第164話 守護者(2)
先ほど見たそれはダンジョンコアの前に座っていた。大きな岩を椅子のように使って座ったまま微動だにしない。
こちらに気付いていないのか? 或いは、気付いていて見逃されているのか?
腹ただしいことに、見た目にはまるでボスキャラのように悠然と構えている。
傍らには大型の戦斧が立てかけられていた。
視覚を飛ばして見ていた時とはまた違う。
遠目とはいえ実際に目の当たりにすると、守護者の身体の大きさもあって大型の戦斧がもの凄い脅威に感じる。
ボギーさんと聖女の話では、守護者の部屋に足を踏み入れて初めて守護者が攻撃を仕掛けてきたそうだ。
それを信じるなら部屋の外で待機している限りは大丈夫なのだろうが、念のため白アリたちには守護者を刺激しないように伝えてきた。
まあ、ボギーさんがいるので大丈夫だとは思うが、正直不安は尽きない。
皆には守護者の部屋の前に待機してもらい、俺とテリーで小部屋に侵入中である。
棚に整然と並べられた武器や防具はそのひとつひとつが、尋常ではない大きさと重量感からか、これまで見たどの武器よりも迫力があった。
俺とテリーは威容を誇る武器や防具を前に息を呑む。
「間近で見ると凄いな。何だか、ワクワクしてこないか?」
テリーが刃の部分だけでも自分の背丈ほどもある巨大な戦斧をアイテムボックスに収納しながら聞く。
「ああ、やっぱり武器ってのはこうでなきゃダメだよな。大きさと重量から武器の強力さが伝わってくる」
棚に並んだ武器から目を逸らさずにテリーの言葉に即座に同意をする。
やはり迫力のある武器というのは男のロマンである。
この大きさと重さの武器を使いこなす守護者について今は考えないようにし、専用の棚に立てかけられていた孟宗竹ほどの太さの柄を持った槍、五本を次々とアイテムボックスに収納する。
扉一枚隔てた向こう側にはダンジョンコアとそれを守護するミノタウロスがいるが、風魔法と重力魔法で音や気配を消しているためか気付かれてはいないようだ。
それでも念のため、武器や防具が格納されたこの小部屋に侵入して早々、風魔法と重力魔法で音や気配の隠蔽を図った。
かなりの魔力量を使って閉鎖空間を展開したがこちらの使った魔力に気付く様子もない。
予想通りあまり細かいことを気にしない、パワータイプの魔物なのかもしれない。
「それで、何を持ち出す? 防具は要らないだろう?」
言葉通り、テリーは武器ばかりを端からアイテムボックスへ収納していて防具の類は目もくれていない。
「いや、どうせだから全部持ちだそう。魔石もだ」
武器だけを持ち出そうとするテリーを押しとどめ、小部屋にあるものを要不要を問わず根こそぎ奪うことにした。
いつ何に役立つか分からないし、こうして大切に保管されているものだ。奪うに越したことは無い。
何、時間はそうは変わらない。
◇
◆
◇
「どう?」
「どっしりと構えて座ってますね」
白アリの問いかけに、入り口から顔だけを覗かせて守護者であるミノタウロスを覗き見ていた黒アリスちゃんが、視線をそのままにどこか面白くなさそうに答えた。
「うわー、大物ぶって嫌ねー」
黒アリスちゃんとはちょうど反対側となる入り口の壁から、白アリが顔を出しながら毒づくがミノタウロス側に変化は無い。
「ムカつきますね。ああいうの見てると鼻を明かしてやりたくなります」
聖女が黒アリスちゃんの頭上から顔をのぞかせて岩に腰かけたままのミノタウロスを覗き込みながら憎々しげな口調で発した。
「作戦変更してダンジョンコアだけ持ち逃げしちゃう?」
「悔しがるでしょうね」
「顔が牛なんで表情が分かりづらいところが残念ですね」
白アリのダンジョン攻略のありかたを根底から覆す提案に、聖女と黒アリスちゃんが即座に反応をする。
作戦としてはもの凄く魅力的で心動かされかけたけど、戦うから。作戦通り、ちゃんと戦うから。
小部屋から戻るなり聞こえてきたのは、守護者であるミノタウロスが座ったまま動かないのをいい事に言いたい放題の女性陣の会話だった。
アイリスの娘たちどころかラウラ姫までもが、恐いもの見たさからか入り口の壁にへばり付くようにして、顔だけを出して部屋の中をうかがっている。
部屋の中からみたら入り口に美女や美少女の顔が鈴なりになっているように見えるんだろうな。いや、入り口と守護者は一直線で遮るものはないのだから絶対見えているよな。
表情が読めないので何とも言えないが、意外と忍耐力があるのかもしれない。さすが、守護者となるだけのことはある。人間ができている。いや、できた魔物だ。
それに比べて目の前の女性陣の、なんと落ち着きのないことか……
俺とテリーが戻ってきたことにも気付いていないのか、女性陣の会話は弾んでいる。
ミノタウロスの忍耐力の実験している訳じゃないし、そろそろ止めたほうが良いかな。
「手前にある石像、ガーゴイルっぽいんだけど、どう思う?」
部屋の両端――壁際に等間隔で並んだ左右六体ずつ、合計十二体の石像を白アリが指差している。
「ガーゴイルだと思いますよ」
「ガーゴイルなんじゃないですか?」
黒アリスちゃんと聖女が小さく首肯して同意をし、さらに聖女が続ける。
「石像は全部で十二体ですね。通り過ぎたところを後ろから襲おうとか、もの凄くベタなこと考えてそうですよ」
「じゃあ、石像は先制して破壊だな」
入り口の正面に立ち、彼女たちの背後から声をかける。
俺の視線の先には守護者たるミノタウロスが、座ったままこちらを見つめていた。
俺の言葉に床に落ちている小石に手を伸ばしていた白アリの動きが止まった。白アリだけじゃない、入り口から部屋の中を覗き込んでいた女性陣が一斉にこちらを振り向く。
俺とテリーが戻ってたことに本当に気付いていなかったようだ。
◇
◆
◇
黒アリスちゃんの大鎌と聖女の重力の短槍が左右に配置された一番手前の石像の頭を切り落とし、或いは粉砕をする。
崩れ落ちた石像に動きや変化はない。
俺たちが崩れ落ちた石像を確認している間に次々と石像を破壊していく。
石像に変化はない。
それは破壊された石像も残っている石像も一緒である。
ミノタウロスが咆哮を上げ立ち上がった。
デカイッ!
身長こそオーガの変異種よりも低いが、横幅と全身を包む重厚なプレートメールが本来の大きさ以上に大きく感じさせる。
先頭を行く二人は、ミノタウロスの咆哮など意に介することなくさらに進み、さらに、二つの石像を瓦礫へと変える。
こうなると俺たちがただの無法者に見えてくるな。
他所様の住み処に入り込み美術品である石像を次々と破壊していく。
持ち主は怒って当然である。
いや、もちろん傍から見たらそう見えるだろうという事なのだが。
俺の思いとミノタウロスの咆哮をよそに石像は破壊されていく。
残る石像は四つ。
黒アリスちゃんが石像を破壊する傍らで聖女が盛大に空振りをする。
「あっ! あの石像、今、動いた。ビクッとなった」
喜色満面とはこのことだろう。
勝ち誇ったように白アリが叫ぶ。
聖女の横で少しだけ頭の位置が変わった石像を指差す。
「どうでしょうね、ただの石像みたいですよ」
槍先で石像の頬をチクチクと突きながら必死に笑いを堪えた聖女が答える。
いや、確かにビクッとしたな。
堪え性のないヤツが一体混じっていたようだ。
いや、そうじゃない。
「何でそういうことを言うんだよっ! 見て見ぬ振りして叩き壊せば楽できたのに」
次の瞬間、健在な三体の石像が一斉に羽ばたいた。
羽ばたいたが、聖女の傍にある、堪え性の無いヤツは羽ばたくと同時に重力の短槍で頭部を破壊される。
黒アリスちゃんも自分の担当する最後の一体に詰め寄りその首を大鎌の一振りで落とした。
石像の振りをしていても、動いても結果は一緒だったようだな。
取り逃がしたのは聖女の担当する最後の一体だけである。
まあ、成果としては上々か。
ミノタウロスの方へと飛んでいく。どうやら、単独で戦うのを避けたようだ。
ミノタウロスのもとに飛んで行ったガーゴイルはその足元にかしずいている。
いや、ガーゴイル、ここは怒って良い場面だ。どうせ石像の振りをするよう指示を出したのはミノタウロスだろ?
今こそ仲間の恨みを晴らせっ! 背後から襲え。
そんな思いは届くことなくガーゴイルは真っすぐにこちらへと向かってきた。
「うわー、指揮のミスで仲間を殺されたのに、文句の一つもなく主人の言うこと聞くなんて、どこまで奴隷根性が染み込んでるのかしら」
白アリの言葉をたしなめる者は誰もいない。
無能な指揮官のせいで損害を出したんだ糾弾すべきだろとの思いは少なくとも転移者組においては全員一致のようだ。
ようやく戦闘開始だ。
この守護者、本当にパワータイプのようだな。知能が少し足りないようだ。何にしても感謝しよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます