第185話 来客

 食事を終えたことを宿屋の従業員さんへ伝え、現在食事の後片付けの真っ最中である。

 といっても、後片付けをしているのは三人の従業員さんでティナとミレイユがそれの手伝いをしていた。俺たちはテーブルを一つ端に寄せて食後のお茶をしながら寛いでいる。


「さてと、お姫さまのお守りに行くか」


 カップに残っていたお茶を勢い良く飲み干すと、火の点いていない葉巻をくわえて立ち上がり聖女をうながす。

 

「ほら、光の嬢ちゃん。行くぞ、お茶菓子ばかり食べてると肥るぞ」


「はあい」


 ボギーさんのちゃかすような言葉に聖女が素直に返事をする。


 食事中の会話でも無理にテンションを上げているような感じだったが……気のせいじゃないな。いつもの元気がない。普段ならここで何らかの反応をするはずだ。

 国宝級の槍を壊したことで落ち込んでいるのだろうか。


 らしくない、と言えばらしくないが。

 思い返せば結構あの槍を気に入っているようだったよな。扱いは乱雑だったが。


 聖女の槍に対する言動を思い出しながら二人が部屋から出て行くのを眺めていると、開いた状態の扉をノックする音が響いた。


「あのう、食事前に使いを出したチンピラさんたちがいらっしゃいました」


 ラウラ姫一行の護衛のためボギーさんと聖女が部屋から退出したのと入れ違いにメロディが来客を知らせに入ってきた。


 メロディにチンピラの様子をたずねると、四名で来ていて何やら大事そうにカバンを抱えているらしい。

 思ったよりも早いな。なるほど、何か役に立つ情報を持ってきたな。


「早かったわね、何か有効な情報でも持ってきたのかしら?」


 手にしていた高価そうなお茶のカップをテーブルに置いて、白アリが楽しそうな笑みを浮かべて立ち上がった。


「有効かは分かりませんよね?」


「こちらが望むような有効な情報がなかったら、こんなに早くこないでしょう。それこそ、ギリギリまで必死になって探してるわよ」


 お茶のカップを手にしたまま不思議そうな顔をしている黒アリスちゃんに向けて、白アリが扉へと歩きながら答えた。


「隣の部屋を使って良い?」


 納得したように小さくうなずいている黒アリスちゃんを余所に、白アリが階段側の部屋を指差し首だけをこちらに巡らせて聞いてきた。


「ああ、そうしてくれ。騎士団が来たら奥の部屋を俺が使う。もし、有効な情報があったら――」


「分かってる、任せてよ」


 白アリが俺の言葉を遮るように言葉を被せる。


 口元に笑みを浮かべて小さくウィンクをしてみせると、テリーに目配せをしてそのまま扉の向こうに消えていった。

 テリーも指をボキボキと鳴らしながら足取りも軽く白アリの後を追って退出をすると、取り次ぎをしていたメロディが慌てて二人の後を追って階段を駆け降りる音がホールに響いた。


 それにしても二人ともテンションが高いな。隠しているつもりかも知れないが表情や行動に楽しんでいるのがにじみ出ている。

 

「こっちもそろそろでしょうか?」

 

「フジワラさま、騎士団の方がお見えです」


 黒アリスちゃんが俺とロビンを交互に見ながら言葉を発したのに続いて、目的の人たちが到着した知らせをローザリアが持ってきた。


「ありがとう。すまないが奥の部屋に騎士団の人たちを通しておいてくれ」


 用件を伝えた後でティナとミレイユの手伝いを始めようとしたローザリアに向けて隣の部屋を指差しながら伝えると、きびすを返してメロディと同じように慌てて階段を駆け下りていった。


 ◇


 窓から真夏午後の強い陽射しが射し込む。その窓から見える空には雲ひとつ見当たらない。

 真夏の午後二時過ぎ、外の気温はゆうに摂氏三十度を超えていた。


 部屋には八人掛けのテーブルが二つ用意してあり、それぞれ八脚の椅子が揃えられている。

 俺たちはそのうちの一つのテーブルを挟んで腰かけていた。窓際の三つの椅子には中央に俺、左右に黒アリスちゃんとロビンである。テーブルを挟むようにして扉側には中央に騎士団長、左右に騎士の人たちがそれぞれ椅子に腰かけていた。


 俺たちの目の前に腰かけている騎士団長とそれに随行する二名の騎士は、全員泣きそうな表情を浮かべて額には汗を浮かべている。

 額に浮かんだ汗や頬や首筋を流れ落ちる汗を拭うことも忘れているようだ。ただ、視線だけは落ち着きなく動いている。


「随分と無体なお話だとは思いませんか?」


「そ、そうですよね……」


 温和な笑みを浮かべ出来るだけ穏やかな表情と口調を心掛けた俺の問いかけに、騎士団長は同意をするようなセリフを発しながらも語尾は消え入る。

 

 騎士団長の両隣に腰かけた二人の騎士は話し合いが始まってから一言も発していない。

 それどころか、先ほどから目を合わせることすら苦痛を伴うとでもいうのか出来るだけ目を合わせないようにしている。


 騎士団長の話はこうだ。


 市長の要望通り、しばらくはこの都市に留まること。アーマードスネークの素材を領主に献上すること。この二つを何とか承諾して欲しいとのことだった。 

 さらに付け加えるなら、滞在中の費用は市が持つこと、ランバール市から出ない限り行動に制限はかけないことを約束している。また、武力行使も騎士団としては本意ではなくそのようなことはするつもりもないと切々と訴えていた。


 多分に市長の独断専行の部分はあるが既に今回の出来事について領主のもとにペガサスが飛ばされており、市長が判断した通りの指示が間もなく届くことが容易に予想されるそうだ。

 まあ何だ。騎士団長としては心労が絶えないところだろうがこちらとしても聞き入れるつもりはない。このまま話し合いをしても平行線なのは間違いないだろう。


「ラウラ姫――」


 そう切り出した途端、騎士団長と二人の騎士がビクンッと肩を震わせた。


 どうやら、入国時にあの隊長に伝えた内容は騎士団長まで報告が上がっているようだな。


「――ラウラ・グランフェルト嬢が私たちに同行しているのはご存知ですよね? 叔父である現グランフェルト伯爵がクーデターを起こした際に落ち延びたとしてますがあれは方便です」

 

 そこでいったん言葉を切って三人の様子を見るが、三人とも驚きはしているものの驚きはわずかである。


 何らかの未確認情報を得ていたのか? 或いは、予想をしていたのかだろう。

 俺はさらに続けて話をする。


「我々はカナンの王弟軍配下に所属しています。と言ってもあくまで探索者が本業なので戦時特例による臨時の軍人です。――――」


 俺たちがグランフェルト領で救出されたラウラ姫を護衛してリューブラント侯爵のもとへ送り届ける任務の最中であることを伝えた。

 さらに、ドーラ公国の辺境伯が功を焦ったのか、先走って宣戦布告なしにカナンへ向けて軍事行動を起こしていた証拠を掴んでいることも併せて伝える。

 

 話を進めるうちに、三人の騎士は泣きそうな顔から表情が消えて顔面蒼白となっていく。そして先ほどまで視線を合わせないようにしていたにもかかわらず、話をする俺に視線が終始固定されっぱなしだ。


「――――宣戦布告なしに軍事行動を起こした間抜けな伯爵は置いておくとしても、我々をこの都市に足止めするとなるとカナン軍の作戦行動への干渉となります。加えて、リューブラント侯爵は孫娘であるラウラ姫との再会を心待ちにしているとも聞いています。それを妨害するのはこの都市にとって後々の損失になると思いますよ」


 出来るだけ何でもないことのように軽い口調で伝えたのだが、騎士団長といえども勝手に判断できるような内容でなかったのだろう、完全に思考が停止ししている。

 大きく見開かれた双眸はこちらに向けられているが焦点が定まっていない。


「あ、それからアーマードスネークの素材も提供するつもりはありません。どうしてもと言うなら受けて立ちます」


 俺の言葉に再びビクンッと肩を震わせる騎士団長と随行員の二名の騎士たち。


 さて、脅しはこれくらいにしてそろそろ落としどころを探るか。

 騎士団が市長を切り離すようにどう話を持っていくか頭の中でシナリオを組み立てているところに扉を叩く音が聞こえた。


「ミチナガ、ちょっと同席するわね」


 ノックの音に続いて扉の向こうから白アリの声が聞こえた。

 

 どうやらシナリオを組み立てる必要がなくなったようだな。

 俺はひと言、騎士団長に断りを入れてから援軍を出迎えるために扉へと向かうべく腰を上げた。


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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


7月28日より「水曜日のシリウス」にて本作品のコミカライズがスタートいたします

どうぞよろしくお願いいたします

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