第154話 未踏の階層

 俺とテリー、マリエルとレーナを先頭に、二十一階層から二十二階層へと続く階段を慎重に下りていく。

 俺とテリーは空間感知を半径二十メートルほどに絞り込み、詳細な情報を取得することを最優先とする。視覚と聴覚による情報の取得はマリエルとレーナに担当してもらう。


 少し間隔を空けて俺とテリーの後方にボギーさんと白アリが続き、空間感知で広範囲の情報を広く浅く取得する役割だ。

 白アリもボギーさんも空間感知がレベル4になっている。二人とも尋常じゃない速度で空間魔法のスキルレベルが伸びているが、特にボギーさんのほうは目を見張るものがある。やはり、あちら側の異世界の「切り札」だっただけのことはあって、いろいろと優遇されている。


 まあ、優遇に関しては俺もそうなんだがな。

 ボギーさんは全属性の取得と成長速度、適性値、スキル全般の取得率に補正が掛かっている。俺は魔法の出力と操作、魔力量、適性値、そしてスキル全般の取得率に補正がある。


 このあたりのことは、毎晩夢に出てくる女神さまから寝物語代わりに聞きだした。


 そして、残念なことに俺は闇魔法を取得することが出来ないらしい。

 これは最初の登録時にランダムで取得することができる魔法属性が決定しているためだそうだ。正確には魔法属性には適性値が0から10までの十一段階があり、適性値0では取得できない。


 俺にとっての闇魔法がこれにあたる。最初からグレーアウトしていて取得そのものが出来なかった。

 あとは適性値が1から順に大きくなるにつれ、取得したときの初期レベル、成長速度、威力、操作が高くなる。例外はボーナスとして最初に取得した魔法スキルは適性値に関わらずレベルが5になる。


 俺の場合はボギーさんとは違い属性に対する補正はないので初期値のままなので闇魔法は取得できない。

 スキル強奪で取得することが出来なかったのもこれが理由だ。


 もっとも、転移者といっても、ロビンやテリーのように光魔法も闇魔法も取得できない人たちが、大半を占めることを考えると十分以上に恵まれているのは分かっている。

 転移者の取得した魔法スキルは平均すると三つほどらしい。なかには魔法スキルを一切取得できなかった者もいる。


 そう考えると、このメンバーはテリーとロビンの土・水・火・風・空間の五属性持ちがもっとも少ないのだから適性値そのものが異常に高い。

 結果として、適正――素養もあるが魔法スキルの取得が成功した者の集団ということになる。もっともロビンは初期では魔法スキルを一切取得できずに、強奪スキルで補ったのだが。


「他の階層とあまり変わらないな」


 床から天井へゆっくりと視線を移動させながらテリーがつぶやいた。


「若干、光を放つ鉱石が多い気もするけどあまり変わらないな」


 テリー同様に周囲をゆっくりと見渡しながら、慎重に通路を進む。


「まあ、未踏の階層だからといって、そうそう変わるもんじゃあネェか」


 後ろから、「期待外れ」といった感がありありと伝わる口調のボギーさんの独り言が聞こえてくる。


「光る苔がほとんどありませんね」


 ラウラ姫が天井を中心にキョロキョロと視線を巡らせながら不思議そうに言った。


 ラウラ姫のひと言で周囲の苔に意識を傾けて改めて観察をする。

 確かに苔が少ない。


「苔が生息するための環境が何か変わったのかしら?」


 白アリも不思議そうに疑問を漏らす。


「いや、どうやら苔を食べる生物か魔物がいるみたいだな」


 星空のように無数の小さな輝きを放つ幻想的な床から壁、天井へと光る苔がかじられた跡を目で追いながらさらに続ける。


「それも床だけじゃなく壁や天井まで届くようなヤツだ」


 先ほど、他の階層よりも光る鉱石の含有量が多いと感じたのは、光る苔が食べられて苔の下に隠れているはずの光る鉱石がむき出しになったからだろう。


「天井まで届くような大きな魔物でしょうか?」


 ラウラ姫が声を弾ませている。見れば、そこには警戒や怯えといった要素はまるで見当たらない。そればかりか期待に目も輝かせている。


 魔物に対して必要以上に恐怖心を持たれ、怯えられるよりはマシだが、あまりの緊張感のなさにこちらの方がいささか不安になる。


「皆、未踏の階層で何があるか分からないから注意をしてね」


 そのすぐ後ろで、アイリスのリーダーであるライラさんが緊張した面持ちでアイリスのメンバー全員に注意をうながす声を周囲に響かせる。


 ライラさんの注意に即答するのは彼女たちの抱える奴隷だけである。

 他のメンバーはジェスチャーで了解の意思は返しているが、慎重になる様子もなければ警戒をする様子もない。半数以上は談笑を続けている。


 そんななか、ライラさんがアイリスのメンバーのひとりひとりに個別に声を掛けていく。

 この人も苦労が絶えないのだろうな。


「大型の魔物の可能性もあるが、食べた跡を見ると壁や天井に張り付いて移動できる小型の魔物っぽいですね」


「そうですね。かじった跡も小さいですしね」


 黒アリスちゃんが壁に付着していた苔のかじり取られた跡をシゲシゲと観察し、その横でロビンが相槌を打ちながら同意をしている。


 この二人の予想は俺の予想と同じだ。

 この口の大きさで大型の肉食、或いは雑食や毒を所有している生物や魔物の可能性は低い。


「ライラさん、苔を食べる魔物に心当たりはありませんか?」


「何種類か知っていますが、このかじった跡で特定するのは無理ですね。それに私の知っている魔物とはかぎりませんし……」


 ライラさんも自信がないのだろう、最後はティナへ助けを求めるような視線を向けて語尾は消え入るようだった。


 ライラさんの視線の方向、ティナへと目で問いかけたが、俺に視線に対して静かに首を横に振るだけだ。

 やはり自信がないようだ。


「あと五階層で最下層到達だな。予定外だが、上手くすれば今日にも攻略できるんじゃネェか?」


 ボギーさんが肩を叩き、俺が振り向くのに合わせて、視線を俺から前方へと移動させる。ボギーさんの視線の先には宇宙空間のように数多あまたの星が瞬く神秘的な空間が広がっている。

 

 確かに、未知の魔物とはいえ脅威となる可能性の低い魔物に、あれこれと無駄な時間を割くよりも先を目指したほうが良さそうだ。

 俺はボギーさんに静かにうなずくと、アレクシスと会話中のテリーの肩を叩き再始動をうながす。そして再び一緒に先頭に立って未踏の階層を先に進んだ。


 ◇


「この臭いはオーガです、多分」


 メロディが、列の中ほどから駆け寄り、俺の隣に並んで緊張した様子でささやいた。


「数は分かるか?」


 メロディへ質問を返し、テリーへと目配せしながら空間感知の範囲を広げる。


「すみません、数までは分かりません。それに臭いなので移動してしまっている可能性もあります」


「ありがとう。よく知らせてくれた、それで十分だ」


 申し訳なさそうに尻尾と耳も含めてうなだれるメロディの頭を軽くなで、テリーと白アリ、ボギーさんへ前方への警戒をうながすハンドサインを出す。


 オーガは前方十数メートルほど先から右に大きく弧を描くように伸びている、通路のさらに先に広がる大きな空間に十四体ほど集まっているのを空間感知で確認をした。

 視覚を飛ばすと、十四体のオーガが集まってくつろいでいる姿が見えた。


「この先の大空間、道程みちのりにして三百メートルほど先で十四体のオーガがくつろいでいる」


 オーガを確認したことと、全員に静かにするようにジェスチャーを伴って告げる。


「なるほど、くつろいでやがるナ。こいつは珍しい光景だ」


 ボギーさんの口元からわずかに笑みが漏れる。


「本当だ、くつろいでる。ということはこの階層でオーガの脅威になるような魔物はいないのか?」


「そんなことよりも敵が油断していることのほうが重要よ。不意打ちしましょう」


 テリーの疑問に間髪入れずに白アリが現実的な行動案を提示した。


「良いですね、賛成です」


「不意打ちしましょう」


「不意打ちですね」


 白アリの提案に、黒アリスちゃん、聖女、ロビンが、すかさず小声だが弾んだ口調で同意を伝える。そして、その目はあたかも罠にはまった獲物を見るような勝利を確信した目だ。

 さらに、アイリスの娘たちも口々にささやくような声で賛意を示していた。


 そんなやり取りに、ラウラ姫は小さな子どもがヒーローを見るような憧れの視線を向け、そんな様子を横目に見ながらボギーさんは笑いを必死に堪えている。


「確かにその通りだ。このチャンスを活かそうか」


 白アリの返しに降参の意味を示したのだろう、テリーが両手を肩の高さに上げて苦笑をする。


 俺自身もこのチャンスに不意打ちをすることに否などあろうはずがない。

 全員一致でオーガへの不意打ちが決まった。


 十四体のオーガ。普通なら一級と呼ばれる探索者のパーティーでも、大型の魔物用の装備をしていない限り撤退を即決するのには十分な数だ。

 或いは、毒や睡眠、落とし穴といった敵の攻撃力を大きく奪うような薬物や罠を準備しているか、複数名の強力な魔術師をようしているかだ。


 これが人里離れた屋外なら広域の爆裂系火魔法と火炎系火魔法で先制攻撃をして、趨勢すうせいを決めてしまう。

 だが、ダンジョン内なので自分たちが生き埋めになる可能性のある戦法は選択できない。


 込み入った作戦を立案する時間もない。

 幸いにして半数は床に寝転がり、半数は座っている。立っているオーガは一体もいない。


 オーガの状況を改めて確認して笑みが漏れるのが自分でも分かる。


「テリー、水の精霊ウィンディーネ、先制攻撃でオーガがくつろいでいる空間を水で満たしてくれ」


「お任せください」


「了解だ。水攻めのあと凍結系火魔法で、身体の半分を氷漬けにして身動きできなくするんだな?」


 水の精霊ウィンディーネとテリーが即答をする。


「いや、その直後に俺とボギーさん、メロディで雷撃をお見舞いする。その後にテリーの言うように、残りのメンバーが凍結系火魔法でオーガの半身を氷の中に閉じ込めよう」


 全員で円陣を組むように集まり俺のざっくりとした作戦に静かに首肯をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る