第177話 オーガ討伐隊(9)

 オーガ討伐隊の攻撃部隊と一緒に拠点へと戻ることになったが、道中は感謝の言葉と質問攻め、そして勧誘とで散々だった。


 こちらとしても、「報酬を貰って仕事としてやっているので、そこまで感謝されることではない」と何度も伝えたのだが一向に聞き入れてくれない。瀕死の重傷を負った者や部位欠損となった人たちなどはまさにおがまんばかりである。

 まあ、死の淵から生還したり、騎士団や探索者を引退したりしなければならないどころか、今後の人生もまともにおくれるかどうかといった怪我が元通りに治ったのだから感謝されるのも分かる。分かるが……ちょっと大袈裟おおげさじゃないのか?

 

 感謝と並行して行われる勧誘攻勢を考えると、この行き過ぎた感謝の言葉は誰かが裏で糸を引いているんじゃないかと疑ってしまう。


 俺の傍らには騎士団から派遣された唯一の光魔法の使い手――ダーラという名の女の子が片時も離れることなくへばり付いている。

 俺のことを崇拝するような、英雄を見るような目で見ていた。


 だが、俺に対する勧誘よりも聖女に対する勧誘のほうがすさまじい。

 俺にへばり付いているのは騎士団の女の子ひとりだけだが、聖女は有力探索者パーティーと若い騎士たちが文字通り取り囲んでいる。


 本拠地がカナン王国、外国籍であることを伝えてやんわりと断ると半数以上の探索者のパーティーは引き下がった。

 しかし、それでも引き下がらない連中が今側にいる人たちだ。


 この異世界、割と簡単に他国への亡命というか、国籍変更が可能だ。

 外国籍であることを伝えても、なお食い下がってくるのはこの都市でも有力なパーティーと騎士団である。


 彼らからすれば国籍変更の手間など些細なことなのかもしれない。

 しかし、有力パーティがそれを承知で勧誘するのはまだ分かるが、騎士団のそれも一介の小隊の隊長クラスが国籍変更を伴う勧誘を軽々と口にするのには疑問を禁じえない。


 ただでさえキナ臭い状況なのにこれでカナンとの間で戦争が勃発したら国籍変更してまで入団した人の扱いはどうなるのか。

 これが騎士団長クラスの口利きならまだ便宜も図ってもらえそうだが、小隊の隊長クラスではそれも無理だろう。そもそも、この国の騎士団ってのは小隊の隊長クラスの口利きで入団できるものなのか?


 まあ、いろいろと疑問は湧きあがるが、別にそれらを解決するつもりもない。

 俺たちは明後日にはこの国――ランバール市を出てガザン王国のリューブラント侯爵領へと向かう。ラウラ姫の祖父の治める領地だ。この国の上層部へ情報が伝わった頃にはもういない。


 仮に先走った連中が力ずくで俺たちを確保しようとしたら強行突破なり、ラウラ姫の祖父であるリューブラント侯爵の名前を出して権力を振りかざせば解決する。

 他国とはいえ経済力を背景とした、このランバール市に与えるリューブラント侯爵の影響力は大きい。それこそ、名前は忘れたがこの都市の領主よりもこの国の国王に顔が利くし、領民からの人気もある。何よりも経済力を基盤とした軍事力がある。


 この辺り一帯において、後ろ盾としてはこれ以上無いほどに頼もしい。頼もしいが……

 果たして交渉は上手くいくのか。


 周りの感謝の言葉や勧誘を適当に流し、リューブラント侯爵との交渉を頭の中で何パターンもシミュレートしながら白アリやテリー、メロディたちの待つ拠点へと歩を進めた。


 ◇

 ◆

 ◇


 森の入り口の向こうで探索者たちが作業をしているのが見えてきた。

 既にカモフラージュは解かれ、バリケードやバリスタ、投石機といった大型の武器を解体している真っ最中だ。


「マリエル、白アリとテリーにこの後、ハチミツを採りに行くことを伝えて来てくれ」


「はーい。ハチミツー」


 先程から俺の頭上で居心地悪そうに、そわそわとしているマリエルに、先行してハチミツ狩りの準備をするように頼むと待ってましたとばかりに弾かれたように飛び出した。


「マーカスさん、拠点へ戻ってからのことなんですが――――」


 マリエルがハイビーと思しきハチの巣を三つほど発見したこと、拠点に戻った時点で討伐隊を離脱してハチの巣を回収したい旨を伝える。


「それと、幾つかのパーティーも一緒にハチの巣狩りをしたいので一緒に離脱をするパーティーは後ほど申告することで了解を頂けませんか?」


「そんなことなら気にする必要はない」


 俺の頼みにマーカスさんは快活に笑いながら返事をした。


 本来なら、ある程度の損害を予想して探索者ギルドなり、騎士団の詰め所なりでの解散予定だったらしい。だが、被害が極めて小さかったこともあり、今回は拠点で解散をするつもりだったそうだ。

 

「ハイビーの巣の回収だが、もしそっちさえ良ければ幾つかのパーティーに協力を頼むが――――」


 マーカスさんの話では、こちらの国でもハイビーの巣からとれる蜜蝋、ハチミツ、ハチの子、そしてハチの巣そのものも人気が高いそうだ。


 ハイビーの巣を発見した場合はお裾分けの意味も含めて、幾つものパーティに協力を要請するのが慣習となっている。当然協力する側も分け前は貰うがあくまでも手伝いで、獲得した獲物の優先権は発見者にある。

 普通の獲物であれば協力し合って討伐した場合、働きに応じた分配や等分となるのだがハイビーの巣だけは発見者優先となる。

 

 別に人手は必要ないがそういう慣習なら受け入れるか。


「分かりました。では適当に低ランクの探索者パーティに声をかけてください。バリケードの撤去と拠点の解体が終わったところでハチの巣狩りに行くのでその辺の調整もお願いします」


 そうマーカスさんに伝え、十重二十重の取り巻きから聖女を無理やり連れ出してボギーさんと三人で拠点へと急ぐことにした。


 ◇


 その後、俺たちも総出で拠点の撤去作業の手伝いを行う。


 マーカスさんからは「光魔法の使い手として同行してもらったのだから手伝う必要はない」と言われたが、テリーと奴隷たちだけに撤去作業をさせる訳にもいかない。

 付け加えれば風聞もある。貢献をしたからといって踏ん反り返っているのも性に合わないので結局は全員でお手伝いをする。


 撤去の手伝いをしながら低ランクの探索者たちとの親交を深めた。

 俺たちの光魔法について人伝に聞いてはいたようだが現実に目の当たりにした訳ではないのでオーガの攻撃チームに加わった人たちのような食いつきやしつこさが無いので助かる。


 そんな彼らとの話題の中心はこの後に控えているハイビーの巣の回収作業と回収した後のハチミツやハチの子だ。

 そして彼らとの会話で分かったことはハイビーの回収方法は万国共通ということである。その方法は眠り草を利用してハチを眠らせてその隙に成虫をプチプチと潰していく。


 リスクが大きすぎるやり方だ。それに面倒だ。だいたい眠り草の煙を吸ったからといって全ての成虫が眠る訳じゃない。煙から逃れて向かってくるヤツもいる。

 いや、それ以前の問題として先ず眠り草の採取から始めなければならない。


 たった今、バリスタを五人掛りで担いで行ったパーティが、手持ちの眠り草の提供を申し出てくれたが今回は俺たちのやり方で採取を行う。

 つまり、手伝いで同行してくれる人たちに出番はない。


「ねぇ、今の子たちハイビーの巣を一つしか撤去しないつもりじゃない?」


 バリケードの固定に使っていたロープを巻き取りながら白アリが俺の隣に来て小声で話す。その口調と表情は言外に「足手まとい」と伝えている。


 俺も気持ちは一緒だ。はっきり言って、俺たちだけで十分、俺たちだけの方が効率も良いし手間も掛からない。何よりもリスクが少ない。

 だが、ここはそんなことは呑み込んで、円滑な人間関係を築くことに重点を置くことにした。


 何しろ、この都市には後一つ未攻略のダンジョンがある。戦後に再び訪れることを考えると円滑な人間関係の構築は必要だろう。

 何よりもこの都市はリューブラント侯爵の影響下にある。そんな都市で評判を落とすのは数日のうちに行われる交渉と、それに成功してからの協力関係を考えればなおさら得策ではない。


 ということで、俺たちは全員一致で同行する探索者たちに愛敬と分け前を振りまくことにした。

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