第139話 食後の情報収集
食事を終えた聖女を引きずって店の外へと向かう。
「ご飯、私のご飯ー」
涙目の聖女が俺の腕の中で身体をよじり、テーブルに置いてある奇麗に食べ終わった皿に向かって右手を伸ばしている。
「食事は終わってただろうがっ!」
「お茶ー、私のお茶ー」
今度はまだ運ばれていない、まだ見ぬお茶に向かって手を伸ばし、大口を開けて必死に叫んでいる。せっかくの美女が台無しだ。
「お茶なんて後でもいいだろう」
「冷めちゃうじゃないですか」
「熱いのが好きなら沸騰させてやるから安心しろ」
「いやー、酷いことしないでーっ! 熱いのはいやーっ! 許してーっ!」
涙ながらに震える声で必死に訴えている。
さすがは聖女だ。演技はこの上なく上手い。
事情を知らない店の従業員や他の客が、「何事か」とこちらを振り返る。なかには脇によけていた剣や槍に手を伸ばし、険しい視線を向けてくる善意の人たちもいる。
気持ちは分かる。俺でも不穏な空気を感じ取り警戒をする。ましてや連れ去られそうになっているのが飛び切り美女だ。そりゃあ、助けようともするよな。
見た目、ナイスバディで飛び切りの美女を無理やり拉致して連れ去る。そんな構図にしか見えない。どこからどう見ても俺が悪い男だ。
だが、もめ事に発展することはなかった。テリーとボギーさんが店の人たちや他のお客に事情説明をし、事なきを得る。
店の従業員はそのまま仕事に戻り、テリーとボギーさんも他のお客と同様に食事に戻った。事情説明はしても手伝う気はないようだ。
それにしても、「酷いことしないで」とか「熱いのはいや」とか「許して」とか必死の形相で訴える聖女も聖女だ。
俺が悪い男の上に、変な趣味を持ち合わせているような誤解を受けかねない。まったく以て風聞が悪いことこの上ない。こいつ、絶対にわざとやってるよな。
店の外に出ると、わざとらしい抵抗を続けていた聖女も、観念したのか肩を落として大人しくなった。
「こんにちは。良い天気ですね。何か面白いものでも見えるんですか?」
扉の横の壁に寄りかかるようにして店内を覗き込んでいた男に向かって、聖女がどこぞのサイン会のアイドルのように
「え? いや……」
数瞬前まで悲壮感漂わせて泣き叫んでいた美女が、別人のような笑顔を自分に向けたことにとまどいを隠せていない。
「なぁ、お前、俺たちのことを覗いていただろう」
「の、覗いてなんていねぇよっ!」
さすがチンピラだ。どんなときも強がるのを忘れない。目を泳がせながらも、条件反射のように怒気をはらんで言い返してきた。
「覗いていましたよー、ビンビンと視線を感じました」
目を閉じ腕組みをした状態で、うんうんとうなずきながら聖女がありもしない言い掛かりをつける。
視線って、ヒシヒシとじゃないのか? ビンビンとで良いのか?
いや、そもそも聖女のことを見ていた訳じゃないだろう。
だが、聖女の言い掛かりにチンピラがたじろいで、半歩ほど後ろに下がった。
やはりやましいところがあるようだ。
「いや、お前だけじゃないから。向かいの店にも仲間がいるんだろう? そこへ行って話をしようじゃないか。それともここでひとりで頑張るか?」
先ほどからこちらのやり取りを、不穏な空気をはらんだ視線が複数向けられている向かいの店を視線で示す。
「随分と強気じゃねぇか、兄ちゃんよ」
男がナイフを俺の目の前でゆらゆらと動かしながら周囲のチンピラに目配せをしている。
男の目配せに呼応して、取り囲んでいた数人の輪が小さくなる。俺も聖女も丸腰だからか、取り囲む連中には余裕がうかがえる。
「どこのお姫様か知らねぇが、てめぇみてぇな、二枚目と女や子どもを護衛に付けたのを後悔するんだな」
先ほどの慌てぶりはもうない。自分の優位を露ほども疑っていないようだ。
俺のことも、お姫様が顔で選んだ護衛。それも入り口を警戒して様子見をするような下っ端と勘違いしている。
「ちょっと待ってください。ここは治安が良い街ではなかったんですか? 騎士団とかたくさんいましたよね?」
聖女が世間話をするようにチンピラに聞いた。
「え? ああ、騎士団なんて関係ねぇよ。何事も裏ってものがあるんだ。自分たちの運の悪さと無用心さを恨むんだな」
得意げである。俺から視線を外し聖女のことをいやらしそうな目で見ながら解説をしている。
無用心すぎるだろう。
狙いは金と女か?
お着きの女性を大勢引き連れた貴族のお姫様。しかも護衛は少数且つ若い連中だ。なるほどカモに見えるな。
取り敢えず、こいつらは悪人だということは確定した。同情の余地もない。
男の手から短剣を取り上げ、左手を後ろ手にねじり上げる。
「痛てーっ! てめぇ、何しやがんだっ!」
「それでだ。話を戻そうか。向かいの店に案内をしてくれないか?」
腕をさらにねじ上げられ苦悶の表情をするチンピラにそう伝えながら、長剣を手にこちらへ踏み込もうとしてた男へ向けて奪った短剣を投擲する。
ウガーッ
獣のような叫び声を上げて踏み込もうとしていた男がうずくまる。
投擲された短剣は男の右脚の甲を貫き、右脚を地面へと縫いつけている。
「分かった、向かいの店に行く。仲間はあそこに集まっている」
右脚の甲を短剣で貫かれた男を見ながら、チンピラが俺の提案に乗ってきた。
さて、問題はこいつらが、こちらをうかがっていた理由だな。
単にカモになりそうな富裕層の旅の一行と見ていたようだ。だが、念のため、ラウラ・グランフェルトと知って覗いていたのも確認するか。もしそうならいろいろと問いただすことが増えるな。
チンピラの腕を後ろ手に軽くねじり上げて道を挟んだ向かい側の店へと歩き出す。チンピラがしきりに抗議の声を上げるが取り合わずにそのまま道を渡る。
聖女が俺の後ろから、地球のアニメの主題歌を口ずさみながらついてくる。
さらにその後ろから四人の人相の悪い男たちと、目つきの悪い女が駆け寄り、俺たちのことを半円上に包囲するように後方を固める。
視覚を飛ばして様子を見るが、全員が薄笑いを浮かべている。
店の中へ視界を飛ばす。
やはり、外の連中同様に薄笑いを浮かべて待ち構えている。店に入ったところで不意打ちをするつもりなのだろう、扉の両側に男が左にひとりと右に二人の合計で三人、抜き身の短剣を持って立っていた。
聖女をひとりで抑え、俺に二人を割くつもりらしい。
数が多いことと、自分たちのホームグラウンドへ誘い込めることで強気になっているようだ。
まあ、相手よりも多くの兵力をそろえることと、地の利を活かすことは戦いの基本なのだが、情報が駄々漏れで、兵力差を覆す火力と機動力がある俺たちには残念ながら通用しない。
扉をくぐると同時に腕をひねり上げていたチンピラを解放する。すると、案の定、俺と聖女に向けて短剣が延びてきた。
俺と聖女は突きつけられた短剣をそのままに店内を見渡す。俺は店の奥に偉そうに座り、薄笑いを浮かべこちらを見ている男たち三人に視線を固定する。その他の連中は、まあ、無視で良いだろう。
「今からいくつか質問をする。素直に答えれば良し、答えなければ俺たちにちょっかいを出したことを後悔することになる。よく考えて答えろよ」
「何だ、てめぇは? ただの護衛だろうがっ!」
俺の挑発に、真っ先に反応したのは俺の
刀傷なら迫力も増したのだろうが、引っかき傷では台無しだな。
それに俺のことを護衛と断じているということは、俺たち一行に、要人や貴族がいると知っているか、想定をしているってことだな。
「最初の質問だ。何で俺たちのことを覗いていたんだ?」
短剣を突きつけている男の言葉を無視して、踏ん反り返っている三人に向けて質問をする。
「てめぇっ!」
俺を取り押さえる予定だったと思われる、もうひとりの男の拳が怒声と共に俺の左頬へと繰り出された。
踏ん反り返っている三人は相変わらず薄笑いを浮かべているだけだ。
次の瞬間、怒声を上げた男は悲鳴と共に右拳を押さえてうずくまる。いや、その右手は既に拳ではない。五本の指が切断をされている。
カラフルが不可視のまま、男の拳の軌道上に鋭利な刃と化した自身の一部を突き出した。
俺と聖女は何が起きたのか分かっているが、他の連中は何が起きたのか理解できずに唖然としていた。
それは先ほどまで、余裕を見せていた踏ん反り返った三名も変わらない。
うずくまる男と、床に落ちた指、そして俺へと、目まぐるしく視線を動かしている。
三人が三人とも同じような反応をしている。
「てめぇ、何をしたっ?」
踏ん反り返った三人のうちの一人が長剣を抜き慌てて立ち上がる。残りの二人も呼応するように長剣を抜き、ゆっくりと左右に広がった。
場の空気が変わった。
仲間が傷ついたからか、一方的に蹂躙できる状況にもかかわらず、反撃をされたからかは分からない。だが、中央の三名が動くのに勇気付けられたのか、周囲のチンピラは戸惑いから立ち直り、一様に殺気立つ。
聖女に短剣を突きつけた男が、聖女を人質に取ろうと思ったのか、組み付きに行った。
しかし、その手も短剣も聖女に触れることはなかった。光魔法レベル5。もの凄い輝度の光球が男の眼前に現れ、部屋中に光の洪水をもたらす。
全員の視力が回復する前に奥で踏ん反り返っていた三名を除いた全員を空気の弾丸と雷撃で無力化する。
いや、その三人も無力化していた……聖女のエアハンマーで。
◇
「気が付いたか? 先ほどの質問の続きだ。答えてもらおうか」
聖女により有刺鉄線で縛り上げられた、もとい、グルグル巻きにされた、哀れな三人の男を目の前に質問を再開した。
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