第184話 話し合い
旅館側に頼んで大部屋とその上下左右の部屋を一時的に借り切っている。
部屋の中央に大テーブルを三つ並べて設置してその周囲を囲むようにして思い思いに腰かけている。
大きく開かれた南側の窓から差し込む陽射しが部屋全体を明るくし、季節にそぐわない心地よい風が流れ込んで部屋の中にわずかばかりの清涼感をもたらしていた。
テーブルの上には旅館の用意してくれた食事と白アリたちが用意した飲み物とデザートが並べられている。
出席メンバーは転移者七名――俺と白アリ、黒アリスちゃん、テリー、聖女、ボギーさん、ロビンにラウラ姫、アイリスの娘たち六名の合計十四名だ。
朝食と昼食を兼ねての食事をしながらのミーティングなので、セルマさんとローゼ、ミレイユとティナ、アイリスの娘たちの奴隷から三名を出し、給仕をしてもらっている。
メロディとローザリア、アレクシスと他の奴隷たちはこの部屋を囲む上下左右の部屋に散ってもらってそれぞれに食事をしていた。
周囲の部屋を借り切ったのは、聞かれたら困るというよりも部屋に滞在してうっかり聞いてしまったために不幸になる人を出さないための配慮である。不幸にするのが俺や俺の仲間だということはおいておこう。
食事を摂りながらアーマードスネーク討伐に対する認識不足から、『にわか英雄』に祭り上げられてしまったことに対する今後の対応策を論じ合っている。
アイリスの娘たちから、『なぜ自分たちがここにいて、一緒に対策を考えないとならないの? 関係ないよね?』という空気がヒシヒシと伝わって来るが気にしてはいけない。別に巻き込むつもりはないが苦労を共にしてもらっても罰は当たらないと思う。
問題は名声と知名度により行動が制限されることと、隠密行動が取れなくなるのではないかという懸念だ。逆に名声や知名度が利用できるようであれば利用する。
これに対する皆の回答はほぼ一致していた。『デメリットの方が遥かに大きい』である。
「まさかここまでの事態になるとは思わなかったよな」
テリーが山鳥のもも肉の
「そうね。ミノタウロスの方が手強かったのにね」
「まったくですねぇ。でも、あんなに手強いミノタウロスがいることを、他の人たちは知りませんから仕方がないですよ」
フォーク一本だけで生野菜をワイルドボアのハムで器用に巻き込んでいる白アリのぼやきに聖女が苦笑しながら答える。
「やっぱり正体を隠すしかないのかなあ」
ハチミツをねだるマリエルに生野菜を取り分けた皿を押しやる。頭を抱えて天を仰ぐという大げさなジェスチャーを交えながら、なおもハチミツを要求しているのでさらに生野菜を追加する。
少し痩せてもらわないと恐くて偵察任務も頼めやしない。
「偽名に身分詐称、その辺りが妥当だろうな」
ボギーさんが先ほどの会話で一番支持の多かった対処方法を改めて言葉にした。
「偽名、良いですよね。ワクワクしませんか? 千の名前を巧みに使い分けて正体を隠し通す。格好良いじゃないですか」
黒アリスちゃんが食事そっち退けで瞳をキラキラと輝かせている。両手は喉元で組まれている。
いや、黒アリスちゃんだけじゃない。白アリとテリーも口には出していないが高揚感を隠せずにいる。
そういえば、この三人はこの手の事が好きだったよな。
「何だか詐欺師みたいですね」
ロビンが黒アリスちゃんの反応に戸惑いながらも痛いところを突いてきた。
「詐欺師ネェ。良いんじゃネェのか? 『世界を救う』って善行のために必要なことだ。盛大に周りの連中を騙してやろうぜ」
詐欺師発言をしたロビンではなく、ボギーさんはその灰色の瞳を真っすぐに俺に向けて口角を吊り上げていた。
忘れてたよ。
この人もこういうの大好きだったよな。
「偽名を使って世直しですか? 素敵ですね」
ラウラ姫が黒アリスちゃんバリに瞳をキラキラと輝かせて俺たちのことを見つめている。
あれ? 悪影響とか与えたかな?
思わずセルマさんの表情を盗み見たが、特に変わることなくラウラ姫の給仕をしていた。
良かった。まだ大丈夫のようだ。
ラウラ姫の反応はまだ深入りをしているというほどではないようだった。ほっと胸をなでおろす。
「じゃあ、当面は偽名を使って活動するという事で良いかな?」
そう言うと俺は食卓にいる全員とセルマさんに視線を走らせる。
アイリスの娘たちは首尾一貫して『無関係』との姿勢を崩すことなく視線を合わせようとせずに食事を続けていたが、チェックメイトのメンバーとセルマさんは全員がほぼ同時に無言で首肯をした。
よしっ。反対意見は出なかったので全員が了解という事だな。
「じゃあ、次の議題だが、先ほど市長と騎士団長がきた。――――」
続いて先ほどの市長と騎士団長との会話の内容を皆に伝えると、すかさず白アリとロビンが絶妙のコンビネーションで悪意のこもった補足をする。
市長の話の内容もそうだが、それ以上に俺が行く前に会話をしていた白アリとロビンを、それぞれに『小娘』『英雄のおまけ』と嘲笑った発言があったのが怒っている原因のようだ。
「なんツゥか、どうでも良くネェか? 無視で良いだろう? 予定通り明日出発だな」
俺たちの話が終わるや否や、ボギーさんが思い切り身も蓋もないことを言った。
まあ、俺も心情的にはボギーさんに近いものはあるのだが、あの市長の会話の端々に『領主』の威をチラつかせていたのが気に食わずにモヤモヤしている。
積極的に痛い目にあわせるつもりもないが……やるならやるで構わない。皆の意見次第といったところかな。
「えーっ! いやですっ! 仕返ししましょう」
「そうです。なめられたままなんて我慢できません。それにああいうヤツは後からどんな嫌がらせをしてくるか分かりませんよ」
ボギーさんの発言に白アリとロビンが脊髄反射のように反論をする。白アリに至っては鳥のもも肉を握り締めて力説をしている。
二人とも周囲の人たちから自分たちがどんな目で見られているのか頓着していないようだな。
「一応、『英雄』扱いされているんですから、表立って市長宅を襲撃するのは風聞がよろしくないですよね」
俺たち以外の周囲からの視線を人一倍気にしている聖女が、手元の川魚に視線を落とすことなく骨を器用に取り除く。
「そうなると裏から手を回すしかないのかな」
「暗殺」
テリーの言葉に黒アリスちゃんが即座に物騒な単語を口にする。
黒アリスちゃんの何気ない一言にアイリスのメンバーがビクンッと肩を震わせるとメンバー同士で顔を見合わせだした。
最年少のリンジーと光魔法を使うミランダがちょっと涙ぐんでいた。アイリスの娘たちの様子を見る限り、暗殺は避けたいようだが声を上げて反対を出来ずに俯いてしまっている。
暗殺か。暗殺といっても別にドロドロとしたものばかりじゃないよな。
遠距離からの狙撃。俺たちなら誰にも気付かれることなく視界や感知魔法の外から狙撃ができる。
空間転移で忍び込んで、光学迷彩で姿を見せずに一突き。これなら目撃者も出ないしアリバイも完璧だ。
或いは、忍び込んでこの世界でまだ知られていないような毒――塩素を生成して周囲の空気中に充満させるとか、例えば閉鎖空間で囲んでその中の酸素濃度を極端に低下させるなど手段はいろいろとあるな。
いや違うな。
ここはリーダーとして立場の弱い者の意見や心情を汲まないといけない。
「暗殺は有効かもしれないが最後の手段と考えよう。出来れば手荒なことはしたくない。望ましくは不正とか汚職をしてくれていればその証拠を暴くとかだな」
アイリスの娘たちを安心させるように、柔らかな口調を心掛けて手段を穏便な方向へと誘導した。
「汚職は分かりませんが、女性関係は何かしら問題を起こしてそうですね。ミチナガが来る前に白姉のことを好色そうな目でなめるように見ていましたから」
俺の誘導にロビンが乗ってきて、すかさず光を当てる。
いや、それ以前に白アリのことを好色そうな目で見ていただと?
許せんっ!
俺の女になる予定の女にそういうことをするとは。
思い知らせてやるっ!
「探ってみるか」
テリーがコップの水を一気に飲み干して口元を緩める。
「そうだな。手分けをして探ってみよう。これは俺たちチェックメイト側でやるから――」
俺は立ち上がるとチェックメイトのメンバーに視線を走らせて、皆が同意するのを確認してからアイリスの娘たちに向き直る。
「――アイリスの皆には出国に必要な食料なんかの買い出しを頼みます。予定通りに明日には出国をします」
「はい、分かりました。ダミーで馬車に積めるだけの荷物を積むので良いですか?」
アイリスのリーダーであるライラさんが、ほっとしたような表情でこちらに確認を求めてきた。他のメンバーたちも安堵の表情を浮かべている。
「ええ、それでお願いします。時間がないので食事を終えたらすぐに取り掛かってください」
俺の言葉に、食事を終えてお茶を飲んでいたアイリスのメンバーは互いに目配せをすると自分たちの奴隷を引き連れて退出を始めた。
「では私たちも準備に取り掛かりたいと思います」
こちらが何も言わないうちにセルマさんは食事がまだである自分たちの食べる分を取り分ける。そしてローゼにラウラ姫を自室へと連れて行くようにうながした。
さすが、空気が読める女は違う。
程なく、この借り切った大部屋はチェックメイトのメンバーだけとなった。
「こっちはどんな感じに分担するの?」
「そうですね。やるなら徹底的にヤッちゃいましょう」
俺たちだけになったところで白アリとロビンが身を乗り出すようにして同時に聞いてきた。
二人とも妙にやる気になっているな。
この二人を一緒に仕事させてはダメだな。ストッパーとなる人間と組ませないと何かやらかしそうだ。
「俺と黒アリスちゃん、ロビンで市長の屋敷と市長官邸を探る。不正の証拠が出ればよし。出なかったときのために白アリとテリーで証拠を創っておいてくれ。ボギーさんと聖女はラウラ姫一行の護衛をお願いします」
全員に視線を走らせてから、自身の高揚感を抑えるようにゆっくりと話し出した。
俺の言葉が終わらないうちに、全員がやる気を見せると共に楽しげな表情を浮かべている。
その横では、そんな俺たちことなど目に入らないかのようにティナとミレイユが淡々と食事の後片付けを進めていた。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
7月28日より「水曜日のシリウス」にて本作品のコミカライズがスタートいたします
どうぞよろしくお願いいたします
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