第183話 招かざる客
昨夜は酷い目に遭った。
ラウラ姫一行とアイリスの娘たちからは羨ましがられるだけだったが、黒アリスちゃんとロビンからはアーマードスネークの討伐が偶然でないと決め付けて「ずるいっ!」と非難された。
まあ、実際その通りなので言い訳のしようもなかったのだが。
今度何か別のことで黒アリスちゃんの機嫌をとっておこう。
さて、問題は周囲の人たちである。
祝勝会の間中、騎士団からの勧誘の嵐だった。さすがに他の探索者たちからの勧誘はなかったが、お開きになるまで会話につき合わされるはめになった。
お開きになったのは空が白み始めてからだったな。
結局、終始愛想笑いをふりまい付き合ってしまった。
最初から最後までノリノリで楽しんでいたテリーと聖女、マイペースで飽きたらスッパリと切り上げてしまった白アリ、最初から適当に距離を置いていつの間にか消えていたボギーさん。
他のメンバーが羨ましいというよりも自分の性格が恨めしい。何だかおれ一人だけがダメ人間な気がしてきた。
だが問題はそんなことじゃなない。
正直なところ俺の健康やメンタルな問題は些細なことだ。
レアな素材を狩りにちょっとそこまで。のノリで黒ヘビを狩ってしまったが、もしかしたらダンジョンの攻略よりも面倒なことをしてしまったかもしれない。
手強さでいえば圧倒的にダンジョンの主だったミノタウロスなのだが、人々の認知度としては黒ヘビの方が上だ。
何というか、俺たちと周囲の温度差に戸惑いを隠せない。
さて、どうしたものかな。
この名声を利用できるようなら利用するが、どう考えても足枷のほうが大きい気がしてならない。
「どうしたのー」
眠そうに目を擦りながらマリエルがフラフラと飛んできた。
そういえばマリエルも昨夜は遅くまで果物や野菜食べたりハチミツをなめたりしてたな。
心なしか重そうに飛んでいる気がする上、よく見ると胃の辺りがぽっこりと膨らんでいる。健康のためダイエットでもさせるか?
「ん? ちょっとな――」
「ご主人さま、起きていらっしゃいますか?」
マリエルに適当な返事をしようとしたところでノックと共にメロディの声が扉の向こうから聞こえた。
何だ?
少し慌てた感じがあるのは気のせいか?
「今起きたところだ。何かあったのか?」
声だけで答え、窓から太陽の位置を見上げると既に陽が高く昇っていた。そろそろ昼近い時間であることを認識する。
「騎士団長と騎士団の方三名、市長がいらしてます。チェックメイトのリーダーであるご主人さまにお会いしたいとお待ちです。今、白姉さまとロビンさまが対応されています」
「分かった、すぐに行くと伝えてくれ。他の皆はどうしてる?」
待ってるって? どこで待ってるんだ?
そんな疑問は一先ず置いておいて、会わないことには話が進まなそうなので腹をくくるか。
「はい、お伝えしてきます。お客さまは一階のロビーでお待ちです」
そう言い残してメロディの足音が遠ざかっていく。
俺は着替えると、マリエルにまだ休んでいるように伝えて階下へ向かうために部屋をあとにした。
◇
階段を下りていくとロビーの中央に白アリたちがいた。
テーブルを挟んで白アリとロビンの向かいに二名の男が座っている。その男たちの後ろには帯剣した二人の男が直立をしていた。いつもは十名ほどの人たちが寛いでいるのだが今日はその六名だけである。
座っている男は二名でひとりは妙に愛想が良く丸々と贅肉がついた中年のオヤジで白アリの目の前に座ってニコニコと白アリにほほ笑みかけていた。もうひとりはその隣で軽装備ではあるが鋼のアーマーを着込んだ精悍な顔つきをした三十代半ばの男性が申し訳無さそうな顔をしていた。
察するに丸々と贅肉のついたオヤジが市長でその隣で申し訳無さそうな顔をした精悍な男が騎士団長なのだろう。
もし逆ならこの国の騎士に対する考えを改めなければならないな。
そんなことを考えながら白アリとロビンの様子から状況を読み取ろうと二人へ視線を向けた。
二人とも非常に不機嫌な顔をしている。それを隠そうともしていない。何があったんだ? 少なくとも良いことではないよな。
「お待たせいたしました。ミチナガ・フジワラです。チェックメイトのリーダーをさせて頂いております」
テーブルの前まで歩を進めて二人と握手を交わして挨拶をする。予想通り二人は市長と騎士団の団長だった。俺は白アリを中央に挟む形で椅子に腰を下ろすと相手の話をうながすように続ける。
「今日はどのようなご用件でしょうか? 騎士団への勧誘でしたら、昨夜そちらの騎士団の第一部隊の部隊長さんに、事情を説明した上でお断りをしたはずですが?」
白アリとロビンの表情から想像するに、用件は全く違うことだとは予想できるが敢えてそれっぽい話を切り出す。
「騎士団への勧誘はもちろん諦めたわけではございません。ですが、今回はもっと重要な案件でお伺いさせて頂きました」
市長が柔和な表情と口調でそう切り出したところで白アリとロビンの放つ雰囲気が変わった。いや、騎士団長と背後に控える護衛の騎士の雰囲気も変わった。
白アリとロビン、二人とも割りと直情的な方だがあからさまに嫌悪する雰囲気を醸し出している。
騎士団長と二人の騎士は雰囲気どころか今にも泣き出しそうな表情だ。
「何でも昨日は大変なご活躍とか。――――」
変わらぬ柔和な表情と口調で話し出す。
市長はこちらが逃げ出したくなるようなお世辞を長々と並べ立てた後でようやく本題に入った。
早い話が討伐したアーマードスネークはここの領主の治める領地内で倒した魔物であることと、非常に希少性の高い魔物だからこそ、その素材を献上すべきだとの説得だった。
さらに、明日出国する予定で出国手続きを終えているがこれもいったん保留として許可が下りるまでこの都市に留まるようにとのことである。
何を言っているんだ、こいつは?
お世辞を聞いている間は逃げ出したかったが、本題に入った途端叩き出したくなってきた。
表情や口調は終始柔和だったが言っている内容は非常に高圧的で道理にかなわないものばかりだ。
「――――もし、聞き入れて頂けないようであれば、こちらとしても武力行使に出ざるを得ません。お互いにそれは避けたいですよね。パーティの皆さんと相談する時間も必要でしょう。お返事は後ほどで構いません」
断られるとは思っていないのだろう。自信たっぷりに自分の言いたいことを伝える。その市長とは対照的に今にも泣きそうな顔をしていた、騎士団長と二人の騎士は泣きそうな上に顔面蒼白である。
後ろに控えている護衛の騎士なんかはよく立っていると感心するくらいに脚が震えている。
しかし、この市長、この柔和な表情と口調をよくもまあここまで人の神経を逆撫でするようなことが出来るな。
ここまで見事だと一種の特技だな。
そんなことを思いながら視線を白アリとロビンに走らせる。
案の定、二人とも険悪な表情である。雰囲気を醸し出すとかの段階はとうに過ぎているようだ。
この市長の言うところの『武力行使』ってのは、騎士団を仕掛けるってことなんだろうな。気の毒に。
騎士団に同情は禁じえないがこの浮き世離れした市長にいつまでも付き合って入られない。
そもそも、こちらは人数こそ少ないがアーマードスネークを倒したパーティーだ。
それを一地方都市に駐留している騎士団程度で取り押さえられると本気で思っているのか? 献上ってのはここの領主の指示なのか、この市長の独断なのか? それに足止めをして何をしようというのだろう? いや、それよりもこちらの同行者にラウラ姫がいることは伝わっているのか? さまざまな疑問が持ち上がる。
「私はこれで失礼致します。お返事は市長館でお待ちしておりますのでお早めにお願い致します」
市長はそこで話を切り上げると、おもむろに立ち上がり再び右手を差し出した。
「ええ、後ほど回答させて頂きます」
市長と握手を交わした後で騎士団の団長へと向き直り、特に握手を求めるでもなく話し掛ける。
「団長さん、市長を送り届けた後でよいのでお時間を頂けませんか? いろいろと確認したいことがあるので。お忙しいとは思いますがよろしくお願い致します」
にこやかな俺の表情と口調とは対照的に、やはり泣きそうな表情で承諾をして護衛の騎士を伴って市長とともに退出をしていった。
◇
「出発は明日よね? 今夜にも仕返しをしましょう」
「そうですね。温厚な私もさすがにあの市長の言うことは許せませんね。泣き顔が見たくなってきませんか?」
市長と騎士団長が馬車に乗り込むのを空間感知で確認したところで、白アリとロビンが恨み言とこの後の行動をほのめかす言葉を発した。
気持ちは分かる。分かるが仕返しをされるほどのことは市長もしてないだろう? それにロビン、お前が温厚ならこのパーティーは白アリ以外、全員が温厚になるぞ。
そんな言葉を呑み込んで、騎士団長がこちらに来る前に急ぎ今後の対応を話し合うことを二人に伝える。
取りあえず、寛いでいる者や眠っている者を叩き起こすことにした。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
7月28日より「水曜日のシリウス」にて本作品のコミカライズがスタートいたします
どうぞよろしくお願いいたします
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