第146話 一触即発

 テリーが新しく連れてきた奴隷は、銀色の髪をした胸がかなり残念なエルフだ。

 実際の年齢は分からないが、どうみてもメロディよりも年下だよな。


 鑑定をしてみると、三属性の魔法スキルに光魔法と弓術、狙撃を所持していた。そして、初めて見る「集中」というスキルを所持している。



 土魔法 レベル2 

 水魔法 レベル1

 風魔法 レベル2

 光魔法 レベル1


 弓術  レベル3

 狙撃  レベル1

 集中  レベル1



 さらに魔力を込めて「集中 レベル1」を鑑定する。


 どうやら、回避と命中の精度を上昇させるスキルのようだ。

 弓術、狙撃、三属性魔法との相性は抜群のスキルだな。希少な光魔法のスキルに加え、これだけのスキルを所持しているなら将来性は高いし、戦力として申し分ない。


「スナイパーって感じの娘ですね。それに光魔法を持っています。……なるほど、奴隷を買ってスキルだけを奪って、再度売りに出すってのもありですね」


 隣で同様に鑑定をしていたロビンが小声でもの凄く無情なことをささやいている。


「そんなことよりも、周りの雰囲気が良くないですよ。特にさっきのガラの悪い連中が嫉妬丸出しで睨んでいますよ」


 聖女が俺の後ろに隠れるようにして、肩を震わせながら小声でささやいている。


 どうみても、今にも吹き出しそうなのを堪えているだけである。

 そんな聖女を見てロビンが苦笑をしている。


 四人の美人奴隷の腰に手を回したまま、降り注ぐ嫉妬の視線のなかを受付窓口に向かって悠然と進む。テリーのその表情には実力に裏付けされた余裕さえ感じられる。

 分かっていてやっているな。あれは嫉妬の視線を楽しんでやがる。


 その雰囲気に呑まれたのか、ジャイアント・オークを仕留めてきた、ガラの悪い探索者たちも嫉妬の視線を向けはするが絡んではいかない。

 もちろん、周囲の探索者たちもただ、嫉妬の視線を向けているだけだ。


 四人もの女性奴隷を引き連れて探索者ギルドに来るような男だ。

 金があるのか、実力があるのかのどちらかだと判断して迂闊うかつには仕掛けてこないのだろう。


「あのまま登録する気ですよね。九級とか分かった途端にあのガラの悪い連中が絡んでくるんじゃないですか?」


 加勢する気満々なのだろう、ロビンの声が弾んでいる。いや、「気配遮断 レベル1」が手にはいるかもしれない展開に期待を膨らませているのか。

 

「私もそう思います」


 すかさず聖女が同意するが、すぐに「私は見学にしときますね」と付け加えていた。

 まあ、あいつらを必要以上にいたぶることも出来ないし、何か手に入る訳でもない。趣味と実益の両方が伴わない以上は敬遠するか。


「じゃあ、ちょっと九級でも受けられる依頼でも見てみようか」


 受付嬢が気を利かせて「九級」という単語を発せずに手続きを済ませたにもかかわらず、自ら大きな声で知らしめている。


 分かっていてやってるよな。

 この間も「絡んでくるヤツがいなくてつまんねぇ」とこぼしていたテリーの言葉がフラッシュバックする。


 いや、今回のは新しく買った奴隷に自分の力を見せるためなんじゃないのか? 良いところを見せようって腹づもりのような気がして仕方がない。

 あの好色そうな顔を見る限り、絶対そうだよな。


 絡んできたガラの悪い探索者や周囲で嫉妬の視線を向けている人たちの気持ちが痛いほどよく分かる。

 心情的にはテリーにお灸を据えてやりたいくらいだ。 


「よぉ、色男。景気が良さそうじゃないか」


「羨ましいねぇ。こっちにも回してくれよ」


「カナンだって? 今大変みたいじゃねぇか。良いのか?」


「そのとおりだな。こんなところで女のケツなんて触ってる場合じゃないんじゃねぇのかあ?」


「それとも逃げてきたのかな?」


「銀髪のエルフか。珍しいな」


 外にいた仲間が合流したらしく、いつの間にか人数が増えている。

 テリーを挑発している連中は、逃げ場を奪うためだろう、ゆっくりと半円を描くように広がる。話しかけていないメンバーは半円の外側の両端に走りこむようにして回りこんだ。


 仕掛けた連中は全部で十名か。思ったよりも多い。だが、スキルを見る限り危険そうなヤツはいない。もう、穏便にはすみそうにない雰囲気だな。

 いや、まあ、諦めてたけどな。

 

「遅かったね。こっちはもう登録終わったよ」


 突然テリーが入り口のほうへ向かって手を振り、快活に声をかけた。これでもか、という美形アピールを込めた笑顔だ。


 周囲の男たち同様に俺もテリーのセリフに釣られて入り口の扉へと目を向ける。

 半歩扉をくぐったところで、引きつった顔で固まっているアイリスのリーダー、ライラさんがたたずんでいた。


 ライラさんにしてみたら、寝耳に水だろう。

 お互いに知らん顔して登録するはずが、ギルドへ半歩踏み込んだ途端、知り合いですと明言して声をかけられたのだから戸惑いもするよな。


「可哀想に」


 聖女が「さもありなん」といった様子で首を横に振っていた。


 固まったままのライラさんの横をすり抜けるようにして、他人の振りをした黒アリスちゃんが入ってきた。

 見事なまでにこの異様な空気を右から左に受け流して窓口へと向かう。


 皆の注目が集まった入り口付近を通過するからほとんどの人たちの視線が、我関せずと歩く黒アリスちゃんを追う。

 だが、誰も何も言わない。無言のなか、受付窓口へと向かう黒アリスちゃんの足音だけが響く。


「お、お久しぶりです」


 我に返ったライラさんが、もの凄く困った表情でテリーに手を振り返す。

 釣られるようにして、アイリスの残りの二人も小さく手を振っていた。


 ライラさんのこのひと言が気に入らなかったのか、自分たちの威圧を無視して美人に声をかけたのが気に入らなかったのか、包囲していた男たちの表情が益々怒気をはらんでいる。

 先ほどまでテリーに嫉妬の視線を向けていた人たちの視線はいつの間にか哀れむような視線と行方を楽しむような底意地の悪い視線とに分かれていた。


「あの顔の悪い男の人たちって嫌われ者みたいですけど、危険な人たちなんですか?」


 俺の背後から、聖女が世間話をするような気安さで受付嬢に話しかける声が聞こえる。


「え? ええ。腕もそれなりに立つ人たちですよ」


 腕が立つ? あの程度でか? このギルドからダンジョンに潜っている探索者の力ってのはどの程度なんだ?

 いや、『それなりに』と付いてたな。


「フィオナ、ダンさんたちを呼びにいって。外国の新人さんがガラフさんたちに絡まれて危険な状態だって」


 聖女の言葉を引き金に、停止していた思考が動き出したのか、弾かれたように後ろにいた若い職員に指示をだした。


「あ、大丈夫ですよ。私たちが加勢しますから」


 腰を浮かせたフィオナと呼ばれた職員さんを押し止めて、ロビンがさらりと俺たちを巻き込む。

  

 俺もかよ。まあ、覚悟はしてたけどさ。でもロビンと違って実入りがないんだよなあ。

 聖女を見やると、「黄色い声援送りますね」などとささやき小さく手を振っている。どうやら巻き込まれたのは俺だけのようだ。


「あのー、探索者同士の争いで死人がでたりしたらどうなりますか?」


「え? ああ、明らかにガラフさんたちに非があるので罰せられます」


 突然の質問に戸惑いながらも取り乱すことなく受け答えをしてくれる。


 その後、テリーが勝った場合の話やどうやったら罰せられないかについて聞いた。

 結論から言えば、決闘なら相手を殺したり再起不能にしたりしても問題はないらしい。それ以外だと、重度の障害が残らない程度の怪我なら、ギルドも衛兵も見てみぬ振りをするそうだ。


「大ごとにしたくないし、後者でいくか」


「賛成です」


 俺の意見に間髪を容れずにロビンが賛成をして、「気配遮断 レベル1」を所持した男に向かって真っすぐに歩いていった。


「幾ら魔法が使えるからといってもランク差がありすぎます。ガラフさんたちはああ見えても五級の探索者です。悪いことは言いませんすぐにお連れの方を止めてください」


 カウンターに身を乗り出し、青い顔で必死に訴えている。視線は俺とロビン、テリー、ガラフたちと目まぐるしく動いている。


 たった今登録したばかりの俺たちに随分と親身になってくれるな。

 良い人のようだ。


 ロビンの動きに合わせるように白アリが動き出した。真っすぐにテリーのほうへと向かっている。

 そんな白アリの後を「やれやれ」といった感じで、右手で頭を掻きながらボギーさんが少し間隔を空けて白アリの後に続く。


 どうやらあちらも諦めたようだ。仕方がない、俺も行くか。

 後ろから「骨は拾ってあげますよー」という、聖女の声が聞こえる。振り向けば、そこには満面の笑みがあった。

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