第143話 眠らない街(2)

「動きが出ましたよ。結構な人数が建物から出て行くみたいですねー」


 屋上にうつ伏せになり敵の本拠地を覗き込んでいた聖女が、視線をそのままに押し殺した声でつぶやいた。

 この距離で聞こえるはずはないのだが、そこは気分的なものなのだろう。


 聖女の声に反応して視線を聖女へと向ける。

 うつ伏せになりづらいからか、暑いからかは分からないがアーマーを外しているので体線がよく分かる。


 一段高い場所でうつ伏せになっているので、ちょうど俺の位置からだと右の太ももとお尻を後方から覗き込む感じで視界に入ってくる。

 いろいろと問題があるがスタイルは良いよなあ。


 うつ伏せになった聖女の、魅力的な太ももとお尻に未練を残しつつ空間魔法で視覚を飛ばして確認をする。

 記憶にあるチンピラグループの面々が敵の本拠地から飛び出してくるのが見えた。


 俺たちは再び、敵の本拠地が見渡せる教会の屋上に集まって襲撃の機会をうかがっていた。


 大丈夫そうだが、念のため聞いておくか。

 声だけをチンピラグループから派遣された伝令の耳元に飛ばす。


「お前らのグループには既に話は通ってるのか? そのまま屋敷にいたら巻き込まれるからな」


「伝令を出しているので大丈夫なはずです……」


 声だけを飛ばすことに慣れていないのか、一瞬だが身体と表情を強張らせる。

 言葉の最後のほうは消え入りそうな小声になりながらも、チンピラグループの伝令が俺の質問に答えた。


 このまま敵の本拠地を攻撃してしまっては、協力しているチンピラグループの構成員まで一緒に攻撃してしまうのは確実だ。

 それも忍びないので、敵の本拠地から撤退する機会と時間を作ることにした。


 俺たちが敵の本拠地を後回しにして、ヤツらの資金源を叩いたのに合わせて、チンピラグループが「自分たちの資金源が謎の敵に襲われている」と騒ぎ出し、自分たちの拠点へと戻る。

 ときを同じくして、他からも同様の知らせが届く。自分たちの資金源が襲われているのを放って、他の組織の本拠地を守るような殊勝なヤツはいないだろうとの想定から考えた作戦だ。


 案の定、次々と本拠地から人が飛び出していく。


 敵が分散して叩く手間が増えるが、やむを得ない。これも協力者への配慮だ。

 加えて、一ヶ所あたりの戦力を弱体化できる。今の俺たちならこの程度の戦力を分散させて弱体化させる必要もなさそうだが、数が多いというのはやはり厄介だ。リスクを避けるための手間と割り切ることにした。


 ◇

 ◆

 ◇

 

 敵の本拠地であるナンバー1組織のボスの屋敷。その正門前の外に六人の、見るからにチンピラといった風体の男たちがたむろしている。

 この拠点襲撃における最初のターゲットだ。


「そろそろ行くか」


 右側に白アリ、左側に水の精霊ウィンディーネと三人で横に並び、正門へ向けてゆっくりと歩き出した。


「行きましょうー、派手にやりたいわね」


 白アリはそう言い終えると、例の銀色のゴルフボール大の球体を自分の周囲へと展開させる。


「火と爆裂はなしだからなっ! 絶対に使っちゃダメだぞ。それと屋敷内にかくまわれている非戦闘員も攻撃対象外だからな」


 瞳を爛々らんらんと輝かせて右手を大きく回している白アリの様子に、一抹の不安を覚えて慌ててクギを刺す。本日、何本目のクギだろうか。


「やーね、分かってるわよ。そんなことしないってば」


 照れ隠しのつもりなのか、笑顔を浮かべて否定はしているが、笑顔が引きつっているのがもの凄く気になる。絶対に忘れてただろう。


「頼んだぞ、水の精霊ウィンディーネ


 引きつった笑顔が自分でも分かったのか、百面相のような顔面運動をしている白アリから、両手にクッキーをひとつずつ持った欠食児童へ視線を移す。


「お任せください、フジワラ様。クッキーのためなら大量殺人もいといません」


 いや、違うだろう。

 大量殺人なんて頼んで無いだろうが。「怪我をさせても良いので殺すな」と頼んだはずだ。

 

 どこをどう聞いたら大量殺人依頼になるんだ?

 クッキー二十枚程度で大量殺人やっちゃうのか? いくら命が安いこの異世界でも安すぎるだろう。


「いや、怪我人は幾ら出しても良いけど、殺人はなしで頼む」


 いろいろと意思の疎通を再度図りたい部分はあるが、敵が目前に迫っていることもあり要点だけを伝え視線を正門へと向ける。



 正面から俺と白アリ、そして水の精霊ウィンディーネが突入する。陽動を兼ねた力押しチームだ。

 俺たちが攻撃を仕掛けて、注意がこちらに向いたところで、側面から東と西からそれぞれ、テリーとロビンが敷地内に侵入し、そのまま屋敷へ突入。それぞれで屋敷内の戦闘員を無力化させていく。


 背後からは黒アリスちゃんと聖女が隠密行動にて屋敷内へ潜入する予定だ。

 この二人の主たる目的は、かくまわれている非戦闘員の確保、具体的には睡眠魔法で眠らせてから、転移魔法を使って安全な場所へ避難をさせる。


 ボギーさんをリーダーに残りのメンバーはラウラ姫一行の護衛である。

 ちなみに、ボギーさんは護衛のリーダーではあるが、本人も「試してみたいことある」と言い、教会の屋上からの狙撃を買って出た。


 俺たち三人にようやく気が付いたのか、正門前にいるチンピラたちがこちらを指差して何かを言っている。

 俺たちに気が付いたのは彼らだけじゃない。正門のすぐ傍に建てられている二つのやぐらの上にいる見張り役もそうである。むしろ、やぐらの上の連中が先に気付いて、正門前を固めている連中に知らせたようだ。


 既に、正門の左右にあるやぐらの上にいる戦闘員は、弓に矢を番えてこちらに狙いを定めている。

 気の毒に、自分が狙いを定められているとも知らずに。得意気な顔が滑稽にみえるな。


「赤い光点が見えますね」


 やぐらの上にいる二人の弓兵の矢を引き絞る腕を見ながら欠食児童が不思議そうに聞いてきた。


「レーザーサイト、ボギーさんよ。本当、器用ね。あれってやっぱり光魔法なの?」


 こちらへ向かってにやけた顔で近づいてくるチンピラなど眼中にないのか、やぐらの上のレーザーサイトに見入っている。


「ああ、光魔法だった。俺がこの間やってたように、重力魔法で空気のレンズを作ってスコープにもしてるし、暗視スキルもいつの間にか手に入れてたよ」


 ここからでは見えるはずはないのだが、教会の屋上へと視線を向けてしまう。


 ボギーさんの試してみたいことと言うのは魔法銃を使っての遠距離狙撃だ。

 それにしても、レーザーサイトのことは事前に知らされていたが、この距離で届くことには驚かされるな。


「こんばんはー、ちょっとそこの屋敷に用事があるの。通らせてもらうわね」


 友だちに話しかけるような気安さと笑顔で、白アリが男たちに軽く手を振る。


「なんだ、お前らっ! 今夜は忙しいんだ。帰りなっ!」


「おい、待てよ。良い女じゃないか、姉ちゃんはこっちに来なよ」


「おいっ、兄ちゃん。てめぇは、そのガキを連れてとっとと帰りな」


 高圧的な態度で俺たちを追い払おうとして出てきた男を押し退けて、好色そうな男二人が前面へと出てきた。

 どうやら、俺と欠食児童に用はないようで、視線は白アリに釘付けである。


 同じ男の俺から見ても嫌悪感をかき立てるほどの好色な表情だ。

 白アリの場合、女性、それも自分自身に向けられたものなので、嫌悪感も俺の比ではないだろう。


 視線を白アリへと走らせる。

 先ほどの可愛らしい笑顔はもうない。笑顔が消えて青筋を立てている。


「お嬢ちゃん、大丈夫だから恐がんなよ」


「そうそう、俺たちは女の子には優しいんだぜ」


 何も言い返さない俺や、青筋を立てている白アリを見て、恐がっているとでも思ったのか、前に出てきた好色そうな二人の男たちがますます調子に乗ってきた。


 白アリがご所望なら置いていっても良いのだが、そうなると被害が災害レベルになりそうな感じだな。

 グランフェルト城を嬉々として爆裂系の火魔法で攻撃していた白アリの姿がフラッシュバックする。


「雑魚がっ! 私のおやつの糧となれっ!」


 水の精霊ウィンディーネさげすみの言葉とともに発せられた、呪文にも似た独り言に続いて大量の水が生み出される。


 突然現れた大量の水は濁流となって、白アリのことをいやらしい目で見ていた二人の男だけでなく、一緒にいた見張りの男たちも含めて庭へと押し戻した。

 そして、その濁流はそのまま庭に散らばるチンピラたちを飲み込み押し流す。


 さすがに腐っても水の精霊だけのことはある。テリーの水魔法 レベル5よりも生成される水の量も速度も明らかに上だ。

 欠食児童の水魔法の発動とほぼ同時にレーザーサイトで照準されたやぐらの上の弓兵が引き絞った右手を吹き飛ばされる。


「こんの、ドスケベがーっ!」


 自身の怒声を追い越すかのような勢いで、白アリの広域の冷却系火魔法が水で流されていく男たちを追う。


 白アリの魔法に呼応させて、俺自身も広域の冷却系火魔法を放つ。


「白姉さまに対して何たる無礼。復讐です」


 瞳を妖しく輝かせ、嬉々として水量を抑えた水流と霧状の水がターゲットとなる庭に瞬く間に広がる。


「今夜は熱い夜にしてあげるわ」


 そこへ、さらに白アリの広域の冷却系火魔法が新たな水流と空気中の霧を凍てつかせる。


 欠食児童の発生させた水を俺と白アリの広域の冷却系火魔法で庭がいろいろな意味で凍てつく。

 これで庭のチンピラはほぼ全員身動きできないだろう。


 欠食児童の水魔法を開始の合図として全員が一斉に動き出した。

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