第174話 オーガ討伐隊(6)
森の中は大木が目立つ。大木の間には成長を阻害されたような細い木と
大木は成人男性が三人ほどで輪になるように手を繋いでようやく囲えるかどうかという幹の太さだ。夏という季節から木々や蔦類には葉が生い茂り、視界は非常に悪い。
その視界の悪い中、大木の間を縫うようにして俺と聖女、ボギーさんが身体強化のスキルに身体強化の魔法を重ねがけして高速で駆け抜けマリエルが後に続く。
「捕捉したっ!」
空間感知でオーガと討伐隊の状況が大まかにだが把握できた。
大木を利用して上手くかわしてはいるがオーガも手傷を負っている様子はない。
「状況はどうだ?」
俺が空間感知を展開するのにあわせて先頭を代わったボギーさんが、風の刃と突風で蔦類や木の葉を排除しながら振り向くことなく聞いてきた。
「やはり苦戦をしているようです」
「飛ぶか?」
ボギーさんが俺の言葉に空間転移での移動をする必要があるかを確認してくる。
「いえ、そこまでの被害は出ていないようです。もう少し進んだら視覚を飛ばして詳細を確認します」
出来れば長距離の空間転移や短い距離でも自在に空間転移を使えることは隠しておきたい。
空間感知で状況を確認しながらさらに進む。
「オーガを上手く分散させてはいるが、自分たちも分散しちまって戦力の集中が出来てネェように見えるな」
苦虫を噛み潰すような顔でつぶやく。
どうやらボギーさんも空間感知の圏内に捉えたようだ。
「お昼休憩の最中にでもオーガと接触したんじゃないですか?」
笑い話のつもりなのか、聖女が冗談めかして言う。
いや、時間的にもあながち間違っていないかもしれないな。午前中にまったく接触が無かったのでオーガの数が少ないと、思い込むなり決め付けるなりしたのかもしれない。
「マリエル、先行して状況の確認を頼む。それと俺たち三人が近くまで来ていることも併せて伝えてくれ」
「了解-」
軽やかに返事をすると上空へともの凄いスピードで上昇をしていった。
マリエルを先行させながらも、視覚を飛ばして自身でも確認をする。上空から俯瞰し、そのまま七体のオーガへと次々とフォーカスしていく。
まずいな。七体のオーガ、何れも足を止めきれていない。もっとも、オーガも大木が邪魔して思うようには戦えていないようだが。オーガとしては突進力を奪われたのは痛いだろうな。
周囲に自生する大木がバリケードの役割を果たしているため、大きな被害には至っていないが早くも人間側に疲れが見え始めている。
オーガよりも人間の方が体力的に劣っている。このままではそのうちオーガの強烈な一撃を受けるだろうな。
ある程度の損害を前提とした作戦であることは理解している。そのために多くの奴隷を同行させていることも理解をしている。
だが、俺たちが参加しているにもかかわらず大きな損害がでるのは寝覚めが悪い。勝手な言い分だが最小限の損害でオーガの討伐を行ってもらおう。
なおも森の中を駆けていると幾つかの新たな動きを確認できた。
ひとつのグループが幾つものロープを投げ縄のようにオーガに掛けて動きを鈍らせることに成功した。
さらに大木と大木とにロープを渡して即席の牢獄のようなものまで作り出した。確かあのロープには迷宮グモの糸が編み込まれていたヤツだよな。
以前俺たちが入手したマダラ赤グモ程の強度は無いが、それでもオーガとはいえそう簡単には引き千切ることは出来ないはずだ。
オーガの動きを封じたところで弓矢や槍でオーガに群がるように攻撃を集中させ出した。
見事なものだ。これなら、このオーガは程なく仕留められるだろう。
最後尾のオーガも然程離れていない場所で、同様に投げ縄のようにロープが掛けられた。
先ほどと同じ手際で大木とロープとで即席の牢獄を作成していく。これで最後尾の二体のオーガを封じたな。
「最後尾の二体のオーガの動きを封じたようです。程なく仕留めると思います」
最後尾の戦況を伝える俺の言葉に続いて、手前側の戦況を確認していたボギーさんと聖女の言葉が重なる。
「手前側が良くネェな」
「奴隷の人たちを突っ込ませてオーガの足止めをしてます。酷い作戦ですね」
二人とも視界を飛ばしているのか表情を曇らせている。
俺もすぐさま、二人が見ているであろう手前側へと視界を移動させる。
ロープの両端をそれぞれ別の奴隷が持って、オーガの周りをグルグルと回ってロープを絡めようとしていた。
さらにその後ろのオーガに対応しているチームでは投げ縄がオーガに掛かったまでは良かったが、後が続かずにそのまま引きずられている人たちがいた。
確かにこれは酷い。最後尾のオーガ二体を相手にしているチームとは手際が違い過ぎるな。
まあ、オーガがまとまっていて各個に対応が取り辛いというのもあるのかもしれないが……
どうやら、奴隷以外に人的損害――死者はまだ出ていないようだ。
ある程度の人的損害を織り込んでいる作戦と考えれば善戦している方なのかも知れないが……怪我人は相当数にのぼる。
中央の三体は魔法を中心にして足止めをしていた。いや、これは分断をしている最中か?
オーガの顔と足元に攻撃が集中している。オーガ同士の距離があき迷宮グモの糸が編み込まれたロープが用意され出した。
よく見れば手前側のチームほどではないが、こちらも怪我人が多数いる。
近接戦闘のメンバーに怪我人が多数出たのでやむを得ずに魔法主体の攻撃にしたようにも見える。だが、それでも何とか形にはなっている。
◇
「ミチナガー、知らせてきたよー」
マリエルが真っすぐに飛んできた。近くでオーガが暴れているので周囲の弱い魔物は皆逃げ出しているとは思うが無防備過ぎる。後で叱っておこう。
「ありがとう。近くまで行ったら安全な場所で待機しててくれ」
マリエルが上空に退避するのを目の端で確認し、再び視界を飛ばした状態で聖女とボギーさんに話しかける。
「聖女、俺と二人で重傷者の手当てを頼む。ボギーさんは手こずっている手前の二体を片付けて安全地帯を作り出してください」
「分かりました、任せてください」
妙にウキウキした感じで聖女が即答をし、それを見てか苦笑しながらボギーさんが続いて返事をしてきた。
「あっさりと片付けるのか? それとも手助けに留めとくか?」
「オーガの脚を潰して怪我人を戦線に復帰させれば大丈夫でしょう」
視界を戻すと魔法銃を二丁拳銃状態で両手にもって先頭を疾駆するボギーさんの姿が映る。その後ろ姿に向けて話しかけた。
「オーケーだ。脚だな」
ボギーさんが確認の言葉を言い終えると急に走る速度を上げた。
「魔法銃はなしですよーっ!」
ボギーさんの後ろ姿に大声で呼びかけたが届いただろうか。
◇
魔法銃で無双しているボギーさんがいない事を祈りながら手前側にいる二体のオーガの対応をしているチームに合流をする。
視界に二体のオーガとボギーさんをとらえる。
良かった。魔法銃で無双はしていなかった……だが、ダンジョン攻略前に購入したバスタードソードで無双っぽいことをした形跡があった。
そういえばあのバスタードソード、ダンジョン攻略の時には出番がなかったよな。
「凄いっ! オーガの脚をあっと言う間に斬っちまった」
「躊躇なくオーガに突っ込んでいったぞ」
「駆け抜けたと思ったら二体のオーガの脚が無くなってるんだもんなあ……」
「あんな人いたっけ?」
「今の剣筋見えた?」
「速すぎて分からなかったよ」
「剣の達人かな?」
「あの人、魔術師だよね……」
どうやら合流と同時にオーガに切り掛かり、そのまま二体のオーガの両脚を切り飛ばしたようだ。
周囲にいる四から六級の探索者が、ボギーさんの剣技に驚きを隠せないでいる。恐らくだが、闇魔法の分子分解を剣にまとわせていたな。周りはそれに気付かずに剣技だと思っているようだ。
部位欠損の状態だし、オーガの再生力をもってしても切り離された脚がつながることはない。
両脚を失って地面をのた打ち回りながら
◇
「ボギーさんは重傷者を連れてきてください。私は治癒に専念しますので、お願いします」
そう言うと聖女は木の枝が腹部から背中に突き抜けた状態で刺さったまま、呻き声を上げている重傷者の傍らにしゃがみ込んだ。
「もう……ダメ……だ、背中が痛い、脚の感覚が……無い。せめて痛みだけでも和らげてくれ」
恐らく背骨に損傷を受けているであろうその男は、治癒魔法を掛けようとする聖女の手をとり泣きながら途切れ途切れに言った。
光魔法しか使えない魔術師では体内にある木の破片を取り除くことは出来ない。俺や聖女、ボギーさんなら細かな木の破片や異物を空間魔法で取り除ける。
それだけじゃない、細菌の知識のないこの異世界の光魔法の人たちではたとえ光魔法と空間魔法の両方を使えても治せないだろう。
「さあ、もう大丈夫ですよ」
瞬く間に治癒を終えた聖女が、自分が治ったことに気付かずに泣いている男に優しく声を掛ける。
「え? あれ? 俺……助かったのか?」
絶望に涙していた男は、聖女の治癒魔法で元通りになった自身の身体を、驚きをもって実感しているようだ。いや、もしかしたら治ったことをまだ理解していないのかもしれない。聖女に対してお礼の言葉も言えないほどに混乱をしている。
「さあ、頑張ってください」
驚き、涙している男に、聖女が傍らに落ちていた長剣を差し出す。
「え? あの……」
「もう治ってますよ、大丈夫です戦えます」
キョトンとしている男に、治癒が終わっていることを聖女がほほ笑みと共に伝える。
「次の方、どうぞー」
戦える状態となった、瀕死だった男を茫然と見詰めていた右肩と右胸が潰れている男に穏やかな口調で声をかけた。
さて、俺も治癒を始めるか。
顔の半分というか、上顎と下顎を失って涙している女性に向かって歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます