第155話 オーガ殲滅戦
オーガたちがくつろいでいるホールのような大空間の五メートルほど手前で、壁に身を寄せるようにして息を潜め中の様子を再確認する。もちろん、風魔法、空間魔法、重力魔法を併用して音や声がオーガたちに届かないように配慮をしている。
空間魔法が使える者の半数が中の様子を視覚を飛ばして確認し、残る半数は周辺の警戒を行う。
「ウエーッ! 大きなトカゲを生きたまま、丸かじりしてるよ。ウワッ! 血が噴き出した。隣に座っているオーガが内臓を引っ張り出してるよー」
マリエルが両手で顔を覆うようにして、空中でジタバタと奇妙な動きをしている。空間感知で視覚を飛ばしているので手で顔を覆ったところで意味はないのだが気持ちの問題なのだろう。
「トカゲがピクピク動いてますよ。こうやって見ると「踊り食い」ってもの凄く原始的というか野蛮に見えますね」
マリエルとは対照的に淡々とした口調で聖女が実況中継をしている。
「そうね、「活け造り」のほうが調理技術とか必要な分、文化的なイメージがあるわね。あーっ、なんだかお刺身が食べたくなってきた」
白アリが生きたままのトカゲにかぶりつくオーガを目の当たりにして、刺身に思いを馳せている。
実況中継を聞いていた人たちは、スプラッター耐性の高い人たちも含めて一様に嫌そうな顔つきをしている。
そりゃそうだろう。耐性が高いってだけでスプラッターが好きな訳じゃないからな。
「人型の魔物とはいえ、人間を丸かじりするような魔物なんだから生きたままのトカゲを丸かじりくらいは仕方ないよね」
「ゴブリンやオークですら火を使うのに、オーガって本当にバカだよ」
「でもほら、その分体力も精力もあるから」
「そうね、睾丸は精力剤の素材としてゴブリンやオークよりも高く売れるもんね」
「ゴブリンやオークの睾丸抜きは見習いのときに散々やらされて毎晩泣いたなあ」
「本当、乙女に睾丸抜きさせるとか酷いよね。あたしなんて当時まだ十三歳だったんだよ。そこから丸二年、つらかったなあ」
「オーガのは抜いたことある?」
「ないない。ゴブリンのだって気持ち悪いのにオーガなんて想像もしたくないわ」
「チェックメイトの人たちと一緒だと獲物の運搬や解体を気にしなくて良いから助かるわ」
「本当、感謝してます」
アイリスの娘たちが、世間話のように自分の苦労話とオーガの陰口を叩いている。
もはや会話の内容が乙女のそれとはほど遠いな。
それはまあ良いのだが、ラウラ姫がそれを横で聞きながら学習をしているのか、たった今聞いた内容を噛み締めるようにコクコクとうなずいている。
頬が幾分か赤らんでいるのは内容を理解しているからだろう。さすが貴族だ、いろんな意味で教育が行き届いている。
「教育係とか友人ってのは大切だネェ。特に学習能力の高いうちはな」
視線をオーガのいる大空間の入り口に固定したまま、ボギーさんが楽しそうにつぶやく。そしてそのまま魔法銃を取り出し臨戦態勢に移る。
「フジワラさん、雄のオーガを一体でよいので生け捕りにしてもらえませんか? ひとつ試したいことがあるんです」
立ち上がろうとする矢先に、聖女が俺の左後方から自分の双丘の右半分を押し付けるように身体を寄せて耳元で吐息混じりにささやく。
せっかくの感触だが周囲の目もあるし状況が状況だ。
断腸の思いで叱りつけるために振り返ると、間近に聖女の顔があった。妖しく目を潤ませた美しい顔である。
「ねぇ、お願いしますぅ」
目を潤ませたままさらに身体を密着させてくる。
幼い感じのする口調に、ロリ顔ロリボディのひいらぎちゃんの姿が頭をよぎる。
いや、
この女、絶対に良からぬことを考えている。
さっきの、「踊り食い」とか「活け造り」「刺身」「睾丸抜き」の話の直後に「雄のオーガを生け捕り」って……さては生きたままのオーガから睾丸を抜くつもりか? いや、まさかな? 否定しきれないところが仲間として知人として辛いところだな。
「ねぇ、良いでしょう? お願いします」
「分かった、一体だけな。それとこのダンジョンを攻略してしまいたいから手短にな」
なおも擦り寄ってくる聖女を無理やり引き剥がし、この場を手っ取り早く収めるために半ば投げ遣り状態で承諾をした。
嬉しそうにお礼を述べて後方に下がる聖女と入れ替わるように、今の話を横で聞いていたテリーが近づいてきた。
「聖女が「睾丸の活け造り」を試しに、とか言って差し出してきたら責任持って食べろよ」
楽しそうな笑みを浮かべたテリーはそれだけ言い残すと
何だよそれっ! さすがにその発想はなかったな。
だが、冷静になって考えてみれば精力剤なんて男が食べたり飲んだりするものだよな。となるとターゲットは俺たち四人か?
背筋に冷たいものを感じながら、すぐ後ろにいるロビンに視線を走らせると「私は要りませんよ」とでも言うように両の手のひらをこちらに見せてゆっくりと首を横に振っていた。
残るはボギーさんだけだ。急ぎ、二列目にいるボギーさんへ視線を向ける。
「冷静になれよ。出されたからって別に食べる必要はないだろうが」
話を聞いていたのだろう。こちらを見ていたボギーさんが半ばあきれた様な表情と口調でささやいた。
確かにそうだ。
何も出されたからと言って食べる必要はない。それにそんなものを出してくるとも限らないしな。
「確かにそうですね、面目ありません。じゃあ、行きましょうか」
ボギーさんに小声で返事をして、後方のメンバーに向けてジェスチャーで前進を合図した。
◇
「いるいる。のんきなもんだネェ」
ソフト帽子をわずかにずらしてオーガたちの様子を直接覗き込み口元を緩ませている。
「いくら強いとはいっても、所詮は魔物ですからこんなものでしょう」
水の精霊などと自称する欠食児童が、オーガたちが喰い散らかしたトカゲの残骸を目の当たりにして、尚、両手にクッキーを持っている。
「じゃあ、やるか」
「頼む。念のため水が溢れてこないように床から一メートルの高さに重力魔法で障壁を作っておく」
「GO!」
「はいっ!」
テリーの掛け声に呼応してテリーと欠食児童の水魔法が、広間の外周から渦を巻くようにして空間を水で満たしていく。渦となった水はオーガたちの足を取り、その半身を水没させる。
「雷撃っ!」
俺の掛け声にボギーさんとメロディが無言で合わせる。
三人の雷撃が広間を縦横に駆け巡る。
雷撃の一部はオーガを直撃し、一部は渦巻く水へと吸い込まれていく。水へと吸い込まれた雷撃は水を伝ってオーガへと一瞬で到達する。
「凍結っ!」
白アリの凛とした声が響き、凍結系の火魔法が使えるメンバーが次々と凍結魔法を放つ。
渦巻く水がみるみる凍りついていく。
もちろん、水だけではない。オーガも薄っすらと白いものに覆われ動きが止まる。いや、何体かはそれでも氷から抜け出そうと、雷撃による痺れに抗いながら身体を動かしている。
当たり前の話だが動きが悪い上、筋肉が
あれでは抜け出る前に力尽きるな。
「ライラさん、聖女が指定する一体を除いてとどめをお願いします」
オーガたちにとどめを刺す役割、アイリスの娘たちのリーダーであるライラさんに声を掛けてからティナたちへ視線を向ける。
俺の視線を受けて、ティナとローザリアから小気味良い返事が返ってくるが動きが伴っていない。
よく見れば、ミレイユが床に座り込みアレクシスが蒼ざめた顔で固まっている。
オーガたちにとどめを刺しに向かうアイリスの娘たちと入れ替わるようにティナたちの方へと歩を進める。
「どうした?」
俺の後方からテリーが駆け寄り隣に並ぶ。
「すみません。今の戦闘で二人がショックを受けたようです」
アレクシスを気遣っていたティナがテリーに気付き、こちらへと向きなおりさらに続ける。
「そのう、厳しい戦闘を予想していたのにあっさり片付いてしまったことと、ご主人さまやフジワラさまをはじめとした、皆さまの魔法の威力に驚いたようです」
「そうかあ、失敗したなあ。もう少し威力のある魔法を見せておくんだった」
テリーが両手でその金髪をかき上げるようにして天井を仰ぎ見た。
「な、何なんですか? あの魔法は? あんな威力の魔法は見たことも聞いたこともありません。それも複数の人が次々と平然とした顔で魔法を放っていました。周りの人も全然驚いている様子もない……」
顔を蒼ざめさせて固まっていたアレクシスが、突然、
「私の住んでいた村の村長は、若い頃にブランカ王国で宮廷魔術師として活躍していました。それなりに名の通った魔術師です。その長老の魔法でさえ軽く
最後は涙をボロボロと流し、嗚咽の中に言葉が消えていった。
テリーが肘で俺のわき腹を突き、この場を少し離れるように目配せで伝えてきた。
「さっきはもう少し強力な魔法を見せておけば良かったって話をしたけどさ……」
二人でその場を数メートルほど離れるとテリーが話し出した。左手で金髪をかき上げて言いにくそうに続ける。
「アレクシスの村な、オーガの群に襲われて半壊したんだ。彼女はそのときに両親や兄弟も全員死んで身寄りはない。村の再建のために身寄りのなくなった未成年が十名以上売られたんだ。アレクシスもその中のひとりだ」
「オーガとの戦闘ってこともそうだが、自分たちがどうにも出来なかったオーガを一蹴したことに対する、理不尽さみたいなものもあったんだろうな」
テリーの話を鑑みて今しがたのアレクシスの様子を思い出す。
「少しずつオーガとの戦闘に慣れてもらうつもりで、今の戦闘もとどめの参加を見送ったんだが失敗したようだ。ミレイユのほうは単に戦闘経験が少ないから驚いただけだろう」
「オーガの対処は俺たちでやるから、テリーは二人が落ち着いたら五人で後からきてくれ。あの状況じゃあ、第二段階は見ないほうが良いだろう?」
どうせ聖女の実験で時間も取るだろうし、ラストスパートに向けて休息を取ることをテリーに伝え、聖女が変な料理を作っていないことを祈りつつ氷漬けのオーガたちの待つ広間へと向かった。
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