第163話 守護者(1)

 最下層ということもあり、念のためマリエルとレーナを前衛から下げて中盤へと配置する。

 これにより、遠視スキルと暗視スキルを中盤から使用しての索敵となる。もちろん俺たちも空間感知や視覚を飛ばすなどの、空間魔法と風魔法によるソナーをフル活用して索敵を行いながら慎重に進む。


 最下層も見た目にはこれまでの階層と変わりがない。しかし、構造は大きく異なっている。

 構造が単純で枝道や袋小路がほとんどない。


 最も異なる点はダンジョンコアが設置された部屋だ。体育館の十倍はあろうかという巨大空間が広がっている。これまで見てきた広間とは比べ物にならないくらいの広さと高さだ。

 部屋の奥に台座があり、そこにダンジョンコアが設置されていた。その手前には守護者たる魔物が一体だけいる。


 俺もそうだが、転移者組は示し合わせたように全員が口元を緩めていた。どうやら全員、視覚を飛ばしてダンジョンコアとその守護者を視認したようだ。

 最下層へたどり着いただけでは得ることのなかった高揚感が、敵の姿を見た途端に湧き上がってくる。


「ダンジョンコアに間違いありませんか?」


 あちら側の異世界で既にダンジョンをひとつ攻略しているボギーさんに向かって問いかける。


「ああ、間違いネェ。あれはダンジョンコアだ。こっちのほうが大きいが、以前に獲得したものと同じだ」


 即答するボギーさんの口調も興奮を隠せずにいるのが分かる。


「守護者と呼ばれる魔物もセットでいますね」


「あちら側でもあいつがいたんですか?」


 索敵を兼ねた前衛として先頭を行く俺とテリーが『湧き』から出てきたリザードマンを一刀のもとに切り捨て、声だけでボギーさんに問いかけた。


「いいえ、あちら側ではスケルトンでした」


 二十メートルほど先の曲がり角から出てきたムカデの魔物を魔法銃で狙撃しているボギーさんに代わって聖女の声が返ってきた。


「スケルトン? 何だか弱そうね」


 珍しく弓を装備した白アリが、ムカデの魔物を追うように出現したコウモリの魔物に矢を射掛ける。

 見事な連射だ。矢継ぎ早という言葉を体現したかのような連射である。


「んなこたぁネェ。十分に苦戦をした。同行した現地人や奴隷は半分以上が死亡した」


 白アリの言葉にボギーさんが即答し、さらに続ける。


「ただまあ、今のこの面子だったら、あっち側で戦ったスケルトンくらいは楽勝だろうがな」


 明後日の方向に飛んでいく白アリの放った矢を尻目にボギーさんの銃弾がコウモリの魔物を次々と仕留めていく。


「大広間の奥に小部屋がある。その小部屋だが、ひとつだけ空じゃないな」


 空間感知でとらえた小部屋は全部で三つ。そのうち二つは何も無い空き部屋だったがひとつは何かが格納してあった。


「お宝?」


 期待に声を弾ませた白アリが、『湧き』から出てきたオークの頭に、振り上げた亀を思いっきり叩きつける。


「『湧き』が頻繁ですね」


 その横で黒アリスちゃんが出現途中のオークの喉元に大鎌の刃を置き、さらに続けた。


「小部屋の中に何があるのか分かりますか? 罠とかは大丈夫でしょうか?」


『湧き』から出現したオークはこちら側に出現する勢いそのままに大鎌で首を落とされる。

 あちら側の異世界にトンボ帰りか。忙しいことだな。


「武器だな、これは。財宝の類は見当たらない」


 金銀財宝があるかと思ったが、あったのは武器や防具だけだった。あとは魔石だ。

 飛ばした視覚をさらに近付けて格納されている物を詳細に確認する。


「やはり武器と防具だ。それもかなり大きい。守護者専用の武器と防具みたいだな。それと魔石がたくさんある」


 そこには、俺の背丈ほどもある戦斧や孟宗竹ほどの太さの柄をした槍が並んでいた。


「財宝は無しか。しょぼいなあ」


「魔石ネェ、良いんじゃネェか? 素材はたっぷり手に入ったんだ、魔石があればいろいろと作れるな」


 テリーが頭をかきながら天井を振り仰ぎ、楽しそうに口元を緩めているボギーさんが、何が出てくるのかまだ確認の出来ていない『湧き』に向けて銃を乱射する。


「帰ったら皆でアイテム作成ですね」


 そんなことを言いながら、ロビンが事も無げにオークの額、喉、心臓をエストックで瞬時に突く。


「素材も魔石もたくさんあるから失敗を気にしなくて良さそうですね」


 自分たちの魔道具作成の練習になると上機嫌で言い、聖女が重力の短槍をオークの頭に振り下ろした。頭を潰されたオークが一声も発することなく絶命する。


 最下層、さらにはダンジョンコアと守護者が目前に迫っているためか、俺たち――転移者以外はみんな口数が少ない。

 もっとも、ラウラ姫とマリエル、レーナに関しては睡魔も手伝っているようにみえる。


 ラウラ姫は「背負います」というローゼの申し出を断り、眠い目を擦りながら頑張って歩いていた。

 マリエルとレーナに至っては半ば居眠り飛行の状態だ。上下左右にフラフラと危なっかしいことこのうえない。


「なあ、後ろの小部屋にある武器や防具を先に奪って、使えそうなのを利用するのはどうだろう?」


 せっかく目の前に武器が転がってるんだし、利用しない手はないよな。そんなことを考えながら、こちらに向かってくるリザードマンをテリーに任せて後方を振り返る。


「空間転移か」


 テリーが一瞥もすることなく、こちらに向かってきたリザードマンを水の刃で両断する。


「ああ、空間魔法で探った限りでは、怪しげな魔力も感じなければ罠もなかった」


 首だけテリーの方へ巡らし、自信満々でゆっくりとうなずく。


「ヒッ」


 列の後方から小さな悲鳴が聞こえる。アイリスの奴隷たちのひとりだ。天井を仰ぎ見るようにして固まっている。

 視線の先を見ると『湧き』が発生しており、そこからオークの頭部がのぞいている。


 あんな上のほうにも『湧き』が発生するんだな。

 落とし穴に使ったダンジョンが脳裏をよぎる。確かあそこでは三階層あたりに発生した『湧き』から出現した魔物が、そのまま二十階層以下まで落下してそのまま死亡していたよな。

 まあ、この高さじゃ落下して即死ってのはないか。


「空間転移を使うとはいえ、ばれないでしょうか?」


 黒アリスちゃんがオークの落下地点と予想される場所に土魔法を使い岩の槍を生成している。


「ばれてもリスクは無さそうですね」


 聖女が黒アリスちゃんの生成した岩の槍の上部と周辺に有刺鉄線を張り巡らせている。


 あのまま落ちたら岩の槍に串刺しになる上、有刺鉄線に絡め取られるのか。

 自分の落下地点に着々と罠が張り巡らされていくのを見ているってどんな心境なんだろうな。ちょっとだけオークに同情をしてしまう。


「ばれたらそのまま戦闘突入ね。前後から挟み撃ちにしましょう」


 白アリがとどめとばかりに、岩の槍と有刺鉄線を加熱させる。気のせいか? オークの目が見開かれたように見えた。


「こっそりと持ち出すんですか?」

 

 ロビンが加熱した罠から距離を取りながら、ほくそ笑む俺とテリーに問い掛ける。そう問い掛けるロビン自身も口元を緩めている。


「そう、こっそりと」


 ロビンの問いかけに、全員に視線を巡らせてゆっくりと答えた。


「守護者用の武器や防具なら役に立つかも知れなネェな」 


 そう言うとボギーさんはソフト帽子をずらして目を隠す。しかし、口元だけは堪えきれない笑みが漏れる。

 

「こっそりと……ですか」


「こっそりですね」


「やりましょう」


 黒アリスちゃん、聖女、白アリが、妖しく魅力的に瞳を輝かせて賛成の言葉を発した。


 彼女たちの言葉を待っていたかのようにオークが罠に落下する。

 結果は予想通りだ。


 結局、満場一致で小部屋の武器と防具を戦闘前に頂戴することに決まった。ラウラ姫一行やアイリスの娘たちは、全員無言だったので賛成の意思表示として受け取る。


 守護者が待つ大広間は目の前だ。

 大広間に到着する前に小部屋の武器と防具を片付けておくか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る