第169話 オーガ討伐隊(1)

 朝早くにギルドを出発して馬車と徒歩を重ねて四時間ほど、ようやく三体のオーガを見かけたという場所の近くに到着した。

 決して遠くはないが、都市に近いというほどの距離でもない。


 見かけたオーガが三体、仕留めたオーガが一体。

 他にもオーガがいる可能性も考慮して今回はオーガが七体いるものと想定をして部隊編成をしている。


 では、想定を上回る数のオーガや想定外の魔物と遭遇した場合はどうするか。

 想定外の要因があった場合は無理をせずに速やかに撤退をする。この辺りは常に命の危険が伴う探索者や騎士団だけにハッキリしている。


 オーガ目撃地点の手前二百メートル、ここに拠点を設営する。

 拠点を設営する場所は比較的なだらかな斜面で木々も伐採された跡がある。拠点設営地点から五十メートルほどは比較的視界が確保できている。


 翻って、オーガが歩いていたとする地点は大木が立ち並び視界はあまり良くない。上空に視界を飛ばして確認したところ、縦五キロメートル、横幅七キロメートルほどのエリアに大木が集中していた。

 今回、事前に見せてもらった地図と概ね一致している。

 

 周辺の地図を見る限りランバール市よりも山間にあるいくつかの村のほうがよほど近い。

 だからこそ、討伐を急いだのだろう。


 今回の討伐隊には騎士団も同行しているが、その数は五十名に満たない。人数から見ても戦力の主軸は探索者だ。

 先般オーガを仕留め、三体のオーガを目撃したと報告をしていたパーティを筆頭に総勢三百名をゆうに超える大討伐隊が組織されている。ちょっとしたキャラバンのようだ。

 といっても全員が討伐要員ではない。


 荷物持ち――運搬要員も相当数いる。

 オーガ討伐に用いる、大型の魔物や獣用の仕掛けや武器などの重量物から始まり、予備の武器や食料、飲料水。そして仕留めたオーガを搬送するための荷車が連なっている。


 さらには、このオーガ討伐に便乗しての薬草採取やら弱い魔物の討伐、小動物の狩猟を目的としたランクの低い探索者や狩人、村人まで同行している。

 薬草採取や狩猟の護衛に探索者を雇うとそれなりの費用となる。戦力になる探索者ならなおさらだ。


 討伐隊に同行すればそれが浮く。無料、ただ、ロハだ。そりゃあ人も集まるよな。


 無料で護衛役が確保できるとはいっても、オーガ討伐への同行なので危険は伴う。ついて来ている村人たちもそれは承知の上だ。

 何というか、逞しいよなあ。


 便乗している探索者や村人も拠点の設営を手伝ってくれるのでそれはそれで助かる。

 特に誰かに指示されるでもなく自然と手伝ってくれていたので、その辺は暗黙の了解と言うか不文律があるのだろう。


 設営を終えて付近に薬草採取や狩猟に散っていく探索者や村人たちの動きを眺めていると、今回の討伐隊のリーダーであるギルド職員のファーガソンさんが声をかけてきた。


「君たちはこの拠点付近で待機していてくれ」


 俺たち光魔法か使える魔術師とランクの低い探索者たちは別行動となった。行動に大きな規制はしないが何かあっても対処できる範囲にいるようにということだ。


 光魔法の使い手を低ランクの探索者たちが護衛をする。

 当然、護衛としては心許無いので自然と後方待機となるのはやむを得ないことだろう。


 俺たちの参加メンバーは、俺と白アリ、聖女、ボギーさん、メロディ、マリエルとレーナ。そして、「アレクシスだけを参加させられない」とテリーが自分の奴隷を引き連れて参加している。

 ミレイユも含めてだ。


 ミレイユは、昨日の人生初のダンジョン挑戦に続いて二日連続で二回目の実戦参加である。

 奴隷になる前までは教師をしていたという前歴のためか、人生を通じての実戦経験はこの二回だけ。当然のように身も心も疲れ切っている。心なしか顔色もかなり悪い。


 この世界、奴隷には優しくはない。俺の感覚からいけば情け容赦ない部類に入る。

 テリーも郷に入っては郷に従えではないだろうが、奴隷に必要以上に優しくはしない。俺以上に奴隷使いが荒い。


 アイリスの娘たちは、「あんな深くまでダンジョンに潜ったので今日は完全休養にします」と口を揃えて言っていた。

 彼女たちの奴隷も同様に完全休養らしい。


 ラウラ姫一行は休息を兼ねて都市の観光をしている。そして黒アリスちゃんとロビンはその護衛となる。

 なんだか、俺たちだけが働いているような気がするなあ。

 

 ファーガソンさんを筆頭にオーガ討伐の攻撃部隊と騎士団が森の中へと入っていく。

 森の中へと入っていくのは、大きく四つのグループと連絡要員で、騎士団も分散してそれぞれのグループに編成されている。


 第一グループは索敵とオーガの誘導を受け持つ。誘導の目的はオーガを分散させて各個撃破しやすいようにすることと、拠点と森との間にある大型の武器の射程範囲へのおびき出しだ。

 第二グループは分散させたオーガを包囲して、盾だけでなくロープなどを使っての足止めをする。あわよくばオーガを引き倒すつもりのようだ。

 第三グループが攻撃を受け持つ。主に弓と槍、そして魔法による攻撃となる。

 第四グループが光魔法と攻撃ともに参加できる人たちで探索者から一名、騎士団から二名の合計三名しかいない。


 森の大木を利用してオーガの突進力を削ぎ、分散させて各個撃破をする。

 そして各個撃破できなかった場合や仕留めそこなった個体は森の入り口へと誘き出す。


 森と拠点との間には木々を伐採して作成したバリケードとバリスタのように森の中での取り回しが困難な大型の武器が設置されている。


 あのバリスタを心臓なり頭部に撃ち込まれればさすがのオーガも即死だろう。

 単体で強大な力を持った魔物を倒すために、人数と武器を揃えて罠や策を巡らせる。一般的な探索者のオーガ討伐ってのはこんな感じなんだろうな。


 そんなことを考えながら、護衛役の探索者と一緒にバリケードやバリスタなどの大型の武器の状態を確認して歩く。


「皆さん、同じパーティーなんですよね?」


 一緒に確認作業をしていた、十三・四歳くらいの若い探索者――少年が突然声をかけて来た。見習いっぽい感じで緊張が表情に出ている。

 皆さんというのは俺たち光魔法を使える七人を指しているようだ。


「ああ、ここにいる十名の他にあと二名いて全部で十二名のパーティーだ」


 気になるのか、答える俺の言葉に周囲の若い探索者たちが聞き耳を立てている。


 若い探索者、といってもランクは俺たちよりも上の者がほとんどだ。

 残された俺たちの護衛役には見習いや十級も混ざってはいるが護衛役の中心は七級と八級の探索者たちだ。


 ギルドに手続きに行った日にしでかした決闘紛いの模擬戦の結果が知れ渡っているようで、面識のない探索者までもが妙に俺たちに気を遣っている。

 腕が立つ魔術師たちと認識されたのか喧嘩っ早い魔術師たちと認識されたのか気になるところだが聞けない。


「パーティーの半数が光魔法を使えるって凄いですね」


 少年の横にいた同じく十三・四歳くらいの少女が目をキラキラと輝かせ、少年を押し退けるようにして勢い良く言う。


「そうか? まあ、珍しいかもな。自分たちでも恵まれてるとは思うよ」


 何が「凄い」のかよく分からないが、少女の勢いに押されて少女の方へ視線を向けると、その延長線上にある木陰でボギーさんが火の点いていない葉巻をくわえたまま昼寝をしていた。


 そんなボギーさんを見ながら軽い後悔の念が湧き上がる。

 今朝、寝不足というか寝ていなかったのでボギーさんに頼んで闇魔法で眠気を取り除いてもらったのは失敗だったな。


 まったく睡魔が襲ってこない。

 移動中の馬車やこの時間を利用して眠れば良かった。


「それに魔術師の人もたくさんいるんですよね?」


「十二人全員が一応は魔術を使えるよ。でも二名は実戦での遠距離攻撃には不十分なので主に近接戦闘役だけどね」


 勢いそのままに俺の隣に並んで歩き出す少女に向けて答える。


 今更だけど、前衛二名に後衛十名ってもの凄い偏りのある構成のパーティーだよな。

 俺たちの戦い方が普通の探索者パーティーのセオリーと異なるのは仕方がないのかもしれない。


 その後も若い探索者たちと雑談をしながら交流を深めていく。


 ボギーさんが昼寝をしているのが見える。相変わらずマイペースな人だ。

 白アリと聖女はメロディとマリエル、レーナを伴って食材を探してくるとか言っていたな。


 豪華な朝食になりそうなことを期待しながらテリーの姿を探す。

 いた。

 自分の奴隷たちとイチャついて周囲の羨望と嫉妬を受け止めて悦に入るのを横目に、周辺警戒の手伝いをしつつ雑談を続けた。


 ◇


 ドンッ


 森の奥から爆裂球が上がる。

 一拍おいて二発目が上がり、さらに一拍おいて三発目が上がった。

 等間隔で三発の爆裂球、作戦の第一段階終了の合図だ。


「そう簡単には見つからないみたいですね」


「そろそろ昼食の準備を始めないと」


「腹減ったー」


「さあ、戻ろうぜ」


 護衛役の若い探索者たちが昼食に気をとられる中、森の浅い部分をさらに進む。


「先に戻っていてくれ」


 彼らにそう告げるとさらに足を速める。


「そういう訳にはいきません」


「どうしたんですか?」


 戻りかけた若い探索者たちが慌てて俺の方へと駆け寄ってくる。


「この先に薬草や山菜を摘んでる村人がいたはずなんでちょっと様子を見てから戻る。心配は無いんで先に戻っていてくれ」


 それだけなら良いが、その向こうにゴブリンが十七匹ほど索敵に引っかかっている。


 ゴブリンは弱い。

 武器を所持した成人男性や何らかの攻撃系のスキルを所持している者なら問題ないが、さすがに数が多い。

 何よりも村人は女性や子供が多いのと武器を所持していても戦えるかは別問題なので放って置くわけにもいかない。


 俺の言葉に従って戻るものは誰もいない。

 仕事に責任を持っているのか、村人が心配なのか、全員が後についてきた。


 ◇


 ものの数分で薬草や山菜を摘んでいる女性と子供が視認できる距離に近付いた。

 何人かは採取の手を止めて食事の準備に入ろうとしているところだった。


 多数の探索者が同行しているせいか、全体的に気が緩んでいるようだ。

 ゴブリンの小集団が五百メートルほど先に迫っているんだがなあ。

 

 ◇


 危険なので拠点付近に戻るように伝えると、皆が即座に行動に移る。

 俺が驚いていると、怪訝な顔をしながらも一人の探索者が説明をしてくれた。


 魔物の生息地域では探索者に従うのは当たり前のことらしい。

 しかし、従うのとテキパキと行動できるのは別問題だった。


 捉えられたか。


 俺は空中に向けて小規模の爆裂球を放つ。

 移動の仕度を手伝っている子供の一人に向けて飛来した一本の矢と衝突をし、小規模の爆発を引き起こした。


 何が起きたのか分からずに茫然とする者のなか、何人かは俺が火魔法を放ったことに気付きこちらに視線を向けた。


 だが、直ぐに俺の視線の先にあるものに気付き、村人はこちらに向かって走り出し、探索者たちは臨戦態勢に移る。


 単純に戦力比から見れば、矢の一本と爆裂球の相殺では採算が合わない。

 だが、こちらは目的通りに矢をとらえた。あちらは目的に届くことなく矢を失っている。


 さて、採算を無視した戦闘ってのを見せてやろうか。

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