第171話 オーガ討伐隊(3)

 オークの位置と進路を空間感知で確認をする。


 真っすぐにこっちへ向かってくる感じだな。

 オークの嗅覚はかなり優れている。グレイウルフ並みの嗅覚とも言われているだけのことはある。ここに人間の女性がいることを把握していると考えてよいだろう。


 距離的に走れば逃げられるが、その場合、逃げるというよりも引き連れて逃げ帰ってきたと表現したほうが合うな。

 四人には連戦になって申し訳ないが、ここはやはり迎撃しよう。


「ゴブリンからは討伐部位と魔石を取り出すだけか? もしそうなら早いところ取り出してくれ」


 ゴブリンの死体を指差しながら、惚けているジェラルドとロミに向かって話しかける。


「え? あ、はいそうです」


「はい」


 我に返ったようにジェラルドとロミが返事をしてゴブリンへと駆け寄ると討伐部位である右耳の切り取りと魔石の取り出しを始めた。


 ゴブリンを迎撃した場所から十メートルほど離れた緩やかな丘の上に土魔法で半円状に塹壕ざんごうを堀り、周辺の木を伐採して塹壕を囲むようにバリケードを作成する。

 塹壕ざんごうもバリケードも即席なので粗末なものだが、最後に水魔法と冷却系の火魔法を使って氷で固めれば十分だろう。


「あのう……何をしているんですか?」


 塹壕ざんごうとバリケードの出来具合を確認しているとジェラルドが不思議そうな顔でこちらを見ている。


 その向こうにはやはり同じように不思議そうな顔で見ているロミがいた。


「戻りましたーっ! 全員無事でーすっ!」


 村人を引き連れて森から抜け出してくるアルが大きく手を振りながら大声で知らせてきた。


「ご苦労さまーっ!」


 アルたちに大声で答え、こちらへ来るように手招きをする。


「あの……」


 アルたちに一瞬だけ気を取られたロミだが直ぐに気を取り直して聞いてきた。視線の先にはバリケードと塹壕ざんごうがある。


「この木を積み上げたのがバリケードで敵の侵入を防ぐ役割をしている」


 積み上げられた木の周囲を回りこみながら説明をする。


 ジェラルドとロミは何も言わずに俺の説明を聞きながら後をついて来る。

 バリケードを回りきるとバリケードの裏側に塹壕ざんごうが見えてくる。俺は塹壕ざんごうを指差しながらさらに説明を続ける。


「で、こっちの穴が塹壕ざんごうと言って敵の攻撃、特に弓矢の攻撃から身を守るためのものだ。身をかがめて走れば陣地内を比較的安全に移動することが出来る」


「はあ」


 俺の説明に返事をしたのはロミだけだった。ジェラルドは何も言わずにただ聞いているだけだ。


 ジェラルドとロミにバリケードと塹壕ざんごうの利点について説明をしているところにウルリヒとアルが村人を引き連れて寄ってくる。

 村人もバリケードと塹壕ざんごうが気になるのか興味深げに覗きこんでいた。


「あのう……凄そうな感じはしますが何でこれを造ったんですか?」


 ロミが右手を小さく挙げて、俺から塹壕ざんごうで遊んでいる子どもたちに視線を移す。


「オークの群れが近づいてきてたんで迎撃をしようと思ってな」


 先ほどのゴブリンが出てきた辺りを指差す。


 よく分からない驚きの声を上げて、俺の指差す方向へロミが真っ先に振り向き、続いてジェラルドとウルリヒ、アルが視線を向ける。

 俺たちの話が聞こえたのか何人かの村人も釣られるようにして視線を向けていた。


「いましたっ! 今、数匹見えました」


 森の木々の間からこちらへと向かうオークを視認したジェラルドが「でも何で分かったんですか?」と疑問を口にしながら振り向く。


「聞いたとおりです。オークが二十四匹迫っています。先ほどのゴブリンと同様に撃退するので皆さんはこの穴の中に隠れていてください」


 村人がパニックになる前に塹壕ざんごうを示しながら余裕があるように聞こえるよう、ゆっくりと落ち着いた口調で語りかける。


 それでもオーク二十四匹というのは村人――この場にいる女性や子どもたちからすれば十分な脅威なのだろう、パニックにこそなっていないが何人かの幼い子どもたちが泣き出した。

 

「大丈夫、お兄ちゃんはこう見えても強いんだぞ。オークなんて簡単にやっつけちゃうから。それにこの穴の中は安全だからここにいれば安心だ」


 そんな泣き出した子どもやベソをかいている子どもの頭をひとりひとり撫でながら、周囲の村人たちも含めて塹壕ざんごうへと誘導する。


 ジェラルド、ウルリヒ、アルの三人は武器を弓矢に変更してバリケードのこちら側から攻撃をし、敵が槍の攻撃距離に入ったら槍と盾に変えて迎撃を続行するように指示を出してからロミを呼ぶ。


「このバリケードから百メートルほどのところに水魔法で水溜まりを発生させて泥濘ぬかるみを作れるか?」


「はいっ! 少し時間がかかりますが出来ます」


 バリケードから百メートルほど離れた場所――緩やかな斜面に下草がまばらに生えている一帯を示した俺の指先を見ながら力強い返事が返ってきた。


「よしっ! すぐに頼む」


 俺の言葉に従い、すぐに水魔法を行使するロミに向かってさらに補足をする。


「目的は敵の足場を悪くして、敵の機動力を奪うことだ。その後にバリケード手前の地面も同様に水魔法で泥濘ぬかるみを作り出してくれ。こちらは機動力を奪うのもそうだが、踏ん張りを利かなくして敵の攻撃力を奪うことが主眼になる」


 水魔法を行使しながらもロミが俺の言葉に大きくうなずくのを確認してから空間感知で周辺の様子を索敵する。

 オーク以外は毒蛇が三匹ほど引っ掛かったが特に警戒すべき魔物や猛獣はいない。


「来ましたっ!」


 ウルリヒが森から十三匹のオークが先行して出てくるのを視認して矢を弓につがえる。


 先行している十三匹はいずれも皮製のアーマーに身を包んでいる。手にしている武器は槍や長剣、戦斧で半数ほどの六匹が盾も装備をしている。

 先ほどのゴブリンとは違い、意外と装備がしっかりしている。


「ロミはそのまま地面を泥濘ぬかるみにすることに集中。今回は俺も迎撃に加わるから一匹もバリケードを越えさせない。心配するな、任せておけ」


 ウルリヒの言葉に反応して、オークへと視線を向けたロミに注意をうながしながら塹壕ざんごうに隠れている村人たちにも聞こえるように大きな声を発する。


 ロミの水魔法の進捗に意識を向ける。

 風魔法と違い水魔法はレベル1と低いためか、効率を無視して魔力量にものをいわせての力押しだ。大人しそうな感じの見た目に反してパワーファイターだな。


 頑張ってはいるが少し足りないか。

 ロミが泥濘ぬかるみに変えている場所よりも少し先、オークが足を踏み入れようとしている場所を泥濘ぬかるみに変えながらロミが受け持つた範囲を全体的にカバーするように水の量を増やす。


 先行している十三匹が俺の作った泥濘ぬかるみに侵入すると同時にジェラルドとウルリヒ、アルが弓を放つ。ほぼ同時に森の中から後続の十一匹が飛び出してきた。

 後続の十一匹は全て弓矢を装備していた。


 弓矢だよ。所持しているのは確認していたが……初っ端から装備をしてきたか。

 今回、一番警戒していた武器が弓矢、次いで戦斧だ。


 ゴブリンと違いオークは力が強い。同じ武器でも攻撃力は上がる。攻撃を受けた場合、単純に受ける被害も大きくなる。

 弓矢ならゴブリンよりも遠くへ矢を飛ばせるし、飛来する矢の速度も速い。武器も斧のように重い武器を振り回すことが出来る。オークの重量も相まって武器の重さはそのまま破壊力と突破力となる。


 百キログラムを超えるオークの突進を単独で支えられる盾役となると、身体強化のスキルを所持した者か純粋魔力による身体強化が出来る者でもないとそうはいない。

 そのオークがこちらの戦える人数の五倍ほどの数で迫ってくるのだから俺以外の人たちは恐怖でいっぱいだろうな。特に若い女性はなおさらか。


「後方の弓矢を装備した十一匹は俺に任せろっ! 三人は先行している十三匹に集中っ!」


 後方の弓矢を装備した新手の集団に意識を向けそうになる四人に向けて、先行する十三匹に集中するように声を掛ける。

 そして、弓矢を引き絞る十一匹のオークへ向けて風魔法を放った。

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