第157話 四聖獣

 二十三階層へと続く階段の直前、少し広い場所で休息を取り終え、皆が出発の準備をしているなか、人一倍忙しそうに動き回っているライラさんを呼び止めるように声を掛けた。


「アンデッド・オーガの素材の分配ですが――――」


 休憩の最中に話し合ったアンデッド・オーガとオーガの素材、主に角と牙、それに魔石の分配についてアイリスのリーダーであるライラさんに切り出す。


「アンデッド・オーガの角は七本を俺たち――つまり、ひとり一本ずつが俺たちの取り分で、一本をラウラ姫に譲渡して、残りの四本をライラさんたちアイリスの取り分としたいのですが構いませんか?」


「随分と気前が良いのですね。事前の取り決めの二割を上回っているので私たちに異存はありません」


 俺の顔を驚いたように見た後、クスクスと笑いながら同意をしてくれた。

 

 気前が良いのはラウラ姫に譲渡したことか、アイリスの取り分を増やしたことか気になったが、とりあえずそれには触れずに話を進める。


「魔石については当初の取り決め通りに俺たちが八割でそちらが二割、普通のオーガの角は俺たちが八本、そちらが十二本でラウラ姫の侍女二人に一本ずつで後は換金後に分配でどうでしょうか? 何か欲しい素材があれば配慮するので遠慮なく言ってください」


 俺たちの取り分である八本は、ボギーさんと聖女、ロビン、さらにメロディとティナ、ローザリア、ミレイユ、アレクシスの分だ。


「え! ありがとうございます。ですが、さすがにそれでは私たちが貰い過ぎています」


 先ほどの言葉だけでなく、「アンデッド・オーガの角の分配だけでも十分過ぎます」と付け加え、こちらの申し出た分配を辞退する姿勢を崩さない。


「いえ、聖女の実験もこの分配をある程度想定してやっていたことなので、気にしないで受け取ってください」


 意外なことにこれは事実だ。

 この意外な事実を交えながら、厚意の押し売りで無理やりにライラさんを納得させた。


 オーガの角で出来た武具、多いのは短剣やガントレット、皮膚などの表皮の硬化分がレッグアーマーなどだが、これらはオーガを倒した証しとして箔が付くので探索者には人気が高い。

 理由は、素材そのものが魔力の伝導効率が良いことと魔力を通すことである程度の自動修復が可能であること。さらに複数個の魔石により効果を付与できる実用面もある。アンデッド・オーガの角で五つの魔石、普通のオーガの角でも二つの魔石による効果の付与が可能なことだ。


「牙のほうですが、こちらは特に分配数とか気にしないので必要な数を言ってください」


 次いで人気が高いのがオーガの牙だ。上あごの二本の牙は長く、角と同等の強度――鋼並みの強度がある上、魔力を流すことで自動修復が可能だ。

 問題は長いとはいっても牙なので精々が二十センチメートルから二十五センチメートルと短いことと加工が難しい。加えて、魔石による効果の付与がひとつしかできないことだ。これはアンデッド・オーガの牙でも同様である。


「いえ、牙は先ほどアンデッド・オーガの下あごの牙をひとり一つずつ頂きました。それでお守り代わりのネックレスを作るのでそれで十分です」


 左手を胸の高さに上げて「もう十分です」といった仕種をみせている。


 よく見れば、笑顔を浮かべてはいるが引きつっている上に、気のせいか顔色も悪い。

 続きは後にするか。


 アイリスのメンバーを見ても、ライラさんが俺と話し出して指示が中断された途端、別にサボっている訳ではないのだが、目に見えて動きが悪くなっている。

 ちゃんと働いているのは奴隷たちと光魔法を使う、ミランダくらいなものだ。


「ミチナガー、いたよ。壁に張り付いてる。苔を食べてるよー」


 マリエルの声に俺を含めた半数以上の者が、三メートルほどの高さに浮いているマリエルのことを振り仰ぎ、続いてその指差す方へと視線を走らせた。


 マリエルの指差す先、右側の壁の天井付近で光る苔を食べている亀がいた。見た目には日本でみた石亀にそっくりだ。

 亀って壁や天井を歩けるんだ。異世界の亀って凄いな。


「亀? 何で亀?」


「亀ですね……」


「亀が壁に張り付いている」


「壁を歩いてますね。あれ、天井も歩くんでしょうか?」


 口々に同じようなことをつぶやき、壁に張り付いた亀も漫然と見つめている。


 亀だからなのか、捕食をしながらなのか、歩みは遅い。

 あれなら簡単に捕まえられそうだな。


「マリエル、不用意に近づくなっ! 危険だからこっちへ来い」


 自分で作った剣を構えてフラフラと亀に向かって飛んでいるマリエルを思わず厳しい口調で押し止め、亀を鑑定する。


 俺の厳しい声に固まっていたマリエルがもの凄い勢いで飛んできた。

 アーマーの中に滑り込むマリエルをそのままに亀に意識を傾ける。


 重力魔法 レベル1

 空間魔法 レベル1

 魔力乱反射 レベル5

 硬化 レベル5


 なんだかもの凄く嫌な感じの魔物だな。少なくとも初めて見る魔物だ。ギルドの資料室の文献にも載っていなかった。


「レベル5か、奪えネェな。いや、それ以前に特殊スキルか。いずれにしても無理だな」


 ボギーさんも鑑定をしていたようだ。

 そう、レベル5のスキルを奪えるのも、どうやら俺だけらしい。これも「切り札」の恩恵だ。もっとも特殊スキルはレベルに関わらず奪えないのは一緒なのだが。


「試しに弱い魔法を撃ち込んだり石とか投げつけたりしてみましょうか?」


 黒アリスちゃんが視線を亀に固定したまま、足元の小石を拾うために屈む。


「いや、俺とテリーで試してみるよ」


 黒アリスちゃんをジェスチャーで押し留め、テリーへと視線を向けるとテリーも了解するように静かに首肯した。


「いつでもいいぞ」


 テリーが黒アリスちゃんの拾った小石を受け取り、右肩を大きく回して準備運動をしている。


「その前に、あの亀のことを知っている人いますか?」


 ここまで誰も亀の正体に触れなかったのであまり期待をせずに周囲に視線を走らせる。

 予想通り、皆が視線を泳がせるようにお互いに無言で視線を交わしている。


「やろうか。じゃあ、テリーから頼む」


 俺の言葉にテリーが軽く肩をすくめて、亀に向けて小石を投げつけた。

 

 ◇


 結果、魔力乱反射は火球や水弾、風の刃、重力弾などの魔力を変質させたものや魔力による質量増加や加速が伴ったものをランダムに反射させる。

 硬化は甲羅などの外骨格や皮膚などの表皮の硬化させることが分かった。


 試しに魔力を変質させるのではなく魔力で生成して作った鋼の弾丸を爆裂系火魔法で弾き出した。魔力乱反射の影響を受けずに鋼の弾丸は甲羅に到達する。

 しかし、甲羅の硬質化がされていたのだろう、あっさりと弾き返されてしまった。


「どうする? 無視して進むか? 探し出して仕留めるか?」


 壁を悠々と這う亀を見上げながら、テリーが面倒臭そうに聞いてきた。


「あのう、よろしいでしょうか?」


 ティナに伴われたアレクシスが遠慮をしながら、テリーに発言の許可をもとめるように小さく右手を挙げている。 


「どうした?」


「今しがた思い出したのですが、あの亀の甲羅が村長の家に代々伝わる伝説の盾によく似てます。形もですが魔力を通すと硬くなるのと魔法を弾くのがそっくりです」


 テリーの言葉を発言の許可と受け取ったのだろう、アレクシスがときどき亀に視線を向けながら話をした。


 転移者全員がお互いに視線を交わしながら目配せをする。

 あの亀は役に立つ。

 俺はそう思っているが他の人はどうだろう? 正直なところ、視線を交わしたり目配せだけでお互いの複雑な考えを理解したりするのは難しい。


「あの亀、欲しいです。出来れば使い魔にしたいくらいです」


 珍しくキッパリとした口調で黒アリスちゃんが挙手をしながら主張をした。


「へー、何か使い道を思いついたの?」


「ワイバーンとフェニックス、アーマードタイガーが既にいるので亀が加われば全てそろうんです」


 テリーの疑問に満面の笑みで答え、玩具を見る子どものような目で壁をノロノロと這い回る亀を見上げている。


 く、くだらねぇ。大体それって、使い道でもなんでもないだろう。

 そんな思いは口には出せない。もちろん、表情や態度にも出せるはずはない。いや、よく考えろ。実年齢もまだ十五歳の女の子だ。四聖獣がそろうならそりゃあ欲しいよな。


「よし、先ずは捕まえよう。みんなでいろいろと試してみようか」


 その場の大半の人たちが、返す言葉を捜しているであろうなか、亀を見つめて目を輝かせている黒アリスちゃんの肩を優しく抱き寄せて、精一杯の二枚目風の笑顔を向ける。


「ありがとうございます」


 一瞬キョトンとした顔で俺のことを見上げ、すぐに頬を桜色に染めていつもの可愛らしい笑顔を向けてくれた。


 別にテリーに触発された訳じゃないが、こういう笑顔を見ると頑張ろうって気になるよなあ。

 亀の捕獲方法そっちのけでそんなことが思考を支配していた。

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