第160話 新たな目標

 階段を下りていく途中でこの階層も他の階層と同様に光る鉱石が多く含まれていることが分かる。

 階段を抜け、階層の様子が視界に飛び込んでくると、周囲に夜空を彩るあまたの星に囲まれたような錯覚を覚える。


 美しいダンジョンなのだと改めて思う。

 ダンジョン攻略後、暫らくは安全な観光施設として利用されることだろう。


 ダンジョンコアの奪取――攻略が終われば、このダンジョンではあちら側の異世界との魔物やアイテムの行き来が出来なくなる。

 つまりこちら側の異世界単独で存在するダンジョンとなる。


 魔物も自然増殖のみとなりやがて廃れ、魔力溜まりだけが残る。魔力溜まりは十数年のときをかけて鉱石や湖、河、肥沃な土を生み、恵みをもたらす豊かな大地となる。

 そしてダンジョンが完全に廃れた頃、新たなダンジョンが生まれる。


 今の収益や産業という面でみればダンジョンは生かさず殺さず存続させたほうが良いのかも知れない。

 だが、ダンジョンコアがもたらす富と名声、エネルギー源としての価値は何ものにも変え難いものがあるのだろう。ダンジョンの攻略を禁止している国や領はほとんどない。


 階段を降り、二十四階層を広域の空間感知で索敵する。イメージとしては索敵というよりもスキャニングに近いものがある。


「大丈夫だよー」


「安全、安心」


 先行しているマリエルとレーナが前方数メートルのところで手招きをしている。


「またあ?」


 いきなり隣で不満の声が上がる。白アリも俺と同じように広域の空間感知を使ったのだろう。げんなりとした表情をしている。


「またですね」


「うわー、正直もう出会いたくなかったな」


「チッ」


 黒アリスちゃんとテリー、ボギーさんからも歓迎していないのがあからさまに伝わってくる。


 歓迎されていない魔物の正体はオーガだ。

 しかも、先の階層よりも数が多い。何体いるんだ?


 黒アリスちゃんの後方では、そんな落胆の様子をラウラ姫一行とアイリスの娘たちが不思議そうに見ている。

 そんな彼女たちに、この先に迂回可能な広間が二つありそこにオーガがいること、それも先ほどの倍以上の数がいることを伝える。


「え? またオーガですか?」


 横で聞いていた聖女が即座に反応する。

 なんで目を輝かせているんだ? 寄り道する気満々じゃないか。大望はどこへ行った。


「オーガの群れは遠慮したいな」


 テリーがアレクシスの銀髪に左手を絡めるようにして彼女の頭を包み、その視線と表情を隠すように自身の胸元へと引き寄せた。

 アレクシスのことをかなり気にかけているのだろう、その口調は淡々としているが表情は曇っている。


「オーガの素材はもういらないですよね?」


 素材もそうだろうが奪うスキルもないからだろう、ロビンがやる気のない雰囲気を漂わせ、自身の隣にいる聖女を牽制するように語りかけた。


 しかし、アイリスの娘たちは気まずそうな感じでお互いに顔を見合わせている。

 どうやらオーガの素材はまだ十分ではないようだ。


 いや、ここは心を鬼にしよう。

 オーガとの戦闘は極力避けて、途中で感づかれたりしない限り下の階層を目指す。どうしてもオーガの素材が欲しければ帰りにちょっと寄り道をしてオーガを狩る。


「変異種がいるわ」


 皆にオーガとの戦闘を避けるのを提案しようとする矢先、白アリからわずかに興奮した雰囲気をまとった声が上がる。


 視覚を飛ばして確認したのか?

 白アリのもたらした情報に提案の言葉を呑み込み俺も急ぎ視覚を飛ばす。


「オーガの変異種か、初めて見るな」


「変異種の素材ならあってもいいんじゃネェか?」


 変異種と思しき見慣れない色合いの、一際大きなオーガを視認するのとほぼ同時に、テリーとボギーさんの声が聞こえてきた。その口調から二人ともやる気になっているのが十分に伝わってくる。

 

 アレクシスの銀髪が揺れ、肩がわずかに震えている。

 テリーの胸に顔を埋めているので表情は見えないが、今どんな表情をしているのかもの凄く気になる。


 テリーが屈みこむようにしてアレクシスの耳元で何かをささやいている。

 説得をしているな。今の変わり身の早さをどうやって取り繕うつもりなんだ? こちらもアレクシスの表情以上に気になるな。


 あれ?

 アレクシスがコクコクとうなずいている。そんなアレクシスにティナが何やら話しかけている。


 アレクシスがそんなティナとテリーを交互に見ながら左手で小さな拳を作り力強くうなずいている。

 すんなり話がまとまったようだ。……どんな話し合いが行われたんだ? もの凄く気になるぞ。


「また素材と魔石が増えますね」


 ウフフフ、と笑いながらアイリスの娘たちに語りかける、聖女の可愛らしい笑い声で意識を引き戻され、先ほどの凄惨な現場が脳裏をよぎる。

 拷問にも近いあの光景を、もう見たくないな。


「変異種の角か、欲しいわね。この間のフェニックスやシルバーウルフの素材もまだ残ってるし、魔石もたくさんあるからいろいろと作れるわよ」


「もどったら、変異種の角でいろいろと武具を作りましょう。魔道具屋や鍛冶屋の傍に宿を取り直して赤い狐にいろいろ作ってもらいましょう」


 さらに白アリと黒アリスちゃんがキャイキャイと楽しそうに声を弾ませている。その横では欠食児童が白アリのことを眩しそうに見上げている。

 片や素材とそれから作られる武具やアイテムに目が眩んだ物欲のかたまり、片やオーガとの戦闘を期待して興奮をしている戦闘狂、目的は違うが似たような表情をしている。


「私なら大丈夫ですよ、魔力にはまだ余裕があります」


 小さな握りこぶしを自身の顔の前で作ってみせる。そんな聖女の言動からもやる気がうかがえる。


「私も魔物の死体がたくさんあるので、魔力の補充は幾らでも出来ます。まったく問題ありません」


 ほんのりと頬を桜色に上気させて黒アリスちゃんが聖女に呼応をした。


 なるほど、魔物の死体を使い魔にして「魔力吸収」、使い魔解除。使い捨ての燃料タンクのようにこれを繰り返せばよい訳か。

 便利だ、便利すぎるぞ闇魔法。


「変異種って持っているスキルとか何か違うんでしょうか?」


 先ほどまで最もやる気のなさそうだったロビンまでも目を輝かせて口元を緩めている。


 毎度のことだが、なぜこうも阿吽あうんの呼吸で流れるように方針が決まっていくのだろうか。

 ほんの少し、少しだけど疎外感を覚える。もしかしたら俺のいないところで、いろいろなパターンをシミュレートしているんじゃないだろうな?

 

 しかも、今回はうちのメンバーだけじゃない。

 アイリスの娘たちもそうだが、ラウラ姫までもオーガを叩く方向で話が進むにつれ、胸の前で組まれた両手に力が入り目は輝きを増している。


「よしっ! オーガを叩こう。ただし、今回は隣接する広間が二つに分かれている。個体数の多い広間を先ほどの要領で先制攻撃をして短時間で戦力をゼロにする。ただし、素材確保用の変異種がいるのもこちらなので威力は抑えてくれ。最悪は個別戦闘の発生も想定しよう。もう一方は気付かれることを前提に各個撃破。通常種のオーガだし数も七体と少ないから二人で余裕だろう」


 空気を読んでオーガ撃破と変異種からの素材確保を決定事項として全員に告げる。

 決して流された訳じゃない。リーダーは空気を読むことも重要だ。そう自分に言い聞かせて、人員の割り振りと攻撃順序の簡単な作戦内容を伝えた。


 作戦内容を伝えている間、メロディを傍らに置いた黒アリスちゃんの周囲には人だかりが出来ていた。

 ときどき、感嘆の声が上がるが、基本は女性が多いのでキャイキャイと楽しそうな声が聞こえている。


 絵が描けるというのは素晴らしい。

 これから入手するであろう素材で作る武具のデザインを皆で楽しそうに話している。ラウラ姫一行も例外ではない。


 俺の語った作戦内容がどこまで正確に伝わったかは間も無く分かるだろう。

 まあ、オーガだし大丈夫だろう。

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