第176話 オーガ討伐隊(8)

 そろそろオーガの討伐も終わりそうだな。

 最後尾の二体を早々に片付けたチームの大半はそのまま中盤の三体を相手にしているチームに合流し、二組ほどのパーティが手前側の二体を相手にしているチームに合流をした。


 中盤の三体も既に二体は地面に膝をつき、再び立ち上がるだけの気力も体力も無さそうに見える。

 全身傷だらけで、体中に幾本もの槍や矢、剣を突き立てられ持ち前の再生力も追いつかない状態だ。いや、むしろ再生力があるだけに傷口が常に真新しい状態で痛みが途絶えることが無いだろう。


 俺たちが合流したことが最大の要因だろうが、森の入り口に誘導するまでも無く仕留められそうだ。

 これで森の入り口付近に設置したバリケードやバリスタといった大型の魔物用の武器は既に無用の長物と化したな。


 俺たちのもとに来る負傷者もほとんどが自力で動ける軽傷者だ。

 その数も次第に少なくなってきている。


「どうしたんだ?」


 たった今、腕を怪我した青年の治癒を終えて戦線へと送り出したとなりの聖女に視線を移す。さきほどから聖女が何か考え込むように押し黙っているのが気になる。


「実は……先ほどフジワラさんが治癒していた重傷者。腰の辺りで身体を真っ二つにされた男性がいたじゃないですか」


「ああ、いたな」


 かなり取り乱して大暴れしていたのを思い出す。上半身を押さえつけて、上半身と下半身をくっつけての治癒だった。


「あの時に上半身と下半身を別々に部位欠損の治癒を行ったらどうなっていたんでしょうね? それぞれ治癒が完了したら同一人物が二人とかになったんでしょうか?」


 純粋な疑問なのかもしれないが、真面目に考え込みながら語る聖女に俺はすぐには言葉を発することが出来なかった。


「どう思います?」


 まるで「お昼何にします?」みたいな軽いノリで聞くなよ。


 恐いよ、その常識の欠如。倫理観と罪悪感の希薄さがメチャクチャ恐いから。放っておいたら夜な夜なスラムとか賭博場に出かけてチンピラを増殖させそうで恐いわ。


「……やるなよ、絶対にそんな実験やるなよ」


「当たり前じゃないですか。そんな実験、悪人相手でもない限り――」


「悪人相手でもやっちゃだめだからなっ!」


 聖女の言葉を遮りかなり厳しい口調で言い切る。


 こいつ悪人相手にやるつもりだったのかよ。


 俺の言葉など気にも留めず、聖女は不満気な表情ひとつ見せずに軽快な口調で先を続ける。


「えー、証拠不十分の犯罪者を二人に増殖させて、より多く自白したほうを助命させる、とかどうでしょう? 瞬く間に証拠が揃うと思うんですよね」


 酷い、酷過ぎる。

 確かに犯罪解決の観点からすると迷宮入り事件が減りそうで、良さそうな案ではあるが人道的にどうなんだろう?


「で、最終的には両方とも処罰ですね」


 パンッと両手を顔の前で打ち鳴らして満面の笑みを見せる。


 いや、俺の想像以上に酷い、酷過ぎる。


「確かに犯罪を裁く側の観点からは良さそうだが、いろいろと倫理的に考えるところがあるから保留な」


 何となくだが全面否定が出来ないところが自分でも引っ掛かるが、一先ず聖女が凶行に及ぶのを未然に防ぐことを最善としよう。


「分かりました。では、ゴブリンとかにしておきます」


「まあ、それくらいなら……」


 もの凄く残念そうな表情でシブシブ承知をする聖女から、今の話を全て聞いていたはずなのだが、我関せずで明後日の方向を見ているボギーさんへと視線を移す。


「戻ってきたみたいだぞ」


 ソフト帽子で陽射しを遮りながら上空へと視線を向けている。


 俺もボギーさんの視線の先へ視線を向けるとマリエルがもの凄いスピードでこちらへと飛んでくるのが見えた。


「ミチナガー、ハチミツー」


 マリエルが空中を妙な軌道でとびながら、俺と聖女の会話に割って入るように戻ってきた。


「ハチミツだな。よしっ、ご褒美だ」


 聖女との会話を切り上げる好機と判断し、アイテムボックスからハチミツの入った小瓶を取り出すと、俺の目の前でワタワタと手足を動かしているマリエルの目の前に差し出した。


「わーい、ハチミツだー」


 俺の手のひらの上にあるハチミツの入った小瓶に幸せそうな顔をして抱きつき、ひとしきり頬ずりをした後で弾かれるように小瓶から離れて話を再開する。


「違うーっ! 違うの。あっちに大きなハチミツがあるよー」


 オーガ討伐とはまったく無関係な方向を指差して空中でジタバタしている。


「ハチミツってことはハイビーの巣でも見つけたのか?」


 いったいどこに避難をしていたんだ? いや、それよりもどこで何をしていたんだ? そんな疑問は一先ず口にせずにマリエルから情報を引き出すことを優先する。

 

「そう、それっ! ハイビーの大きな巣があったのー。前のよりも大きかったよ」


 小さな両手を精一杯広げてハイビーの巣の大きさを一生懸命に伝えようとしている。


 前のよりも大きいってことはかなりの大きさだな。


「ハチの子は慣れネェが、ハチミツはいいんじゃネェのか」


「ハチミツならお菓子の材料にもなりますから、後で皆で採りに行きましょう」


「そうだな、いったん拠点へ戻って白アリとテリーたちと合流したらな」


「やったー。取りに行こー」


 ハチミツの巣を摂りに行くことに賛成すると、空中で奇妙なダンスを踊りながらはしゃぎまくっている。


 そして、聖女とマリエルとでハチミツとそれを使ったお菓子に話題が移る。

 聖女とマリエルはハチミツに意識が向いて、オーガ討伐は過去のものとなっているようにしか見えない。


 そのオーガ討伐が終わろうとしている。

 最後のオーガが三本の槍で左右から側頭部を貫かれて絶命した。そのままオーガが崩れ落ちたのを合図に討伐隊の面々から歓声が上がる。


 人々の歓声が原生林に響き渡る。

 そして、オーガ討伐の成功と基地への帰還開始を知らせる合図である、五連続での爆裂球が打ち上げられた。


「よーしっ! 討伐したオーガの解体作業を急げよっ! それと罠や武器、防具を回収しろ。怪我人はこっちへ移動しろっ!」


 今回の討伐隊のリーダーであるマーカスさんが、一息つこうとしている騎士や探索者たちに休み暇を与えることなく指示を矢継ぎ早にだす。

 

 既に座り込んでいる騎士や探索者たちは、ギルドの他の職員たちに追い立てられるように立ち上がる。

 そのままその場で指示された作業へと移る。


「お疲れのところ申し訳ございません。光の聖女さまに是非とも治癒をして頂きたいと申しております。軽傷ですが怪我を診て頂けませんでしょうか」


 若いギルドの職員さんが聖女のところへ十名ほどの騎士や探索者――何れも若い男だ、を後ろに従えて恐縮したようすで頼み込んできた。


「遠慮しないでいいですよ。できる限りのことは致します」


 慈愛に満ちた女性を演じる聖女が、穏やかなほほ笑みと共に柔らかな口調で返す。

 

 その聖女の笑顔と声に浮かれている者、感激している者、いろいろだが、怪我をしているにもかかわらず皆が一様に幸せそうな表情をしていた。


 最初のほうこそ『光の聖女』という単語を口にしなかったが、途中から若い男を治療するときに頻繁に口にしていた。

 そしてそれは瞬く間に広がった。


 やはり圧倒的な攻撃力による敵の殲滅や蹂躙よりも死を覚悟したものを救うほうが人々も容易に受け入れられるのだろうな。

 うーん、『光の勇者』は失敗だったかも。『光の救世主』とかで人の命や身体の重要な部位をネタに人々の感謝や歓心を買うほうが良かったかもしれない。


 そんなことを考えながらボギーさんと二人、マリエルを傍らで待たせたまま、聖女と一緒に怪我人の治癒にあたった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る