第178話 ハチの巣狩り

 大木と蔦類が生い茂る原生林さながらの風景が延々と続く。それは先ほどまでオーガと交戦した場所と変わらぬ風景である。

 その変わらぬ風景の中をマリエルの案内に従って進む。


 マーカスさんが声を掛けてくれたパーティは三分の二が見習いを含めた低ランクのパーティだが、残りの三分の一は中級ランクのパーティだった。

 低ランクのパーティーが七つと中級ランクのパーティーがふたつ、俺たちを含めて六十名以上の集団となった。


 オーガの群れを討伐したとはいえ、まだまだ危険な魔物や猛獣はいる。中級ランクのパーティのうち一つはハイビーの巣の回収ではなく、どうやら俺たちの護衛をマーカスさんから依頼されたようだ。

 これはジェラルドとウルリヒから教えてもらった。二人は午前中に俺の魔法の威力を見ているので半ば苦笑混じりであった。


 ジェラルドとウルリヒの所属するパーティーもランクとしては中級となる。

 彼らの所属するパーティーが俺たちの護衛役を請け負っている。


 この原生林に生息する危険な魔物の代表格はグレイウルフとフォレストベア、アーマードタイガー、アーマードスネークの四種類だ。

 グレイウルフだけ妙に見劣りするのは群れとしての脅威であって単体での脅威ではないので仕方がないだろう。


 なかでもアーマードスネークは別格だ。身体が大きく力がある上、ウロコが厚く硬いため何の準備もしていない状態で出会った場合、上級の探索者でも戦いを避ける。

 その力は凄まじく、先ほど脅威の一つとして挙げていたフォレストベアも簡単に絞め殺してしまうほどだ。


 マーカスさんからも先ほどの四種類の魔物のうち、グレイウルフ以外と出遭ったら逃げることを考えるよう言い渡されたが、アーマードスネークについては恐いくらいに真剣な面持ちで「ヤツは別格だ。ともかく逃げろ」と厳しく念を押された。

 グレイウルフについては、俺たち探索者側も人数がいるので何とかなると考えたようで個別に言及は無かった。



 俺たちは厳密に隊列を組んでいない。

 先頭に案内役のマリエルを配置して、そのすぐ後ろに俺とボギーさんの開拓作業コンビが続く。ボギーさんが風魔法で伐採し俺が土魔法で整地をして道を作る。


 その後ろに適当に散開した状態で同行している探索者たちが続き、探索者に混じって左右を白アリとメロディが、そして最後尾をテリーとその奴隷たちが固める。

 聖女は道中、ロミにべったりと張り付いて光魔法を教えている。


 指導方法は一任してある。大勢の目があるので無体なことはしないとの判断からだ。

 まあ、お触りくらいはあるとは思うが、そのくらいは光魔法を教えてもらえるのだから諦めてもらおう。ロミの意思は確認していないが、交換条件としてはロミにメリットがあるはずなので気にしない。


 蔦類つたるいや大木の間に生えている栄養不足としか思えない細い木々を、不可視の刃が地面スレスレで切断する。間髪を容れずに突風が吹き抜け、地面から切り離された蔦類つたるいや細い木々が吹き飛ばされる。風魔法による伐採作業である。


 その直後に地面がまるで生きているかのように波打ち、地面に残った幹と根が地中深くに吸い込まれる。地面に残された幹と根を地中深くに吸い込んだ後は、大勢の人が踏み鳴らしたような平らで固い地面が作られる。土魔法で整地をしての道の作成だ。


 出発前はオーガ討伐の成功とハイビーの巣の回収ということもあって、同行するパーティーは誰もが口数が多く賑やかだった。

 しかし、いざ出発をすると誰もが口をつぐみ、額に汗を浮かべている。その視線は周囲の魔物を警戒するのも忘れたかのように俺たちの作り出す道に注がれていた。


 道中、緊張感無く会話をしていたのは俺たちくらいのものだが、周辺の警戒や索敵を抜かりなく実行していたのも俺たちだけである。

 周辺索敵の最たる目的はアーマードスネークの察知である。「素材として有用と思えるアーマードスネークを是非とも仕留めたい」と周囲に気付かれないようにチェックメイト全員で捜索をしている。

 

「もうすぐだよー」


 先頭を進むマリエルの速度が上がった。


「皆、もうすぐだ。少し速度を上げるぞ」


 広域に展開している空間感知にはアーマードスネークどころか脅威となるような魔物は引っ掛かってこない。精々がホーンラビットやイタチの魔物くらいのものだ。

 集団が多少散らばるのを容認して速度を上げる。


 程なくマリエルの動きが止まり大木の陰から前方をうかがうように覗き込んでいる。

 マリエルがこちらを振り向くと静かにするようにジェスチャーで伝え、俺とボギーさんを手招きする。


 マリエルの傍らに行くまでもなく、空間感知と視覚を飛ばしてハイビーの巣の様子を確認する。

 

 大きい巣だ。初めて回収した巣の倍近くもか。巨大な巣は大木と大木の間に塔のようにして存在した。直径で二十五メートル、高さで四十メートルはあろうかという大きさだ。

 あまりの大きさに「本当にハイビーの巣なのか?」との疑問が湧きあがる。つい、周囲を飛んでいる成虫と巣の中にいる成虫を確認してしまったほどだ。


「最初に説明したように、ここからは俺たちのやり方でハチの巣の回収をします。申し訳ありませんが皆さんは待機をお願いします。万が一失敗したときは手助けもお願いいたします」


 マリエルの隣から大木で身を隠すようにして覗き込んだ後、周囲に散っている探索者たちに向かって念を押す。


 俺の言葉に中級ランク以上の探索者たちの一部が無言でうなずき、それにつられるように周りの同行してきた探索者たちが意思を示す。

 自分の意思でなく周囲の空気に合わせてうなずいている者もかなりの数が見受けられたが気付かない振りをしよう。


 ハイビーの巣とその周囲を空間感知、風魔法によるソナーで詳細に確認している間にチェックメイトのメンバーが周囲に来ていた。


「頼む」


 ハチの巣回収作戦のメインアタッカーである白アリと水の精霊ウィンディーネに向けて口元を緩めながら言葉短く伝える。


「じゃあ、やるわよ。ウィン、いらっしゃい」


 同じように口元を緩めた白アリが、水の精霊ウィンディーネを引き連れて大木の陰から出てハチの巣へ向かって無造作に歩き出した。


 白アリと水の精霊ウィンディーネの姿を認めたハチたちが警戒音を発する。

 警戒音を聞きつけたハチたちが巣を出て、近づく二人を威嚇するように巣の周囲を飛び回りだした。まだ攻撃は仕掛けてきていないがそろそろ気の短いヤツが攻撃をしてきてもおかしくない距離だ。


 一匹のハチが向かって来た次の瞬間に水の精霊ウィンディーネの魔法が発動した。巨大なハチの巣を水没させることなくわずか数ミリメートルの距離を開けて、地面を除く五面を厚さ三メートルほどの水の壁が囲うように出現する。

 合図となった一匹のハチを含めて、周囲を警戒していたハチたちをその水の壁の中に収めてしまう。


 ハイビーは水の中では活動できない。飛ぶことはもちろん、泳いで脱出することも不可能だ。放っておいても溺死する。

 水の壁に囲われたハイビーの巣を周囲の水の壁ごと冷却する。


 白アリの放った冷却系の火魔法が水の壁を一瞬でハイビーを閉じ込めたまま氷の壁と変わり、壁に閉じ込められたハチたちの溺死を待つことなく凍死させた。

 さらに壁の向こうにあるハイビーの巣も中にいるハチごと凍てつかせる。


 予定通りとはいえあっけなかったな。

 どちらかといえば、ハチの巣を回収するよりも回収した後のハチミツやハチの子、成虫から極小の魔石の欠片を取り出すほうが手間だな。


 ハイビーの極小の魔石の欠片を集めて一つの魔石に融合させる。その上で空間魔法の魔石として利用できるのだが、これはギルドはもとよりゴート男爵やルウェリン伯爵にも開示していない情報だ。

 なので他の人たちの手を借りるわけにはいかない。


 アイリスの娘たちに秘密厳守で手伝ってもらうかな。

 そんなことを考えていると、広範囲に展開した空間感知に獲物が引っ掛かったのに気付いた。


 距離があるな。

 今は位置を確認できただけで良しとするか。一先ずその存在を意識の奥に追いやりハイビーの巣に集中することにする。



「そのまま周辺警戒と索敵を頼む」


 メロディにそう告げると、自分たちの作り出した氷の芸術を誇らしげに眺めている白アリと水の精霊ウィンディーネに向かって歩き出した。


「お見事っ! お疲れさま、次に行こうか」


 白アリと水の精霊ウィンディーネに向かって声を掛け、マリエルにジェスチャーで次のハチの巣への案内をうながす。


「見事なもんだな」


 ボギーさんも魔法銃を両手に持った状態で大きく両手を広げた状態で感嘆の声を上げた。


「アレクシス、外回りしているハチが帰ってきたら弓矢で狙撃を。ティナとローザリアも練習のつもりで矢を射掛けて。ミレイユは火魔法で対応しくれ」


 テリーが奴隷たちに指示を飛ばしながらボギーさんに続いて大木の裏から出てきた。


 動きがあったのはそこまでだ。

 同行した探索者たちはそのランクに関係なく全員が固まっている。動きだけではなくその表情もである。


 その表情を見る限り思考と空気も凍てついているようだ。

 アイリスの娘たちのこれまでの反応からある程度は予想していたが……予想を遥かに超えている。中級ランクの探索者くらいは驚くとは思っていたが思考停止になるとは思わなかった。


 その凍てついた空気の中、唯一動きがあったのは聖女である。

 この状況を幸いとロミの胸やお尻を触っているように見えるのはきっと目の錯覚だろう。


 取りあえず錯覚という事にして俺とテリーとボギーさんで手分けをして固まっている全員に声を掛けて回ることになった。

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