第150話 買物

 三階建ての建物の三階、体育館ほどの広さのフロアーを三つに区切ってある。

 三つに区切られたそれぞれの売り場には、最も広い区画にアーマーを中心とした防具、二つ目の区切られた売り場にはレッグ、ガントレットなど、三つ目の区切られた売り場には盾が展示されていた。


 商品の九割は壁一面の棚に展示されている。

 壁以外は売り場の中央にある、俺の腰の高さほどの棚に、小さな防具類がわずかに展示されているだけだ。


 別に女性専用アーマーの売り場という訳ではないのだが、フロアーのあちらこちらでキャイキャイと楽しそうな女性の声が聞こえる。

 声の主はラウラ姫一行とその護衛の女性たち――つまり黒アリスちゃんとアイリスの娘たち、そしてその奴隷だ。


 表通りに面した側に大きなガラスの窓から取り込まれた陽光と相まって、明るく華やかな雰囲気に満たされている。

 このフロアーにいる男は俺だけであとは全員女性だ。ボギーさんとロビンはひとつ下の武器が展示されているフロアーにいる。

 

「これなんかどうですか? 軽いし動きやすそうですよ」


 女性用のアーマーを抱えたローゼを傍らに立たせて、まるで着せ替え人形を楽しむように、セルマさんが次々とラウラ姫に試着をさせている。


 ラウラ姫にダンジョン・アタックを思いとどまるよう、半ば叱りつけるようにして反対していた人と同一人物とは思えない変わりようである。

 ラウラ姫も、自分の周囲に配置された三枚の全身鏡を嬉しそうに覗き込んでいた。


 俺はラウラ姫のダンジョンへの同行を了承した。

 女神との約束があるのでダンジョンの下見がてらに潜る予定であったのと、たとえダンジョンの中とはいえ、俺たちの傍のほうが安全であるとの判断からだ。


 それに、この都市の周囲にあるダンジョンのうち「北の迷宮」と呼ばれるダンジョンが比較的初心者向けであったのも理由のひとつである。

 ここまでの道中で分かったことだが、ラウラ姫と二人の侍女がスプラッターな出来事に対する耐性がかなり高いのも理由である。泣き出したりパニックになったりするようなことはないはずだ。


 セルマさんもカラフルとアンデッド・アーマードタイガー、アンデッド・シルバーウルフ、そして俺たちが護衛に張り付くことで納得してくれた。

 今から思い返せば、カラフルと二頭の使い魔を張り付かせると言ったあたりで、かなり態度を軟化させていた気がする。


「あら、可愛らしい。やっぱりラウラ様は淡い黄色や白がお似合いになりますね」


 小さくパチパチと拍手をしながら、アーマーを試着したラウラ姫の周りを左右に移動しながら、セルマさんが幸せそうな笑顔を見せている。


 現グランフェルト辺境伯に陥れられるまではこんな風景が、あの城の中で日常的に行われていたんだろうな。

 もちろん、ラウラ姫が着用するのはアーマーじゃなくドレスだったのだろうけど。

 

 そんなやり取りを見ながらもこの店を中心に周辺への空間感知を継続して発動させている。

 店の中はもちろん、周辺にも特に不穏な人物や動きは見当たらない。


 俺たちは、この都市で最も大きく品揃えのある武具商店へと来ている。

 この店は大きさや品揃えもそうだが、領主や騎士団ご用達ということもあり、店員の対応も良く、要人ということを承知してかいろいろと便宜を図ってくれる。


 今も、ラウラ姫の周囲には店員は付いておらず俺たちしかいない。

 大型店舗への入店ということと、女性用のアーマーを選ぶということもあり、周辺警戒の役の黒アリスちゃんとアイリスのメンバーに合流してもらっている。


 まあ、護衛といっても、自分たちの買い物も兼ねているのだが。

 先ほどからアイリスのメンバーも交代で自分たちの防具選びをしている。ラウラ姫の防具選びに触発されたのか妙に派手というか、可愛らしいものを選んでいるような気がする。


 この店の真向かいにある魔道具屋の三階の窓から、こちらをうかがう視線が三つと、この店の入り口を見張るように路地に潜んでいる者が五人。俺の空間感知に引っ掛かった。

 

 俺は黒アリスちゃんに移動する旨を伝えて、ボギーさんとロビンのいる二階へと転移する。


「片付けるのか? 確認しに行くのか?」


 俺が転移する早々、バスタードソードを手に取りバランスを確認しているボギーさんが背中を向けたまま聞いてきた。


「路地裏のチンピラっぽいヤツらですか?」


「それもそうだけど、真向かいにある魔道具屋の三階からこちらをうかがっている三人組がいる。この三人組は格好からすると騎士団のようなんだ」


 レイピアの棚の前に張り付いたままのロビンに向かってさらに続ける。


「もちろん、この三人組も偽装――騎士団の振りをしている可能性もあるし、仮に本物の騎士団だとしても安心はできない」


「まあ、姫さんの祖父とこの都市との関係を考えれば、身元を知った上で騎士団が危害を加える可能性は低いだろうがな」


 俺の説明にボギーさんが補足するようにして付け加えると、投擲用のナイフを数十本と、今しがたバランスを確認していたバスタードソードを抱えて店員さんの方へと歩いてく。


 買うのか、バスタードソード。

 投擲用のナイフはともかく、ボギーさんがバスタードソードを振るう姿はもの凄く違和感があるな。


「リューブラント侯爵の孫娘に何かあったらこの都市は干上がりますから、こっそりと護衛していると見ても良いかもしれませんよ」


 ロビンも手に取ったレイピアを軽く振りながらのんきそうに言う。


 この都市の食料自給率は低い。

 特に穀物類はリューブラント侯爵の領地と息のかかった貴族の領地から輸入をしている。


 もちろん、食料だけでなく交易も盛んでいろいろな面でリューブラント侯爵の勢力下にある貴族との関係は深い。

 その孫娘ならこの都市としては、滞在して欲しくないような要人だろう。


「まあ、杞憂ならそれで良いんだ。念のためだよ」


「で、どっちにするんだ?」


 ロビンに答える俺の背中から、ボギーさんが声をかけてきた。どうやら俺が担当しないほうを受け持ってくれるつもりのようだ。


「チンピラ五人を片付けてきます」


「分かった、魔道具屋の三人組は俺が話をしてくる」


 俺の回答を聞くとボギーさんは間髪を容れずにそう言いい、ソフト帽子を被り直したと思ったら、次の瞬間には魔道具屋の三階へと転移して行った。


「ということだ。すまないが、このフロアーは頼む」


 俺もロビンにそれだけを言い残して、路地裏のチンピラ五人の後方へと転移をする。


 ◇


 路地裏といっても大通りに面した路地なので、それほど狭いわけではないし、石畳が敷かれており割と清潔なものである。

 路地の両側を見上げても、三階建て以上の高さのある建物はない。建物の壁が白いことも相まって、反射光も含めて陽の光は十分に入り込んできている。

 

 個人的な感想を述べれば、午前中からチンピラやゴロツキが身を潜めるような場所じゃあない。

 どこか、薄暗いところに引っ込んでいて欲しい。

 

 そして、俺の思いとは関係なく、目の前にはチンピラ五人の後ろ姿がある。全員まだこちらに気付いていない。

 五人のうち、真面目に入り口を見張っているのは二人だけで、残りの三人は石畳に座り込んで雑談をしている。周囲や背後への警戒がまったくされていない。どうやらダメなヤツらのようだ。


 装備はいずれも軽戦士風の革のアーマーとロングソードだ。だが、ひとり、見かけとは異なり魔法スキルを所持している。

 風魔法レベル2と水魔法レベル1で剣術や体術のスキルはない。どうやら軽戦士を装って隙を突いて魔術で戦うタイプのようだ。なんとなく小賢しさと卑怯さを感じる。好きになれないタイプだな。


「なあ、お前ら。うちのお姫様に何か用か?」


 自分でもあんまりだな、と思うほどに面倒臭そうな口調で話しかけた。両手にはそれぞれ短剣を携えている。右手にはアンデッド・オーガの角から作った硬直の短剣、左には一般的な鍛造の短剣をそれぞれ携えている。さすがに原子崩壊の短剣は出していない。


「え?」


「な、なんだ?」


「どこから出やがったっ!」


 背後から声をかけられることなんて想像もしていなかったのだろう、情けないくらいに慌てている。


 辛うじて声を出せたのが三人。他の二人は声も出せずに目を丸くしてみている。

 本当に俺たちのことを監視していたのか? もしかしたらこちらの勘違いで何か別のことをしていたんじゃないのか?

 そんな疑問が頭をもたげる。


「なんだ? 若造がひとりで何の用だ?」


「驚かせるんじゃねぇっ!」


「てめぇ、護衛のひとりだな」


「おいおい、護衛がお姫様から離れて大丈夫なのか?」


「先に剣を抜いたのはお前だ。殺されても文句を言うなよ」


「死んじまったら文句も言えねぇか」


 五人ともロングソードを抜き放ち、何とも下品な声と表情で大笑いを始めた。


 こちらがひとりだと分かった途端に強気になっている。俺がひとりでわざわざ出てきたことの意味を考えようともしていない。なんともおめでたい連中だ。


「俺のことは良い。お前らが何をしていたのか教えてくれないか? 正直に教えてくれたら見逃してやるよ」


 俺の挑発に五人の下品な笑いが消えた。


 リーダーと思しきヒゲ面の男の号令で、二人が俺の横をすり抜けて背後へと回りこむ。

 この広い路地だ、包囲するにも十分な広さがある。喧嘩慣れというか戦い慣れはしているようだな。


 飛び道具、弓矢や投擲系の武器はない。ひとりに対して五人という数的優位もあってか全員がロングソードでそのまま仕掛けるようだ。

 いや、前言撤回だ。

 正面中央の男がロングソードを左手に持ち替え、投擲用の手斧を右手に持った。同時に魔法スキルのある者が集中力と魔力を高めているのが分かる。

 なるほど、正面左側の魔術師は魔術を放つまでに時間が必要なのか。


 正面中央の男が手斧を投げるのと同時に、左手に持った短剣を魔術師へと向けて投げつける。

 身体を半身にひねって飛んできた手斧をかわすと同時に前方正面の男との距離をつめる。ロングソードの内側、短剣のレンジに侵入し上から下に振り下ろす。


 手斧を投げた男はこちらの速度についてこられていない。

 野太い悲鳴と共に、ロングソードを右手に持ち替えるまもなく、ロングソードごとその左手を肩口から失う。


 俺の投げた短剣を腹部に受けた魔術師が崩れ落ちるように倒れるのを目の端で捕らえながら、振り下ろした短剣を今度は正面右側の男の右腕に向けて今度は下から上へと一閃させた。

 ロングソードを握ったまま、肘から先が赤い血しぶきを伴って宙を舞う。


 返り血を浴びないように肘から先を切り落とすと同時に大きくバックステップで距離を取った。

 バックステップの最中に崩れ落ちた魔術師に意識を向ける。

 

 どうやら魔法を発動させるための集中は途切れていた。

 俺の投げつけた短剣は腹部から腰椎に達したようで、腰の後ろ側に刃が突き抜けているのが見える。

 

 そのまま左手に投擲用のナイフを出現させて、着地と同時に振り向き、先ほど俺の横をすり抜けていった二人にナイフを放つ。

 ナイフはロングソードを握る二人の右手の甲へと吸い込まれるようにして突き刺さった。


 ナイフが刺さったのを確認し直ぐにきびすを返して、一番の重傷者である魔術師へ向けて歩き始める。


「おい、お前が一番の重傷者だ。俺は光魔法が使える。俺の質問に正直に答えれば治してやろう」


 自分の腹部から流れ出る血で半ばパニックになっている魔術師を見下ろしながら優しく声をかけた。


「しゃ、しゃべるな。しゃべったらぶっ殺すぞっ!」


 左手を失った男が、自分自身もうずくまった状態から魔術師を恫喝する。


「お前の仲間、酷いヤツだな。お前さんは死んでも良いってさ」


「てめぇ、俺たちにこんなことしてただで済むとでも思ってるのか? 俺たちのバックには――」


「お前には何も聞いていない」


 なおも恫喝してくる男の口に向けて、水魔法の硫酸弾を放つ。


 大口を開けて俺のことを見上げていたため、硫酸弾は喉の奥に直撃したようだ。

 声帯を焼いたのか獣の咆哮ほうこうにも似たうめき声を上げて地面を転げまわっている。


「もう一度聞く。俺の質問に答えるか? お前が答えるつもりがないなら他の者に聞く。そのときはお前の治療はしない」


 横でうめき声を上げている、鬱陶しい男を無視して魔術師に再び問い掛けた。


「答える。何でも答えるから助けてくれ」


「俺の質問に全て答えた後で、お前が生きていたら助けてやる。答えきれずにこと切れたら諦めろ。じゃあ、質問だ――――」


 涙を流して懇願する魔術師に優しく穏やかに質問を開始した。

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