第158話 亀
魔力を通して硬化させたり魔力を乱反射させたりするのに、魔石が必要かもしれないのは想定すべきかもしれないが、アレクシスの情報に間違いがなければこの亀の甲羅は素材として役に立つ。
いや、魔力を通さなくても十分に硬度はあるようなので素材としては十分だ。
問題は大きさだ。
一番大きな亀で十五センチメートルほどである。そんな大きさでは盾としては不十分だ。
そこのところをアレクシスに確認したら、村長のところの家宝の盾も中央に亀の甲羅が取り付けられ、周囲はアーマード・スネークの素材で作られていたそうだ。
つまり、この大きさでも素材として十分実用に耐えられることになる。
アレクシスの話でさらに気になったのは、亀の甲羅をそのままの形で盾にしていたことだ。
普通は加工をするよな。
加工すると強度が落ちたり硬化や魔力乱反射が失われたりするのだろうか?
いや、今はそんなことは問題じゃない。
問題はこいつらをどうやって始末するかだ。
「手強いな」
「手強いですねぇ」
「私が思いつきで言い出したばかりに。すみません」
俺のつぶやきに、ガクリと肩を落とした聖女が続き、黒アリスちゃんが申し訳なさそうに深々と頭を垂れる。
視線の先は足元に転がった六匹の亀だ。
あれから十五分、壁や天井を這い回る亀を六匹ほど見つけた。手前の部屋に一匹、隣の部屋には四匹もかたまっていた。だが、一匹も仕留めることが出来ずにいる。
何しろ、魔法がまったく通じない。通じるのは物理攻撃だけなのだが、その物理攻撃も身体硬化レベル5のスキルにより鋼の短剣程度では傷も付けられない。首や手足の皮膚でさえそうなのだから甲羅などなおさらである。
「火にくべるとかどうかしら? ねー?」
白アリがアンデッド・オーガの角で作ったナイフで、亀の頭をツンツンと突きながら亀の顔を覗き込み、語りかけるようにつぶやく。
「水没させて溺死させてみるか?」
「いっそ煮ちまったらどうだ?」
テリーとボギーさんは頭を突かれて迷惑そうに甲羅の中に頭を引っ込める亀を横目に、ジタバタと集団を抜け出した亀を足でひっくり返して逃亡を阻止する。
ダメだろう。先ほど逃亡をしないように岩で囲ったが転移魔法であっさりと抜け出された。
同じように火や水の入った容器から逃亡されるさまが目に浮かぶ。
とらえた亀は一番大きいもので甲羅の大きさが十五センチメートルほどで小さいもので十センチメートルほどだ。
動きは遅く、非常におとなしい。
この短い時間でもう一つ分かったことがある。
光る苔以外の植物も食べる。試しに何種類かの野菜や果物を与えたが躊躇することなく食べていた。
今も小松菜のような野菜を無警戒でモソモソと食べている。
毒殺、そんな単語が頭をよぎる。多少の後ろめたさはあるが、やってみる価値はあるな。
◇
「ダメだな。嗅覚はしっかりしているようだ」
「野生ですからね。毒があるものなんて簡単には食べないようですよ」
テリーとロビンの言葉が失敗を伝える。
毒を混ぜた野菜と毒草の二通りを試したが、いずれも、ものの見事に失敗した。
「今まで出会った魔物のなかで、一番苦戦をしてますよね」
黒アリスちゃんが毒草を亀の顔の前に差し出すが、プイッと横を向かれて落ち込んでいる。
その横で白アリが亀の口を無理やり開かせようと四苦八苦している。毒薬を直接流し込むつもりのようだ。
亀も必死なようで
皆で亀を囲んで殺害方法をあれこれと試しているがどれも不発である。
さて、どうするかな。
「また見つけてきました」
半ばげんなりとしながら、それでも顔には出さないように気をつけて振り向く。
アイリスの娘のひとりとメロディがそれぞれ二匹ずつの亀を手にしている。
これで十匹か。
亀が増えたところで仕留める手段がないのだから意味がない。
いや、もしかしたらあの四匹のなかに
四匹の亀の顔を改めて観察するがアホ面はいない。他の亀同様に手強そうな顔をしている。
いや、よく見れば可愛らしい顔をしている。俺の足元でしゃがみ込んで毒殺をしようとしている白アリがもの凄い極悪人に見えてきた。
「追加だ」
そんな白アリの横に四匹の亀をそっと置く。
いや、待てよ。
亀を白アリの横に置いた瞬間、天啓のように名案が頭に浮かぶ。
たった今置いたばかりの亀の一匹を左手に取りそのまま立ち上がる。
「どうしたの?」
俺の行動に疑問を持ったのか亀の毒殺を中断して、白アリも今しがたまで毒殺を試みていた亀を抱きかかえたまま立ち上がる。
白アリが俺のことを不思議そうな目で見ている。
そんな白アリの言動に他のメンバーも俺の行動に意識を傾けているようだ。亀を殺害しようとする手が一斉に止まる。
「ちょっと試したいことがある」
ひと言そう言い、手にした亀をモンスターテイムのスキルで使役獣にすべく試みる。
「成功したっ!」
自分でも興奮をしているのが分かる。亀のテイムに成功した。成功を告げる声がつい大きくなる。
キュゥ
手にした亀が俺の顔を見上げて小さく鳴く。モンスターテイム レベル5は伊達じゃない、懐いたようだ。
次の瞬間、俺の右手が一閃し、握られたナイフが亀の首を通過する。
亀の頭が重力に逆らうことなく床へと向かって落ちていく。頭を失った首から血が噴き出す。手強かった魔物にとどめを刺した瞬間だ。
何だろう。成功したのだが罪悪感が半端ないな。
今まで魔物や敵を容赦なく
「凄いです、ミチナガさん」
「やるじゃないの」
「凄いな、どうやったんだ?」
「素晴らしいです、ご主人さま」
「凄い、凄ーい。ミチナガー、凄い」
皆が感心しながら口々に賞賛の言葉を発している。その一つ一つが胸に突き刺さる。
天啓とも思えたあの瞬間の高揚感は何だったんだろう。今は罪悪感と後悔の念でいっぱいだ。
「本当だ。大したもんだ。どうやったのか教えてくれ」
ボギーさんがもろ手を挙げて賞賛をしてくれる。
「え? あ、ええ……大したことじゃありませんよ……」
「どうやったんですか? 教えてください」
「そうよ。皆、苦労してたんだから。教えなさいよ」
言いよどむ俺に向かって、尚も黒アリスちゃんと白アリが聞いてくる。自分たちが散々苦労をしたためだろう、言葉だけじゃない、その目には賞賛の色が見える。
「――――で、油断をしたところを、こう……スパッと」
出来るだけ平静を装い、モンスターテイムで懐かせて油断をしたところで仕留めたことを伝えた。
「え?」
先ほどまで肘で俺のわき腹を突いて、笑顔を向けていた白アリが真っ先に声を上げる。その顔からは表情が消えている。
「それは、ちょっと……」
「騙し討ちですね」
「信じて心を開いた瞬間に……か……」
「さすがに……ちょっと可哀想ですね」
白アリに続いて、次々と戸惑いの声が発せられる。先ほどまでの連帯感のなか、一緒になって亀の殺害を試みていたメンバー全員がドン引きである。
メロディでさえ、顔を蒼ざめさせて唇を震わせている。
「まあ、なんだ。他に手段がなく行き詰まっちまって、思考がおかしな方向に向くことはあるよな」
ボギーさんがフォローにならないフォローを苦し紛れに入れてくれるが、どう考えても逆効果にしか思えないのは俺の被害妄想だろうか。
「あ、あのう……ありがとうございます。私のためにやってくれたんですものね」
黒アリスちゃんが勇気を振り絞るようにしてお礼を言うと、しゃがみ込んで地面に転がった亀の頭を拾い上げる。亀の頭を両手で包むようにして抱え俺に笑顔を向けた。そしてさらに続ける。
「私、この亀さんを大切にします。ミチナガさんが辛い思いをしてまで殺してくれたんですもの」
どこか無理をした笑顔であることは明白だ。それでも必死に笑顔を俺に向けている。
やっぱり、良い子だよな。
黒アリスちゃんの必死の笑顔に俺も出来るだけ穏やかな笑みを返す。
俺の手には首を落とされた亀が未だに血を
事情を知らない人が見たら、事情を知ろうとする前にドン引きだろうな。そして事情を知ったらさらにドン引きと。
黒アリスちゃんは無言で俺の手にある亀の胴体へと手を伸ばして受け取ると、拾い上げた頭を本来の位置に戻して闇魔法を発動させた。
傷口が塞がっていく。
切断された亀の首が再びつながる。虚ろだった眼に光が戻ってきた。
キュゥ
死の直前に俺に向けて発したのと同じ泣き声を、今度は黒アリスちゃんに向けて発している。
良かった、目的は達した。
「使い魔になりました。ありがとうございます」
固さの取れた笑みだ。
黒アリスちゃんの血だらけの手のひらの上で元気に動く亀を見て少しだけ救われた気がした。
◇
残る九匹の亀の処遇だが、俺が三匹、白アリが二匹をそれぞれテイムし使役獣とした。
この正体不明の亀を使役獣とすることに意味があるのかは疑問の残るところだが、可能な限り生きた状態で連れ帰ることで意見の一致をみた。
残る四匹のうち一匹はボギーさんが使い魔とし、三匹は素材になってもらった。
ちなみに、四匹の殺害は俺と白アリで二匹ずつ分担している。
当然ながら亀の殺害を白アリは泣いて嫌がったが、そんなものを聞き入れる訳はない。俺だって道連れは欲しい。
パーティーのためとの名目で説得し、白アリも文字通り泣く泣く承諾をした。
心を
これまでで最も辛く苦しい戦いだったな。
普通ならここで戦いを振り返るのだろうが、振り返りたくない。
「過ぎたことは忘れて先を急ぐことにしようか」
先をうながす俺の言葉に白アリが気持ちよいくらいに力強い言葉で同意をし、その後に黒アリスちゃんとメロディ、マリエルが続き、若干遅れて皆の言葉が続く。
今ひとつ士気が低い気がするが気にしないようにしよう。
ダンジョン攻略はすぐそこだ。
およそ三十分のロスの後、俺たちは二十三階層へと続く階段を下りた。
後、四階層でダンジョン攻略だ。
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