第179話 近づいてきた

 その後、残るふたつのハイビーの巣も同様の方法で滞りなく回収できた。

 さすがに三度目となるハイビーの巣の回収では一緒に凍てつくような人は出なかった。だが、ハイビーの巣を三つ、それもひとつは特大の巣。その成果の割には同行した探索者たちのテンションは低い。


 まあ、自分たちが何も貢献できていないので達成感がないのは仕方がないのかもしれない。


 だが、ひとりだけテンションの高い探索者見習いがいる。ロミだ。「天にも昇る気持ち」とか「夢見心地」「有頂天」などの言葉を全身で体現している。

 驚いたことに、ものの二時間ほどで光魔法の発現に成功をしている。普通ではありえない修得の早さだそうだ。それはそうだろう、素人の俺だってそう思う。


 どうやら、身体や光魔法を発動させる手のひら、指先を聖女とロミとで触れ合わせて光魔法の発現の準備段階からその瞬間までを身体で覚えさせてトレースさせたそうだ。

 聖女らしい発想といえばそれまでだが……現代日本での知識、小説やゲームをヒントにしたようだ。傍から見るといろいろと問題というか邪推をしてしまうような行いではあるが、聖女もロミも双方利益のあることなので適当に見て見ぬ振りをする。


 アレクシスなどは涙目で羨んでいた。

 聞けば、まだ幼い頃から丁稚奉公さながらの待遇で弟子入りをして最初の三年間は何も教えてもらえずに雑用のみ。教えてもらえるようになってからも、なかなか発現せずに数年が経過。

 初めて発現したのはアカギレした、かじかんだ手に息をかけて暖めていたときで、まったくの偶然としか言いようがない発現だったとボソボソと語っていく。

 さらに「自分も含めて無料どころかお金を払ってくれる使用人として都合よく使われてた気がします」とひと言ごとに暗く沈んで行くので話を途中で切り上げてしまった。


 同行した探索者たちもアレクシスほどではないが雰囲気がよろしくない。

 何となく雰囲気が暗いというか重たいので少しでも改善するためにハチの巣狩りの分け前を大きな声で伝える。


「俺たちはハチミツを半分と少しのハチの子があれば良いから残りのハチの子は皆で分けてくれ」


 ただでさえ考えられないような大量の収穫の上の大盤振る舞いである。

 諸手を挙げて喜ぶ者はいなかったが、それでも重かった雰囲気は幾分か軽く明るくなった。


 特に見習いや低ランクの探索者たちがその雰囲気づくりに貢献をしている。

 普段からベテランの探索者たちからおこぼれを貰うことが多いためか、今回の俺たちからの分け前も割りとすぐに受け入れていた。


 逆に中級ランク以上の探索者たちは自分たちの貢献の度合いが分かっている。

 若い探索者たちと違い遠慮が前面に出ていた。最初こそ辞退を申し出る人たちもいたが最終的には、照れ臭そうにしたり、苦笑いしたりしながらも何とか受け入れてくれた。


 雰囲気が明るくなったところで、帰り道は祝勝会の話題で盛り上がった。

 先に帰った人たちがオーガ討伐の祝勝会の準備をしている。普段も今回のような大きな討伐作戦成功の後は犠牲者のとむらいも兼ねて酒盛りをする。


 そんな話をしながら、中級以上の探索者たちを中心にアーマードスネークの生態や過去に戦った経験などをそれとなく聞き出す。

 良い感じで話題が盛り上がっている中、帰路を少しずつずらしていく。


 ◇


 帰路に就いたはずの俺たちの前に広がる原生林の風景は代わり映えがない。相変わらずの大木と蔦類つたるい、栄養不足の細い木々が一面を支配している。

 そんな環境の中、ときどき出現するホーンラビットやワイルドボア、山鳥などの獲物を何組かのパーティーが追いかけている。


 何人かの勘の良い探索者たちは俺たちが素直に帰路についていない事に気付いたようだが、周囲のリラックスムードに影響されてか特に何も言ってこない。

 或いは、ハイビーの巣を回収する際に見せた白アリと水の精霊ウィンディーネの魔法の威力を目の当たりにして安心しているのかもしれない。


 一部の緊張している中級ランク以上の探索者たちは別にして、ほとんどの探索者たちが狩りや採取を楽しんでいた。

 普段であれば、この森には近づくことも出来ないような見習いならなおさらである。


 俺たちの進行方向から獲物がやってくるので割りと容易に仕留められる。

 先ほどももの凄いスピードでワイルドボアが走ってきた。まるで何かから逃げるように。いや、そんなことは気にしても仕方がない。それよりも走ってきた方向から何やら木々の折れる音も聞こえてくるな。


 そんなリラックスムードの中、先ほどからテリーとその奴隷たちがマーカスさんから注意をされた脅威となる魔物を話題にしている。

 本人たちは軽い感じで話題にしているのだが、一部の探索者――中級ランク以上の人たちの表情からは話が進むにしたがいリラックスムードが削ぎ落とされていく。


「アーマードスネークどころか、グレイウルフも出てきませんね」


 退屈そうな表情を作ったティナが、二百メートルほど先を歩いていたキツネに狙いを定めて矢を射る。


 ハズレだ。

 大分マシになってきたが二百メートル先の獲物を狙うのは矢の無駄でしかない。


 ティナが仕留め損ねたキツネが狙っていたのだろう、丸々と太った美味そうな山鳥が飛び立った。

 キツネも可哀想に。


 ギャウッ


 次の瞬間、俺が同情したキツネが悲鳴を上げて絶命した。即死かよっ! アレクシスの放った容赦のない矢がキツネの心臓を正確に貫いていた。


「グレイウルフ程度ならこの人数ですし撃退するのも容易でしょうね」


 キツネの狙っていた山鳥を横取りしようというのか、ローゼリアが空中の山鳥目掛けて矢継ぎ早に二射ほど射掛ける。

 

 連射は見事だが正確さに欠ける。こちらはティナ以上に精進が必要な感じだ。

 ローゼリアの放った矢が重力に負けて落下をはじめるよりも早く、別の矢が山鳥の心臓を射抜く。ウソだろう? 空を飛んでたし距離も二百メートル近くあったぞ、おい。


 射手は今度もアレクシスだ。その表情は仕留めて当然といった様子である。ひと言で顕すなら暗い、違った、クールである。

 そんなアレクシスの隣でミレイユが火球を撃ちだす。


 大木に当たった火球に驚いてミレイユの狙った山鳥が飛び立つ。案の定、アレクシスが速射で逃げる山鳥を一瞬にして射抜いた。

 最初の攻撃担当が狙いをはずして安心したところをアレクシスが命を刈り取るとかのコンビネーションプレーじゃないよな? そんな疑問が過ぎるほどに見事な呼吸である。

 

「アーマードタイガーやフォレストベアは倒したことがあるので大丈夫でしょう。アーマードスネークは戦った経験がございませんよね」


「そうだな、アーマードスネークってどうやって戦うんだろうな? 知ってるか?」


 ティナの疑問を皮切りにローゼリア、ミレイユと続き最後にテリーが数名の探索者に視線をさまよわせた後で白アリにたずねた。


 ……大根過ぎる。

 白アリと黒アリスちゃん、聖女のアドリブというか演技力を知っている俺から見ればあまりにもお粗末な演技だ。


「戦い方は知らないけど、ウロコが硬いらしいから外側からの攻撃は諦めたほうが良さそうね。スネークなんだから冷却すれば動けなくなるんじゃないかしら」


 探索者が取り逃がした山鳥を空中で凍結させ、そのまま落下するさまを満足気に確認をした白アリが苦笑をしながらテリーに答える。


「そろそろだな」


「ええ、魔力にはまだ余裕がありますよ」


 ボギーさんがソフト帽子を被りなおしながら白アリへ視線を向け、それを受けて白アリが準備運動のつもりなのか大きく伸びをする。


 確かに爬虫類と考えると冷却系の魔法は効果がありそうだよな。

 後は内側からの破壊か。


 大木を削るような音と細い木々や枝が折れる音、草が磨り潰されるような音が響く。わずかに地響きが伝わってくる。

 大分近づいたな。


 周囲に視線を走らせるとほぼ全員が何らかの違和感とか異常に気付いたようだ。緊張した表情を浮かべている。

 音から判断してかなりの大型の魔物であることを感じているのだろう、少なくとも狩りを楽しんだり帰還後の祝勝会に思いを馳せたりする余裕はなさそうだ。


 再び、俺たち以外から会話が消えた。

 テリーたちの会話に耳を傾けつつ、先ほど探索者たちから聞いた情報とギルドの資料室で調べた情報を自分のなかで再確認する。


 一般的なアーマードスネークとの戦い方は罠だ。それも薬や毒を用いる。


 大型の獣をエサとして与えてそれを食べている最中にウロコの隙間から麻痺や睡眠の薬、毒を塗った槍を刺して弱るのを待つ。アーマードスネークが大型なので毒が回るのに時間がかかるため持久戦必至だ。 

 他の方法だと落とし穴に落として岩や魔法を連射して脳震とうや内臓の損傷で弱ったところを毒で仕留める。

 アーマードスネークは生半可な落とし穴では簡単に這い出てくる。こちらも持久戦は必至な上、エサを用意するよりもリスクが高い。


 何れにしても俺たちの戦い方とは乖離しすぎている。


 アーマードスネークは硬い。その硬さは魔力を流せばダイアモンドの加工に利用されるほどである。

 しかし、硬いといっても魔力を流せばである。魔物なので当然戦闘中は魔力をまとって最高の硬度を保つだろうが魔力にも限界がある。魔力切れを狙うのも方法だが戦闘時間が長くなれば被害も大きくなる。これは最終手段だな。


 ウロコも硬い部位と比較的柔らかい部位がある。

 最も硬いのは頭部と尻尾、あとウロコではないが牙だ。そして最も柔らかいのは腹部のウロコだ。腹部を狙うのもありと言えばありだが素材は可能な限り利用できる状態で仕留めたい。よってこれも却下だ。


 内部からの破壊。当初からの構想にあった戦い方だ。

 口を開けたところに大火力の魔法を撃ちこんで仕留める。若しくは冷却系の魔法で動きを封じてそのまま凍死させるかだな。


「何だあれっ!」


「でかいぞっ!」


「何?」


「あれ……ウロコ?」


 探索者の間から次々と驚きと不安の声が上がる。彼らの視線の先には黒光りするウロコを全身にまとった巨大な魔物の身体の一部が見えている。


 そいつが何なのか大方の予想は出来ているはずなのに誰もその魔物の名前を口にしない。

 そいつはこの異世界では魔力を通すことで最高の硬度を誇る牙とウロコを、最も硬い武器と盾を持つ魔物だ。その魔物はフォレストベアを絞め殺し丸呑みするほどの力と大きさがある。


 森の王者と呼ばれるアーマードタイガーでさえも子猫のようにあしらう。

 アーマードと名のつく魔物は多い。だが、単に『アーマード』と呼んだときはそいつを指す。硬さと強さの象徴となっている魔物、アーマードスネークがおよそ五百メートルの距離にいた。

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