第148話 虚構

 メロディの対戦相手、二枚目の双剣使いは既に抜剣して練習場の中央で待っている。

 右手に刃幅のある長剣、左手にエストックを携えていた。


 中央へ向かわず、作戦内容の最終確認を俺としているメロディに向けて、後方で順番待ちをしているガラの悪い連中は下品な野次や脅し文句を並べ立てている。

 何とも気に食わない連中だ。


 メロディはというと、薄っすらと目に涙を浮かべている。

 まあ、泣き出さないだけ良しとするしかないな。


「急ぐ必要はありませんよ。準備が出来たら声をかけてください」


 中央で待っている双剣使いが、自分が二枚目だということを意識しているかのように、右斜め四十五度の角度に構えてメロディに笑顔を向ける。


 いけ好かないヤツだな。

 闇魔法で眠らせてから殴るつもりだったが方針変更だ。破壊力のある重力の弾丸を織り交ぜよう。


「メロディ、遠慮は要らない。初っ端から――開始の合図と同時に雷撃を撃ち込め。その後はあいつが倒れるのを待たずに、風の弾丸の中に適当に重力の弾丸を混ぜて乱射しろ」


 革のアーマーと革の盾、長剣を装備した軽戦士に見える装備のメロディを送り出す。


「お嬢さん、少しだけ痛い思いと恥ずかしい思いをするかもしれませんが、私の本意ではありません。恨まないでくださいね」


 そう言うと、ギャラリーの中で女性が固まっているあたりに視線を向け、左手に持ったエストックを軽く横に払う。


 黄色い声援がまったく上がらない。

 日頃の行いなのか、パーティーのメンバーのせいなのかは分からないが、若い女性にはあまり人気がないようだ。

 

 実に気分が良い。思わず意地の悪い笑みが漏れてしまう。

 自分でも小物臭が漂っている気がするが、この際なので気にしない。横を見ればテリーも同様に小物臭をまとい、意地の悪い笑顔を浮かべている。ボギーさんとロビンがポーカーフェイスなのは流そう。


「始めっ」


 パシーッ! パリパリパリッ!


 審判であるギルドの職員さんの開始の掛け声と同時に光が走り、音がその後を追いかける。メロディの放った雷が一瞬の輝きとともに対戦相手を直撃した。

 直後、雷の直撃を受けて身体を硬直させてる対戦相手を、無数の風の弾丸とそれに混じった数発の重力の弾丸が襲う。


 威力を抑えた風の弾丸と重力の弾丸により、男は空中を踊るようにして練習場の中央から仲間の待つ待機所へと運ばれていった。

 仲間のもとへと戻った男は横たわったまま微動だにしない。


 最初の雷撃により発生した光で、この場にいた人たちのほとんどは一時的に視覚を奪われたはずだ。

 再び視覚が戻ってきたときには、中央にはメロディしかおらず、対戦相手である二枚目が自分たちの待機場所に転がっている様子が飛び込んできたことだろう。


 静寂が練習場を包む。何が起きたのかを正確に把握している者はほとんどいないな。

 勝負はついたが、審判からのコールは何もない。無反応なのは審判だけではなかった。ガラフのパーティーメンバーとギャラリーも反応がない。


 首だけをこちらに向け、困ったような表情を見せるメロディにこちらに戻るよう手招きをする。

 審判に向かって小さくペコリとお辞儀をして、メロディがトボトボと戻ってきた。


 メロディが歩き出したことで審判の思考も動き出したようだ。

 慌ててメロディと対戦相手の男とを忙しく見比べて、勝者を伝えるコールがメロディにおくられた。



「おい、今のって雷魔法じゃないのか?」


「すげーっ! 俺、雷魔法なんてはじめて見たよ」


「雷で人があんなに吹っ飛ぶんだな」


「いや、吹っ飛ばないだろう」


「雷魔法と風魔法を連続で発動させたんじゃないのか? あれ」


「二つの系統の魔法をあんな短時間で発動できるものなのか?」


「あの娘、九級だって話じゃなかったのか?」


「それよりも、あいつ生きてるのか?」


「死ねば良いと思うよ」


「嘘つき男は死ねっ!」



 敵を仕留めた魔法の正体が判明するにつれギャラリーの間にざわめきと共に驚きが広がっていった。

 驚きとざわめきの中に個人的な罵声や恨み言が聞こえてきた。好感度も低い上にいろいろと悪さをしていたようだ。重力の弾丸を織り交ぜて正解だった。


「冗談じゃねぇ。何だよあれ、聞いてねぇぞっ!」


「あんな女の子が何であんなに強いんだよ」


「気の弱そうな女の子があんなに強いって、他はどんななんだよ」


「何で、あれで九級なんだ?」


「あの魔法、本当にあの娘が放ったのか?」


「インチキだっ! 二つの魔法をあんな短時間で発動できるはずがねぇ。後ろにいるヤツが撃ち込んだんだっ!」


 ギャラリーに驚きが広がるのとは裏腹に、対戦相手のチーム内には混乱が広がっていた。既に半数近くのメンバーは及び腰である。

 混乱するのは良いのだが、言い掛かりはやめて欲しいな。


「うちのパーティー、最強の魔術師よ。魔法の連続発動どころか、並行発動だってお手のものなんだから」


 敵の一部が棄権をしそうな雰囲気を察したのか、白アリがすかさず大ウソのフォローを入れる。最強の魔術師ってなんだよ。

 よっぽど戦闘をしたいようだな。


 だが、白アリのこの言葉で納得したのか、一瞬、視線をメロディへ向けた審判だが何かを言ってくることはなかった。


「やっぱり、カナン王国有数の魔術師の弟子ですね、惚れ惚れするような雷撃でした」


「さすが、「赤い雷」の異名は伊達じゃないですね」


 聖女と黒アリスちゃんが白アリの大ウソに同調をする。メロディが顔を真っ赤にしてうつむいている。今にも泣き出しそうだな。


 カッパハゲを嵌めたときも思ったが、本当にアドリブなのか疑わしい。

 普段からいろいろなパターンを練習してるんじゃないのか?


「あの娘が一番強いのか?」


「そうだよな、あんな九級がそうそういる訳ないよな」


「ゲイルには気の毒だが仇は討ってやるぜっ!」


 あっさりと女性陣のウソに踊らされている。あんな頭の出来でよく探索者としてやってこられたな。気の毒だが、いいように利用される人間にしか見えない。

 

「よしっ! 次は俺だっ!」


 本当に騙されているのか、引くに引けずに己を鼓舞しているのか判断が難しいところだが、三十代半ばと思しき男が進み出る。

 革のアーマーに鋼のラウンドシールド、鍛造の長剣というオーソドックスなスタイルだ。


「じゃあ、こっちは私ね」


 なぜか、今まで一度も手にした記憶のない、両手持ちの大剣を肩に担いだ白アリが中央へと向かっていく。


 こちらの異世界の人たちはすんなり受け入れられるのかもしれないが、地球人の俺たちには、見た目たおやかな美少女である白アリが、大剣を肩に担ぐ姿は異様だ。

 似合わないというか、もの凄く不釣り合いに見える。


「あの大剣で戦うつもりでしょうか?」


 白アリの後ろ姿を指差しながらも、「まさかね」といった表情をみせ、視線を俺とテリーに交互に向けている。


「おお見ろよっ、あの大剣を軽々と扱っているぞ」


「今度は女戦士か?」


「防具が軽装だな。攻撃主体の戦士みたいだぞ」


 両手持ち用の大剣を片手でブンブンと素振りをする白アリにギャラリーが大きく沸く。

 相変わらずギャラリーとは裏腹に対戦相手は、白アリのその剣速とその筋力にビビッているようだ。


 ギャラリーも対戦相手もそうだが、この異世界の住人とはこうも簡単に騙されるものなのだろうか?

 普通に知恵さえあればイージーモードで世の中渡っていけそうな気がする。


 五メートルほどの間隔をあけて白アリと敵の戦士が対峙した。

 白アリが大剣を左肩に担ぎ上げ、敵の戦士はラウンドシールドを前面に出し身体を隠すようにして構える。戦闘エリアを取り囲んだギャラリーが静まる。


「始めっ」


 開始の合図と同時に敵の戦士がラウンドシールドを白アリのほうに向けて半身に構えた状態で、白アリを中心に円を描くようにゆっくりと移動しながら間合いを詰める。


「おりゃあっ!」


 白アリが掛け声と同時に肩に担ぎ上げた大剣を対戦相手に投げつけた。


 投げつけられた大剣は結構な勢いで、縦に回転をしながら対戦相手に向かって飛んで行く。

 理解の範囲を超えたのか、対戦相手が唖然とした表情で飛来する大剣を見つめる。次の瞬間、しゃがみ込んでラウンドシールドの陰に身体を隠しての回避を選択した。


 回転する大剣がラウンドシールドに届く直前、ラウンドシールドに火球が直撃し爆発が起きた。

 火球による爆発は対戦相手をラウンドシールドごと吹き飛ばす。その爆風は投擲された大剣の軌道を変え、無人の地面に転がる。


 転がる大剣を見る者、対戦相手を見る者、白アリを見る者、それぞれだが、皆一様に言葉がない。

 メロディのときとはまた違った静寂が練習場を支配する。


「キャーッ! 白姉、素敵っ! さすがナンバー2ですね」


「凄いです。この調子ならナンバー1の座も近いですよ。さすが「爆炎の白き魔女」と呼ばれるだけありますね」


 聖女と黒アリスちゃんが大声でナンバー2を強調している。

 さらに、聖女がアイリスの娘たちを使ってナンバー2を含む褒め言葉やあおり文句を連呼させている。


 いや、さすがに、もう誰も信じないと思うぞ。


 審判による勝者を確定するコールが響く中、引きつった笑顔の散見されるギャラリーに向かって愛敬を振りまきながら白アリが戻ってくる。

 愛敬を振りまくほどに引きつった笑顔の人たちが増えていることに本人は気付いているだろうか。


 気のせいか? 審判が詐欺師を見るような目で白アリを見ている。


「気の毒に、半数くらいが泣きそうじゃネェか」


 ボギーさんが火の点いていない葉巻をくわえながら、顎でガラフのパーティーを指す。


 ボギーさんの言葉につられて、敵へと視線を向ける。

 確かに半数は泣きそうな顔をしている。残りの半数ほどは思考停止状態なのか、転がっている仲間を助け起こすでもなく茫然と見つめていた。


 ひとり、リーダーと思しき男だけがその目に怒りを宿している。

 まだ続けるつもりなんだろうか?


「騙されたっ! 詐欺だっ! あいつら九級なんて嘘っぱちだ。なしだ、無効だっ!」


 怒りを目に宿した男が騒ぎ出した。

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