第147話 トラブル

「すみません、知り合いなんですよ。何かご迷惑をお掛けしましたか?」


 ロビンが、包囲している男のひとりに後ろから声をかけながら軽く肩を叩く。


 お見事。

 ロビンが男の肩を叩いた瞬間、男から「気配遮断 レベル1」が消えた。スキル強奪に成功したようだ。


 改めて思う。強奪スキルって本当にひどいスキルだよな。

 軽く触れた次の瞬間に自分が持っていた、長年かけて会得した誇るべき技を、何の練習も苦労もしていない若造が持っている。そして自分はそれを失っている。

 奪われた側からしたら、泣くに泣けないどころか下手したら発狂しかねない。


「ああん、何だ小僧っ! てめぇも仲間か?」


 肩を叩かれたから殴り返した、という訳ではないだろうが、振り返ると同時にロビンの左腕を自身の右腕を振り上げるようにして弾き飛ばした。


「穏便に済ませようと思ったのに随分な態度ですね」


 ロビンはそう言うと、半歩後退して半身に構えを取った。真正面から格闘をする気のようだ。

 

 まずいな。意外と激高し易いほうではあるが、もう臨戦態勢に入っている。

 ロビンの口調が険を帯びている。以前、チンピラと争いになった際に、予定を無視して戦闘に及んだときのことが蘇る。


「ここじゃあ、周りに迷惑がかかる、場所を移そう。練習場で良いか? 相手をしてやるよ」


 ロビンの腕を振り払った男の腕を後ろ手にひねり上げて、テリーを取り囲んでいる全員に聞こえるように言う。


 俺の言葉に、テリーを取り囲んでいた十人が一斉にこちらを向いた。仲間を取り押さえられているためか視線がテリーを見ていたときよりも殺気立っている。

 

「さあ、練習場へ行こうか。それともここでなきゃ出来ないのか? まさか無関係の人たちを盾にしようとかじゃないよな?」


 取り押さえた男を引っ立てるようにして練習場の方へと進みながら周囲にも聞こえるように挑発をする。


「てめぇ、ふざけんなよ」


 殊勝にも仲間を助けようとしたのか、そう叫びながら俺に殴りかかってきた男は、ボギーさんに取り押さえられて、そのまま練習場の方へと引きずられて来る。

 他にも二人ほど動いたが、それぞれ、白アリとロビンに足を掛けられて床に転がっている。


 既にこの時点で勝負あったようなものなのだが、殺気立っている連中はそうは思っていないようである。

 そんな殺気立った連中を置き去りに、練習場へと続く扉をくぐる。


 練習場には三十人以上の人たちが真面目に練習に励んでいた。ギルド職員の腕章をしている年配の男が二人、それ以外は若い人たちが多い。女性も十人ほどいるな。

 男が騒いでいるため、半数近い視線が俺たちに集まる。


 練習している人たちには申し訳ないが、間を縫うようにして、引っ立ててきた男を練習場の中央へと引きずっていく。



「おい、あれ、バイロンだろう?」


「すげーな、バイロンを片手で捻り上げてるぞ、あいつ」


「バイロンがいるってことはガラフたちが帰って来てるのか?」


「とばっちりを食うのはごめんだ。帰るか?」


「ねーねー、あれ見てよ。二枚目じゃない?」


「わー、背、高いね」


「見ない顔ね。バイロンさんを捻り上げてるって腕も立ちそうじゃないの」


「なんだ? 喧嘩か?」


「また、ガラフたちみたいだぜ」



 バイロンと呼ばれた男を練習場の中央へと引きずってくる間も、注がれる視線は増え続け、聞こえるかどうかといったささやきも次第に音量が大きくなっていった。


 俺の後に、ボギーさんが続き、それを追うようにしてガラムと呼ばれた好感度の低いヤツが所属しているパーティーメンバーが続いて練習場に現れた。

 どうやら、ギルドの建屋内での乱闘は回避できたようだ。


 元凶のテリーは美女、美少女の奴隷を侍らせて、ボギーさんや白アリ、ロビンのさらにその後から姿を現す。

 しかも、ティナやローザリア、ミレイユといった古参の奴隷たちにキスをしたり微妙なところに手を這わせたりしながらだ。

 

 良い身分だよな。まったく、この好感度の低い連中に代わって俺が絡みたいくらいだ。

 予定では今頃は俺も美女・美少女の奴隷を侍らせてハーレムを築いていたはずなんだがなあ。どこでこんなに差が開いたんだろうか。


「くたばりやがれっ!」


 ハーレム形成の考察をしていると、先ほどまで腕をひねり上げていた男が、長剣を俺の腰の高さでなぎ払ってきた。


 剣は一般的に出回っている鋳造ちゅうぞうのものよりは上質の鍛造たんぞうの剣だな。剣速も剣筋も見るべきものはない。

 物質硬化のスキルを使って左腕のガントレットの強度を上げ、さらに純粋魔法で魔法障壁を展開した上でなぎ払われた剣を受け流す。

 男の体勢が崩れたところで側面に回りこんで両足を裏側から払うようにローキックを放つ。

 

 ドスッ


 鈍い音が響く。

 男は後頭部を地面に打ち付けて、そのまま動かなくなってしまった。生きているようなので放置で良いだろう。


 今の一連の出来事を見ていた、練習場にいたギルドの職員さんのうちのひとりがこちらへ小走りに向かってくる。

 だが、それ以上の速さでガラフたちと呼ばれていたガラの悪い連中が駆け寄ってきた。


 あれ? 九人? 

 どうやら、このタイミングでボギーさんとロビンが捕らえていたヤツらを放したようだ。ひどい話である。

 いや、そんなことよりもターゲットがいつの間にか俺になってないか?


 まあ、文句を言っても状況が好転するわけでもない。

 改めて、俺を取り囲む連中に意識を向ける。


 俺の後方――遠いところに駆け寄る連中のほうの速度が速く、正面に駆け寄る連中が速度を落として等間隔に包囲が完成するようにして駆け寄ってきた。

 武器を抜いてから駆け寄るのではなく、包囲をしてから武器を抜いている。


 対人戦、特に多数で少数を包囲しての戦闘経験が豊富そうだな。


 怒気をはらんだ表情であることに変わりはないが、包囲したこともあってか余裕が垣間見える。

 その顔は怒気が急速に失せ、こちらをいたぶることを想像してなのだろう、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべている。


 行動を見れば見るほどゲスな連中である。


 放射状に雷撃を放って即決させるか? 或いは、物理攻撃での近接戦闘の練習台くらいにはなるかな?


「待てっ! お前らちょっと待てーっ!」


 途中から走る速度を上げたギルドの職員さんが、包囲網の中に飛び込んできた。


 包囲している連中からは舌打ちやら、文句やらが聞こえてくるがこれらに取り合わずギルドの職員さんがさらに続ける。


「一体何があったんだ? 今すぐに説明をしろ」


 包囲している連中に武器を収めるよう指示をだしてから、ギルドの職員さんが幾分か落ち着いた感じで問いただす。


「ああ? 見たら分かんだろうがっ! そいつが先にバイロンを殴りやがったんだよ」


「そうだ、そいつが先にやったんだ」


「俺たちは悪くねぇ、そいつが悪いんだ」


「やられたまま黙ってられるかよっ」



 聞くに堪えない、あきれるような回答が次々と飛び交う。


 何故そうなんだ?


 ものごとの一場面だけを切り取って、自分の都合の良いように解釈をする。しかも、悪いのは常に相手で自分は悪くない。

 どこの世界でもダメなヤツってのは共通の思考回路をしているようだ。


 まあ、その辺はギルドの職員さんも心得ているようで、苦笑しながらもひとしきり言い分を聞いた後で、俺と合流したボギーさんたちに話を聞き出した。


 ◇


 ――――結論は「死人が出ない程度にやり合え」というところに落ちついた。


 俺たちのランクが九級、最高でもライラさんの七級と知ったときは、ギルドの職員さんから賠償金を払って謝るように勧められ、相手からは爆笑をかった。

 だが、アンデッド・オーガの角で出来た短剣をこっそりと見せ、「俺たちが倒した」と伝えると二つ返事で許可がおりた。


「黄門さまの印籠いんろうみたいですね」


 自分のフランベルジュのようなアンデッド・オーガの角で出来た短剣をしげしげと見つめる黒アリスちゃんを見て、ギルドの職員さんが顔を引きつらせていた。

 どうやら、二本もあるとは思っていなかったようだ。


 或いは、黒アリスちゃんが所持していることに驚いたのか。

 通常、貴重な素材は分配でもめる。パーティーで発言力のある者や討伐の際に功績の大きかった者が受け取る。この場合、リーダーである俺はともかく、小柄な黒アリスちゃんが持っていたのだから意外だったのかもしれない。

 

 そんな話し合いをしている間にギャラリーはもの凄い勢いで増えていった。

 どうみても探索者には見えないような、近所のおばちゃんやおっちゃんと思しき人たちまで見物にきている。そして、オーガを仕留めてきたパーティーも隅の方から見ている。


 双方が十名ずつを出し合っての一対一の戦いをし、負けた回数に応じて金貨一枚を払う。つまり、全勝すれば金貨十枚が手に入る。

 魔法を含めて武器は何を使っても良いルールだ。

 もちろん、やり合った後は遺恨を抱かないということで合意している。

 

 どう転んでも俺たちの勝ちは揺るがない。七人で七勝は確実だろう。問題は残りの三人をどうするかだったのだが、メロディ、ティナ、ローザリアの三名の立候補で決まった。

 ただし、メロディの相手はあちら側で唯一の二枚目である双剣使いとの限定条件付きだが。


 そして、第一戦目にその唯一の二枚目が登場するようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る