第166話 守護者(4)
「チィーッ! こいつもダメか」
「こっちもダメでした」
ミノタウロスから数メートルほどの距離へ近づいていた、ボギーさんと黒アリスちゃんが失敗を告げて後退を図る。
「やっぱりダメでしたか?」
「ああ、そうそう上手い話は無いようだ」
ボギーさんがミノタウロスから距離を取り、先ほどまで装備をしていた亀の甲羅を収納して魔法銃を二丁拳銃状態で装備し直す。
魔力の精密操作ができる二人に、ピンポイントで敵の装備を空間魔法で剥ぎ取ることを試みてもらったが失敗に終わった。
ボギーさんが言うようにそうそう上手い話は無いようだ。
やはりこいつを倒すには必殺の一撃しかないのかもしれない。
脳を破壊するか首を切り落とすか……魔力枯渇を覚悟で魔力をこめた原子崩壊の短剣で首を落とす。問題はそれが本当に有効な手段かとそこに至る道筋だな。
よし、準備ができた。
「皆、下がってくれ。魔力障壁と遮光、耐熱の対応を頼む」
周囲を巻き込む魔法のため、俺以外、全員が防御へと態勢をシフトするのを確認して魔法を発動させる。
重力魔法と空間魔法で大型のレンズを作り出し、高出力の光魔法をレンズを通して照射する。
大口径、大出力のレーザーだ。ターゲットは守護者であるミノタウロス。
俺の魔法の発動とともにミノタウロスに文字通り
効いている。
プレートメールのわずかな隙間から入り込んだ光はミノタウロスの肉を焼く。上昇した周囲の温度は呼吸をするたびに肺を焼く。
だが、近距離で長時間発動させる魔法じゃないな。ましてや、ミノタウロスのプレートアーマーで乱反射をしている。
ミノタウロスも辛そうだが、こちらも辛い。
魔力障壁やら空間魔法、重力魔法で複合障壁を展開しているが、それでも尚自分たちへダメージが届く。
部屋の温度が急速に上昇する。こちらの方が熱で先に倒れてしまいそうだ。
魔力障壁を越えて熱が届いているのだろう、
これも駄目か。
まあ、予想はしていたというか、予想通りの結果に終わったな。
こちらが耐えられる限界に到達する間に『ミノタウロスにどれだけダメージを与えられるか』だったのだが期待したほどではなかった。
「ロビン、聖女、次を頼むっ!」
次の攻撃準備を進めていたロビンと聖女――部屋の両端に位置している二人へと視線を走らせる。
ロビンと聖女はターゲットであるミノタウロスを頂点にして、直角にとらえられる位置からクロスファイアを浴びせられる場所に移動していた。
土魔法で無数の鋼で出来たニードルを生成して弾幕を張る。これはあくまで見せかけだ。
本命は風魔法による衝撃波。
レーザーからのダメージが抜け切れていないミノタウロスは、フラフラとよろめきながら立ち上がった。
それを見計らったように無数のニードルがミノタウロスをクロスファイアで捉える。
降り注いだニードルの大半はプレートメールに阻まれるが、何パーセントかは目や関節部分などの隙間から入り込みミノタウロスの体内へと入り込む。
異物が関節など体内へ入り込んだ状態で再生が開始した。
それにしてもよく耐えている。
異物が体内、特に筋組織や骨にダメージを与えている状態で再生しても、再生と破壊が繰り返されるだけで苦痛以外の何ものでもないだろうに。
そんな状態のミノタウロスに衝撃波が襲い掛かる。
先ほどの感じではわずかではあっても衝撃は内部に通るようにみえた。もしそうなら、外側は健在でも内側から肉体を破壊できる。
効いている。間違いなく効いている。
ミノタウロスの巨体が大きくよろめいた。脳を揺らされたのか、骨にひびが入ったのか、内臓が損傷したのか。いずれにしても動きがさらに鈍くなった。
再生が追いつかないような速度で連射できればいけるかもしれないが、今のこちらの状態で連射は無理だな。
要所要所で撃ちこんで必殺の一撃を入れる隙を作るしかない。
激痛に狂おしげな
左目は未だに再生と原子崩壊が拮抗した状態で、見えているのは右目だけだ。
最初に比べて動きに精彩を欠いたミノタウロスに再び接近戦を挑む。
テリーの放つ高速の斬撃が再びミノタウロスに繰り出される。ミノタウロスの手数が明らかに減っている。そこへ俺とロビン、黒アリスちゃんが加わる。
さすがに今度はミノタウロスも攻勢には出られていない、何とか凌いでいるという表現が正しいだろう、防戦一方となっている。
大鎌の先端が膝の裏側に突き刺さりそのまま関節を突き抜けてアーマーの裏側に到達する音が聞こえた。
それに続いてミノタウロスが叫び声を上げて膝をつく。
あの大きな武器をよくもまあ、器用に使いこなすよな。改めて黒アリスちゃんの接近戦の能力の高さに驚かされる。
感心ばかりもしていられない、俺はテリーに目配せをしてタイミングを見計らいながら、空間転移から牽制のための斬撃や突きを繰り出す。
ミノタウロスの右手の戦斧がテリーへ向けて振り下ろされる。本日何度目の斬撃だろう。
振り下ろされた戦斧をテリーの長剣が外側へと大きく弾く。
待っていたっ!
空間転移でミノタウロスの懐へと移動し、テリーに弾かれた戦斧を握る右腕の肘の裏側へと原子崩壊の短剣を突き立てる。
入ったっ!
関節部分、プレートメールの隙間から右肘を穿つ。
「ウガーッ!」
ミノタウロスが叫び声を上げ、右手の戦斧を手放した。
よしっ!
腕を切り落とすには至らなかったが敵の武器を奪うことが出来た。これで大幅に戦力ダウンとなる。
次の瞬間、黒アリスちゃんの分子分解の闇魔法をまとった大鎌が、ミノタウロスの隙を見逃すことなく振り抜かれ左の手首に突き刺さる。
左手に握られていた戦斧がその手を離れ聖女を襲う。
「キャーッ」
距離があったことが幸いした。もともとが狙って
両手の武器を失ったミノタウロスの反応は早かった。踵を返してすぐさま後退をする。
祭壇のような場所に納められているダンジョンコアの方へと駆ける。
「ダンジョンコアに何かする気じゃないでしょうねっ!」
白アリが不吉なことを口走りながら、祭壇へ向けて駆けるミノタウロスの足元目掛けて、銀の球体から純粋魔法の弾丸を乱射する。
白アリの攻撃に呼応するように、ボギーさんの魔法銃から射出された弾丸がミノタウロスの膝の裏側を撃ちぬく。
いや、走る方向が微妙に違う。
ミノタウロスはダンジョンコアの納められている祭壇の横を駆け抜け、そのまま小部屋の扉の前へと到着する。
小部屋の扉を開け放った状態でミノタウロスの動きが止まった。
どうやら、あの小部屋にあった戦斧は予備の武器だか、とっておきの武器だかだったようだ。
それが無くなっているので棒立ちになっているのか、小部屋が空になっているから棒立ちになっているのかは判断が出来ないが、こんな絶好の機会を見過ごす手はない。
俺たちはお互いに視線を交わすと、女神さまから貰った武器を総動員して立ち尽くすミノタウロスの背後から襲いかかった。
ええいっ! ダメ元だっ!
召喚っ!
ラウラ姫にまとわせていたカラフルを呼び寄せ、剣のように形状変化をさせた状態でミノタウロスへと迫る。
女神さまとの会話が頭を過ぎる。「この世界に無い魔法」確かにそう言った。
もっと早く試しておけば良かった。
俺の眼前にミノタウロスのプレートアーマーの上半身部分と兜が迫る。召喚魔法万歳、空間魔法で引き寄せられなくても召喚魔法なら出来るのかよっ!
驚いたのは俺だけじゃあない。
頭部と上半身の防具が突然なくなったミノタウロスの姿に全員が驚きの表情を浮かべるが、すぐさまチャンスが拡大したのだと理解しそのまま攻撃を続行する。
平常状態であればミノタウロスもさぞや驚いただろう。
だが、今は小部屋を眺めながら茫然と立ち尽くしていて、自身のまとった防具がなくなったことに対するリアクションは見られない。
ミノタウロスとの距離を転移魔法で一気に詰めるテリーとロビン、そして聖女。
テリーの長剣がミノタウロスの左腕を肩口から切り落とし、ロビンの風の刃がミノタウロスの右腕を肩口から切り落とす。
転移魔法でミノタウロスの頭上に移動した聖女が重力の短槍を振り下ろしてミノタウロスの頭蓋を破壊する。
白アリの銀の球体から放たれた純粋魔法の弾丸がミノタウロスを背中から撃ちぬき、心臓や背骨といった重要器官を皮切りに肋骨に守られた内臓をことごとく破壊する。
黒アリスちゃんの大鎌が高速で振り抜かれミノタウロスを腰から両断する。
俺の右腕から伸びたカラフルがミノタウロスの首をはねる。
頭部を破壊され、転がり落ちるミノタウロスの首と一瞬だが目があった。その目が茫然としていたように見えたのは俺の気のせいだったのかもしれない。
頭部を破壊され首を落とされ、両腕を切断され上半身を破壊されたそれは、再生することもなければ二度と動くこともなかった。
「手強かったな」
肉塊となったミノタウロスだったものを見つめながら意識することなく言葉が漏れた。
「勝ったの? もう大丈夫?」
俺の胸元、アーマーの内側からマリエルの声が小さく響く。
「ああ、もう大丈夫だ。部屋の外にいる皆を呼んできてくれ」
俺の言葉に安堵の表情を浮かべ、ラウラ姫一行とアイリスの娘たち、奴隷たちが待つ部屋の外へと飛んでいった。
テリーも部屋の隅で待機していた自身の奴隷たちをレーナに呼びに行かせていた。
ん?
石を砕く音?
音のする方へ視線を向けると聖女が重力の短槍でダンジョンコアの納められた台座を削っていた。
ダンジョンコアは半分以上が台座に埋まっているので確かに台座を壊さないと取り出すことが出来ないが……国宝級の武器を随分とぞんざいに扱っているな。
「ご主人さま、ご無事ですか? お怪我はありませんか?」
メロディがボロボロと涙を流しながら俺の胸に飛び込んできた。抱きついた後も
視覚を飛ばして、さり気なく白アリと黒アリスちゃんの表情を盗み見る。
特に表情に変化は見られない。よし、二人ともこれくらいは許容範囲のようだ。
「ああ、大丈夫だ。今回はかなり苦戦をしたからな。メロディにも心配を掛けたようで申し訳ない」
「いえ、ご無事ならそれで十分です」
尚も離れようとしないメロディの頭を撫でながら落ち着かせる。
少し離れたところでテリーも同じようなことをしている。
もっとも、あちらは四人と人数が多い。テリーも疲れているのに頑張るな。疲労の表情ひとつ見せずに四人を抱き寄せている。
「すまないが、アイリスの娘たちと一緒にミノタウロスの装備と素材の回収を頼む」
アイリスのリーダーであるライラさんに聞こえるように大きな声でメロディへ向けて話しかける。
我ながら奴隷使いが荒いとは思うが、こんな場所に長居はしたくない。
とはいえ、自分たちは疲労困憊とまでは行かないまでもかなり疲れている。ここは役割分担と割り切って頑張ってもらおう。
「それにしても今回は手こずりましたね」
「ああ、まったくだ。こんなのをあと、四十九箇所も攻略しなきゃならないんだな」
しゃがみ込む黒アリスちゃんの言葉に同意しながら、俺自身もその横にしゃがみ込んでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます