第165話 守護者(3)

 低空飛行で真っすぐにこちらへと向かってくるガーゴイル。その後を追うようにミノタウロスが駆ける。巨大な戦斧が左右の手にそれぞれ握られている。

 あの戦斧、片手用だったのかよっ。


 ミノタウロス、見かけによらず動きが速いっ!

 あの巨体で俊敏に動くとか、反則だろうがっ!


 だが……

 同一射線上に並んでいる。好都合だ、吹き飛べ。


「邪魔よっ! まとめて吹き飛びなさいっ!」


 白アリの涼やかな声が左隣で響く。その声とともに自身の周囲に展開させている銀の球体からの攻撃ではなく、直接、爆裂系の火魔法――爆裂弾を撃ち出した。


 いち早く白アリが爆裂弾をガーゴイルとミノタウロスに届く。そのほとんどはガーゴイルに集中している。間をおかずにロビンの風の刃と俺の重力弾がガーゴイルとその後方から迫るミノタウロスを襲う。

 白アリの爆裂弾をまともに受けたガーゴイルが空中で四散する。四散したガーゴイルの残骸を俺の放った重力弾が穿うがち、さらに細かな破片へと変えていく。


 粉砕されたガーゴイルの残骸とそれをもたらした主要因である白アリの放った爆炎が、俺たちとミノタウロスの間を隔絶する壁となる。


「突っ切ってきたっ!」


 一瞬、目を疑う。自分自身の驚きもあったが、いぜんとしてミノタウロスの突進が停まっていない事を周知させる。


 その破片と爆炎の壁を突っ切ってミノタウロスが突然姿を現し、なおも迫る。

 周囲も驚きを隠せずにいる。


「あの炎をお構いなしかよっ!」


「耐火性能まであるんでしょうか、あのプレートメール」


 テリーとロビンの言葉が重なる。


「炎の壁を突っ切ってくるなんて格好良いじゃないのっ!」


 セリフとは不釣り合いな憎々しげな口調で白アリが叫ぶ。


 白アリの爆裂弾はガーゴイルを仕留めるのに消費された。俺の重力弾も少なからずガーゴイルで消費されている。それでも、ロビンの風の刃はそのほとんどがミノタウロスに届いたはずだ。

 だが、ガーゴイルだったものの破片と爆炎の中を突っ切って迫るミノタウロスは無傷にしか見えない。

 

「ウィンッ!」


 声だけで水の精霊ウィンディーネに指示を出しながら、俺自身は土魔法で地面を不規則に隆起させる。


「お任せくださいっ!」


 水の精霊ウィンディーネの小気味良い返事とともにミノタウロスに向けて濁流が発生する。

 

 欠食児童の発生させた濁流がミノタウロスに届くよりも早く、左右から放たれた、黒アリスちゃんの鉄の弾丸と聖女の風の刃がミノタウロスに襲い掛かる。

 だが、それらがミノタウロスにダメージを与えることはなかった。


 鉄の弾丸はことごとくミノタウロスが纏うプレートメールに弾かれる。風の刃はプレートメールに届くと同時に乱反射させられた。

 亀と同じ効果か。少なくとも魔力の乱反射は同等のものとの認識でいた方が良さそうだな。


 不規則に隆起した床と濁流とによりミノタウロスの突進する速度が急速に落ちた。

 ミノタウロス自身とその周囲を覆う濁流に向けて、俺とボギーさんの雷撃がほぼ同時に濁流とミノタウロスを貫く。


 いや、貫いたかのように見えた雷撃も他の攻撃魔法同様、ミノタウロスのプレートアーマーにより乱反射され、拡散された雷撃の一部が自分たちを襲う。


「チィーッ! アーマーまで乱反射かよっ! そういうのはシールドだけにしておけよなあ」


 毒づきながらもボギーさんが魔法銃で肌の露出している部分を狙撃する。鉄、岩、氷、水、重力、空気、雷、火炎、ありとあらゆる属性の魔法が弾丸として撃ち込まれた。


「ゴァーッ!」

 

 ミノタウロスの足が止まりうめき声を上げる。


 今は頬面を降ろしているので表情は分からないがうめき声の様子からするとダメージが通ったようだ。

 間髪を容れずに、足が止まり苦しそうに声を上げるミノタウロスと周囲の濁流を、白アリの放った冷却系火魔法が包み込む。


 一瞬で凍てつかせる。

 白アリの口元が緩む、眼前に広がった結果に満足をしているようだ。


 眼球と手のひらの一部が傷ついた状態のミノタウロスとそれを覆うように押し寄せていた濁流をまとめて凍りつかせた。

 冷気が室内に広がり、敵も味方も動きを止めて氷の塊を注視する。


「キャッ」


「ええーっ」


「ヒッ!」


 突然、全身を炎に包まれるミノタウロスを見て後ろのほうから声が聞こえる。部屋の外で待機させていたラウラ姫一行とアイリスの娘たちだろう。


 嫌な予感はしていた。

 部屋に入る前に鑑定したときに、【火魔法 レベル5】と【風魔法 レベル4】、そして【再生 レベル5】を確認している。


 炎をまとったミノタウロスがゆっくりと俺たちのことを見渡し、まるで怒りを伴ったような先ほどよりも力強い咆哮ほうこうを上げた。 

 その瞳には怒りを宿しているのか真っ赤になっている。


「ちょっと、目と手のひらの傷が治ってる?」


「フェニックスみたいに全身を炎で焼いて治癒したんでしょうか?」


 白アリと聖女が、ミノタウロスを包む炎の隙間から先ほどの傷が既に回復していることを確認して驚きの声を上げた。


「氷漬けになっている間に再生をしたんだろう」


 俺は武器を状態異常の短剣から原子崩壊の短剣へと換装しながら、二人というよりも全員に向けて言葉を放った。


 もちろん、白アリと聖女へ向けた「フェニックスのは治癒じゃなくて復活だから」という言葉は呑み込む。


 左手のバックラーにくくり付けた亀の状態を確認しつつテリーとロビンへと目配せをする。

 テリーが首肯するなり、ミノタウロスへ向かって飛び込んだ。


 テリーの高速の斬撃とミノタウロスの力強い斬撃がぶつかり合う。

 衝撃が波となって押し寄せてくるようだ。


 ミノタウロスの持つ巨大な戦斧も普通の武器じゃないよな。

 女神さまから貰ったテリーの振るう片刃の両手剣と真っ向から切り結んでも刃こぼれ一つしていない。


 テリーとミノタウロスだけでは当然こちらの方が分が悪い。

 単純に長剣一本のテリーと二本の巨大な戦斧を自在に操るミノタウロスでは手数が違う。さらに一撃の威力とか重さも向こうの方が上だ。


 その不利を速度と受け流しの技術で補っている。

 さすがに表情は硬い。

 

 ミノタウロスと切り結ぶ間も、部屋の隅で待機させている自分の奴隷たちの反応を確認するようにチラチラ見ている。

 意外と余裕があるのかもしれない。


 テリーの奴隷たちも心得たもので、声援こそ送っていないがまるで英雄を見るような熱い眼差しを揃って向けている。

 気になって入り口に目を向ければ、アイリスの娘たちまで熱い眼差しをテリーに向けている。


 いや、百歩譲ってアイリスの娘たちはどうでも良いとしよう。

 だが、ラウラ姫までが惚けた表情でミノタウロスと切り結ぶテリーの姿を見ているのは納得がいかない。


 やはり剣で真っ向から切り結ぶ姿というのが良いのだろうか?

 魔法でチマチマと削る俺のようなタイプは駄目なのか?


 納得はいかないが効果はあったようだ。

 ミノタウロスの振るう戦斧がわずかに刃こぼれをしている。翻ってテリーの振るう女神さまから貰った剣は刃こぼれひとつしていない。


「行きます」


 テリーが切り結ぶ中、横合いから勢いよく飛び出したロビンが、エストックでプレートメールの隙間を突く。


 しかし、何れも有効な一撃とはならない。

 身長差がありすぎる。

 こちらが剣で届くのは精々がミノタウロスの股の辺り、足の付け根までだ。


 ミノタウロスの強力な一撃を剣で受け流し、プレートメールなどお構いなしで速度を活かして次の一撃がくる前に強烈な斬撃を繰り出すテリー。亀を貼り付けたラウンドシールドで巨大な戦斧を受け流し、エストックでミノタウロスの膝裏や股の辺りをチクチクと突くロビン。

 差があり過ぎる。あまりにも差があり過ぎる。


 ロビンの役回りを自分がやらなくて済んだことに感謝しつつ俺も攻撃に加わる。


 ミノタウロスの頭上に転移し原子崩壊の短剣で頬面の隙間から左目を突く。魔力量もかなりの量を流し込んでの一撃だ。

 叫び声を上げながらも左手の戦斧を自身の頭、つまり俺へと振り降ろしてきた。


 即座に反撃するとはさすがだ。

 だが、こちらももとより一撃離脱の作戦である。迫る戦斧を視認するだけのを余裕を持って転移する。


 戦斧が兜と衝突して火花とともに衝撃を生む。

 戦斧にわずかには亀裂が走り、ミノタウロス自身もわずかによろめく。


 テリーとロビンの攻撃が休むことなく続く中、俺が傷つけた左目の様子を確認する。

 傷口は広がりはしていないが、再生もしていない。


 どうやら原子崩壊と再生が拮抗きっこうしているようだ。

 まいったな。あれだけの魔力を流し込んでなお拮抗か。


 どうやら別の方法を考えたほうが良さそうだな。

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