第181話 凍てつくアーマード
アーマードスネークはその巨体を横たえて真っすぐにこちらを見ていた。その怒りに燃えた真っ赤な目は自分に傷を負わせた相手への報復を未だ諦めていないことを物語っている。
不用意に近づくのは危険だな。
「もう一撃くらい雷撃を撃ち込んどくか? それとも、効くかどう分からネェが睡眠の魔法を試すか?」
ボギーさんはアーマードスネークへの警戒を緩める様子もなく、灰色の厳しい視線は横たわるその巨体を捉えたままだ。
障害物がほとんど取り払われたなかで見るその姿、大きさは麻痺をして身体を横たえてるとはいえさすがの迫力だ。目の前に横たわるそいつは百五十メートルにも達しようという大きさだ。
昔、五十メートルのアナコンダがいたとかの記述をネットで見たことがあるが、あれの三分の一の大きさのヘビが近代の地球を動き回っていたとか絶対にウソだな。
「凍死させる前に試したいことがあるんですけど良いですか?」
重力の短槍を抱え、右手を小さくあげて聞いてきた。その顔は笑みをたたえ、余裕さえうかがえる。
あの巨体と未だ諦めていない怒りに満ちた目を見てなお何かしようという聖女に半ばあきれながら了解する。
「もう一撃だけ雷撃を撃ち込むからその後でなら。だが十分に注意をしろよ」
俺の言葉に快活に返事をしながらうなずく聖女を確認してから、巨大な
狙いは苦し紛れに威嚇している――大きく開かれた口の中である。
雷撃は瞬時に照準した口の中に到達する。雷撃が到達すると同時にアーマードスネークの巨体が大きく跳ね上がり
それでもこちらを威嚇するように口を大きく開けようとしているが、半分ほど開くのが精一杯のようである。こちらを見つめる目にはもはや怒りが浮かんでいるようには見えない。恐怖の色が見えるのは気のせいだろうか。
「凄いっ! 魔力に対する耐性がある訳でもないのに、あの雷撃を二発もくらっても曲がりなりにも動けるのねー」
「あれなら大丈夫そうですね。では行ってきます」
同じ姿を見て、聖女は「与し易し」と受け取ったようだ。重力の短槍を肩に担いだ状態でアーマードスネークへと小走りに駆け寄って行った。
「大丈夫なのかな?」
テリーが女神さまから貰った多重属性の長剣を抜き身の状態で手に持ち、瀕死のアーマードスネークに対して警戒の表情を浮かべたまま視線を向けている。
「何をする気か知らネェが、さっさと終わらせたほうが良さそうだぜ。後ろが騒がしくなってきた」
そう言いながらも両手には魔法銃が握られ、視線は真っすぐにアーマードスネークに据えられている。
確かにボギーさんの言うとおり、アーマードスネークに一方的にダメージを与えている俺たちの姿を見て余裕が出来たのか、後ろにいる探索者たちの間にざわめきが広がっている。
ざわめきも、最初は自分たちの見ているものが信じられないからか、戸惑いと思考の混乱を取りとめもなく口にするものだった。
それが今では戸惑いと混乱を「もしかして」との期待が上回っている。
これは期待と興奮に変わるのも時間の問題だな。邪魔になるので倒す前にそうなるのは避けたい。ボギーさんの言うようにこれは早々に決着を付けたほうが良さそうだな。
「さあ、白姉さま。我々も行きましょう」
「どうやらあの
白アリが両手のひらを合わせて拝むように俺、テリー、ボギーさんへと次々と頭を下げながら視線を移していく。
「ん? そんなことか。良いんじゃネェか?」
「俺も構わないよ」
「俺も異存はない。ただ、後で良いので理由だけでも教えてくれないか?」
ボギーさんが真っ先に即答をし、テリー、俺がそれに続いた。
俺たちの返事を聞いて白アリが満面の笑みでお礼を言い、そのまま欠食児童を追う形で駆け出した。
「さあ、俺たちも行こうか」
何となく白アリの後ろ姿を眺める格好になっていた俺たち三人だったが、再び三人揃ってアーマードスネークへと向けて速度を上げた。
◇
聖女がアーマードスネークの顔の前まで近づき、槍でツンツンと口の辺りを突いていた。
何がしたいんだ?
順番待ちなのか、聖女から少し離れたところで白アリと欠食児童がそれを見守っている。
二人とも何をするつもりなのかは知らないが、アーマードスネークにとっては間違いなく災難だろうな。
「気の毒に。せめて楽に死なせてやりたかったな」
ボギーさんがソフト帽子を脱いでヤレヤレといった感じで首を横に振っている。その横でテリーも苦笑しながら肩をすくめていた。
どうやら、俺たち三人は同じ気持ちのようだ。
執拗に槍で顔を突く聖女にイラついたのか、アーマードスネークがその
威嚇というよりも文句を言っているようにみえるな。
「何だか蛇のヤツが
二丁の拳銃を構えたままボギーさんがつぶやく。そのつぶやきにテリーがわずかに口元を緩める。
「えいっ!」
聖女が重力の短槍を野球のバットスイングの要領で目の前に出現した牙に向けて叩き付けた。
ピキーンッ!
甲高い音を残して重力の短槍が振り抜かれる。
次の瞬間、聖女の声が森の中に響き渡った。
「いやーっ!」
「折れたのか?」
「折れたみたいだな」
聖女の悲鳴に続いて、テリーと俺の言葉が重った。一部始終を見ていた俺たちは聖女の悲鳴の理由がよく分かる。国宝級の槍――重力の短槍の刃が半ばからポッキリと折れてしまっていた。
「あの槍、確かオリハルコンの合金だったよな?」
「ええ、ミノタウロスの格納してあった武器と合金の割合こそ違いますが同じオリハルコン合金です」
泣きながら折れた槍でアーマードスネークの頭を叩いている聖女を見ながら、あきれたような口調で聞いてきたボギーさんに俺も茫然としながら抑揚なく答えた。
まさか国宝級の槍を無用な戦闘で壊すとは思ってもみなかった。いや、戦闘ですらないな。
「選手交代みたいだよ」
白アリに羽交い絞めにされてアーマードスネークの前から連れ戻されていく聖女をテリーが楽しそうにみている。
アーマードスネークに半泣き状態で罵声を浴びせている聖女と入れ替わるように、踊るような足取りで
「今度は何を見せてくれるんだ?」
ソフト帽子を被りなおしながら、ボギーさんが実に楽しそうにつぶやく。その両手にはもう魔法銃は握られていない。
テリーもボギーさんも観覧モードだが、俺としては後方の探索者たちの反応が気になって楽しむどころじゃあない。
遊んでいるようにはみえないにしても、真面目に戦っているようにも見えないよなあ……
気になって探索者たちのところへ視覚と聴覚を飛ばす。
「凄いっ! アーマードスネークを倒したぞっ!」
「さっきのは雷? 凄い光ったよね」
「雷よりも火だろ。あんな凄い炎の魔法、初めて見た」
「でも、何をしてるんだろう?」
「アーマードスネークの状態を確認してるんだろ? あんな
他にもいろいろと的外れな声が聞こえてきたが、取りあえず探索者たちの反応に俺は胸をなでおろした。今のところ、良い方向に誤解をしてくれているようだ。
視覚と聴覚を戻すなり、アーマードスネークの
アーマードスネークはもたげていた鎌首を、血しぶきを撒き散らしながら地面へと打ち付ける。
高圧力のジェット水流か。
地球でもあったウォーターカッターの要領だ。質量がある分、風魔法よりも殺傷力は上だな。
「やった、やりましたよ、白姉さまっ!」
たった今抉り取ったばかりの牙を文字通り両腕で抱えて、達成感で満たされた笑みを白アリに向けて駆け寄ってきた。
こうして抱えている姿を見るとアーマードスネークの牙の大きさがよく分かる。
百三十センチメートルほどの身長である欠食児童とほとんど変わらない長さだ。あの長さと反りのある形状を活かして刀が作れそうだな。
白アリが駆け寄る欠食児童から俺たちへと視線を移して、「聖女を取り押さえるのを代われ」と言わんばかりに目で訴えている。
「テリー、すまないが聖女を白アリから受け取ってくれ」
俺はテリーの肩を軽く叩くとそう伝えてから駆け出し、隣を走るボギーさんへ向けて討伐の完了をさせる旨を伝える。
「白アリを含めて三人掛かりですが、冷却系の火魔法でとどめを刺しましょう」
了解の意思表示なのだろう、ソフト帽子を右手でわずかにずらして灰色の瞳を覗かせると、軽くウィンクをしながら左手でサムズアップをしてみせる。
崩れ落ちてこちらを恨めしそうに見ているアーマードスネークのことなど忘れたように、白アリにキャイキャイと嬉しそうに抱きついている欠食児童に声をかける。
「凄いじゃないか」
「ああ、大したもんだ」
駆け寄るなり俺とボギーさんにほぼ同時に褒められた欠食児童がこちらへと視線を向けた。
「ありがとうございます。夢にまで見た「生きているアーマードスネークから牙を抜く」ことが出来ました。これも皆さまのお陰です。特にフジワラさまには単独で牙を抜く許可を頂き言い尽くせぬ感謝の気持ちでいっぱいです」
そう言う欠食児童の双眸からは感謝の気持ち、その思いが確かに伝わってくる。
「でも、夢にまで見るってのは相当な思いなんだな。それにさっきの高圧力の水魔法は凄かったな」
精霊も夢を見るという事実に驚くが、それ以上に先ほどの高圧力の水流による切断の魔法に驚いたことを伝える。若干だが他にもあの手の水魔法の活用方法がないかとの淡い期待もある。
「私の故郷の湖に住む第一位の水の精霊が事ある毎にかつて人間と一緒にアーマードスネークを倒して、牙を抜き取ったことを自慢していて腹立たしかったんですよ」
何を思い出したのか知らないが喜色に溢れていた表情を怒りの色が侵食しだす。余計なことに触れてしまったことに気が付いたが既に遅かった。欠食児童の言葉はなおも続く。
「生きたままの状態で抜き取ったので私の方が上です。これで鼻をあかしてやれます。何よりもこれで故郷に帰ったときの楽しみが増えました。本当にありがとうございます」
「お、おう、そうだな」
なんだろう。何だか良くないことの片棒を担いだような不思議な感覚だ。それにもかかわらず、つい無意識に言葉が続いてしまう。
「もし良かったらだが、その牙はウィンが貰ってくれないか? あとで武器でも何でも加工したいなら手伝うぞ」
「本当でしょうかっ! なんとお優しいっ! 望外の喜びです。ありがとうございます。私、フジワラさまのためであれば、この身をいつでも投げ出させて頂きます」
感極まったのか、涙を流しながら抱きついてきた。牙は担いだままである。
「ああ、もしかしたら忘れてるかもしれないが、アーマードスネークはまだ生きているんだし、一先ずあいつを倒そうか」
涙でグシャグシャになった顔の欠食児童をやんわりと引き離して、白アリとボギーさんへ目配せをする。
「そうだな、蛇も苦しそうにしているしさっさととどめを刺してやろうぜ」
「そうね、そうしましょうか」
白アリとボギーさん、俺の三人で瀕死のアーマードスネークを凍てつかせ、静かに息を引き取るのをその場で待つことにした。
少し離れたところでは、聖女を受け取ったテリーがこちらを恨めしそうに見ていたが、そこは雰囲気というものがある。
申し訳ないがアーマードスネークが息を引き取るまでのわずかな時間、テリーに面倒を見てもらうことにしようと三人で目配せをして知らん顔を決め込んだ。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
7月28日より「水曜日のシリウス」にて本作品のコミカライズがスタートいたします
どうぞよろしくお願いいたします
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