第141話 開始
「ここが最初のターゲットね。結構、
三階建ての白を基調とした石造りの建物を見上げながら、白アリが中の人たちを無視して建物を獲物としてロックオンしたようだ。
先般の街造りで保管していた建物を放出した補填に充てるつもりか。
でも、欲しいのか? 何に使うつもりなのかは知らないが、娼館だった建物だぞ?
視線を周囲の人たちに走らせる。
テリーと目が合った。何とも微妙な表情をしている。
どうやら俺と同じ気持ちになったのはテリーだけのようだ。他の人たちは気にしてないのか、少なくとも顔には出ていない。
「どうしたのー?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
俺とテリーの間でフワフワと浮きながら、俺とテリーの顔を不思議そうな顔をして交互に覗き込んでいるマリエルに即答をして、空間感知で内部の様子を再確認する。
「さすが、上から二番目の悪の組織ですね。本拠地も立派ですし、建物の中にいる人も百名近くいますよ……足りますか?」
俺に先んじて空間感知で建物内の様子を探っていたのだろう、黒アリスちゃんが見上げた建物から隷属の首輪を抱えるミレイユたちへと視線を向ける。
この都市でナンバー2に位置する悪の組織の本拠地――この都市で最大級の高級娼館の前に全員で来ている。
そう、アイリスの娘たちとその奴隷はもちろん、ラウラ姫一行も一緒だ。チーム分けはしたが、複数の組織を相手にするのだから、どこから攻撃があっても対処できるように一緒に行動をすることにした。
大勢の若い美女と美少女を引き連れて高級娼館を日中から訪れる男が四人。しかも美女、美少女の中には隷属の首輪をしたものが半数近くおり、年端も行かない少女までいる。
うん。
見ようによっては、俺たちはもの凄い悪人に見えるかもしれない。特にボギーさんが。
事実、先ほどから道行く人々の視線が痛い。
決してやましいことをしていないのだが、何となく表通りに対して背中を向けてしまう。
「隷属の首輪は四百本ほど用意してあります。もし足りないようなら、有刺鉄線で拘束しましょう」
聖女が満面の笑みで黒アリスちゃんの危惧に対策を提示し、白亜の扉をコツコツと軽くノックした。
有刺鉄線――秘密兵器として皆に見せたときの、聖女のキラキラと輝く瞳が思い出される。あれ以来、重力の短槍と並んで聖女のお気に入りの武器になっている。
いや、武器というか道具かな?
「こんばんはー。病める心の浄化に参りましたー」
どこの宗教団体だよっ! 自分のことを棚に上げた聖女の挨拶が表通りに響く。
娼館ってノックをして係の人間を待つものなのか?
俺の疑問は無駄だった。
聖女と白アリ、そのすぐ後ろから黒アリスちゃんが、相手を待つことなく扉を開けて中へと入って行く。
俺たちも先行した女性三人の後を追って娼館の中へと次々と入る。
建物の中に入ると、三人は二階へと続く階段の途中にあった。一階、おそらく受付と待合室兼茶室なのだろう、そこには数名の男たちが横たわっていた。
「こっちにも二人の女の人が倒れているよー」
受付の裏側を眼下に見下ろす位置でフラフラと旋回しながらマリエルが手招きをしている。
「眠っているようならそのままそっとしておいてくれ」
マリエルに指示を出しながら、空間感知で視界の範囲外も確認する。一階の奥――組織の事務所となっている部分には下っ端と思われる四十名以上の若い男たちが横たわっている。
ひとりとして起きている者はいない。全員が眠っている。
しかし、見事な手際だな。
改めて黒アリスちゃんの闇魔法の威力を思い知らされる。しかもご丁寧に魔法のスキルを所持している連中からは魔力を奪っている周到さだ。
「全員、眠っているようだな。さあ、始めようかっ!」
テリーがアイリスの娘たちと奴隷たちに向かって、眠っている悪人たちに隷属の首輪を装着して回るように指示を出した。
作戦は単純だ。
黒アリスちゃんの闇魔法――睡眠で一階から順次、上層階へと移動しながら建物の中の人たちを眠らせていく。
眠った人たちにテリーたちが隷属の首輪を取り付けて、ボギーさんの闇魔法と紋章魔法で隷属の首輪を活性化させる。その間に俺とメロディが資金となりそうなものを接収して回る。
これで悪の組織の構成員の捕縛と小遣い稼ぎの完了である。
眠っているうちに隷属の首輪を付けられ、目が覚めたら奴隷になっていた、という例のおとぎ話のような出来事を実現する。
もちろん、眠っている人たちの中にはお客もいれば娼婦もいる。
いちいち選別している時間も手間も惜しい。スピード重視の作戦なので全員を捕縛し、まとめて騎士団に突き出すことにした。
やましいことがなければ無事に解放されるだろう。
決して面倒だとか、明日は都市の観光をしたいから時間をかけたくないから、といった理由だけではない。
「あのう。私たちもお手伝いしましょうか?」
セルマさんがおずおずと右手を胸元まで挙げて申し出てくれた。
セルマさんの後ろでは、ラウラ姫とローゼがキョロキョロと建物の様子を見ている。まあ、他の部屋や上層階に行かなければ良いか。
異国風の建築物なのでグランフェルト領の建物とはまた違った趣から興味を引かれたのだろう。それに軽く見渡した限りではラウラ姫の教育上問題になりそうなものはここには見当たらない。
「いいえ、それには及びません。逆にラウラ姫をこんなところに連れてきて申し訳ないくらいです。今、お茶の用意をするのでくつろいでいてください」
メロディに目配せをしながら、いつもラウラ姫たちが使っている大理石のテーブルと椅子をアイテムボックスから出し、ティーセットを並べる。
俺の言葉に反応したメロディがすかさずお茶の用意を始めた。
「申し訳ございません。あとは私がやりますので、メロディさんはお仕事に戻ってください」
セルマさんが俺に向かって頭をさげ、
「さあ、俺たちは金庫やら隠し部屋にある資金の接収にあたろう」
セルマさんにティーセットを取り上げられ、困った顔をこちらに向けているメロディに、テンションを上げて笑顔で声をかけた。
◇
メロディとマリエルを連れて、資金となりそうなものを片っ端から漁っていく。
どこの世界もお金は大切なようで、金貨や宝石類、魔石などは頑丈な金庫に保管をされていた。
適度な魔力を込めて金庫や鍵をサクサクと切っていく。まるで、アイスクリームを熱したナイフで切るような感じだ。
便利だ。便利すぎるぞ、原子崩壊の短剣。
原子崩壊の短剣。
込める魔力の量を破壊力と周辺破壊の持続時間、それぞれ意識して割り振ることで、ある程度だが、破壊力と持続時間を調整できる。慣れれば自由に設定できそうだ。
「どう? 何か面白いものはあった?」
白アリが満面の笑みで階段を下りてくる。足取りが軽い。メロディのように尻尾があったらブンブンと振り回してそうなくらい上機嫌だ。
「金貨やら宝石は随分と溜め込んでいたようだが、面白みのあるものはないな。そっちはどうだ?」
階段の途中から覗き込んでいる白アリを見上げて両腕をクロスさせて伝える。
聞いて聞いて。と言わんばかりの表情の白アリの期待に応える。
「えへへへー。面白いものが出てきたわよー」
子どものように無邪気に喜びながら両手に抱えた箱を胸の高さまで上げてみせ、さらに話を続けた。
「この都市の有力者や
何とも得意気な顔である。
「へー、良いねそれ。大手柄じゃないか」
二階の奥の部屋から出てきたテリーが口元を緩めて、俺たちの話に加わった。
確かに、下手な現金なんかよりも、使いようによってはよほど役に立つし見返りも大きい。
問題はリスクだな。
まあ、この程度の悪の組織が利用しても返り討ちにあうことがなかったのだから心配はないと思うが。
その辺りのことは、後でゆっくりと考えれば良いか。どうせ利用するのは戦後だろうしな。
◇
◆
◇
裏組織を三つほど叩き潰して、少し早めの夕食を摂っている最中に、チンピラグループからの連絡係が飛び込んできた。
それは、「謎の組織から襲撃を受けた」との情報が裏組織全体に流れて、残された三つの裏組織が結託しないまでも情報の共有と協力体制を組みつつある、との情報だ。
意外と情報ネットワークが整備されていることに驚かされる。
アイリスの娘たちやラウラ姫一行に緊張が走る。
特にラウラ姫などは血の気が引いた顔をしている。
ここまでの三つの組織を捕縛、壊滅させるために襲撃した拠点は、資金源となる店や倉庫を含めて二十箇所を超えるが、幸いにして戦闘行為は発生していない。
しかし、たった今もたらされた情報から、いよいよ交戦の可能性が出てきた。
街中であまり派手な魔法を使うわけにも行かない。
魔物と戦うのや戦場とは違った戦い方となるのだから、緊張するのも仕方がないことだろう。
「いよいよね。市街戦を想定して散々シミュレーションした、地味な戦闘をようやく実践できるようね」
食事中にもかかわらず、白アリが突然立ち上がり右の拳を左の手のひらに打ち付ける。
そう、俺たち七人だけは緊張をしていなかった。
白アリほど積極的ではないが、練習の成果を実戦で試したい気持ちは共通のようだ。
さて、長い夜になりそうだな。
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