第159話 鳥

 黒アリスちゃんとボギーさんは亀を使い魔としているのでアイテムボックスへ亀を収納できる。この使い魔をアイテムボックスに収納できるってのはもの凄いアドバンテージだ。

 本当に闇魔法って便利だよなあ。 


 しかし、俺と白アリはそうは行かない。

 かといって、歩みの遅い亀を連れ歩く訳にはいかないので結局持ち運ぶしかない。白アリの分も含めてメロディが五匹の亀を抱えることとなった。


 我ながら奴隷使いが荒いと思わないでもないが、純粋に戦力として考えると俺と白アリの両手がふさがっているのは大きなマイナスになる。

 許せ、メロディ。決して亀を抱えたくないとかぶら下げたくないとかじゃないからな。

 

 さて、二十三階層におりて暫らく進むがこれといっても他の階層と変わりはない。出現する魔物も中層階にいたゴブリンやオークといったお馴染みの連中しか出てこない。

 もっとも、何匹かは変異種が混じっていたようだが俺たちにとっては大した違いはない。


 あいも変わらない、四方を星空で彩られたトンネルのような通路をサクサクと進む。

 もちろん、無警戒に進むようなことはしない。マリエルとレーナの遠見と暗視スキル、自分たちの空間感知、さらにこの階層からは風魔法によるソナーも並行して発動させ、索敵能力を上げている。


 俺の隣を歩いていた中距離索敵担当兼先制攻撃担当の白アリが、突然足を止めて前方の曲がり角に意識を傾けるように注視をする。


「嫌な感じのヤツがいるのね、この階層」


 広域の空間感知を展開していた白アリが顔をしかめながらさらに続ける。


「この先の角を右に曲がって五百メートルほど先にある部屋――四十畳ほどの空間を占拠している魔物がいるわ。小さくて動きが速い。それに飛んでるしホバリングまでしてる」


「まったくだ、数が多いってのはそれだけで厄介だな。デスサイズよりも速そうな感じだ。数とスピードに圧されて、後方にすり抜けられたら守りきれネェぞ」


 白アリの言葉を補足し、ボギーさんが後方にいるラウラ姫一行とアイリスの娘たちに視線を向けた。


 白アリとボギーさんの警告を受け、すぐに視覚を飛ばす。


 うわっ!

 視覚を飛ばした瞬間、二十羽以上の小鳥が飛び交う姿が飛び込んできた。


 視覚を部屋の隅に移動させて中の様子を改めて確認をする。

 どうやら部屋全体がコロニーになっているようだ。壁面のあちこちにツバメの巣のような形をした巣が幾つも張り付いている。


 部屋の中には百羽近い小鳥が飛び回っている。小鳥はセキレイほどの大きさで色合いはムクドリに近い。

 薄暗いダンジョンの中では視認し辛い色だな。


 速度が速く飛行能力のある魔物は厄介だ。

 各個撃破や狙撃など論外、面で制圧するような広域の攻撃魔法も有効打とはなりにくい。


 雷撃、小規模な爆裂系火魔法を多数撃ち込むか……或いは、弾幕か炎の渦のようなものを用意するか。

 いっその事、超音波も含めて複数の攻撃魔法をまとめて撃ち込むか。


 ましてや今回は数もいる。今の俺たちのパーティー構成では護衛対象が多く、加えて個々の防御能力が低いので相性が悪すぎる。

 

「気づかれた? 何で?」


「数は百羽ほど、姿は小鳥、高速で飛行する上、空中で静止が出来る。魔法、その他の能力は未確認」


 俺の警告の直後、コロニーとなっている部屋へと続く曲がり角から数十羽の鳥が飛び出してきた。

 半数くらいが迎撃に出てきた?


 こちらへ向けて高速で迫る集団のうち、一羽を鑑定する。

 


 空間魔法 レベル3

 風魔法 レベル3

 魔力乱反射 レベル1

 気配察知 レベル3

 暗視 レベル3

 遠見 レベル2

 

 おおっ! 強いぞ、こいつ。


 しかも、気配察知を持っている。奪えるスキルこれだけか。暗視レベル3と遠見レベル2はフェアリー同様に特殊スキルなので奪えない。

 まあ、気配察知レベル3だけでも良しとするか。


 気付かれたのは空間魔法レベル3か気配察知レベル3のどちらかのスキルだな。何となくだが相乗効果という気もする。

 それに遠見と暗視まで持っているのか。


 俺の鑑定とほぼ同時に欠食児童が天井まで届く水の壁を瞬く間に生成させる。厚さ二メートルの水の壁だ。

 いったい何トンの水を生成したんだ? 後方でアイリスの娘たちと奴隷たちの飛来する鳥に驚く声に続き、欠食児童の作り出した水の壁を見て驚嘆きょうたんする声が聞こえた。

 

 確かに凄い。

 こういうのを目の当たりにすると水の精霊ウィンディーネだというのも信じたくなる。


 欠食児童が生成した水の壁の向こう側に、やはり天井まで届くような勢いの炎の壁が出現する。

 その奥行き一メートルほどもある炎の壁は出現と同時に、飛来する小鳥の大半を包み込んだ。遅れて飛んできた小鳥たちも回避が間に合わずに次々と炎の壁に飛び込んでくる。


 なっ! 炎の壁を突っ切ってきただと?

 魔力乱反射。

 奥行き一メートルもある炎の壁を突っ切って来た小鳥たちは、そのままの勢いで水の壁へと突入した。


 さすがに炎とは違い水は質量が大きくその抵抗は小鳥たちから速度を奪う。水の壁に突入した途端、動きが止まった。

 いや、よく見れば何割かは炎の壁を通過するときにダメージを受けたらしく水の壁の中で力尽きそうな感じだ。魔力乱反射のスキルを持っているといっても所詮はレベル1、亀のレベル5とは大違いだ。


 溺死を待って後続が飛んできても面白くない。小鳥たちが水の壁に戸惑っているところに、雷撃を撃ち込む。


 空間転移? ショートレンジの?

 雷撃を放つよりもわずかに早く、一羽の小鳥が水の壁の中からこちら側へ一瞬で姿を現しそのまま俺たちの横をすり抜けて行く。

 

「しまったっ!」


 白アリの向こう側をすり抜けて行く一羽を横目に、自身の放った雷撃の効果を目で確認をする。向かう先はメロディかっ!


「チッ! ダメか?」


 俺のすぐ後ろ、舌打ちをしながらボギーさんが魔法銃を取り出す様子が伝わってくるが、射線上に誰かいるのか弾丸が撃ち出される気配はない。


 俺のはなった雷撃が水の壁の中を縦横に切り裂くように走る。切り裂かれた水の壁の傷跡は次の瞬間には高温の水蒸気に変わる。


 メロディと小鳥の間、いや、メロディの表皮ギリギリのところに、メロディ自身も障壁は作っているだろうが、念のため重力魔法と風魔法で複合壁を作る。


 よしっ! 間に合った。

 間に合ったがどの程度乱反射される?


 自分に向かって飛んできた小鳥に驚き、メロディが抱えていた亀を顔の前にかざした。

 次の瞬間、ゴッという鈍い音とともに鳥が亀の甲羅に激突し、そのままメロディの足元に落下しその小さな身体をピクピクと痙攣けいれんさせている。


 鳥の鋭いクチバシが途中から折れている。

 自爆か……


 ショートレンジの空間転移をし、メロディに襲いかかった小鳥から「気配察知レベル3」を奪い硬直の短剣を一閃させる。


 小鳥にとどめを刺す俺の横でメロディがばら撒いた亀を拾い集めている。

 この亀、予想はしていたが盾としてかなり役に立ちそうだ。懸案は生きたままと素材のどちらの利用価値が高いかだ。見極める必要があるな。 


 今回は偶々たまたま水の壁と雷撃のコンボが功を奏したが水の壁がなければもっと苦戦をしていたな。


 ◇


「後続はないみたいね」


 階段と小鳥のコロニーとなっている部屋との間に出現させた厚さ五メートルほどの水の壁を曲がり角から白アリが顔だけ出して覗き込む。


 その白アリの背後、胸の高さから欠食児童が同じように顔だけ出して覗き込んでいる。

 その表情は得意気だ。自分の作り出した水の壁の出来栄えに満足をしているのだろう、一人でほくそ笑んでいる。


「何にしても、波状攻撃を受けないのは助かるな」


 どうするか……

 このまま下の階層へ向かうか?


 あと三階層、こんな魔物やさらに手強い魔物が出て来る可能性もある。いや、その可能性の方が高いと考えた方が良いだろう。


「どうする? 階段の先にある鳥の巣へ行くか? 手出しせずに下の階層へ行くか?」

 

「小鳥が必要なら帰りに取りに来ましょう。今は下の階層を目指しませんか?」


 奴隷たちに小鳥の死骸と飛び散った羽根の回収を指示し終え戻りしなに聞いてきたテリーに続き、小鳥の死骸を抱きかかえ、闇魔法で使い魔にしながら黒アリスちゃんが言う。


 抱きかかえられた小鳥は半ば茹でられた状態であったのにみるみる回復をしていく。


 ボギーさんは奴隷たちに混じって小鳥の死骸を吟味中だ。こちらも使い魔にするつもりのようで上機嫌である。


 どうやら黒アリスちゃんとボギーさん、この二人はここまでの成果に満足をしているらしい。

 テリーと黒アリスちゃんの意見に即答せずに考え込んでいると、得意顔の欠食児童と気だるそうな表情の聖女がこちらへと来る。


「フジワラさま、部屋一つくらい水で満たすのは造作もございません。ご指示頂ければ見事お役に立ってご覧に入れます」


 自身の水魔法が有効だと分かり、小鳥相手に交戦意欲をみなぎらせているようだ。欠食児童が目を輝かせている。


「鳥や亀と戦っても面白くありません。先を急ぎましょう。私たちには大望があるんですから」


 有刺鉄線で作られた投網の点検を終えた聖女が、自身の肩を揉み解すような仕種をしながら歩いてくる。


 自分で気付いているのか?

 セリフの前半と後半が見事なまでにチグハグだ。


「余裕があればテイムしたいけど亀の方が有用な感じよね。やっぱり下へ降りるのを優先させましょうよ」


 これ以上テイムするには亀を一匹犠牲にしなければならない白アリが、小鳥のテイムに未練を残しつつも下層へ進む意思を示した。


 気持ちはよく分かる。俺もこれ以上亀を騙し討ちなどしたくない。

 それはそれとして、誰一人として引き返すことは考えていないんだな。頼もしい以前に怖いぞ。


 そんな皆の意見を鑑みながら思案をしていると不意に肩を叩かれた。

 振り返ると相変わらず火の点いていない葉巻をくわえたボギーさんがいた。


「魔力にはまだ余裕がある。防御の意識が薄かったのも事実だ。守る対象が多いんで神経質になるのも分かるが攻略のチャンスでもある。ここはリスク呑み込んでリターンを狙おうぜ」


 魔法銃を片手に二十四階層へと続く階段を見やりながらそう言うと口元を緩めて見せる。


「今のは危なかったので警戒と防御を改めて強化して先を目指しませんか? それにこの程度の危険は探索者なら日常茶飯事ですよ」

 

 ロビンがこちらへと歩いてきながら視線でアイリスの娘たちや奴隷たちへと視線を向ける。


 確かに先ほどライラさんと会話したときは、「怪我人のひとりも出ていませんし、もの凄く順調ですね」とか言っていたな。

 俺が慎重というか、心配性すぎるのかもな。


 確かに意識が攻撃に偏っていたのは事実だな。

 防御を見直して先へ進むか。


 小鳥のコロニーを水で満たすことはせずにそのまま二十四階層へと続く階段へと向かった。

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