第167話 ギルドへの報告
ダンジョン攻略後、休息を取らずに地上へと帰還をする。
帰還はあっと言う間だ。
最下層から上層階へと一気に転移魔法で移動をする。
ダンジョンの一階層目に出るまでわずか三回の空間転移である。それも俺たちの中で最も空間魔法のレベルの低いロビンに合わせてだ。
一応、ダンジョンの一階層へ転移したあとで入り口へと向かった。
入り口にはダンジョンの管理をしているギルドの職員と衛兵が駐留する管理人室――所謂、詰め所のようなものがある。
探索者ギルドとダンジョンの管理人室は夜も休まない。年中無休、二十四時間営業である。
夜番の詰め所でダンジョン退出の手続きをすませて、そのまま近場の少し開けた場所へと着くと自然と小休止となった。
ダンジョンの外へ出ると地球では見ることが無いほどの満天の星が広がっていた。
このダンジョンの中に広がる星空のような景色も美しいと思っていたが、こうして現実の星空を見上げるとやはりこちらの方が気持ちよいな。空の高さや閉塞さの無い開放感なんかが理由なのかもしれない。
周りを見ると、寝転がっている者、しゃがみ込んでいる者、伸びをしている者、岩に腰かけている者、木に寄りかかっている者とさまざまだ。
皆、思い思いの格好をしていたが、ダンジョンから解放されたのを堪能するように全員が夜空を仰ぎ見ていた。
時間はそろそろ二十三時を回った頃だろうか。
こちらの世界は日の出と共に起きる人がほとんどだ。当然起きる時間が早ければ寝る時間も早い。大人でこの時間まで起きているものは少ない。
最年少というか、唯一の子どもであるラウラ姫の様子が気になって先ほどからそれとなく見ているのだが、ダンジョン内で眠そうにしていたのがウソのようにはしゃいでいる。
それはマリエルもレーナも一緒だった。
最後の守護者との戦闘で極度の緊張をしたからだろう、すっかり目が覚めてしまったようだ。
「すっかり遅くなっちゃいましたね」
岩に腰かけていた黒アリスちゃんが、立ち上がりながら伸びをしている。何だろう、どことなく猫を連想させるような仕種だ。
「まったくだ、子どもは寝る時間だぜ」
木に寄りかかったままで、ボギーさんが口元を緩めて黒アリスちゃんをからかう。
「受験生を舐めちゃいけませんよ。まだまだ宵の口です」
ほんの何ヶ月か前まで中学三年生だった黒アリスちゃんが、ボギーさんに向かってそう返すとクスクスと小さく笑いだした。
そんな黒アリスちゃんをボギーさんもほほ笑ましいものを見るような目で見ている。
そういえば、ボギーさんが人をからかうのってはじめて見るかも知れないな。
「何ですか? 黒ちゃんはリアルに十五歳なんですから、いけない事したら犯罪ですよ」
優しげな表情をしているボギーさんをからかうように、聖女が後ろ手に短槍を持ったままでボギーさんの顔を仰ぎ見る。
ボギーさんもそんな聖女を見下ろし、黒アリスちゃんへ向けたような優しげな表情をしつつも口元を緩めた。
「んなこたぁ、しネェよ」
そして、穏やかな口調と低い声でそう言うと、そのまま葉巻を口に持っていく。
「でも今回は苦戦したわねぇ」
白アリが大の字に寝転んだままシミジミとした口調で誰とはなしに語りかけた。
「楽勝とは言いませんけど、苦戦と言うほどではないと思いますよ」
「だな。何しろ損害が出ていない。俺たちが以前にダンジョンを攻略したときは、相当数の人的な損害をだしている。もっとも守護者の強さが全然違うけどな」
白アリの言葉に聖女とボギーさんがすぐさま反応をした。
三人の会話が聞こえたのだろう、アイリスの娘たちの表情が引きつった笑顔に変わっていく。
「苦戦? 全然苦戦してないよね?」
「あれで苦戦とかないわ。それじゃあ、あたしたちの今までやって来た戦闘ってなに?」
「ねぇ。毎回苦戦どころじゃないよね」
「だいたい、あんな凄い魔法、見るのも聞くのもはじめてだよ」
「神話とか御伽噺、教会で聞く奇跡の類よね」
「そもそも、オーガの群れを瞬殺とか、聞いたこともありませんよ」
白アリ、聖女、ボギーさんの三人を盗み見るようにして、ささやき合うアイリスの娘たちの声が聞こえる。
ミノタウロスとの戦闘が終わった直後はまともに声も発せられない状態だったのを考えると大分回復をしたようだ。
そこへ行くと未だ回復できていないのは、彼女たちの奴隷とミレイユ、アレクシスか。
特にアレクシスはミレイユと違いダンジョンに潜ったり、魔物討伐の経験があったりするだけに先ほどの俺たちの戦い方が、自分たちの常識の範囲を大きく超えていたようで相当に驚いていた。
弓術と魔術には自信があったようで、ダンジョン攻略ではテリーの役に立てると考えていただけにショックも大きいようだ。
「さあ、ギルドへ報告と素材の引き渡しに行こうかっ!」
自分自身に気合いを入れ、腰の重いメンバーを急かすようにしてギルドへと向かった。
◇
◆
◇
ギルドは年中無休、二十四時間営業ではあるが、当然、人の多い時間帯と少ない時間帯はある。そして今は人の少ない時間帯だ。
俺たちがギルドの建物の中に入ると受付カウンターには二人だけ、後方の事務も二人。職員は四人しか見当たらない。
待合スペースにいる探索者は十四人、パーティーふたつくらいか。
俺たちの姿を見たギルドの職員さんの顔がパァッと明るくなった。
どうやら俺たちの無事な帰還を喜んでくれているようだ。
ダンジョンの入り口同様、ギルドでもダンジョンへ潜る予定のときは、あらかじめその計画を規定の用紙に記載して提出をしなければならない。
これは規則というよりも不文律となっている。
違反しても小言を言われる程度だが、ベテランになればなるほどこのあたりのことはキチンと手続きをしている。
「皆さん、ご無事で帰られたのですね。心配しましたよ」
先般、俺たちの登録手続きをしてくれた女性職員さんが満面の笑みでこちらへと歩いてくる。手には先日提出したダンジョン探索の計画書を持っており、その計画書と俺たちの人数とを確認している。
もの凄い歓迎のしようだ。
ギルドの職員さんが全てのパーティーに対してこのような手厚い対応や歓迎の表情を向けるわけではない。俺たちだからだ。
「これで、明日のオーガ討伐はご同行頂けそうですね」
笑顔を崩すことなく、明日のオーガ討伐参加の書類を俺に手渡す。
そう、ダンジョンから予定通り帰還したらオーガ討伐に参加する約束をしていた。
そして帰還予定は今夜。予定通り帰還をしたという訳である。これでギルド側――オーガ討伐チームは貴重な光魔法の使い手を六名――俺、白アリ、聖女、ボギーさん、メロディ、アレクシスを確保したことになる。そりゃあ、歓迎もしてくれるよな。
「ええ、同行は大丈夫です。その前に素材の買い取りをお願いします」
女性職員さんからオーガ討伐の書類を受け取り、そのまま書類を白アリへと渡す。
面倒な事務仕事はだいたい白アリとテリーがやってくれる。
「では、こちらへお願いします」
女性職員さんの後に続いて買い取り素材を広げられる併設の広場へと全員でぞろぞろと向かった。
◇
◆
◇
仮眠室や二階で勤務していた職員さんまでもが駆り出されて広場を忙しそうに動き回っている。
表情には疲労の色と戸惑いとが見える。
どうやら女性職員さんの俺たちに対する認識は、「魔術師に恵まれた多少腕の立つ初心者」というものだったようだ。
所詮は初心者と軽く見ていたようで俺たちの持ち込んだ素材は自分ひとりで鑑定までこなすつもりだったらしい。
アイテムボックスから次々と出てくる素材を見ていた女性職員さんの顔色が次第に変化していく。
具体的には、先ず表情が失われ、次いで口元だけが緩んで無理やり作ったような引きつった笑顔になる。そして泣きそうな表情になり血色が悪くなっていった。
「すみません、ちょっと量が多いようなので応援を呼んできます」
そう言い残し、慌てて建屋の中に駆け込んでいった。
そして連れて来られたのが、俺たちの目の前で疲れ切った表情で素材の鑑定をしている職員さんたちだ。
そして周囲には野次馬もいる。
その野次馬達からも感嘆の声が上がっている。
もっとも、百匹以上のゴブリンの死体の山を目の当たりにしたときは、泣きそうな職員さんに同情したのか静かだった。
買い取りを依頼した素材にはミノタウロスはもちろん、小部屋で発見した武器や防具、魔石は含まれていない。当然それだけではない。今回はじめて見る、亀と小鳥の素材も同様である。
ダンジョンコアに至っては最初から秘匿するつもりだった。
このあたりのことは事前にアイリスの娘たちを含めて了解を取り付けてある。
ダンジョンを攻略したことは伏せる。併せてダンジョンコアの情報も伏せる。
素材も一般的な素材のみ売り払うことにした。
面倒そうなダンジョンコアと素材は終戦後にホームであるトールの町かルウェリン伯爵領の領都で処分をする。
結局、目の前に並べられた素材は一般的なものなのだが数が多い。
「え? 何だ……これ」
鑑定を進める職員さんのうち、一組の動きが止まった。
「え! 空間トカゲ?」
「それもこんなにたくさん……」
足元に整然と並べられた五十匹以上の空間トカゲを前にして仕事の手が止まった。
素材としては知られているが希少性が高かったな。確か素早いのと空間転移で逃げるので、なかなか仕留められない魔物だったか。
「魔石、魔石は? 空間トカゲの魔石はどこですか!」
女性職員さんがもの凄い勢いで俺のところまで飛んで来ると、掴みかからんばかりの勢いで魔石と連呼している。
「魔石は今回売る予定はありません。自分たちで魔道具を作成するのに使います」
期待に目を輝かせる女性職員さんから微妙に目を逸らしながら抑揚を抑えた口調で伝えた。
俺の言葉を聞いて女性職員さんに落胆の表情が浮かび上がってくる。
空間トカゲも素材としての価値は決して低くはない。だが、その魔石には比べるべくもない。
「え? 魔道具の作成もされるんですか?」
「ええ、そうです」
俺はにこやかに微笑みながら、テリーと白アリのチェックを終えたオーガ討伐の参加書類にサインをして女性職員さんに渡した。
もっとも半分以上は失敗して魔石と素材を無駄にするのだが、そこは内緒だ。
そこから小一時間は常軌を逸した職員さんたちの叫び声と、いつの間にか倍以上に増えていた見物人の驚きの声を聞きながら鑑定が終わるのを待っていた。
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