第140話 訪問計画

結論から言えば、ラウラ姫であることは知られていなかった。


 裕福な、外国の貴族か商人の娘あたりが、大勢の侍女と侍女に毛が生えた程度の女の護衛と顔で選ばれた若造の護衛、これらを経験豊かな隊長が率いている、と思っていたようだ。

 そこで、カモだと思って情報を集めていたんだとか。


 確かに、その通りならカモだよな。


 宿屋へ宿泊する際も「お忍び」ということで、偽名を使っているのでここからばれることもないだろう。

 まあ、ばれるとすれば入国審査に立ち会った騎士団からだが、それすら騎士団の隊長の他は数名以外、ラウラ姫の素性を正確には把握をしていない。


 問題はこの都市の裏組織がこちらの予想以上に大きいことと、複数の組織が対立関係や同盟関係にありなかなかに複雑だということか。

 何か問題が発生しても、どこが手を下したのか特定しづらい。


 ひとつの組織なら、狙いはそこの上層部だけですむ。

 だが、複数あって対立関係や同盟関係が入り組んでいると、情報の真偽が見極めづらいのと、嘘の情報に踊らされる可能性が非常に高くなる。


 そればかりか、ひとつの組織が俺たちを付け狙うのを諦めたからといって他の組織まで諦めるとは限らない。むしろその逆だ。「お前らがやらないなら俺たちがヤル」となりそうだ。


「――――この都市には大きく七つの悪の組織があるそうだ。因みに先ほどの悪の組織は、自称、上から三番目だ。もちろん、この情報も嘘である可能性は否定できない。これらを踏まえた上でどう対処するかだ。みんなの意見を聞かせてくれ」


 議題はこの都市にある七つの悪の組織への対応と対策だ。

 端的に言えば、俺たちがダンジョン攻略をしている間、護衛が手薄となるラウラ姫一行と、アイリスの娘たちの安全の確保をどうするかだ。


 宿屋の大部屋――この宿屋で最も大きな部屋でさえ、なおも人口密度の高い室内を見渡す。


 室内には俺たち転移者七名とアイリスの娘たち、マリエルとレーナ、そして今回はラウラ姫一行の合計十六名と二匹が参加している。

 メロディとティナ、ローザリアを筆頭に奴隷たちは周辺の警戒にあたってもらっていた。


 それにしても、ラウラ姫一行も物好きだな。

 これまでは、交戦国の要人という建前で作戦会議には不参加でいてもらったのだが、今回は交戦国とは関係ないとのことと、第三フェーズの作戦もあって、本人から参加の申し出があった。


 余りかたくなに拒否するのもどうかと思い了承をした。

 参加した結果、ラウラ姫に聞かせるのに好ましくないとなれば次回からの参加をセルマさんが思い留まらせるだろう。



「片っ端から叩き潰しましょう。全部消えてなくなれば憂いもなくなるわ」


 口火を切ったのは白アリだ。相変わらずおとなしやかな顔と涼やかな声で、おそらく最も好戦的な案を持ち出す。


 白アリの提案に、アイリスの娘たちが顔を引きつらせ、ラウラ姫一行は三人ともが目を大きく見開いて白アリのことを見つめたまま固まっている。


 それはそうだろう。こんな乱暴な意見が初っ端から飛び出すとは思うまい。

 この手の類の意見は、散々議論して行き詰まった状態――判断や考えるのが、疲れたり嫌になったりしたときに飛び出すものだ。


「よしてくれよ。そんな手間の掛かることをやってたら日が暮れちまうぜ」


 手持ち無沙汰なのか、魔法銃の手入れをしながら、ボギーさんが天井を仰ぎ見た。


 いや、日が暮れるくらいじゃすまないだろう。どう考えても夜が明けてしまう。下手したら朝までかかっても終わらないかもしれない。

 そうなったら、明日は徹夜状態で街の観光兼情報収集か。情報収集はともかく、観光くらいは十分な睡眠の後でしたいものだ。


 ラウラ姫一行に視線を向けると、いつの間にか白アリからボギーさんへと向けられていた。

 その表情は白アリを見つめて固まっていたときと少し違っている。三人ともあんぐりと口を開けていた。白アリを見つめていたときもそうだが三人とも反応が一緒だ。


 そういえば、地球にいたときに、三つ子の猫が同じ表情で同じ動きをする動画をみたなあ。


 念のためアイリスの娘たちに視線を走らせたが、視線の先が、白アリからボギーさんに変わったくらいで、先ほどと特に変わりはなかった。


「でも、先ほどのチンピラグループから仕入れた情報の真偽を確認しながらとなると、複数の悪の組織を叩かないとなりませんよ。それもあれこれと質問をしながらです。それなら白姉の案もありじゃないですか?」


 まだ暴れたりなかったのか、聖女が好戦的な作戦に誘導するような発言を、皆を見渡しながらした。


 いつの間にか、この都市第三位の悪の組織が、チンピラグループに格下げになっていたのだが、誰も気付かなかったのかそこに突っ込む者はいなかった。

 

「確かに、質問したところでまともに答えてくれるとも思えないな」


「そうですね。むしろ質問しに行ったらそのまま絡まれたりしそうで恐いですよね」


 テリーが窓際から外の様子を眺めたまま発言し、黒アリスちゃんが治癒の短剣を収めるための鞘に刺繍をしながらテリーに同意をする。


「そうですね。私も白姉の意見に賛成です」


「なるほど、一理あるな。夜明け前を目標に片っ端から叩き潰すか。順番は……そうだな、面倒だからここから近いところから叩こう」 


 ロビンが右手を軽く挙手しながら賛成をし、唯一反対していたボギーさんも二丁目の銃の手入れを始めながら賛成を表明した。それも具体的な行動の順番を以て。


 ボギーさんの言葉にアイリスの娘たちが泣きそうになっている。

 それはそうか。悪の組織を叩くとなったら、自分たちがその作戦行動に付き合わされる可能性は高いよな。


 ボギーさんまでもが賛成したならば、自分たちが反対したところで受け入れられることはないだろう。

 そりゃあ、泣きたくもなるか。

 

 これはもう決定かな。

 そう思い、決定を伝えようとする矢先に部屋の扉がノックされた。


「どなたですか?」


 扉の一番近くにいた、アイリスのリーダーであるライラさんが返事をした。そのまま立ち上がり扉へと向かう。


 カチャッ


 ライラさんが扉へと辿り着く前に扉が開かれた。扉を開けたのはローザリアだ。

 ローザリアの後ろには、第三位の悪の組織のリーダー格の男が有刺鉄線の傷跡も生々しい顔で遠慮がちに立っていた。さらにその後ろにメロディが見える。


「こちらの男性が、フジワラ様にお届けものがあるそうです」


 ローザリアはそう言うと、一歩横によけて、リーダー格の男に前に出るようにうながす。そのタイミングでメロディが男の背中を押した。


 メロディに押されたリーダー格の男は、たたらを踏むようにして部屋の中へと入ってくる。

 多勢に無勢、心情的には敵中にひとりで放り出されたようなものだ、表情に怯えが見えるのは仕方がないだろう。


「どうした? 話があるんじゃないのか?」


 目を泳がせて、怯えの表情をあらわにした男に水を向ける。


「は、はい。旦那に言われたものを持って参りました」


 男はそう言うと、巻かれた紙を差し出す。この都市の地図だ。こちらの要望通りなら、あの地図には悪の組織の本拠地と主要な資金源となる店――主に賭博場と酒場、娼館がマーキングされているはずだ。


 俺は男から地図を受け取り中身の確認をする。

 よしっ。こちらの要望通りだ。後はこれの真偽だな。こればっかりはここで議論したり考えたりしてもらちがあかない。行動するしかないか。


「ご苦労様、上出来だ。後でお前たちのところへ行く。朝まで人を借りたい。三人ほど案内役を用意してくれ。この都市の地理にあかるい者を頼む」


「はい、承知いたしました。この都市の地理に詳しい者を用意させて頂きます」


 男は俺の頼みを快く引き受けると、そのまま逃げるようにして部屋を出て行った。


 男がローザリアとメロディに伴われて階下へ降りていったのを確認してから話を再開する。


「じゃあ、護衛部隊と訪問部隊を編成しようか。今回は念のため護衛部隊と訪問部隊も一緒に行動する。留守番はなしだ。それぞれ、立候補はあるか?」


 今回、戦力の分散は行わない。悪の組織を襲撃中に他の悪の組織にラウラ姫一行が襲撃されないとも限らない。

 さらに、悪の組織の戦力も未知数だ。戦力の出し惜しみはせずに全力で叩く。もちろん、その前に相手の戦力や注意すべき人物の情報収集を怠るつもりはない。


 案の定、訪問部隊はボギーさんを除く転移者とメロディ、ティナ、ローザリアとなった。

 ボギーさんを筆頭に残りはラウラ姫一行の護衛部隊である。


 さて、ロビンとアイリスの娘たちには騎士団へ出向いて情報を集めてもらっている間に資金源の壊滅を含めて段取りを組むとするか。

 テーブルに広げた地図へと視線を移すと、どこかドン引きしているアイリスの娘たちを余所に、既に地図を取り囲んだ、白アリと黒アリスちゃん、テリー、聖女が楽しそうにプランニングを始めていた。

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