第142話 眠らない街(1)

「さて、次はあそこか」


 少し離れた教会の屋上から眺める敵の本拠地は、これまで襲撃した敵の拠点や本拠地とは違ってる。標的は三階建ての石造りで広大な庭を有していた。

 食事を終え、市街戦の準備を整えての下見である。


 そう、襲撃先は、この都市でもナンバー1と言われている悪の組織、そのボスの自宅だ。

 ここから庭を見渡しただけでも、相当数の戦闘員が庭に見え隠れしている。


 だが、空間感知で詳細を調べれば、建屋内のほうがさらに多くの戦闘員が配置されているのがわかる。

 いや、戦闘員だけじゃあない。


 正体不明の敵を迎え撃つ――迎撃戦なので家族を避難させているかと思いきやそんな様子はない。むしろ幹部の家族も含めて屋敷の奥に集めて防備を固めている。

 さすがに、ナンバー1組織のボスだけのことはある。単なる悪いだけのヤツではないようだ。

 そこら辺の小悪党とは違う。


「やり難いな」

 

 テリーが俺の横に並んで、敵側のボスの屋敷を眺める。左右にティナとローザリアを侍らせ、左右の手は二人の腰に回されている。

 言葉と表情は深刻そうだが、やっていることは平常運転である。まったく説得力がない。


「さっきの情報は間違いないんですね?」


「はい、うちを含めた四つの組織がここに集結しています。申し訳ございません」


 聖女の質問に、チンピラグループから派遣された伝達係が、謝罪つきで怯えるように平伏している。


「集まってるわねー。四百人以上いるんじゃないの? さすが、ナンバー1とナンバー4、ナンバー5の組織の共同戦線ね」


 先ほど、「庭の戦闘員はナパームみたいな広域の火炎系火魔法を撃ち込んで混乱させれば即時戦力外よ」などと、都市破壊を極力避けようとする市街戦の戦術とは思えない方法を口にした白アリが、敵の戦力など意に介していない軽い口調でつぶやく。


「でも、庭が広いので私たちには戦いやすいですよね。今夜は熱い夜になりそうです」


 今しがたまで、周囲の迷惑など一顧だにせず、重力の短槍を何かのデモンストレーションのように、クルクルと振り回していた聖女がその短槍を抱きかかえて妖しげな笑みを浮かべている。


「そうね、熱帯夜に相応しく熱い夜にしてやりましょう。返す返すもインフェルノフェニックスを置いてきたのが悔やまれるわね」


 白アリが全身にやる気をみなぎらせて、聖女とは違った方向に瞳を輝かせている。


「いや、今回は「火」は使わないでくれよ」


「いやねー、分かってるわよー」


 今の「フェニックス」発言と先ほどの白アリの言葉を思い出し、念押しをする俺に向かって、ちょっとだけ笑顔を引きつらせて手をパタパタと振っている。

 頬を汗が伝っているのは決して熱帯夜だからじゃあないはずだ。


「うわー、たくさんいるー。恐そうな顔の人がいっぱいだー、いやー近づきたくないよー」


 遠見スキルと暗視スキルを駆使して確認したのだろう、マリエルが両腕で自分の肩を抱いて身震いの真似事をしている。


 そんなおどけているマリエルを横目に見ながらメロディが顔を青ざめさせていた。


 もういい加減に、顔の恐い男や顔の不自由な男に慣れても良さそうなものなのだが、なかなか慣れてくれない。

 これは戦闘では役に立ちそうにないな。下手に攻撃魔法で暴走されても困るし後方支援に回ってもらおう。


 メロディの欠点――魔力の少なさと変動誘発への対応、そして面食いだ。

 魔力の少なさは、魔力を蓄積しておく魔道具で何とか対応の目処が立った。変動誘発と面食いは対策がまったく無いのが現状だ。


 変動誘発と面食いはどちらも暴走の危険性がある。

 主力として投入するにはリスクが大きいのでどうしても補助的な役割しかできない。せめて面食いだけでも治ってくれればもう少しやりようもあるんだがな。


 ワイバーンのときは逆療法でワイバーンの中に放り込んで世話をさせることで克服したが、まさか、恐い顔のおっさんたちの中にメロディを放り込む訳にもいかない。

 下手したらトラウマにもなりかねないしな。


「こうして高いところから俯瞰ふかんすると分かりやすいな。それに、意外と固まってる」


 俺がメロディのことであれこれと悩んでいる横で、テリーが地図を見ながら口元を緩めた。


 テリーの言葉に誘われるように、広げられた地図を俺と白アリ、黒アリスちゃん、聖女で覗き込む。

 なるほど、確かに敵の資金源となる店が固まっている。


「じゃあ、せっかくここにターゲットの戦力が集まっていることだし、本拠地は後回しにして資金源になっている店の方に行きましょうか」


 派手な爆裂系の魔法も好きだが、それ以上に相手の裏をかくのが大好きな白アリがほくそ笑んで、地図を覗き込んでいるメンバーに視線を巡らせる。


「近場から順番に行かなくても、お店は近くに固まってますし、複数同時攻略できそうですね」


 やはり、「怪盗もの」や「コンゲームもの」が大好きな黒アリスちゃんが瞳を輝かせ、声を弾ませている。


「そうだな。一応、事前に空間魔法で中の状況は確認してから、仕掛けるってことを厳守で同時攻略するか。念のため、一組は二人以上な」


 自分でも思わず笑みが漏れてしまっているのが分かる。


「前から思っておましたが、強いのに真正面から戦うってことしませんよね? どちらかというと、弱いところ弱いところと選んでいませんか?」


 アイリスのリーダーであるライラさんが、幾分か顔を引きつらせながらも愛想笑いを浮かべて聞いてきた。


「当たり前でしょう、真正面から戦ったって面白くないじゃないの。敵が慌てたり悔しがったりしているから楽しいんじゃない。それに避けられる危険は避けないとねー」


 既に敵の資金源への同時攻略へ思いを馳せているのか、楽しくて堪らないといった様子で白アリが答えた。


 白アリだけじゃない。

 テリーと黒アリスちゃん、聖女はもちろん、後ろの方で火の点いていない葉巻を咥えていたボギーさんまで口元を緩ませている。もちろん、俺もだ。


 疑問を投げかけたライラさんをはじめとしたアイリスの娘たちが、疲れ切った表情で俺たちのことを茫然と眺めている。

 茫然としているのは良いとして、疲れ切った表情は見なかったことにしよう。


「二チームに分かれてそれぞれ並行して攻略作戦を展開しようか。目標は敵の保有資金の接収と構成員の捕縛。もちろん、店の権利書などの不動産資産も接収対象だ」


 ここまで訪問してきた、三つの悪の組織への対応となんら変わらないのだが、念のため全員に確認をする。


 チンピラグループから派遣された案内役が、泣きそうな顔で屋上の片隅で身を寄せ合っているのが目の端に映った。


 どうも俺たちのやることや会話に過剰反応をしている節がある。

 身の安全と組織の安泰は約束しているのだが、まだ信用をしていないようだ。


「俺と黒アリスちゃん、テリー、ロビン、メロディ、ティナ、ミレイユ、ラウラ姫一行、アイリスのメンバーを二名こちらへ頼む。他はボギーさんをリーダーにして行動してくれ」


 それぞれのチームの攻略対象をマーキングした地図を、アイテムボックスから取り出したテーブルの上に広げる。


 皆が地図を確認しているのを見ながらさらに続ける。


「メロディとティナはラウラ姫一行の護衛に専念してくれ。カラフルと黒アリスちゃんのアンデッド・シルバーウルフも護衛に付ける」


「はい、承知致しましたご主人様」


「はい、了解です」


 俺の言葉にメロディが即答をし、ティナがテリーに視線で確認をしたあとで答えた。

 

 興味があったのか、皆と一緒に地図を覗き込んでいたラウラ姫たちが、俺たちのやり取りを聞いて慌てて顔を上げた。

 その表情は若干だが安堵が見える。


「ありがとうございます」


「恐れ入ります」


「ありがとうございます。助かります」


 ラウラ姫、セルマさん、ローゼと三人が次々とお礼の言葉と共に頭を下げた。故郷が近いこともあるのかローゼも態度が軟化している。


「いえ、お気になさらずに。こちらこそ危険な場所へ同行させて申し訳ありません」


「いいえ。最初こそ恐かったですが、最近では驚くことはあっても怖いと感じることはありません。フジワラ様をはじめ皆さまを信頼しております。これからもよろしくお願いいたします」


 俺の言葉に、ラウラ姫がはにかみながら笑顔で言い、少し紅潮した顔を誤魔化すように勢い良く頭を下げてそのまま顔を上げずにいた。


 この状況でさらにラウラ姫に話しかけたり、顔を上げるのを黙って待ったりするのは酷というものだろう。

 俺はセルマさんに目配せをして後を任せると、そのまま作戦の最終確認に移った。


 ◇

 ◆

 ◇


「お待たせ、四人目だ」


 臨時閉店していた酒場に空間転移で忍び込み、悪の組織の構成員と思しき男を空間転移で外へと連れ出す。


「え? なんだ? ウグッ」


 俺が連れ出した、状況が把握できずに混乱している男に、テリーが容赦の無いボディーブローを打ち込んで気絶をさせた。


「はい、五人目、最後です」


「何だ? ウワッ! やめろっ! 助けてくれ」


 今度はロビンが連れ出した男をローザリアとアイリスのメンバー二人が槍で滅多打ちにしている。最終的なダメージは別にしても、若い女性に滅多打ちにされる無抵抗な男というのは哀れを誘う。


 生けいけすからすくい上げた魚を一匹ずつ「活け造り」にするイメージの作戦だったのだが、滅多打ちにする女性陣を見ていると「なめろう」だったのかもしれない。


 ナンバー1組織の経営する酒場には、悪の組織の構成員と思われる男たち以外にも、何人もの従業員と酔いつぶれた常連客が残っていた。

 無関係の人たちが多数いた場合の作戦を実行する。

 空間転移で忍び込み、ひとりずつさらって捕縛する。


「金庫は一箇所だけで、支配人の部屋に隣接している隠し部屋にあった。行ってくる」


 袋叩きにあっている構成員から目を逸らし、隠し部屋へと転移をした。


 隠し部屋とは都合が良い。

 人目を然程さほど警戒せずに作業が出来ることに感謝しつつ金庫を切り裂く。原子崩壊の短剣、まさにこのために手に入れたかのような活躍だ。


 悪の組織の思考回路は似たようなものなのか、隠し場所が似通っている。

 金庫から金目のものをひととおり漁り、さらに周辺の棚や引き出しを物色する。もはや定型作業と化した感があるな。慣れてきたのか手抜きを覚えたのかは分からないが作業速度は確実に上がっている。

 

 さて、あちらもそろそろ終わる頃かな。

 無関係と思われる従業員と酔いつぶれた客以外、店内にいないことを再度空間感知で確認してから皆の所へと転移した。

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