第161話 調達

 二十五階層に降りる階段へと続く曲がり角を、何の未練も残さずに通過してオーガの群れが待ち受ける広間へと向かう。


 オーガへの奇襲があったので途中の戦闘は極力さける。

 回避できない戦闘も空間魔法、重力魔法、風魔法を駆使して遮音をし、火魔法や光魔法、雷魔法といった光源が発生するような魔法を避けた。


 もっとも有効だったのはショートレンジやミドルレンジの転移魔法で敵の背後へ移動し、移動と同時に空間魔法、重力魔法、風魔法で敵を取り込んだ遮蔽空間を作り、隔離してからの至近距離での斬撃による一撃だ。

 原子崩壊の短剣や硬直の短剣、状態異常の短剣といった特殊効果の付与された近接戦闘用の武器が大活躍をした。さらに闇魔法の分子分解と睡眠などが予想に違わず、周囲に気取られることなく敵をほふることができた。


 オーガたちが集まっている二つの広間の手前五十メートルほどのところでいったん停止をして、チーム分けを含めて作戦の最終確認をする。

 手前側の広間に七体のオーガ、奥の広間に三十体のオーガと変異種が一体。先ほど確認したときと状況に変わりはない。


 ◇


 先ほど敵を隔離するのに使った遮蔽空間を大規模に作り、その中で作戦会議を行っている。


「――――先ほどの手順通り、手前側広間にいる七体はテリーと黒アリスちゃんで頼む。ティナとローザリア、ミレイユ、アレクシスは二人のサポートだ」


 こちら側は七体と少数なので実験を兼ねた攻撃手段を取ることにした。

 テリーが空間魔法と風魔法で七体のオーガを各個に隔離空間で隔離し、このうち六体のオーガは隔離された空間内に水魔法を使って水で満たす。

 黒アリスちゃんが二体のオーガを闇魔法の「睡眠」で眠らせ、残りの二体ずつは周囲の水を「凍結」「沸騰」させる。最後の一体は隔離空間の酸素濃度を六パーセント以下になるように空気の成分を変質させる。


 溺れている最中の魔物が「睡眠」の魔法で眠るのか。加熱と冷却のどちらがオーガに対して有効かを確認する。

 今回、最も期待しているのは酸素濃度の影響だ。六パーセント以下の酸素濃度で即時昏倒するのか、後遺症は残らないのか。もし期待通りなら空間魔法と風魔法の併用は俺たちの主力武器となる。


「はい、任せてください」


 黒アリスちゃんが明るい声と笑顔で答え、テリーが無言で左手を軽く挙げて了解の意思を示す。四人の奴隷たちはテリーの了解の仕種を確認した後で了解の返事をした。


「奥にいる変異種を含めたオーガは先ほどの要領で叩く。ただし、変異種は生きたまま捕獲したいので雷撃の威力は抑えるから上半身だけで反撃してくる個体もあるだろうから十分に注意してくれ」


 そこでいったん言葉を切って全員の表情を見やる。全員が無言で首肯する。幾分か緊張をしているのが分かる。緊張とは無縁そうな、満面の笑みを浮かべているのは欠食児童くらいだ。それを確認してさらに続けた。


「アイリスのメンバーとメロディはラウラ姫一行の護衛を頼む。ラウラ姫はカラフルの他に亀の携帯をお願いします」


 アイリスのメンバーとメロディが無言でうなずくのを確認した後で、既にカラフルと亀をその身にまとったラウラ姫に視線を向ける。

 カラフルが亀の甲羅を露出させるようにして自身の中に亀を取り込んで固定をしている。


「はい」


 頭と胸、腹部に一匹ずつ、背中に二匹の亀を貼り付けた状態でラウラ姫が元気に返事をする。

 やらせておいて何だが、嫌な顔一つせずによく亀を張り付かせたよな。身の安全のためとはいえ見上げたものだ。


 自身の左腕、亀の甲羅をくくり付けたバックラーに視線を落とす。

 見た目が悪い、悪すぎる。もっともラウラ姫の姿は俺の比じゃないのだが。


 俺と同じように亀をバックラーやラウンドシールドにくくり付けている、白アリとロビンに視線を向ける。

 やはり二人とも自身の左腕を見ないようにしているがかなり気にはしているようだ。


 この亀も実験を兼ねている。

 魔力乱反射は無理だがオーガの一撃を耐えられるかの実験だ。もの凄く気乗りがしないが誰かが犠牲になるしかない。


 先ほど、亀の甲羅での実験担当を決めていたときに、アイリスの娘のひとり――リンジーが「試し屋を連れてくれば良かったね」とこぼしていたが、はっきりと分かるほどに奴隷たちの顔が強ばっていた。

 なるほど、そういう利用方法もあるのか。さすが現地の人たちは奴隷に容赦がない。


 だが、今回の実験は魔力を必要とする。何よりも俺たちがこの亀の甲羅をどこまで利用できるかを確認するのが課題だ。

 いくらロビンが顔をほころばせようと気付かない振りをして流す。


「さあ、行こうか」


 一斉に目的の広間へ向けて移動を開始した。


 ◇


 俺たちが手前の広間の前を駆け抜けると同時にテリーと黒アリスちゃんが七体のオーガを仕留めるべく広間へと飛び込んだ。

 それに四名の女性が続く。


 それを半ばまでを目の端にとらえながら次の大広間、三十体のオーガと一体の変異種の待つ場所へと加速する。


「ウィンっ! 行きなさい」


「はいっ!」


 広間の入り口の前で停止し、白アリが欠食児童に魔法の行使を指示する。その指示に小気味よく返事をすると同時に広間に濁流が発生した。


 壁際から生まれた水は円を描くようにして部屋の中央へ向けて濁流となり渦を巻く。 

 濁流が中央に達するまでのわずかな時間に変異種の位置を確認し鑑定を行う。俺の横では同様に白アリとボギーさんが他のオーガの鑑定をする。


 何だとっ!

 思わず鑑定結果に声を上げそうなった。


 さすが変異種だ。魔法スキルをもっている。しかも火魔法レベル3と風魔法レベル3だ。魔法スキルのレベル3となれば世間一般では超一流の評価を受ける。

 強靭な肉体をもっている上に魔法まで使ってくるのか。さすが変異種というべきか下層階というべきか。


 もっとも、知恵がないので魔法も魔力に任せた力押しなんだろうが危険なことは危険だ。

 先ずはこいつの戦力を奪う。


「ボギーさん、変異種が魔法スキルを――」


「チーッ! こいつら、魔法スキルを持ってやがるぞっ! 姫さんたちとアイリスは後退しろっ!」

 

 ボギーさんに変異種の対応を頼もうとする矢先に、魔法銃を取り出し入り口から飛び退いて壁の陰へと身を隠した。

 

 ボギーさんの声に周囲のメンバーが反応をする。

 俺の胸の中に飛び込んでくるマリエルをアーマーの中に隠すように受け入れながら部屋全体に雷撃を放つ。


 雷撃の撃ち込みと並行して他のオーガたちの鑑定をする。

 雷撃の閃光の中、鑑定したオーガの能力が次々と頭の中に入ってくる。火魔法レベル1、風魔法レベル1、土魔法レベル1、水魔法レベル1。それぞれレベル1だが全ての個体が何らかの魔法スキルを所持していた。なかには二つの魔法スキルを所持している個体もある。


「凍結、いくわよ」


 白アリも鑑定をしていたので状況は分かっているのか、顔を強ばらせながら凍結系火魔法を放ち、欠食児童の発生させた渦を瞬く間に凍結させる。


「予定変更だっ! 変異種以外のオーガは俺と白アリ、ロビンの三人で即時とどめを刺す」


 全員が入り口付近から避難を開始しているのを確認しながら、俺の隣で壁に身を潜めている白アリとロビンに視線を向ける。二人の無言の首肯を確認してボギーさんへと視線を移してさらに続ける。


「ボギーさん、変異種の魔力を吸収してください。魔力を枯渇こかつさせた状態で聖女に引き渡しましょう」


「分かった。他のヤツらは頼んだぜ」


 そう言い残すと、ボギーさんは左手の魔法銃を収納して、その左手でソフト帽子を押えながら氷で覆われた広間へと飛び込んでいった。


 ボギーさんの後を追うように俺と白アリ、ロビンも広間へと駆け込む。

 駆け込むと同時に部屋の三方向に散り、雷撃と凍結の魔法のため麻痺と寒さで動きが止まっているオーガの額を氷の弾丸、心臓を固体窒素の弾丸で撃ち抜いていく。


 固体窒素の弾丸か、使えるな。

 固体としての強度にこそ不安はあるものの、撃ち込まれた箇所はもちろん周囲の細胞を見事に破壊していく。追加効果としても良い感じだな。心臓付近をかすめただけでも仕留められる。


「良いぜ、魔力がなくなって気絶したぞ」


 声のする方を振り向くと、腰から下を氷漬けにされ、氷の上に横たわっている変異種の頭部を左足で軽く蹴るボギーさんが視界に入った。


「ありがとうございます」


 ボギーさんにお礼を述べ、氷漬けになっているオーガの鑑定をしながら部屋を見渡す。どうやら変異種を除く全てのオーガを仕留めたようだ。


 残念だが、亀の防御力の実験は次の階層に持ち越しだな。

 そんなことを考えながら部屋の外で待機している聖女とラウラ姫一行、アイリスの娘たちを広間へ入るよう呼びかけた。


 ◇

 ◆

 ◇


 アイリスの娘と奴隷たちによる、アンデッド・オーガからの素材調達が一段落しようとしている。

 そう、倒したオーガは全てアンデッド化してから再度とどめを刺している。


 そこにはかつての脅威はなく、累々と横たわる素材の山があるだけだ。

 採取されたのは角と牙、表皮に加え、爪と骨を集めていた。肉はアンデッド化したこともあり使い物にならないので廃棄、焼却処分となる。


 視線を聖女に移すとこちらもそろそろ終了しそうだ。

 変異種は壁から顔と十本の指だけを出して身体は全て壁に埋め込まれている。もう何本目の角と牙、爪の採取が行われたのだろう。最初の頃こそ抗議の声を上げていた変異種も、今は虚ろな眼をして聖女にされるがままである。


 聖女は最初、「せっかくの変異種ですから」と全身の皮を繰り返し剥ごうとしてた。

 しかし、あまりにも危険を伴うので却下し、生きたまま角と牙、爪を剥ぐので思い留まってもらった。


 大量の素材を変異種から採取し終えたところで、黒アリスちゃんによるアンデッド化が行われた。

 その後、聖女の指揮の下、およそ三十分以上の時間、アンデッド変異種の素材が繰り返し採取され続けることとなる。


 アンデッドなので光魔法は使えないが、闇魔法で再生ができるんだな。

 初めて知ったよ。


 さて、次は二十五階層か。ダンジョン攻略も王手をかけた感があるな。

 亀の防御力の実験をしつつ最下層を目指すか。

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