第170話 オーガ討伐隊(2)

 探索者にとって魔物討伐はビジネスだ。

 報酬以上の費用をかけて討伐してもビジネスとしては成り立たない。


 武器や防具も使えば手入れをしなければならない。場合によっては修理が必要となる。いや、それどころか買い替える必要が出てくる可能性もある。

 弓矢や投擲武器では使った武器の回収が出来ずにそのまま消耗品となるケースが多い。


 さらには怪我をすればポーションが必要となる。或いは医者や光魔法を使える魔術師に有償で手当てしてもらうことになる。

 遠出となれば馬や馬車を借りる費用、所持していても維持費が必要となる。


 だから皆、出来るだけ費用をかけずに、安全に魔物を討伐することを考える。魔術師ならなるべく魔力を温存して戦おうとする。

 だが、見誤れば悲劇が起きる。

 必要以上に経費を削り、取り返しのつかない大怪我を負う者や命を落とす者が少なくないのも事実だ。


 だから先輩の探索者やギルドの職員さんたちから真っ先に教わるのは『金よりも命と経験を得ることに重きを置け』ということだ。

 そして、経費を削って怪我をしたり命を落としたりするのは十級や見習いの探索者たちだ。


 そして、見習いがここに二人いる。



 森と草原の境――樹木がまばらにとなった森の入り口付近を、放射状に広がって飛来する十数本ほどの矢に続いて十七匹のゴブリンが飛び出してきた。

 飛来する矢とゴブリンの数に見習いの二人の動きが止まった。


 飛来する矢に風魔法で造りだした突風を横合いから当てて軌道を変える。

 もともと非力なゴブリンが放った矢である、風に抗うこともなく軌道を大きく変えて地面へと突き刺さる。


 七級と八級の探索者――ジェラルドとウルリヒは俺の放った突風の魔法に一瞬だが軽い驚きを見せる。しかし、敵が第二射を弓に番えている姿を視認するとすぐに俺の方へと駆け寄り、盾を構えて俺とゴブリンとのあいだに位置する。

 敵はゴブリン十七匹、こちらの戦力は七級と八級の探索者がそれぞれ一名ずつ、見習いが二名で合計四名である。

 見習いとはいえ風魔法と水魔法の使い手もいる。真っ向からぶつかれば負けることはないだろうが、如何せん、守るべき村人と護衛対象である俺がいる。加えてゴブリン側は弓矢を所持している個体が十五匹と多い。


 そして、ゴブリンが弓矢を主体とした装備を見て取り、村人たちに森の浅い部分への撤退を指示する。


 村人――大半が女性のためかゴブリンに嫌悪の視線を向けると一目散に森の中へと逃げ込んでいった。

 見習いの女の子もゴブリンをもの凄い嫌そうな目で見ている。


 ゴブリンとオーク、どっちが嫌われているんだろうな。今度アンケートでもとってみるか。


「村人の避難終わりました」


 ジェラルドがゴブリンに対峙したまま俺に告げる。

 

 このジェラルドとウルリヒは当たりだな。突発的な事態にもかかわらず落ち着いて対処をしている。相手がゴブリンとはいえ数が多いので多少表情を強ばらせてはいるが対処できている。

 見習いの二人はスキルには見るものがあるが、やはり、経験不足か。即座に対処するのは無理なようだ。


「ありがとう。よしっ、迎撃するぞっ! 一匹も逃がすな」


 ジェラルドにお礼を述べ、全員に向けて迎撃の意思を示した。


 魔法の存在する世界ではあるが、弓矢が脅威であることに違いはない。

 実際に遠距離から襲ってくる矢の不意打ちで命を落とす探索者や村人は多い。そのため、弓矢への対処はいろいろと考えられている。魔法による対処もそのひとつだ。なかでも最もポピュラーなのが風魔法による対処だ。


「見習いの女の子」


「はい、ロミです」


 風魔法で弓矢の第二射を吹き飛ばしながら、茫然としてた見習いの女の子に声をかけると直ぐに反応をした。


「ロミ、君は風魔法で護衛に向かってくる矢を逸らすことを優先。矢の数が減って余裕が出来たら弓矢を装備した個体を優先して狙ってくれ」


 そう告げてロミの隣にいる見習いの男の子に視線を移す。


「アルバートです。アルと呼んでください」


「よし、アル。君はロミの護衛を頼む」


 アルが俺の言葉にうなずくのを確認してから俺の前で盾を構えている二人に告げる。


「弓矢は俺とロミで対処する。森の入り口付近で迎撃しよう」


 二人とも正面を向いたまま了解の返事と共に首肯すると盾を構えたまま後退を始めた。

 俺たちはゴブリンと森の浅い部分へと逃げ込む村人との間に盾となるように位置しながら、村人の後を追う形で森の浅い部分へと移動する。


 前衛に盾を構えた軽戦士が三人、後衛に俺とロミといったハーフパーティの布陣である。

 ロミは風魔法を連射しているが疲労の色は見えない。意外と魔力量があるようだ。


 俺たちが森の浅い部分へ辿り着き、木々が障害物となったためか距離が詰まってきたからか、ゴブリンの半数以上が剣や槍に武器を換装する。

 それを見て、ロミが後方に留まり弓を引いている個体に向けて風の刃を放った。


 精度に自信がないのか、一匹のゴブリンに対して五発を連射して三発が見事に命中した。

 ゴブリンが絶命するのを確認してから次の標的に向けてやはり風の刃を五連射する。


 二発が命中。

 なるほど、精度の低さを魔力量と速射で補う戦い方か。


 前衛三人の接敵にあわせて物質強化のスキルを発動させて武器と防具に加えて衣服の強化を行う。

 物質強化は物質硬化と異なり、物質の特性――例えば絹ならその柔らかさを保ったまま強度を増す効果がある。物質硬化のスキルよりも強度は落ちるが利便性は高い。


 これって物質硬化と物質強化を併用できればもっと便利になるよな。

 どこかに転がってないかな、物質硬化スキル。


 俺が物質硬化のスキルに思いを馳せていると、三匹ほどのゴブリンが集団をこっそりと離脱して右側から回り込むような動きをしている。

 さて、どうするか。


 固体窒素の弾丸を撃ち込んでみるか。

 素材としては家畜や使役獣のエサにしかならないので放置するとしても、魔石の回収はするだろうから原形を留めておくほうが良いよな。


「三匹が右に回り込もうとしている。仕留められるか?」


 ウルリヒがロミに向かって離脱したゴブリンの存在を知らせる声と同時に俺の凍結系火魔法が発動する。

 ゴルフボール大の三つの固体窒素が、それぞれゴブリンの頭部へと吸い込まれていくように着弾すると三匹のゴブリンは覆い重なるようにして倒れこんだ。


 速度を落としてあるので三発ともゴブリンの頭部に留まり破壊した脳をそのまま凍結させて被害を拡大させる。


「正面のゴブリンだけに集中しろ。離脱した個体や他の魔物は俺の方で対応する。心配は要らない」


 そう言いながらゴブリンたちの足元に、土魔法を使って撒きビシの役割を果たせるような、小さな円錐状えんすいじょうの突起物をいくつも作り出す。


 四人が俺の言葉につられるように倒れたゴブリンへと一瞬だけ視線を向けた。

 しかし、直ぐに目前のゴブリンへと意識を切り替える。


 ジェラルドがゴブリンの攻撃を盾で受け止めたところをウルリヒが横から長剣の一突きで仕留める。ウルリヒが攻撃を受けた場合は、この逆の役割を行い無難にゴブリンを倒していく。

 アルが盾と長剣でゴブリンの攻撃を捌いている間にロミがレイピアと風魔法でゴブリンを屠っていく。


 四人とも良いコンビネーションだ。これなら時間の問題だな。

 それにしてもロミは本当に魔力があるな。疲れも見えないし風魔法の威力もまったく落ちていない。


 気になってロミの鑑定をしてみた。



 風魔法 レベル2

 水魔法 レベル1

 光魔法 レベル1



 その他の細かなスキルはこの際なので省略しよう。


 ……持ってるじゃん、光魔法。


 あれか?

 自分で光魔法のスキルを持っていることを知らないパターンか?


 教えてやるか。

 だが、未発現の魔法スキルってどうやって発現させるんだろうな。後でティナかアレクシスにでも聞いてみよう。


「終わったー」


 ゴブリンを退けた苦労を主張するように、アルが大きな声とともにその場にしゃがみ込む。


「村人の安否を確認してきます」


 ウルリヒがひと言俺に断ると、しゃがみ込んだアルを苦笑混じりに見下ろしながら「ほら、手伝え」と声を掛けた。


「ああ、頼む。全員集まったら移動しよう」


「援護ありがとうございました。あの……防具や服にも何か魔法をかけて下さいましたか?」


「最初の突風みたいな魔法も凄かったですが、あの落とし穴どうやったんですか?」


 ウルリヒに答える俺にジェラルドとロミが同時に声を掛けてきた。そしてお互いに相手の言葉の意味を理解すると、それ以上の言葉を発せずに驚きの顔をこちらへ向けて固まってしまった。


 前衛のジェラルドと魔術師のロミではそれぞれ気付く箇所や感心する箇所が違う。

 それぞれ、自分の気付いた箇所だけでも驚くには十分だったのに、自分の気付かないところでさらに驚くことが行われたと知って思考が停止したようだ。


 思考を停止させている場合じゃないんだがな。

 先ほどから俺の索敵――空間感知に二十匹以上のオークが引っ掛かっている。しかも、これって変異種だよなあ。


 村人が集まったところで迎撃準備にはいるか。


 俺は塹壕ざんごうとバリケードを築けそうな場所を物色するために、惚けている二人を放置して周囲へと視線をはしらせた。

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