハイテンションな反応を示す。今しがたまで楽しそうに見ていた闇賭博の顧客名簿はテーブルの端に追いやられている。


 俺の目の前に居る騎士団長と二人の騎士たちに、白アリが闇賭博の顧客名簿を手放したことで安堵する様子はない。

 むしろ、興味の対象が闇賭博の顧客名簿から娼館の顧客名簿に移ったことで不安の表情は色濃くなっていた。


 中身はともかく見てくれは透き通るような白い肌にカラスの濡れ羽色の黒髪をした十五歳の清楚な美少女である。

 もう少しテンションを落として恥ずかしそうな演技をすれば相当に魅力的に映るはずだ。しかし、他者にどう映るかなど気にも留まることなく、キャーキャーと騒ぎながらひたすら状況を楽しんでいる。


「娼館の顧客リストが細かく分かれているのは何でだ?」


 そんなハイテンションな白アリなど居ないかのように淡々と書類に目を通しながら、テリーが次々とチンピラに質問を投げかけていく。


「良いなー、あっちの方が面白そう」


 今にも指を咥えんばかりの様子の黒アリスちゃんが、羨ましそうな表情をしてチラチラと隣のテーブルに視線を向けている。


 テリーの方は白アリをいないものとしてチンピラと会話を進めているが、チンピラの方はそこまで精神的にタフではない。

 何よりも白アリを無視しようものならどんな報復が返ってくるか分からない恐怖もある。必要の無さそうな相槌や問いへの質問に気を使っているのが伝わってくる。


 テリーの質問や確認事項に答える担当とは別に、白アリの独り言や疑問に逐次答える人と担当者を分けて対応をしていた。


「はい、趣味嗜好別に分類してあります」


「手際が良いね、助かるよ」


 何気ないテリーとチンピラの会話に騎士団長と二人の騎士たちが視線を向けることなく聞き耳を立てている。いつの間にか俺との会話はそっち退けだ。


 俺の目の前に座っている騎士団長と二人の騎士たちを見る限り、自分自身に心当たりがあるのか騎士団員の中にそれと疑われる人がいるのかは分からないが、白アリのハイテンションな独り言はもとより、テリーの質問もそれに答えるチンピラの回答も地味に堪えているようだ。

 俺と会話をしていたときよりも顔色が悪い。


「いやーっ! 何よっ、この男っ! 新婚さんなのにこんなところに通ってるのー? 酷いヤツね。報告しましょう、後で奥さんに報告しましょうっ! あら? 職業欄に衛兵ってあるわね」


 白アリはわざとらしくそこで言葉を止めて、騎士団の方へは目もくれずに娼館の顧客名簿を再び熱心に捲りだした。


 この都市での『衛兵』ってのは騎士団かその下部組織がその任務に当たっていた。白アリもそのことは当然知っている。

 だが、騎士団の三人はそんなことは知らない。


 まあ、知っていても関係ないか。

 傍から見る限りそれどころではないようだ。緊張や不安から小刻みに手が震え、喉が渇いているのか目の前に出されたお茶に手を伸ばすのも忘れてしきりに唾を飲み込んでいる。


「きゃーっ! 何々? フェアリー専門の娼館ですって?」


 白アリの調査と嬌声は止まるところを知らず、それに影響されて騎士団の三人の顔色は益々青白くなっていく。


 その表情は死期の近づいた病人みたいだ。

 余計なお世話かもしれないが、顔色がどうこういうよりも体調に不調をきたしたりしないか少し心配になってきたな。


 白アリがテーブルの上に置かれたかなり厚めの束を手に取り、順番に数枚をめくったところで口元から笑みがこぼれる。

 さては何か見つけたか。


「見て見て、この人なんて妻帯者どころか、妻子持ちよ。十三歳と十一歳の娘さんがいるのね」


 凄いな、そんなことまで書かれているのか。というかよく調べたよな、身上書みたいだ。チンピラ連中のすることと侮っていたが、もしかしなくともカナンの正規軍よりも書類が整備されている。


「娼館に通ってることを奥さんと娘さんたちに知らせたらどうなるかしら?」


 人差し指をあごにそえて、内側に秘めた悪意など微塵も表には出さず無邪気そうに小首を傾げている。アニメで見たことがあるポーズだ。


 どうなるかしら? じゃあないだろ。家庭が崩壊するに決まってるだろう。

 俺の目の前に居る騎士団長と二人の騎士たちを見てみろよ。既に平静を保っていられなくなったのか、手が小刻みに震え視線は虚空を彷徨さまよっていた。


「混ざりたい」


 黒アリスちゃんの趣味嗜好的にはこちらよりあちらなのだろう。気持ちは最早向こう側のようだ。


 いや、混ざらなくて良いから。

 黒アリスちゃんが向こうに混ざる前にそろそろ終わりにしようとテリーに目配せをすると、小さくうなずき了解のサインを返してきた。


「やだーっ! オスのフェアリー専門の娼館のお得意さまですってーっ! えーっ? 何々? どういうことー?」


 テリーはサインを返してきたが白アリからは何のサインも返って来ていない。案の定、まだ続けるつもりのようだ。

 一際表情を輝かせて書類をいくつか取り分けながらキャーキャーと騒いでいると思ったら突然手を止めてチンピラたちに視線を向けて独り言のようにつぶやく。


「あら? この人も衛兵なのね」


 うわーっ! 衛兵の中にそんなのがいるのかよ。

 どういうことも何も、そのまんまじゃないか。それにしてもいろいろと奥の深そうな騎士団だな。さすがにそんなヤツと同僚とか嫌だ。


「やめてあげて。騎士団の人たちのHPはゼロよ」


 黒アリスちゃんが楽しそうに目を輝かせてつぶやき、その横でロビンがお茶にむせて咳き込んでいる。


 むせるロビンから正面の騎士団長と二人の騎士に視線を向けるとうつむいたまま顔を上げようともしていない。

 よく観察をすれば、冷や汗だったはずのものがいつのまにか脂汗に変わっている。どのタイミングだったんだろう? 瞬間を見逃したのが悔やまれる。


 白アリもテリーも、もちろんこの場で初めて書類に目を通している訳じゃない。

 あらかじめ別室で書類に目を通して、役に立つ情報があると分かってこちらの部屋に移動をしてきているのでこの一連の会話ややり取りは全てシナリオ通りなのだろうが……どこまで詰めてきたのだろうか?


 そろそろ終わりにしないか? と再びテリーにサインを送る。テリーが苦笑混じりに小さくうなずき了解のサインを返してきた。


 ◇


 テリーがまとめてくれた資料を騎士団長の前に裏返して置くと、騎士団長は何かすがるような目で俺と机に積まれた書類を交互に見比べている。

 その瞳は何かを期待しているような色を浮かべている。


 どうやら、この後に及んでまだ希望を捨てていないようだ。

 

 俺は穏やかな笑みを忘れないようにして話し合いを再開した。


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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


7月28日より「水曜日のシリウス」にて本作品のコミカライズがスタートいたしました

下記のURLからご覧頂けます、どうぞよろしくお願いいたします


https://seiga.nicovideo.jp/comic/54399?track=official_trial_l2

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