第144話 眠らない街(3)

 既に警戒する者がいなくなった正門を堂々とくぐり、ターゲットであるボスの屋敷へ向かう。

 左側が俺、右側に白アリで欠食児童を左右からガードするようにして、三人並んでゆっくりと歩きながら侵入をした。


 予想はしたが、庭はひどいありさまだった。

 庭木は倒れ、武装した男女が身体の一部を地表に張った氷にとらわれている。熱帯夜だったこともあってか、上半身裸の者も数人見て取れる。


 俺たちの侵入に何人かが気付いたが、制止されたり呼び止められたりするようなことはない。

 誰も彼もそれどころではない。必死に氷から脱出しようとしていた。


 何人かは正常な判断ができない状態に陥っているのか、間を縫うように歩く俺たちに助けを求める者もいた。

 

「下郎がっ!」


 奇麗に振りぬかれた欠食児童の右脚が、すがり付く男のあごを見事にとらえた。

 

 鈍い、何かが砕けるような音とともに男が仰け反り、すがり付いていた右手が掴んでいた欠食児童の服の裾から離れる。

 何て好戦的な精霊なんだ。間違いなくうちのパーティーで他の追随を許さない好戦度だ。


 こいつに比べたら白アリなんておしとやかな部類に入るんじゃないだろうか?

 そう考えると比較って恐いよな。正確な情報が伝わらない。


「さすが水の精霊ウィンディーネ。大したものね。よくやったわ、ウィン。何か欲しいものある?」


 自身の胸のあたりまでしかない、ウィンと名づけられた水の精霊ウィンディーネの頭を優しくなでながら、満面の笑みを向けて褒めている。


「ありがとうございます、白姉さま。あの甘い果実が練りこまれたクッキーが美味しゅうございました」


 祈るように胸元で両手を組み、白アリを見上げたまま、足元も見ずに器用に障害物を避けて氷の上を軽い足取りで進んでいる。

 ここからは見えないが、食欲に目が眩んだ瞳をさぞや輝かせていることだろう。


「ああ、あれね。実は自信作だったのよ、喜んでもらえてあたしも嬉しいわ」


「おお、そうでしたか。是非ともあのクッキーをもう一度お願いいたします」


「任せなさいっ! 明日のおやつに作ってあげるね」


「ありがとうございます。わたしは世界一幸せな精霊です」


「まあ、可愛らしいこと言っちゃって。新作のお菓子も用意しちゃおう」


 キャイキャイと焼き菓子の話題で盛り上がる二人をよそに、俺は空間感知で庭の被害状況を確認する。

 いや、被害というのはおかしいか。戦果の確認をする。


 不幸にも顔を氷漬けにされて呼吸が出来ずに苦しんでいる者が数名いたので、火魔法で呼吸だけはできるようにしてやる。

 凍傷については、まあ、後で腕の良い治癒魔術師を探してもらおう。


 それにしても、先ほどまでの熱帯夜がウソのようだ。

 地面と空気中を凍てつかせた効果から、実に過ごしやすい気温になっている。これなら屋敷内のほうが暑そうだな。


 自然と俺たち三人の歩く速度が遅くなる。

 歩く速度に合わせて、身動き取れないチンピラの意識を刈り取っていく。時に物理攻撃で、時に魔法で。


 黒アリスちゃんやボギーさんのように「睡眠」や「麻痺」などという優しい魔法は持ち合わせていないので、肉体的にダメージを与えて意識を刈り取っている。

 俺と白アリは主に魔法で、欠食児童は主に物理攻撃で。


 こいつ、本当に精霊なんだろうか? 俺たち騙されているんじゃないのか?

 嬉々として蹴りを入れる欠食児童を見ながら「悪霊」という単語が頭をよぎる。


 既に、左右からテリーとロビンが、背後から黒アリスちゃんと聖女が屋敷内に侵入している。

 黒アリスちゃんと聖女は隠密行動なので接敵が少ないのは分かるが、ロビンはともかく、テリーが予定よりも接敵が少ない。


 テリーのほうは接収に夢中になっているのだろう。ロビンはスキル強奪のついでに敵を捕縛している感じだな。

 二人とも、予想通りといえば予想通りの行動なので、特に何かしかの対処を講じる必要はない。


 前方を見やると、屋敷内に配置されたチンピラが、顔をあちらこちらの窓から覗かせてすずなりになっている。

 庭の異変に気付いて状況を確認するために行動は起こしたようだが、そこから先が続いていない。どいつもこいつもアングリと口を開けて動きが止まっている。ついでに思考も停止しているようだ。


「射的の的みたいね。あれはどうするの?」


 白アリが鈴なりになっているチンピラたちを冷めた目で見ながら、「たおやか」と表現するのに十分な所作で、白く細い右手の人差し指を向ける。


「引き付けるのと敵の捕縛が俺たちの役目なんで、このまま屋敷に被害を出さないように攻撃をするか、敵がこちらに向かってくるのを待つかだな?」


「今なら、壁沿いに水の刃を放てば、まとめて首を落とせそうですね」


 こう、ストーンと。などと言いながら、欠食児童が右手で自分の首を切り落とす仕種をしている。


 さすがは精霊、人間に対して情けもなければ容赦もない。効率重視の発言である。というか、人の話を聞いていないよな。始末したいんじゃなくて捕縛をしたいと言ったはずなんだが。

 それはそれとして、もの凄くスプラッターな光景を想像してしまった。ダメだ、窓がギロチンにしか見えない。


「いや、人をなるべく殺さない方向で頼む。建前は違うが実際は交戦国なのと、今回はあいつらが何かを仕掛けてきたんじゃなくて、先手を打ってのリスクの排除なので穏便に頼む」


「そんな甘ちょろいこと言ってるから敵が出てきたわよ」


 言葉とは裏腹に、白アリの口調が弾んでいる。口元から笑みがこぼれている。氷上だというのに足取りも軽い。

 そのすぐ横で欠食児童がニターっと、悪魔のような笑みを浮かべている。


 なんでこんなチーム構成にしたんだろう……数を相手にするので、広域魔法の破壊力と所有属性で選んでしまった自分が恨めしい。

 五分前の自分を殴ってやりたい。


 ひるがえって、ギロチン、もとい、窓を乗り越えて庭に出てきた敵を見る。

 辛うじて剣を手にしてはいるが、無言だ。何処と無く顔色も悪いように見える。表情が硬いな。

 足取りがぎこちないのは氷上のせいだけではないだろう。


 明暗が分かれている。

 ナンバー1の悪の組織の構成員なんだから、もう少し余裕というか、せめて虚勢を張って欲しかった。


「生まれたての子鹿みたーい」


 白アリが『プププ』と隠しきれない笑いを左手で隠すようにしているが、


「ブッハハハーッ! 足がプルプルしてますよー」


 欠食児童のほうは笑いを隠すような武士の情けは無いのか、真っ先に動き出した気丈な男を指差して大笑いをしている。


「どうやら、雪国出身のチンピラはいないようね」


 足取りの覚束おぼつかないチンピラたちを勝ち誇ったような目で見ている。


「お前、雪国の出身なのか?」


「北の大地よ」


「雪解けの頃になると、雪の下から凍死した死体が出てくるっていうあの?」


「そこまて酷くないわよ。雪解けの頃になると、行方不明者が減って死者が増えるくらいよ」


 冗談のつもりだったのだが、さらりと返してくる。

 恐ろしいな、北の大地。どこの魔境だよ。


「――――好戦的で容赦の無いお二人を敵に回したのですから、命があるだけでも幸運に思うべきですよ」

 

 俺と白アリがそんな会話をしている間、欠食児童は身体の右半分を氷漬けにされて、涙目になっているチンピラに向かって語りかけていた。


 え? 俺なのか? ここまでの言動を振り返れば俺じゃあないだろう?

 いくらなんでも、それはあんまりじゃないか? 「好戦的なメンバーで尚且つ容赦がないのは俺じゃなくて、白アリとお前だろう、欠食児童」と反論をしたいところだが、今ここで不毛な会話をしても仕方がない。 

 

 意識を欠食児童からこちらへと向かってくるチンピラたちへ移す。

 剣を杖代わりにして氷の上を歩いてくる。中には上手く歩けないのか、這ってまでこちらに向かっている者もいる。


 見上げたものだ。カナン王国軍よりも忠誠心や使命感があるんじゃないのか?


 その向こうを見れば、茫然としていた連中も我に返ったのか、次々と窓から飛び出しこちらへと向かう努力をしているようだ。

 半数以上が氷の上に寝転んでいるが、多分そうなのだろう。


 立っている者、寝転がっている者を問わず、目に付くところから重力魔法、重力の弾丸で意識を刈り取っていく。


 赤い光点? レーザーサイト? ボギーさんか?

 目の端にレーザーサイトと思しき赤い光点をとらえた。次の瞬間、俺のやや後方から飛んできた風の弾丸が、寝転がっているチンピラを景気良く弾き飛ばした。


 白アリだ。

 早速、ボギーさんの試していたレーザーサイトを練習がてら取り入れている。


「これ、レーザーサイトだっけ? 便利ね。百メートルくらいの距離ならあたしでも狙撃が出来そうよ」


 急に命中精度が上がったことが嬉しいのか、戦闘に酔っているのか、少し興奮気味だ。

 

 百メートルくらいの距離で「狙撃」とか言われても返す言葉が難しい。

 あたしでも、とか言うあたり、自覚はあるのかもしれないが、この十メートルほどの距離でさえレーザーサイトを使っても微妙に照準がずれているのだから、なおさら返す言葉が見つからない。


 まあ、普段のあいつの命中精度を考えれば飛躍的な上昇か。

 フレンドリーファイアの警戒が少なくなる分こちらとしても助かる。助かるが……良い機会だ、もう少し練習をしてもらおう。


 ◇


 庭に出てきたチンピラの大半を白アリの練習台としている間に、空間感知で屋内と地下、この屋敷の周辺を索敵する。

 

 地下室と地下通路はあったが特に地下室に隠れたり地下通路を使っての逃亡を図られたりすることはなかった。


 屋内の索敵に入ろうとしたところで、ハート型のピンク色の花火が三つ上がった。

 聖女からの狼煙代のろしがわりの合図だ。


 どうやら、非戦闘員は全て所定の場所へ移動を完了したようだ。


 改めて屋内の様子を索敵しようとしたところで、テリーとロビンが玄関から現れた。

 二人とも実に満足そうな表情である。


 まあ、それぞれに収穫があったということか。


 まだ十一時にはなっていないが、そろそろラウラ姫も睡魔に勝てない時間帯だろう。

 さて、ボギーさんたちと合流して残り二つのグループの本拠地を、急いで叩いて終わりにするか。


 今夜はゆっくりと眠って、あすは都市観光兼迷宮へ潜る準備をしないとな。

 いや、その前に捕縛したチンピラを騎士団に引き渡さないと。


 面倒だなあ。

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