第152話 ダンジョン・アタック

 ギルドで教えてもらった、初心者向けのダンジョン、通称「北の迷宮」へ来ている。

 全員でだ。


 そう、俺たち転移者七名と奴隷が五名、アイリスの娘たち六名とその奴隷も六名。これに加えてラウラ姫とセルマさん、ローゼ。

 初心者向けのダンジョンに総勢で二十七名と水の妖精ウィンディーネ、フェアリー二匹に神獣なスライムのカラフルの大所帯で挑む。


 普通に考えたら笑われそうな一団だ。

 だが、ダンジョンの入り口を警備していたギルドの職員さんと衛兵は、ひと言、「観光ですか? 階層毎の階段付近にある看板に、注意があるのでよく読んでくださいね」とさわやかな笑みで見送ってくれた。


 この都市ではダンジョンを観光の対象としている。

 ダンジョンの入り口にいた衛兵のひとりが、護衛や騎士団を雇い入れて、ダンジョン観光をする貴族や富裕層には人気があるとも言っていた。


 俺たち一行もそんな貴族や富裕層の類と思われたようだ。

 いやまあ、あながち間違ってはいないのだが、何だろう、釈然としない気持ちと、胸の中に何かもやもやするものがある。それは俺だけじゃなく他のメンバーも同様だったようで、転移者組の七名は全員が苦笑いを浮かべていた。


 二階層目に降りると、一階層目よりも天井が高く通路の幅も広くなっている。

 トールの町のダンジョンや途中にあった廃村のダンジョンよりも明らかに広い。


 ここのダンジョンも他と同様に壁や天井に薄っすらと光を放つ鉱石が混じっているが、その光を放つ鉱石の含有量も倍以上ありそうだ。さながら、夜空に瞬く無数の星のように見える。

 ラウラ姫など、ダンジョンに入った途端、この星空のような天井や壁を見てため息を漏らしていた。


 だが、通路を見通すにはあまりにも弱い光だ。


 そんな星の瞬きのような淡い光の存在など打ち消すかのような、強烈な光を放つ光球で照らし出されたダンジョンの天井を、ラウラ姫と二人の侍女がほうけたように揃って見上げている。

 今度はダンジョン内の通路の高さと広さに驚いているようだ。


 俺も同じように天井を見上げる。

 一階層目は四メートルほどの高さしかなかったが、この二階層目の今見上げている天井はほぼ倍の高さ、七メートル以上ある。

 

 ラウラ姫も二人の侍女も知識では知ってはいても実際にダンジョンに潜るのは初めてだ。

 おそらくここまで広いとは予想もしていなかったのだろう。

 

 この北の迷宮は二年前に発見された新しいダンジョンだ。現在二十一階層まで到達している。ギルドでは比較的初心者向けのダンジョンとの説明はあったが実際に初心者向けの階層は十八階層までで十九階層以降は別のダンジョンに繋がったかのように難易度があがる。

 しかも、難易度は跳ね上がっても出現する魔物が素材としては魅力が少ないため、熟練の探索者たちは「東の迷宮」と呼ばれる、広くて野営がし易く、実入りの良いダンジョンへ潜っているそうだ。


「テリーさんたちは、昨日、初心者向けの十八階層まで潜ったんでしたよね」


 アイリスのリーダーであるライラさんが、昨日、ティナ、ローザリア、ミレイユ、アレクシスの四名を伴って下見をしていたテリーに確認をする。


「ええ、そうです。初心者向けとはいっても十八階層は相手の数が多かったのでちょっと手間取ったけどね」


 そう言いながら口元に笑みを浮かべ、得意げに昨日購入したばかりの銀髪のエルフ――アレクシスの腰を引き寄せた。


「いいえ、ご主人さまは素晴らしい魔術師です。私の里にもご主人さまほどの凄腕の魔術師はいません」


 アレクシスのテリーを見上げる双眸そうぼうは尊敬と憧れに満ちている。


 テリーのほうも心得たもので、周囲の視線などお構い無しに、アレクシスの腰に右手を回したまま、左手を彼女の頬に添え軽くキスをする。

 アレクシスの抜けるような白い肌が見る見る桜色に染まっていく。


 さすが、「昨日は図らずも、昼のダンジョンと夜のベッドで俺の強さを知られちゃうことになったよ」とにやけながらつぶやいていただけの事はある。


 そして、周りの連中、特に女性陣はアイリスの娘たちも含めて、完全に無視をしている。


 最近では冷たい視線はおろか、


「よそでやってよ」


「少し気を使ってください」


「ひとり貸してください」


 などと言った注意する言葉もない。全員が何も見えない状態である。


 テリーのほうも慣れたのか、諦めたのかは知らないが遠慮なくやりたい放題である。


 悔しくなんかないぞ。

 あれから毎晩、フェアリーの加護など関係無しに女神さまが夢の中に現れてくれているんだ。顕現はしてくれないけど……悔しくなんかない。

 

 俺も目指しているハーレムを着実に形成しつつあるテリーのことを無理やり意識の外へと追いやる。

 ……三日おきに自由に相手を選べるはずのフェアリーの加護が、いつの間にか女神さま一色になっているような気もしないでもないが、深く考えるのはやめよう。


「ミチナガー、コボルドがいるよー」


 再び夢想しだした俺の意識を、頭上から響くマリエルの警戒の声が現実に引き戻す。

 本日、初遭遇の魔物だ。


「アレクシスにやらせてくれないか?」


 テリーが百メートルほど前方で固まっている三匹のコボルドを見据え、その横で銀髪のエルフが矢を番えている。


 俺がうなずくのと同時に矢が放たれた。即座に二の矢、三の矢と放たれる。三連射だ。

 多少のぎこちなさはあるが十分に実戦で通用する連射速度である。


「当ったりー」


 マリエルの声に続いてコボルドたちが崩れ落ちる。


 二匹は頭部を射抜かれ、残る一匹は心臓を一撃だ。弓術レベル3に加えて狙撃と集中、そして風魔法で軌道修正と加速をさせていた。

 物理的な遠距離攻撃なら既に俺たちの中でも頭ひとつ抜けている。その上、成長も期待できる。


 エルフなので若い時期が長い上に長生きだし、何よりも美少女だ。胸があまりにも残念なことを除けば戦闘要員として申し分ない。

 高かったとは言っていたが、十分に良い買い物だ。


「やるじゃないの」


「ミチナガさんやボギーさんが持っている隠密があればアンブッシュ要員として最適ですね」


 白アリと黒アリスちゃんが、少しだけだが驚きの表情を見せている。

 隠密も確かに魅力的だが、そんな取得できるかも怪しいスキルを取得する努力をするよりも、連射や速射の技術のほうが実戦向きではないだろうか?

 今のだってテリーの指示でやっているなら連射や速射といった類の技術を覚えさせるつもりだったんじゃないのか?


「隠密ってどうやったら取得できるんでしょうね?」


「影に潜ませるとかでしょうか?」


「コマドリの兄ちゃん、お前何歳だ?」


 聖女とロビン、ボギーさんがくだらないやり取りをしている後ろで、弓矢を携えているアイリスのメンバーのひとりと奴隷のひとりが重なるように倒れているコボルドとエルフの残念な胸を、茫然自失といった感で交互に見ている。


 あのアイリスの娘は弓に換装したばかりだったはずだ。

 気の毒に、いきなり自信をなくしてるようだな。


 その後も出現する魔物を順番に仕留めていく。

 俺は極力戦闘には参加せずに、索敵係兼照明係に専念をする。他の転移者たちも戦闘への積極的な参加はせずに支援に回っている。


 アイリスの娘たちとその奴隷、そしてテリーの奴隷三名とメロディが中心となって戦闘を行う。

 それも、遠距離による魔法攻撃を使わずに物理攻撃による近接戦闘を中心に倒していく。


「皆さん、お強いのですね」


 ラウラ姫がたった今戦闘を終えたばかりの白アリとティナ、メロディ、アレクシスの四名をキラキラとした目で出迎えた。


「この階層までは正直なところ、武器の扱いとフォーメーションの練習くらいにしかならないほど弱いんですよ」


 白アリの照れ隠しなのだろう、ちょっと困ったような顔に引きつった笑顔を見せている。


「次の階層からは敵も強くなるのでラウラ姫も油断のないようお願いします」


 俺の言葉に、「はい」と快活に返事をするラウラ姫に笑顔を返したあとで、全員に無言で視線を走らせる。


 セルマさんとローゼさんも油断が出来ない階層に突入するのだと理解していることを告げるように深くうなずく。他のメンバーに関しては今更である。


 ◇


 十九層目の階段に到達をした。

 先ほどまでいた十八層目と何ら変わらない。壁や天井、床は相変わらず星空のような淡い光を放っている。


「来たっ! 人型の魔物が七匹、こちらへ向かっている。オークか?」


 十九層目、階段をおりる途中から空間感知を展開させていたのだが、見事に索敵に引っ掛かった。オーク五匹は確認したが残りの二匹は少し違う。


 前方の曲がり角へ向けて聖女が照明弾代わりの光球を放つ。これまでの照明代わりの光球と違い、輝度が高い。

 光球に照らし出された曲がり角から五匹のオークと変異種と思われる二匹のオークが姿を現した。弓が二匹にロングソードに盾が四匹、変異種のうち一匹は両手持ちの大剣を背中に背負っていた。


 二匹の変異種をその目で確認したからか、後ろから息を飲む音がいくつも聞こえてきた。


 変異種。俺も知識でしか知らない。見るのはこれが初めてだ。

 見た目には若干大きいようだが、個体差の域を出ていない。見た目には大きな違いはない。しかし変異種と呼ばれる魔物は、通常の魔物よりも魔力を多く持ち、かなりの確率で厄介なスキルを所持している。


 変異種の二匹を含めたオークを鑑定する。


「あの七匹は俺ひとりにやらせてもらえないか?」


 後方を振り返り、こちらに向かってくる四匹のオークと二匹の変異種を右手の親指で指す。


 俺の言葉にアイリスのメンバーと奴隷は安堵の表情をし、ラウラ姫一行は俺が指す先を視界におさめ、言葉もなく顔を青ざめさせる。転移者組とメロディやティナたちは余裕の表情である。


 変異種を含めたあの七匹に魔法のスキルはない。

 左手に背がソードブレイカーとなっている硬直の短剣を持ち、右手には日中に店で購入したばかりの鋼の短剣を持ち半身に構えて近接戦闘の準備に入る。


 時間を掛けるつもりはない。

 すれ違いざま、数瞬の間に物理攻撃により対象となる魔物の戦闘能力を奪う。その上で余裕があればオークたちのスキルを奪う。


 こちらへ向かって、速度を上げて近づくオークを視認しながら、魔力による身体強化の上掛けと物質強化、そして純粋魔法と風魔法、重力魔法による複合装甲を全身に展開する。

 先頭のオークとの距離が三メートルを切ったところで、俺は大きく踏み込んだ。

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