第156話 解体作業と聖女の実験
凍てついた広間に足を踏み入れると、一体のオーガが壁に張り付けられたように手足を壁の中に埋め込まれてる姿が目に飛び込んできた。
そのオーガを前にして聖女が妖しげな笑みをたたえて哀れなオーガを見つめている。
異様な光景だ。
身体の半ばまで氷漬けになり身動きできずにいる瀕死のオーガ十三体よりも異様な光景だ。
少し寒いな。強力な凍結系火魔法を使ったせいか気温がかなり下がっている。
吐く息が白い。
光球で明るく照らし出された氷の部屋を見渡しながら慎重に進む。
床は渦を巻いていた状態のまま凍りついていて、一面が美しい透明に近い氷で覆われている。壁や天井は白く凍てついている。その凍てついた薄く白い氷の下から光る鉱石の淡い光が乱反射させるように輝いている。
身体の半ばまでを氷漬けにされた十三体のオーガの死体と岩に埋め込まれた一体のオーガを見なかったことにすれば幻想的で美しい光景だ。
氷に覆われた部屋の右側へ視線を走らせる。
ほぼ垂直にそそり立っている右側の壁から漏れる光は他の壁面よりも一際美しい。
その美しさに感動してため息を漏らしているだろうか? 垂直にそそり立った壁を白い息を吐きながらラウラ姫が見上げている。
その傍ら、左右からラウラ姫を挟むようにしてセルマさんとローゼも同じように見上げていた。
視線を右側から中央よりへと移す。
いた、ライラさんだ。
部屋の中央より少し奥でオーガの左胸に突き立てた大剣を引き抜いていた。とどめを刺して回っていたのだろう。
「オーガの雌なんてはじめて見たよ」
「やっぱりオーガだけあって雌も筋肉が凄いね」
部屋の中央付近、既にとどめが刺されている雌のオーガを珍しそうに覗き込んでいるアイリスの二人の横を通り過ぎ、アイリスのリーダーであるライラさんのもとへと向かう。
「とどめは?」
「終わりました。これが最後の一体です」
俺の質問に、大剣の血糊をふき取っていたライラさんがにこやかに即答をした。
「ありがとうございます。ところで、雌のオーガって珍しいんですか?」
「そうですね、珍しいですよ。でも、特に価値があるとかではありません。価値でいえば雄のオーガのほうが価値があります。角と……そのう、睾丸がありますから」
顔を赤らめこそしなかったが、幾分か言い辛そうだった。
「ありがとうございます。じゃあ、うちのメンバーに声を掛けたら第二段階に入るのでラウラ姫一行をお願いします」
第二段階に入る準備のため、ライラさんにお礼を述べてチェックメイトのメンバーを呼び集めた。
◇
◆
◇
広間の中央で俺と白アリ、黒アリスちゃん、聖女、ボギーさん、ロビン、メロディの七名が円を描くようにして立つ。
垂直にそそり立った壁際にはラウラ姫一行とそれを包囲するように、アイリスの娘とその奴隷たちが盾を構えて緊張した面持ちでこちらを見ている。
ラウラ姫はもちろん、セルマさんやローゼも気になるのだろう、アイリスの娘と奴隷たちが構える盾の隙間からこちらを覗き込んでいる。
その顔に笑みはない。やはり緊張をしているようだ。
奥の壁には一命を取りとめたオーガが両手両足と顔を除いた上半身を壁に埋め込まれて身動き出来ない状態となっていた。
早い話が、聖女に生きたまま睾丸を抜かれるのを座して待っている状態である。もちろん、そのままでは、暴れないまでも騒がしいので闇魔法で眠らせてある。
「じゃあ、はじめようか?」
俺の言葉に黒アリスちゃんが静かにうなずき足元に視線を落とす。
足元には改めて身体の半分以上を氷漬けにされたオーガの死体が横たわっている。
「行きます」
そう言うと闇魔法を発動させた。
足元に横たわったオーガの左胸の傷がみるみる塞がっていく。氷の中に埋まっている手足の凍傷も治っている。もっとも治った端からまた凍傷になりそうだが。
「グガァーッ!」
オーガの死体が突然目を見開き
氷漬けの身体を必死に動かそうとしている。
アンデッド・オーガの誕生だ。
「さすが黒ちゃん。お見事っ」
白アリが咆哮を上げるアンデッド・オーガをキラキラした目で見ながらはしゃいでいる。
「すまねぇな。再生レベル3を取らせてもらうぜ」
そう言うと、ボギーさんは咆哮を上げ必死にもがくアンデッド・オーガの額に右手でそっと触れた。
火の点いていない葉巻が落ちそうで落ちない微妙な感じでボギーさんの口元が緩む。
アンデッド・オーガの再生レベル3のスキルが消えた。奪取に成功したようだ。
「じゃあ、さっさと終わらせて次に行こうか」
ボギーさんがアンデッド・オーガから離れるのを待って、俺と聖女、白アリ、メロディが光魔法でアンデッド・オーガを
光魔法レベル5が二人、レベル3がひとり、レベル5を借用する者がひとり。高レベルの光魔法による集中砲火の中、アンデッド・オーガが即死した。文字通り瞬殺である。
同様に残る雄のオーガを身動きできない状況にした上で、次々とアンデッド化し端から高レベルの光魔法の集中砲火により一瞬で
もはや流れ作業でしかない。
オーガは二度死ぬ。
そんな意味不明な単語が頭をよぎる。たった今死んだばかりなのにアンデッドとして蘇り即死をする。自分でやっておいてなんだが考えてみれば酷い話だよな。
十三体目のアンデッド・オーガを
ラウラ姫一行とアイリスの娘たちとその奴隷たちもこちらへと駆け寄ってきた。
◇
今回、素材として取り引きできない部分のほうが多いこともあり、アンデッド・オーガの解体を行うことにした。
とはいえ、俺たちが解体作業をする訳じゃない。アイリスの所有する奴隷たちと自分たちの所有する奴隷たちに丸投げである。
十四体いたはずのオーガが、なぜか十三体のアンデッド・オーガの死体と一体の生け捕られたオーガとに変わってたことに混乱をしていたアレクシスも、ようやく落ち着いたようでティナに付き添われてアンデッド・オーガの解体作業に加わった。
顔色のほうは相変わらず悪いが取り乱すような様子はない。
アンデッド化させてしまうと素材として利用できる部分が大幅に減るそうだ。それはオーガも例外ではない。
オーガであれば、角と睾丸、表皮、骨の一部が素材として市場に出回っている。内臓や肉も一部の地域では使役獣や家畜のエサとして利用されている。
しかし、アンデッド化すると角と表皮、骨の一部しか素材として取り引きされない。
だが、角と表皮は十倍以上に跳ね上がる。何よりも魔石の価値が上がる。その希少性もあるのかもしれないが、通常のオーガの魔石に比べて百倍以上だ。
オーガが目を覚ますのを待っていたのか、ティナとアレクシスが解体作業に加わったのを見計らってかは分からないが、聖女が揚々とアイリスの所有する奴隷を二人ほど連れて、生け捕ったオーガの方へと歩いていく。
オーガも身動き取れないのに近づいてくる三人の女性を威嚇し、身体の動く部分を何とか動かして脱出をしようとしている。
聖女はそんなオーガの威嚇や抵抗など意に介さずにズンズンと近づいていく。
連れられていく二人の奴隷は顔面蒼白だ。
何となくだが、予想通りのことが行われるような気がする。
聖女に連れられてオーガの前に到着した二人の奴隷、ひとりは解体用のナイフ、もうひとりはマジック・バッグを持っている。
「ウガーッ!」
痛みに怒り狂っているのか、屈辱に怒り狂っているのか、オーガの悲痛な叫び声が広間に響き渡る。
生きたままヤル必要があるのかはなはだ疑問だ。
オーガの前に進み出た聖女の右手が淡く光りだす。
え?
かなり強力な光魔法が発動している。再生の光魔法?
「やったっ! やりましたよ。重要器官の部位欠損も魔力を多く注ぐことで治癒再生ができましたよ」
聖女がガッツポーズをしながらこちらを振り返り、珍しく大声で伝えてきた。よほど嬉しかったのだろう、かなり興奮をしているようだ。
オーガの再生能力を以てしても部位欠損は再生できない。それを光魔法で実現させる実験だったのか。
それはまあ、生きたままの必要があるか。
だが、それって、オーガの再生能力と高レベルの光魔法を魔力過多で行使するのが相まってじゃないのか?
聖女の喜ぶ顔を見ていると言うのが躊躇われる。せっかく喜んでいるので今はそっとしておこう。
その後、眼球の部位欠損と角の部位欠損の再生実験にも成功した。
そこまでは良いのだが、その後も抜いては再生を何度も繰り返し、その都度オーガの悲痛な叫び声が響きわたった。
なるほど。この方法なら、高レベルの光魔法と高レベルの魔法操作、そして多量の魔力さえあれば素材が採り放題である。
しかし、貴重な高レベルの光魔法をこんなところで無駄遣いさせる訳にはいかない。
なにしろ、今日中にあと五階層を攻略する予定だ。
もちろん、それだけが理由ではない。
目を背けていてもオーガの悲痛な叫び声は嫌でも聞こえてくるしツイ想像をしてしまう。
自分たちの精神衛生上の問題もあり、何とか聖女を説得して実験を思いとどまらせることに成功した。
このとき、傍らに立つ奴隷の手には二十二本のオーガの角とそれの倍ほどの抜いたモノが入ったマジック・バッグがそれぞれ抱えられていた。
しかし、よくあんなモノが四十四個も入ったマジック・バッグを平然と抱えてられるな。いや、それ以前にひとりで四十四個も取り出したのか。まあ、奴隷なんで拒否権なんてないんだろうが。貧乏クジだったな、気の毒に。
何となく、自分の股間を庇うように身体ごと目を背けてしまった。
結局、ここで手に入れた素材は、アンデッド・オーガの角が十二本、上あごの牙が二十四本、表皮が十四枚、骨。さらにオーガの角が二十二本、上あごの牙が四十四本、その他諸々である。
肉と内臓は持ち帰らずに炭にしようとしたのだが、アイリスの娘たちがマジック・バッグへ詰め込んでいた。
さあ、気を取り直して次の階層に進もうか。
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