第180話 アーマードスネークの脅威
距離はあるがその大きさと重量感は十分に伝わってくる。
訴えてくるのは視覚だけじゃあない。その空間を支配する圧倒的な脅威――空気を震わせ、地面を震わせ伝わって来る音と振動がその魔物の大きさと重量を物語っている。
大きさや重さは強大であればあるほど力となり周囲を圧倒する脅威となる。
まして目の前にいる魔物はこの異世界で最高の硬度をもつ牙とウロコで武装をしている。
過去を振り返れば、神話の時代から多くの戦士や魔術師、騎士や人々に死と恐怖を与えてきた。時には厄災のように村や町を滅ぼした例もある。もちろん倒した者もいる。だが、それは極わずかな限られた人たちだ。
そして多くの人は自分自身がその限られた者ではないことを本能的に知っている。
だから恐怖する。
逃げることを、生き延びることを真っ先に考える。
いや、それを真っ先に考えられるものでさえ希有だ。ほとんどの人々は恐怖と恐慌に支配されてまともに逃げることさえできない。
そしてここにいる大半の人たちも同様だった。
生い茂る草と木々の間に見え隠れする黒い巨体から視線を外せずにいる。空気と地面を震わせる振動が耳と肌から恐怖を伝える。人々の間に恐怖と緊張、生命への執着が広がる。
「あいつは、俺たちが相手をする。安心しろ、必ず仕留めてみせるっ!」
今にも爆発しそうな張りつめた空気の中、風魔法によって拡大された俺の声がアーマードスネークの生み出す振動を掻き消すようにして森の中に響き渡る。
その場にいた全員が吸い込まれるように俺のほうへと視線を向けた。俺へと向けられた表情は何かを期待しているものではない。
完全に思考停止をしている。
何か不思議なものを見るような目でこちらを見ている。
取りあえずパニックになるのは回避できたが、アーマードスネークが近づいてきたらその限りではなさそうだ。
「先制攻撃をしかけよう。アーマードスネークの周囲を焼き払って俺たちに有利な戦場を作る!」
パニックになる前に片付けたい旨をチェックメイトのメンバーに小声で告げてから、こちらを見ているアーマードスネークへ向けて駆け出した。
広域の火魔法でアーマードスネークもろとも周囲の木々や植物を焼き払うのが作戦の第一弾だ。
原生林に生息している以上、原生林そのままの地形を戦場に選ぶのは得策じゃないとの判断からである。
取りあえず、周囲の木々や植物を焼き払って障害物を取り除くことで機動力を活かせる状態にする。さらに射線軸と視界を併せて確保する。
「了解っ! 派手にやった方が良さそうね」
「出来るだけ素材を傷めたくないので火力は抑えてくれよ」
目を輝かせて俺の横を疾駆する、先制の火魔法を俺とボギーさんと一緒に担当する白アリに向けて苦笑混じりに注意をうながす。
自分で言っといて何だが、この異世界でも脅威度が最上位に位置するアーマードスネーク相手に手加減とはよくも言ったものだよな。
白アリからの了解のジェスチャーに軽く左手を挙げてこちらも了解の意思を示す。
「アーマードスネークの最も硬いうろこって、ダイアモンドよりも硬いんですよね?」
何かを考えるように誰とはなしに聖女が疑問を投げかけた後で、隣を走るテリーに視線を向けながらさらに続けた。
「亀とどっちが硬いんでしょうか?」
「亀じゃないの?」
「亀だと思うよ」
「亀じゃあネェのか?」
「亀だろう」
聖女の疑問に白アリが真っ先に答え、テリー、ボギーさん、俺の答えが続く。
別に亀が可愛いから
純粋に亀と戦ったときの感覚だ。あの魔力を通した甲羅は絶対にダイアモンドよりも硬い。根拠は無い。しいて言えば単なる勘なのだが硬いことは分かった。
「噛み付こうとしたことろで口の中に亀を放り込んで、あの自慢の牙を圧し折りたいと思いませんか?」
そう言う聖女の目は、何を期待しているのかは知らないが期待にキラキラと輝やいている。
いたよ、ここに。俺よりもアーマードスネークを舐めているヤツが。
どう戦うとか、素材が傷むのを気にするとかの次元じゃない。単なる嫌がらせだろ、それは。
「折れるかどうかは知らネェが、牙が傷物になるのは確かだな」
「売るにしろ自分たちで使うにしろ得策じゃないね」
「利用できるものは残そう、そのために先制攻撃の火力を抑えるくらいなんだからな」
損得勘定で考えても俺たちに何のメリットもない。ボギーさんとテリーの意見をそのまま採用する形で聖女の希望を却下して、さらに話を続けた。
「相手はアーマードスネークだ。決して舐めて掛かって良い相手じゃない。嫌がらせをする算段を考える余裕あるなら被害を最小限に抑えることを考えろ」
「はーい」
走っている最中だというのに、聖女があからさまに肩を落として落ち込んでいる演技をしながら小声で返事をした。
この女、まだまだ余裕がありそうだな。
「近づいてきたわよ。そろそろ仕掛け時じゃないの?」
「こっちはいつでも行けるぜっ!」
聖女に気を取られていた俺は白アリとボギーさんの言葉に意識をアーマードスネークへと向け、走る速度を落とすとそのまま攻撃に移った。
「攻撃開始っ! 撃てーっ!」
俺の号令と共に、俺、白アリ、ボギーさんの広域の火魔法とそれを拡散させるための風魔法が、既に百メートルほどの距離に位置しているアーマードスネークの周囲に広がる原生林へ向けて放たれた。
天を焦がすような、そんな表現が自然と脳裏に浮かび上がる――特大の、高さ二百メートルにも達しようかという火柱が数本噴きあがる。
その火柱を中心に炎が渦を巻くようにしてアーマードスネークの周囲に広がっていく。
今回の魔法攻撃のコンセプトは「ともかく見た目を派手に」だ。
なので見た目の割には火力も抑えてあるし、アーマードスネークにもなるべく被害が及ばないよう配慮をしている。
遠くからこちらを眺めている探索者たちから見ても、俺たちが発動させて魔法が尋常のものでないこと――騎士団に在籍している上位の魔術師程度では足元にも及ばないことを知らしめる。
アーマードスネークと戦えるかも知れないと思わせるだけの力を早々に示してパニックを未然に防ぐのも目的のひとつだ。
そうして放たれた魔法は、アーマードスネークへの直撃は出来るだけ避ける……一応は避けようとした。
炎に隠れていて確認は出来ないが少しだけ焦げたようだ。そのせいかもの凄く怒っているように見える。
まあ、こちらとしては先制の一撃の目的は成した。良しとしよう。
主たる目的は周囲の原生林を焼き払い俺たちが戦いやすい戦場を作り出すことだ。
「何だか怒ってますよ」
「白アリ、
白アリとテリーがうなずくのを確認した直後に、炎の中で怒り心頭状態のアーマードスネークへ向けて強力な雷撃を撃ち込んだ。
俺の放った雷撃は秒速二千メートルの速度で空気を
もちろん、攻撃だけではない。アーマードスネークへの攻撃と同時に何本もの雷撃が空気を切り裂いて地上から天空を貫く演出も忘れない。
「行きますっ!」
水流の先頭が欠食児童自身を模したような少女の上半身になっている。器用なものだな。
その水流に呼応させるようにテリーの生み出した水流が炎の右半分へと、風魔法の加速により欠食児童の生み出した水流を上回る凄い勢いで迫る。
魔力によって生み出された二つの水流が炎と燃え残った障害物を押し流し、怒りに燃えた少しだけ火傷をしたアーマードスネークを百メートルほど押し戻した。
いや、火傷はあくまで目に見える範囲のことなので口の中がどうなっているかは分からない。
鎮火された山火事の後のような森だったところでのた打ち回っている姿を見る限り、雷撃で身体がしびれていて思うように身動きが取れない状態であることは間違いなさそうだ。
これで作戦の第二段階は終了だ。
「パニックにはなってませんが皆、ポカンとした顔をしてますね」
聖女がいつの間にか重力の短槍を取り出して、準備運動のつもりなのかゴルフのスイングのように
俺も視覚を飛ばして、後方にいる探索者たちの様子を確認する。
ほとんどの人たちは聖女の言うようにポカンとした表情でのた打ち回るアーマードスネークと俺たちを交互に見ているようだ。
何人かの探索者たちがティナやメロディに話しかけだした。
まずいな。メロディに話しかけている人たちは例外なくメロディの苦手な顔だ。パニックになる前に片付けるか。
再びアーマードスネークへと視界を戻す。
アーマードスネークは雷撃の麻痺から回復できずにこちらを恨めしそうに見ていた。
「辛そうにしてますね」
聖女が先ほどまでフルスイングで肩慣らしをしていた重力の短槍を、今は抱きかかえるようにして慈愛の表情を浮かべている。
その短槍の出番はないはずだが? 今度は何をする気なんだろう?
ちょっと興味を持ってしまった自分が悔しい。
「本当、可哀想よね。さあ、極寒の中で眠るように息を引き取ってもらいましょう」
妙にテンションの高い白アリが軽やかな足取りで欠食児童と並んでアーマードスネークへと向かってゆっくりと進む。
欠食児童も今回の出番はもうないはずなんだが?
そんな疑問を抱きながら俺はテリーとボギーさんと三人で白アリたちの後からまだ生きている素材へと向かった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
7月28日より「水曜日のシリウス」にて本作品のコミカライズがスタートいたします
どうぞよろしくお願いいたします
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます