第175話 オーガ討伐隊(7)
上顎と下顎を失った女性は絶望からか痛みからか、涙を流しながら奇妙な
上顎と下顎以外は特に怪我はしていないように見えるが……顔に衝撃を受けたときに首を痛めたのか?
光魔法で身体をサーチする限り首は打ち身程度ですんでいる。身体の損傷以上に気力を削がれたようだ。
少なくとも自分の顔の下半分を削ぎ落としたオーガに、一矢報いるとか復讐しようとかの気概は見られない。
「今、治癒をするから動かないで」
俺の言葉が届いていないのか、まるで反応の無い女性に光魔法で治癒を開始する。
女性の目は虚ろなままだ。
心を折られたか? 損傷部位を治癒しても戦力にはならないかもしれないな。そんなことを考えながら治癒を進める。
まるで映画の巻き戻しのように顔の下半分が再生、修復がされていく。骨が出来上がり筋肉が作られ血管が通っていく。最後に皮膚が出来上がる。
自分でやっておいて何だが、再生の過程というのは何度見ても慣れないな。
新しく出来た皮膚と損傷を免れた皮膚とで、日焼けなどによる明らかな色合いの差が見られる。
さすがに顔が上下でツートンカラーではあんまりなので無事だった方の皮膚もリフレッシュをさせる。首から下の日焼けなどによる若干の色合いの違いは目をつぶってもらおう。
よしっ、治癒完了だ。
「さあ、これで元通りだ」
足元に水魔法で水鏡の役割を果たすための水溜まりを作り、治癒を終えた女性の元通りになった顔を映し出す。
水鏡に映った顔が見えていないのか?
固まったまま動きが無い。変化といえば
「さあ、生きてさえいれば幾らでも治してやる。自分の顔を奪ったオーガに一矢報いて来い」
聞こえてなさそうではあるが、取り敢えず手近にあった槍を傍らに突き立て、次の怪我人を治癒すべく立ち上がる。
「お前……今、何をしたんだ?」
固さはあるが聞き覚えのある声だ。振り返ると案の定、ギルド職員――今回のオーガ討伐隊のリーダーであるマーカスさん、が血の気の失せた顔でこちらを見ていた。
マーカスさんだけではなかった。重傷を負った騎士がマーカスさんに肩を借りてたたずんでいる。
右手の肘から先と右脚の膝から先を失ったその男は、顔面蒼白で驚きの表情を浮かべていた。
「何って? 光魔法で治癒をしただけですよ。そのために俺たちを呼んだんでしょう?」
黙って俺を見つめる二人にゆっくりと歩み寄り、「次はその騎士ですね、すぐに治しますよ」そう付け加える。そして、驚愕の色を隠せずにいるマーカスさんから、右腕と右脚を失った騎士を半ば引き剥がすようにして受け取った。
重傷を負った騎士を先ほどの女性と同様に大木に寄り掛かるようにして座らせて、安心するように話しかける。
「大丈夫だ。心配しなくても腕も脚も元通りになる。すぐに戦線復帰できるからな」
先ず、脚の治癒から開始する。
骨が生成され筋肉が出来上がる。そして筋肉の表面や中に血管を通していく。筋肉を作っている最もグロテスクな場面になると騎士がボロボロと涙を流し始めた。
俺が治癒をするのを黙って見ていたマーカスさんだが、騎士が涙を流しだすと水鏡を覗き込んだままの女性に視線を移した。
つられて俺もそちらへと視線を向ける。女性はいつの間にか、もの凄い勢いで涙を流していた。
水鏡を見つめたまま涙を流している女性から再び俺へと視線を移したマーカスさんが口を開いた。
「なぜ傷が治っているんだ? ……なぜこうも短時間に部位欠損が治せるんだ? 頬にあった古い矢傷まで治っている……」
信じられない光景を見た思いなのかもしれない。表情に浮かんだ驚愕の色はより濃くなり、声は絞り出すようにしてようやく発せられたようだ。
あの女性は頬に古傷があったのか。古傷を治すのはやりすぎたか?
まあ、どうせこれから何人も治癒するんだ。すぐに分かることだし誤魔化しても仕方がない。適当に流しておくか。
「ですから、ギルドに申告したように光魔法が――――」
「ただの光魔法にこんなことが出来るわけないだろうっ! いったい何をしたんだっ? 俺が何年探索者をやっていると思っているんだっ! 俺が何年ギルドの職員をやっていると思っているんだっ!」
何でもない事のようにサラリと流そうと軽い口調で話す俺の言葉を遮って、驚愕に興奮が相まってまるで尋問でもするような口調でマーカスさんが言葉を発した。
マーカスさんの剣幕に俺の治癒を受けていた騎士が、身体を強ばらせて驚きの表情をマーカスさんに向ける。
「マーカスさん、今は治癒の最中なので少し静かにお願いします」
ドラマで聞いたことがあるようなセリフを言い、マーカスさんが口をつぐんだことを確認してから続きを話し出す。
「魔法というのはその熟練度や才能により同じことをしても発現結果が違います。私や聖女は――」
少し離れたところで治癒を続けている聖女に一旦視線を向けて、再びマーカスさんへと視線をもどす。
「――特に光魔法の才能に恵まれ、尚且つ、術の熟練に努めてきました。その結果がこれです。使ったのは光魔法と少しの空間魔法だけです」
「そうか……そうだな。済まなかった。こんな凄い光魔法など見たことも無かったし、奇跡を見せられたというよりも騙されているような錯覚をしてしまってな。本当に済まなかった」
俺の言葉に納得をした訳ではないだろうが、マーカスさんは一先ずこの場を収めるために深々と頭を下げた。
「いえ、構いません。気にしてませんよ。それよりも次の怪我人を連れてきてください。俺と聖女――あそこにいる
取り敢えず治癒を続けていればこれ以上の追及は無いだろうと考えて怪我人をマーカスさんに連れてくるようにお願いをする。
当然、魔力量を心配されるのは分かっていたので事前に控えめな申告――百人や二百人どころか千人でも余裕なのだが、そう伝えて話を切り上げた。
戦況、特に手前側の戦況が厳しいのが分かっているマーカスさんは、了解の返事と共に戦線を離脱し切れていない怪我人を回収するためにオーガ討伐の前線へと走っていった。
◇
◆
◇
その後もその場に留まり重傷者軽傷者を問わずに次々と運び込まれてくる怪我人を俺と聖女、ボギーさんで分担をして治癒し続けた。
当然、重傷者は俺と聖女が、軽傷者をボギーさんが受け持つ。
何故その場に留まり続けたかというと……そこが一時的に安全地帯であることもそうなのだが、最大の理由は手前側のチームの怪我人が後を絶たないからでだ。
まさに、今なお怪我人を量産中である。
最初こそ二体のオーガが近接していて手こずっていたと思ったのだが、単にオーガを分断することも出来ないような
チーム分け失敗したんじゃないのか?
だが、それは
マーカスさんをはじめとしたギルド職員が中心になって怪我人を俺たちのもとへと連れてくる。
軽傷者はボギーさんのところへ。
俺のところには男性の重傷者。聖女のところには女性の重傷者、そして自力で動ける若い男はほとんどが聖女のところへと向かう。
いや、この選別が分からない訳じゃないけど、何ていうのかな、もっとこう、何かあるだろうっ!
思いやりとかさ、気遣いとかさ、そういったものが欠落している。そう、全てが事務的なのだ。ただでさえ少ない女性が聖女とボギーさんのところへ流れる。俺のところへはひとりも来ない。
――やめちゃおうかなぁ。
モチベーションが著しく下がり、そんなことが頭をよぎった辺りで重傷者の流れが一段落した。
「お疲れさまです。そろそろ決着が付きそうですね」
達成感があるのだろう、晴れやかな表情で聖女が近づいてきた。
その晴れやかな表情を見ると、さきほどの負の感情――なぜ俺だけが不幸な思いをしなければいけないんだ、との思いが頭をもたげる。
「おいっ、さっきから何だよ。若い男と可愛い女の子ばっかり治癒して」
自分でも言い掛かりに近いことは何となく分かってはいるが、つい聖女の耳元でささやいてしまう。
「ふふふふ、これも人徳ですよ。やっぱりフジワラさんには若い女性を近づけちゃ危険だと感じたんじゃないですか?」
得意気に笑みを浮かべている。
その笑みをたたえる聖女の向こうから右の胸に重傷を負った若い女の子を担いだギルドの職員がこちらへ向かってくるのが見えた。
かなりまずいな。オーガに踏まれたのか、完全に右胸から右の肩まで潰れている。
「あの胸を怪我してる女の子は俺が担当な」
聖女と二人、重要なことでも相談するような表情で、こちらに担がれてくる重傷者を迎える用意をする。
「ダメですよ、若い女の子なんですから。しかも怪我してるのは胸じゃないですか。治癒のためとはいえ、男性の前で胸をはだけるとか可哀想でしょ」
聖女も聖女で自身の下世話な欲望など微塵も表情に出すことなく、もっともらしい理屈を述べて希望を打ち砕こうとする。
しかし、ここで負けてはダメだ。
「良いじゃないかひとりくらい。お前は十分に堪能しただろう」
「何を言ってるんですかっ、あれは私の獲物です」
「獲物って何だよっ! 恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしいのはフジワラさんじゃないですか。もうちょっとリーダーっぽくどっしりと構えていてくださいよ」
傍から見たら怪我人そっち退けでにこやかに世間話をしているようにしか見えないんじゃなかろうか。
「お前ら、いい加減にしろっ! 真面目にやれっ!」
小声で会話をする俺と聖女をいつのまにか傍らまで来ていたボギーさんが一喝する。
「はいっ、ごめんなさーい」
ボギーさんの一喝に肩をすくめると、聖女は胸を怪我した少女のもとへと駆け出した。
しまったっ! 油断をしたかっ! 先を越されたっ!
それにしても、怒られてもなお、自分の目的を果たそうとする姿勢は俺も見習った方が良いかもしれないな。
取り敢えず、醜態であることを認識して素直にボギーさんに謝るとともに反省をする俺にボギーさんがなおも語りかける。
「あのな、聖女と争うなよ。傍から見たら同じレベルで争ってるようにしか見えネェぞ。はっきり言ってみっともネェ」
半ばあきれたような口調である。
いや、まったく以てごもっともです。
俺は聖女を羨みながらも、自身の軽率さに反省をして今後も出るであろう怪我人への対応方法について改善を検討することにした。
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