第145話 ランバール市のギルド

 あの後、残る二つの組織をサクッと潰して、構成員を捕獲、資金を接収した。

 悪の組織とはいっても所詮は半端者の集まり、グランフェルトやグラム城で接収した貴族の資金と比べるとすずめの涙でしかない。


 捕縛、接収の作業が終わる頃は夜の二時近かったにもかかわらず、ラウラ姫も最後まで起きていた。

 子ども扱いするのもどうかとは思ったが、眠るように勧めたところ、「皆さまが、起きて頑張っているのに自分だけが眠るわけには参りません」と可愛らしいことを言っていた。


 隙を見ては眠りこけていた聖女に、爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。

 黒アリスちゃんをそそのかして、捕虜を闇魔法で無理やり覚醒させて、体力を光魔法で回復し、一睡もさせずに強制労働させていた張本人とは思えない。


 結局、捕縛したチンピラの騎士団への引き渡し手続きはアイリスの娘たちがこころよく引き受けてくれた。

 朝食前に騎士団へ引き渡しをしてきてくれるそうだ。


 俺たちは遅くに宿屋に戻り、宿屋の主人にひとしきり怒られた後で眠りについた。

 

 ◇

 ◆

 ◇


 翌朝、朝食を摂った後でこの都市の探索者ギルドへ登録をしにいくことにした。ただし、全員一緒では目立ちすぎるので、数人ずつのグループに分かれて、お互いに知らん顔で登録をする。


 登録といっても、俺たちは既にカナン王国で探索者ギルドに登録してあるので、ギルド証の確認とダンジョンに潜るための手続きくらいしかない。

 だが、この登録手続きをしないとダンジョンへ潜ることも依頼を受けることも出来ない。

 

 予定外だったのは、ラウラ姫も登録の際に一緒に行きたいと言い出したことだ。

 ラウラ姫が登録をする訳ではないのだが、探索者ギルドに興味があったらしく見学をしたいらしい。


 何となくもめ事の原因にもなりそうだったので、困った視線をセルマさんに投げかけたのだが、結局は拝み倒されてしまった。

 結局、探索者ギルドの向かいにある食事処にラウラ姫を同行して待機をしている。



「そろそろ行きましょうか?」


 ラウラ姫に話しかけながら、聖女とロビンに目配せをする。


 今回、ラウラ姫が同行することもあって、俺たちの登録は、俺と聖女、ロビン、メロディ。それにマリエルとなる。

 ボギーさんと白アリのグループとアイリスの娘たちの半数が先行して登録しているので、柄の悪い連中に絡まれても大丈夫だろう。


 俺たちは、アイリスの娘の半数を残して、道を挟んで反対側にある探索者ギルドへと向かった。


 ◇


「こら、受付嬢っ! 何か文句でもあるっての?」


 ギルドの建物に入るなり、受付嬢を怒鳴りつける女性の声が建屋内に響き渡る。白アリだ。


 周囲の人たちが何事かと視線を向けている。

 よく見知った美人の受付嬢に絡む見知らぬ異国の美少女。そりゃあ、視線も集めるよな。


 絡まれないようにしようとしてたのに、何で自分から絡んでいってるんだ?

 心配になって、ギルド内を軽く見渡したが、探索者の人数が少ないこともあってか、白アリたちに干渉しようというやからはいないようである。


 この都市のギルドもトールの町のギルドと同じような造りをしている。

 入り口を入ると、左手にカウンターがあり、ギルドの事務処理スペースと探索者たちの待機、依頼張り出しスペースとに縦に走るカウンターによって二分をされている。


 皆が興味深げに見つめたりチラチラとうかがうようにしたりしているなか、周囲の人たちと明らかに違う反応をしていたのは、アイリスの娘たちの半数とボギーさんだ。

 アイリスの娘たちは他人の振りをしている。いや、あからさまに何も聞こえない、何も見えない振りをしている。ボギーさんは一緒に登録にきたので逃げ場がない。すぐ横で天井を仰ぎ見ている。


 気の毒に。心中お察しします。

 心の中でボギーさんに謝罪をして背を向けた。


「ミチナガー、良いのー? あれ?」


「良いんだ、今は関わっちゃだめだからな」


 心配そうに白アリのほうを見ているマリエルにクギを刺し、ハチミツの入った小さな壷を渡す。


「向こうのテーブルでそれをなめてなさい」


「はーい」


 そう言うと、ハチミツの壷を嬉しそうに抱えて待合所にあるテーブルのひとつに向かって飛んでいった。


 俺の周りにいる女性で一番素直なのはマリエルじゃないだろうか?

 意識をマリエルから手続きへ戻す。


 俺たちは白アリとやり取りをしている、もめ事の臭いのする窓口から一番離れている、入り口の一番近くにある窓口の受付嬢へと向きなおる。

 見るからに新人といった感じの若い受付嬢だ。見た目には白アリや黒アリスちゃんと同年代くらいか。


「すみません、カナンで登録があるんですが、こちらのダンジョンに潜りたいので手続きお願いします」


 奥の窓口でもめている白アリたちを、しきりに気にしている若い受付嬢の目の前に、俺と聖女、ロビン、そしてメロディのギルドカードをこれ見よがしにちらつかせる。


「あ、申し訳ございません。すぐに手続きしますね」


 慌てて俺の手からギルドカードを受け取り、記載内容を書類に書き写していく。


「皆さんカナンなんですね。今日はカナンの探索者の方たちの手続きが続いてるんですよ」


「カナンは戦争中ですからね」


「でも、戦争中だからこそ出世の可能性があるんじゃないんですか?」


「俺たちみたいな九級の探索者は雑用しかやらせてもらえないんでこっちに逃げてきたんですよ」


 受付嬢の顔から視線を逸らさずに会話を続けてはいるが、自然と白アリとあちらにいる気の毒な受付嬢との会話も否応いやおうなく聞こえてくる。


 どうやら、見た目、十歳ほどの欠食児童を十二歳と偽って探索者に登録する気のようだ。

 なるほど。

 それで、受付嬢が書類内容に疑いを持って確認したところで、白アリが切れたのか。


「そうですね、皆さん九級なんですね。北のダンジョンは比較的難易度が低いのでそちらがお薦めですね」


 ギルド証の表面の記載事項を書き写し終えたのか、手元では四枚のギルド証を裏側に返しながら、にこやかに俺たちに笑顔を向けてくれた。


「え? 九級ですけど、皆さん複数の魔法が使えるんですか? 凄いっ、光魔法が使える魔術師が二人もっ!」


 ギルド証の裏面に入ってからは、書類を作成しながら、何度も驚きの声をあげる。その都度、俺たちの顔を穴の開くほど見つめている。


 さすがにこちらの登録してある魔法スキルを大声で叫ぶことはなかったが、小声でも重要情報の漏洩であることは間違いない。

 案の定、慌てて飛んできた先輩と思しき年配の女性職員に、襟首を掴まれて奥の部屋へと引きずられて行ってしまった。


「これで手続きは終わりですか?」


 無人の受付窓口の前に取り残された俺に向かって、先ほどまでギルドの中をキョロキョロと見渡していたラウラ姫が、明るい笑顔とどこか楽しげな口調で聞いてきた。


 その後ろではセルマさんとローゼがどこか引きつった顔で俺に向かって謝罪をしている。

 いや、謝罪をされるようなことではないんだが。


「いえ、どうやらギルド側で何か問題が発生したようです。我々の手落ちではないのですぐに代わりの担当者がくるはずなのでもう少しお待ちください」


 侍女二人は謝るばかりで説明をする様子がなかったので、ラウラ姫をマリエルが占拠している待合所のテーブルへとエスコートしながら話す。

 

 受付窓口で新しい受付嬢に呼ばれたので、ラウラ姫をそのままセルマさんに引き継ぎカウンターへと急いだ。


「誠に申し訳ございませんでした。手続きが完了致しました」


「いえ、大丈夫です。驚かれるのにはそれなりに慣れてますのでお気になさらずに。それにこちらから無理をお願いするかもしれません。貸しをひとつということで如何でしょうか?」


 三十代くらいだろうか、落ち着いた感じの女性担当者が差し出したギルド証を受け取る。


「承知致しました。比較的治安は良いとはいえ、不逞ふていの輩はおります。お困りのことが発生致しましたら仰ってください」


 さすがベテラン、さすが三十代の女性だ。営業スマイルで通常業務のように受け入れてくれた。


 ダンッ


「オーガだっ! オーガを仕留めたぞっ!」


「ダンジョンじゃねぇ、ガザンとの国境付近だ」


「まだいる、遠目に三体のオーガを確認した。それ以上いる可能性もある。装備と人員を整えたらすぐに出る。協力できるパーティーはいるか?」


 俺の背後――入り口の扉が乱暴に開けられたと思ったら、それに続いて荒っぽそうな男たちの声が次々と響く。

 複数のオーガを確認したことで高揚しているのだろう、幾分か興奮をしている。


 パーティーは前衛職が四人、四人とも盾術のスキル持ちだ。男が三人に女性がひとり、男は何れも三十代に見える。女性は二十代半ば頃か、前衛職の男たちに混じっても見劣りをしない体格をしている。

 男のうちのひとりは風魔法を、女性は土魔法をレベル1だが所持をしている。

 後衛職は二人とも男だ。ひとりは三十前後か、もうひとりは二十代前半に見える。二人とも弓矢と剣を装備しているが、それぞれ、火魔法のレベル2と水魔法のレベル2を所持している。


 世間一般の評価でいえば、堅固な前衛と物理攻撃と魔法攻撃ができるバランスのとれたパーティーだな。

 この面子ならオーガの一体くらいは問題なかっただろう。


「ダンさん、一先ず奥の部屋へお願いします」


 俺たちの対応をしてくれていた三十代の受付嬢が、今入ってきたパーティーに奥の扉を示しながら声をかける。


 声に緊張の色がうかがえる。

 オーガは見かけた三体だけじゃないと考えているようだ。何か情報を掴んでいるのか?


「どうします? 手伝いますか? 群れだとあの程度のパーティーでは全滅ですよ」


「集まる討伐パーティーにもよるでしょうが、オーガが群れでいると厄介ですよ。それに、無いとは思いますがワイバーンのところに辿り着かれても困りますよね」


 聖女とロビンが傍にきて小声で話しかける。

 二人の危惧はもっともだ。だが、そんな理由とは関係なしに討伐隊に加わることになりそうな気がする。


 俺の目の端には、先ほどの受付嬢と慌ただしく入ってきたパーティーの会話に、目を爛々らんらんとさせて聞き耳を立てている白アリと、昨夜のことですっかり戦闘に病みつきになった、やはり目を爛々らんらんと輝かせている欠食児童の姿が引っ掛かっていた。


 ダンッ


「依頼達成だっ! 獲物もあるんだ、道を空けろっ!」


「ジャイアント・オークだ」


「表の荷車に乗せてある。査定と確認を急いでくれよ」


 先ほどのパーティー同様に扉が乱暴に開けられる音に続いて男たちの声が聞こえる。

 

 先ほどと大きく違うのは回りの反応だ。

 あからさまに嫌な顔をする者や視線を合わせないように目を逸らす者が多数いる。

 

 どうやら好感度の低い連中のようだ。

 いやな雰囲気だ。俺たちではないにしろ、もめ事が起きそうな気がしてならない。


「ミチナガ、もしもめたら、あの男が持っている「気配遮断 レベル1」のスキルは私がもらいますね」


 振り向くとロビンが獲物を見るような目で荒くれ男たちを見ていた。

 お前もか、ロビン。


 聖女も聞こえていたのか、苦笑をしている。

 聖女から再びロビンへと視線を移そうとする矢先に三度みたび入り口付近が騒がしくなる。

 今度は若い女性たちのさざめくような笑い声が聞こえてきた。


 テリーだ。

 左右に二人ずつの奴隷を侍らせて、腰に腕を回している。


 周囲の空気が変わる。

 険悪な視線と嫉妬の視線がテリーを射抜く。


 いや、それよりも、ひとり増えてるぞ。誰だよ、それ。買い物ってそういう買い物だったのかよ。

 

 もめ事など、起きませんように……

 俺は女神さまに心から願った。

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