第188話 捜索中の出来事
バンッ!
ランバール市の将来を憂いていた俺の右横で突然部屋全体に大きな音が響く。
ロビンだ。
床に叩きつけたのか、足元に放り出された裏帳簿と思しき、かなり厚めの冊子を睨みつけていた。
雰囲気は穏やかさからは程遠いな。
一応、人目をはばかっての侵入捜査なのだが……そんなことを注意するような雰囲気でもない。
もっとも、重力魔法と風魔法で二重の結界を作って部屋からは音が漏れないようにしてある。なので音で気付かれることも無いのだが。
「どうした?」
「どうしたも、こうしたもっ! あの市長、八つ裂きにしてやりましょうよ」
わずかに身体をずらしてロビンに視線を向けて問い掛けた俺のことを、真っすぐに見つめ返すと吐き捨てるように言った。
初めてロビンと共闘した川原での戦闘のときもそうだったが、冷静な見かけと頭の回転が速いわりにすぐに頭に血が上る。
特に女性に対して酷い仕打ちをほのめかすようなチンピラには容赦がない。
察するにあの冊子には市長の女性関係のことが書かれていたのか、或いは、その女性が年端もいかない少女だったか大人でも権力で無理やり、といったことでも書かれていたのだろう。
となると、あれは日記の類か?
「理由はこれ?」
ロビンが叩き付けた冊子を拾い上げた黒アリスちゃんが、その冊子を左手で自分の顔の横に持ち上げてロビンに見せている。
「ええ、それです。見なくて済むなら女性は見ないほうが良いですよ」
「そう言われても見ないことには判断もできませんよ」
淡々とした口調でロビンに向かってそう言うと、黒アリスちゃんは手にした冊子を執務机ごしに俺へと差し出した。
黒アリスちゃんから冊子を受け取りそのまま執務机に広げて二人で読み進めていく。
読み進めていくにつれ段々と気分が悪くなってくる。先ほどのロビンの反応も過剰反応とはあながち言い難いかもしれない。
そこに書かれていた内容は目を背けたくなるようなものだった。
男の俺でさえそうなのだから、実年齢が十五歳の黒アリスちゃんでは尚更だろう。そう思って顔をチラリと見たが忌避や嫌悪の表情ではなく憤りの表情をしていた。いや、表情よりも視線の方が恐い。冊子を射抜かんばかりの視線だ。
◇
「八つ裂きじゃもの足りないっ! もっと
黒アリスちゃんから再び冊子へと視線を移して読み進めていると、後方からロビンの怒声が聞こえる。見れば、別の冊子と手に取りワナワナと震える姿が飛び込んできた。
あんの市長っ!
こちらが穏便――弱みを握って
そこには市長に逆らった人たちや、政敵と思われる人たちを
本人だけならともかく、家族全員が奴隷落ちである。場合によっては親族にまで及ぶ。
この世界、親の罪が子どもに及んで子どもまで裁かれる。身分が高ければ高いほどその影響は広がり、貴族になると親族までもが一緒に罰せられるのは当たり前のことである。
手口はだいたいパターン化している。
例えばこの商人。
事業拡張の話を第三者から持ちかけさせてターゲットに借金をさせる。その上でチンピラをけし掛けたり、仕入れ先に圧力をかけたりして商売が成り立たない状態にしてしまう。結果、莫大な借金を抱えたまま破産に追い込まれる。
末路は家族全員が借金奴隷だ。
胸糞悪いのは借金奴隷となった十五歳の娘をいったん市長が引き取って一年と経たずに娼館に売り飛ばしている。器量が良かったのか結構な値段で売れたようだ。
これを読む限り、自分に逆らった商人を破産に追い込んだ挙げ句にその娘をもてあそび、飽きたところで娼館に売り飛ばしたとしか見えない。
こちらの下級貴族、騎士爵の身分で騎士団に所属していた。
魔物の討伐で死亡している。騎士団が魔物討伐で死亡した場合は戦死相当の扱いとなり、それなりの補償金が出るはずなのだが……
討伐時に魔物から逃げたことにより、それが原因で味方に損害を与えたとされている。敵前逃亡扱いで補償金が出ないばかりか不名誉極まりない汚名を着せられていた。
さらに市長からの借金があったことにされ、その返済のために当人の遺族全員と弟夫婦までもが借金による奴隷落ちとなっている。
奥さんは娼館へ直行。二人の息子はダンジョンから発見された魔道具の試し屋として使われ死亡している。
弟夫婦も悲惨だ。義理の妹も娼館へ売られ、弟はその娼館で下働きをしていた。
それだけじゃない、市長がその奥さんと義理の妹の所へ客として通った記録も残されている。
「自分の悪事なのに随分と詳しく記録していますね」
黒アリスちゃんがゆっくりと頭を横に振りながらつぶやいた。表情はあきれ顔になっているが、目はまだ怒りに燃えている。
「悪事なんて思ってないんですよっ! それっ、絶対に半分以上趣味が入ってますよ。読み返して楽しんでる姿が目に浮かびますっ!」
ロビンは二冊目と三冊目の冊子を小脇に抱えたまま、市長のさらなる悪事の記録を探すのを中断してまで黒アリスちゃんの独り言に反応を示した。
まあ、そうだろうな。俺もロビンの意見に賛成だ。
いや、これを見る限りそうとしか思えない。普通は奴隷落ちさせた政敵やその家族がどうなったかなんて、一年以上も追いかけて記録しないよな。
何よりも冊子自体、何度も読み返した形跡がある。
趣味が悪いとかじゃないよな、病的なまでの性格破綻者と言っても差し支えないだろう。やっていることに対する鉄槌とこれからも起こすであろう悪事を未然に防ぐ意味でもこのままには出来ない。
しかし、市長を
心当たりもないしなあ。だいたい次の市長は誰がなるんだかも想像もつかない。これは
「これで三冊ですね。証拠としては十分でしょう。市長を更迭に行きましょう」
「そうね、これ以上ここに居ても気分が悪くなるだけだし、さっさと次のフェーズに移りませんか?」
黒アリスちゃんが左右の手に一冊ずつ冊子を持ったロビンに一瞬視線を向けた後に、市長の悪事日記をパタンと閉じて両手でそれを挟んだまま俺へと視線を向ける。
まあ、最低限の目標である『市長を黙らせる』だけであればそれで十分だ。
しかし、出来ればもう少し利益が欲しい。
「市長に就任してから八年以上も市長で居続けている。まだ悪事の証拠があるはずだ。徹底的にさがそう。出来ることなら
二人の言葉にうなずき、受け入れるような仕種を見せておきながら、さらに証拠を探すことを二人にうながす。
「さすがミチナガっ! 男前ですね」
「ミチナガさん、素敵ですっ!」
冊子を手にしたまま意外そうな表情を一瞬見せた後で満面の笑みと賞賛の視線を向けるロビンと、悪事日記を執務机の上に放り出して両手を胸元で組み合わせ、頬を染めながら尊敬の眼差しを向ける黒アリスちゃん。
ロビンはともかく、思考が割りとダークな黒アリスちゃんが諸手を挙げて賛成するばかりか、俺に尊敬の眼差しを向けてくれるとは予想外だった。
何と言うか、二人の視線が痛い。
言えない。言える雰囲気じゃない。
市長に嵌められた人たち――特に政敵だった人たちに恩を売っておき、あわよくば次の市長に据えてコントロールできないだろうか? などと考えていたなんて言えない。
「じゃあ、時間も惜しいしさっさと探そうかっ!」
二人から視線を外して同じような冊子の並んだ本棚へと歩み寄って速やかに調査を再開させた。
二人の視線と軽い罪悪感のお陰で調査に身が入ること。
余計なことを考えないように、頭から追い出して考えないようにしようと思うと頭を使うのが最善のようだと改めて実感した。
それから小一時間。
必要な情報を取り揃えた俺たちは、白アリたちと合流すべく市長官邸へと移動を開始した。
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