第149話 さあ、観光だ
「おい、職員っ! あいつらのランクは絶対に嘘っぱちだ。すぐに調べろっ!」
ガラフと思われる男がなおもギルドの職員さんに食って掛かっている。
これに賛同するように対戦相手のメンバーが次々と不当やら無効やらを口々に訴えだした。
俺たちの周囲を囲む多数のギャラリーからのあきれた視線やら冷たい視線などものともせずに自分たちの主張を押し通そうとしている。
「おいっ、相手が自分たちよりも強いと分かった途端それかよ」
「恥ずかしくないのか!」
「相手のランクなんて関係ないだろう? 相手が一級だろうと戦えよ」
「逃げんな、戦えよ」
「勝てると分かる相手じゃないと戦わないのかよ」
「そうだっ! お前らいつも不意打ちや大勢で襲いやがって、卑怯者がっ!」
「この前、ロイドたちを闇討ちしただろうっ! ばれてんだよっ!」
ガラフたちに向けて、ギャラリーから野次や不満、憶測が飛んでくる。なんだろう、チクチクと胸が痛むような野次が混じっているのは気のせいだよな。
「うるせーっ! 文句があるんだったら、お前らが代わりに戦ってみろっ!」
手にした抜き身の剣で威嚇をするように、ギャラリーに向かって空中を切りつける仕種をする。
言っていることが滅茶苦茶だ。
怒りのぶつけどころがないのか、理不尽にもギャラリーに八つ当たりをしている。
「うわー、恥の上塗りをしてますよ」
「人間、ああはなりたくないわよねー」
聖女と白アリがギャラリーと口論している、ガラフと思われる男を見ながら軽蔑の眼差しを向けている。黒アリスちゃんに至っては無言で軽蔑の眼差しを向けていた。
確かに恥の上塗りかもしれないが、判断としては正しい。
敵が予想に反して強力だったり、ましてや自分たちよりも強いと分かっていながら戦いを継続したりするほうが愚行だ。被害の少ないうちに撤退するのがセオリーだろう。
判断は正しいが、選択した行動はいろいろと疑問が残る。
素直に降参をすればよいのに、無理を言って道理を引っ込ませようとしたのは間違いだったな。そういうのは格下の相手にやれよ。俺たちにそんなことをしても逆効果だってのを教えてやるか。
意識を連中に戻す。
ギルドの職員さんがガラフたちをなだめるような仕種をすると、こちらへ向かって歩き出した。
やれやれ、連中の押しに負けたか?
ギルドの職員さんは、俺たちのところまでくると、「申し訳ないな、君たち」と前置きをしてギルド証の提示を求めた。
三人の職員さんたちが俺たちのギルド証を確認し出す。
念のため、と言いながらアイリスの娘たちや奴隷のギルド証も確認をした。
いくら確認してもらってもかまわない。
アイリスのリーダーであるライラさんが七級で一番上、続いて八級が二名。あとは全員が九級である。
こちらも、隠していることはたくさんあるが嘘偽りはない。
「間違いなく九級ですね」
全員のギルド証を確認し終え、釈然としないながらも自分自身を無理やり納得させるように、職員さんたちが俺たちに謝罪の言葉を述べた。
あれ?
もしかして、ギルドの職員さんも疑ってた?
まあ、疑うか。
ギルドのランクと戦闘力に
「なあに、気にするなって。こっちも気にしちゃあいないさ」
俺の横でそう言いながら、ボギーさんが火の点いていない葉巻を
ボギーさんは気を利かせたつもりなのだろうが、ギルドの職員さんはそうは受け取っていない。
表情が強ばり、動作がぎこちない。
警戒もあらわに俺たちのことを見やる。
「ギルドのランクと戦闘能力が比例しているなんて思うのが間違いなのよ」
「そうですよね。ギルドのランクは依頼をこなした数やギルドに対する貢献度のはずなのに分かってないようですよ、あちらの方たちは」
警戒している職員さんに向かってというよりも、白アリと聖女が対戦相手パーティーに流し目を送りながら、クスクスと小ばかにしたように笑う。
絶対に挑発しているよな、二人とも。
まだ戦い足りないのか?
「自慢じゃないですが、私たち戦闘能力は高いですけどギルドへの貢献度はもの凄く低いんです」
続いて黒アリスちゃんが悲しくなる事実を暴露する。いやまあ、否定はしないけどさ。
ギルドの職員さんは俺たちのところから逃げるようにガラフのパーティーのいる待機所へと足早に戻って行った。
◇
「――――ですので、対戦はここまでとし、形式の上では相手側の棄権、不戦敗とすることで了解頂けませんでしょうか?」
ギルドの職員さんが申し訳なさそうに話す。
対戦相手のパーティーからは誰一人として足を運ぶものはいない。待機所からこちらを睨んでいるだけだ。
ギャラリーのほうも戦いが続行されないと察したのか、潮が引くように人がいなくなっていった。
暇だから見物に来ていたのではなく、見物したかったので仕事や用事を放り出してきていたようだ。
もちろん、引き上げていく人たちは皆が一様にメロディと白アリの攻撃魔法の話をしていた。
それ以上に、ガラフたちをなじる声や罵倒のほうが大きかったが。
対戦相手に戦闘続行の意思なし、ということで、ギルドの職員さんを通じて対戦の終了が申し込まれた。
もちろん、こちらは不戦勝なので合計十枚の金貨が相手から支払われる。日本円にしておよそ一千万円だ。
聖女は相手との戦闘を最後まで希望していたが、結局多数決で相手からの賠償金を受け入れることになった。
聖女は「せっかくの有刺鉄線の投網が無駄になった」と落ち込んでいた。
有刺鉄線の投網だあ?
そんなものを用意してたのか。いろいろと応用範囲を広げているな。
「ミチナガー、あいつら、『暁のオーガ』って組織に私たちの始末を頼む、とか言ってたよー」
俺が有刺鉄線の投網に感心をしていると、対戦相手のスパイをしていたマリエルが、いつの間にか戻っていて、のんびりとした口調で不穏なことを伝えた。
暁のオーガ? どこかで聞いたことがあるな。
「それって、昨夜潰した組織だぞ。そんなところに泣きつくつもりなのか」
無傷の八人で固まって、こちらを見ているガラフたちに、テリーがあきれと哀れみの視線を向ける。
「泣きつくもなにも組織がもうありませんが、どうするつもりでしょうね」
テリーに答え、ガラフたちに対して、ティナも憐憫の眼差しを向ける。
「面白いから黙って見てましょうよ」
「反省とか全然してないようですよ。後をつけて観察したいですねぇ」
対戦相手を、楽しいものでも見るかのような視線で白アリと聖女が小さな笑いを漏らしながら見ている。
俺たちが棄権の受諾をしたのを審判から確認をすると、ガラフたちは早々に練習場から退出をしていった。
それを追うようにして、妖しい笑みを浮かべた白アリと聖女が練習場を後にした。
本当に後をつけるとは思ってもみなかった。
夕食の時には、ガラフたちの行動が白アリと聖女の口から面白おかしく語られるのだろうな。
「さて、これからの予定とグループ分けだが――」
「あ、ちょっと別行動をさせてくれないか? アレクシスの装備をそろえたいのと、彼女を含めて低階層のダンジョンに潜っておきたいんだ」
俺の話を
アレクシスの腕試し……じゃないよな。
アレクシスに良いところを見せ損なったからか。
「分かった、気をつけてな」
「じゃあ、すまない。さあ、皆、行くぞっ!」
俺の言葉に、テリーが軽く左手を挙げて答え、自身の奴隷、四名を引き連れて練習場の入り口へと向かった。
「じゃあ、ラウラ姫の護衛兼観光グループと自由行動グループに分かれるか。どう分けるかだが――――」
俺とメロディ、アイリスのリーダーであるライラさんの三人がラウラ姫一行に同行しての警護にあたる。
ボギーさんをリーダーに残りのメンバーは俺たちから数百メートルの距離を保ちつつ都市の観光や買い物をすることに落ち着いた。
◇
観光メンバーが先に退出し、最後に俺たちがギルドを退出する。
「どこか、観たいところや行きたいところはありますか?」
「すみません、フジワラさん。ちょっとお話があります。少しだけお時間をください」
ラウラ姫が小さな口を開こうとする矢先、後ろから女性の声が聞こえた。
ラウラ姫にすみませんと謝り、振り向くと年配の女性――ギルドの職員さんと男性職員さんが連れ立って駆け寄ってきた。
「なんでしょうか?」
迷惑だと感じながらもつい笑顔を向けてしまう。
「実はご相談というか、お願いしたいことがありまして。他の方にお話ししたら、リーダーはフジワラさんなのでそちらにお願いします、と言われまして……」
女性職員さんはもの凄く言いづらそうに話し、言葉の最後は消え入る。
隣で男性職員さんも申し訳なさそうにしている。
あいつら……
だいたいどんなやり取りがあったのか想像できてしまう。
「少しだけですよ」
ラウラ姫とセルマさんに改めて謝罪をして、職員さんに勧められるままに待合室の椅子に向かう。
椅子へと向かう間、周囲の視線を感じる。いや、聞こえてくる声からすると視線の対象は俺じゃなくライラさんだ。
「おい、あの姉さんは七級だろう?」
「ああ、相当の手練れなんだろうな」
「あんな美人にしごかれてみたいな」
「じゃあ、頼んでこいよ」
「いや、俺も命は大切だからさ」
俺と一緒に椅子へと向かうライラさんをチラチラと盗み見るようにして、何やら見当はずれの会話をしている。
というか、俺たちのランクに対する評価基準がおかしなことになっているな。
ライラさんも聞こえているようで、もの凄く迷惑そうな表情をしているが、特に取り合う様子はない。
「申し訳ありません。早く退出したいですよね」
女性職員さんが、もの凄く不慣れそうな愛想笑いを張り付かせている。
「お気遣いありがとうございます。お察しのように予定が詰まってるので手短にお願いします」
「では、用件だけ――――」
話は簡単だ。
先ほどもたらされたオーガ討伐、明後日には出発するのでそれに参加をして欲しいとの要請である。
理由は俺たちの持つ光魔法だ。
登録しているだけでも、俺とボギーさん、聖女、白アリ、アレクシスにアイリスのメンバーのひとり、合計六名の光魔法の使い手。
今、集められそうな光魔法の使い手は三名ほどなので、是が非でも参加をお願いしたいと熱望された。
なるほど、回復役が三人じゃ不安だよな。俺たちが入れば三倍になる。メロディを数に入れれば三倍以上だ。
あちらは知らないことだが、メロディを含めてレベル5の使い手が三人になる。生存率は跳ね上がるよな。
事情も気持ちも分かる。だが、応じられない。
こちらにも都合がある。女神さまとの約束もそうだが、優先すべきはラウラ姫の安全だ。
「オーガ討伐、是非私も連れて行って下さい。出来ればダンジョンも潜ってみたいです」
予想外のフレンドリーファイアに、俺だけでなくその場にいたメンバーが全員、声の主を凝視した。
「あのう……ダメでしょうか?」
そこには、両の手のひらを口元で合わせ、上目遣いで俺たちに次々と視線を走らせているラウラ姫がいた。
セルマさんとだけは視線を合わせないようにしているのは気のせいじゃないよな。
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